今回。いえ、この第三章では、読者の皆様に精神的にクル描写が多数登場します。
その事にご留意頂いた上で、お読み頂けるようお願いします。
☆★★☆
「それでは新年を祝して、乾杯!」
「『『乾杯!!』』」
乾杯の音頭を取ると同時に、グラスや杯、湯飲みをぶつけ合う音が泊地の食堂にこだまする。
沖之島でのあの戦いから、数ヶ月。自分、東郷徹心が司令官を務める第四十四戦隊は無事に新年を迎え、それを祝した新年会を催していた。
今頃本土では雪も降っている頃だろうが、あいにくとパラオは南の島国だ。大晦日、そしてたった今迎えた元日も、温暖湿潤の気候は相変わらずである。
思えば今日まで、色々な事があった。
自分が着任した当初は十隻にも満たない数の艦娘しかいなかったパラオ泊地。だがそこから一人増え、二人生まれ、三人加わり、そして今ではその数は三十隻を越し、さらには護衛艦“鞍馬”とその乗組員達も泊地に加わっている。
「さあ、今日は無礼講だ! 今年も一年、良い年にするべく、大いに騒ごう!!」
「『「『おー!!』」』」
艦娘達も皆、思い思いに過ごしている。
隼鷹は早速一升瓶を開け、足柄は何故か升にラム酒を注いで呷っている。一方で千歳は香月中尉と飲み比べを始めており、千代田は千代田で島村少尉と歓談に花を咲かせている脇で、駆逐艦達がお菓子や軽食をつまんでいる。そんな中で・・・・・・
「? 羽黒は呑まないのか?」
羽黒だけは、どの輪にも入らずにちびちびとソーダ水を飲んでいた。
「あっ、司令官さん。ごめんなさい、お酒は苦手で・・・・・・」
「奇遇だな。自分も、酒はあまりやらない」
「司令官さんもですか?」
「ああ。兵学校にいた頃、少し失敗をしてしまってな。以来、自制している」
「そう、なんですか」
緑茶を口にしてから、自分と彼女の間にしばしの沈黙が流れる。
「あのっ・・・・・・!」
「なあ・・・・・・」
「・・・・・・先に良いぞ」
「あっ、いえ、司令官さんからお願いします・・・・・・」
「そうか。じゃあ・・・・・・」
お互い口火を切ろうとして同時に声を発してしまう。少し気まずいが、羽黒は譲ってくれる様だ。
「今年も、よろしく頼む」
「はい・・・・・・私も、よろしくお願いしま・・・・・・」
「あぁーっ! 羽黒と提督、良い感じじゃなーい!!」
羽黒が言い終わろうとしたその刹那で、足柄が割って入ってきた。既に瓶をいくつか開けていたのか、すっかり出来上がってしまっている。
「なになに? おねーさんに内緒でお話中かしらぁ? それともそれとも、愛の告白ぅ?」
「あっ、足柄姉様!? 別にそう言う訳じゃ・・・・・・」
「足柄・・・・・・出刃亀は良くないぞ」
「はぁーい。それじゃあ、後はお二人でごゆっくりー。にゃはははは」
そう言って一通り茶化してから、酒盛りへと戻っていく足柄。そして、二人の間に再び沈黙が訪れる。
「あの・・・・・・ごめんなさい」
「いや、気にしなくて良い。たぶん翌朝には忘れているだろう」
「・・・・・・はい。それじゃあ、失礼します」
その台詞と共に、羽黒は一礼してその場を離れていく。酒宴とドンチャン騒ぎは、まだまだ終わる気配を見せず。結局皆して遅くまで大いに楽しんでいた。
そして翌朝。新年一月一日の最初の仕事は・・・・・・
「でゅふふ~。もう飲めましぇぇ~ん・・・・・・むにゃむにゃ」
「Zzzzzzz・・・・・・」
「うっぷ・・・・・・気持ち悪ぃ・・・・・・」
「こっ、ここで吐かないでくださいよ!?」
轟沈した飲んだくれ共を、無事だった人員と共に介抱することだった。
結局その日はほぼ仕事にならず、酒を抜かせる為にもう一日休ませたのは、言うまでも無い。
――――――
多数の犠牲者(?)を出した新年会明けの、さらに次の日。パラオ泊地宛てに、軍令部の名で一通の指令書がラバウル経由で送られて来ていた。
これだけなら、いつも通りの話しなのだが、問題はその内容だ。
「『第五艦隊と協同し、北方海域における作戦行動を支援せよ』って・・・・・・。笑えないわね」
今日の秘書艦当番である霞の述べたとおり。ここから見て地球のほぼ反対側、北方アルフォンシーノへの出撃命令だった。
何でも、アッツ島周辺で米軍の駆逐隊が陸上拠点型の深海棲艦を確認したらしく、軍令部は第五艦隊の基幹兵力だけでは対応は不可能と判断。威力偵察も兼ねて、こちらに白羽の矢が立てられたと言う訳だ。
「恩赦も出されて、ようやく普通の部隊に戻れたってのに、結局やってることは前と変わらず。ホント、馬鹿みたいだわ」
「まあ確かにな。だが、第五艦隊は隷下部隊が他と比べると少ない。支援は必要だろう。だからといって、そうそう国内の艦隊を動かすわけにも、いかないだろうからな」
「それは解っているけど・・・・・・。やっぱり納得いかないわね」
「それでもやるしか無いのが現実だ。霞、艦長を呼んでくれ。計画を練る」
「了解よ。鞍馬があって、良かったわね」
「ああ」
彼女の言う通り、鞍馬が配備されたことで艦隊の行動半径が大きく広がったのも事実。だがあれ以来、益々便利屋部隊としての側面が大きくなってきた気もする。これが悪い方向へ進まなければ良いのだが・・・・・・。
――――――
正月三が日も明け、世間も新年のドタバタから解放されて漸く通常営業が始まる頃。
航路や補給地点の確保など諸々の準備を終えたパラオ艦隊は、鞍馬で一路北へと向けて出港。その道中で横須賀、そして大湊警備府で追加の補給物資を受け取り、更に北へと向かって突き進む。
「はっ・・・・・・ハァクシッ!!」
「大丈夫か?」
「もう、気をつけてよ摩耶」
「悪い悪い。しかしまあ、うぅっ・・・・・・。一気に寒くなってきたな」
甲板の上でドデカいクシャミをして鳥海に怒られている摩耶だが、彼女の言う通り、日を追うごとに気温は下がる一方だった。
今の彼女達は、戦闘装束の上から防寒用のコートを着込んでおり、自分もパラオで着ていた第三種軍装ではなく、冬服である一種軍装の上からさらに防寒用の外套を羽織っている。
一応、艦娘は艤装をフル装備していれば寒さや暑さ、湿気も気にならなくなるのだが、戦闘待機中でも無いのにそれはできない。そのため、こうして人間と同様の防寒方法―即ち、体を暖め、寒さから身を守る事―しかできないのである。
「
「でも、この体も悪くないわよ。今まで知らなかったことを沢山経験出来ているし」
「だよなぁ・・・・・・。甘酒もこうでなきゃ飲めないからな」
「あまり飲み過ぎるなよ」
《間もなく、単冠湾泊地に入港します。甲板要員は、接岸の準備をお願いします。繰り返します。間もなく―》
彼女が甘酒を口にしようとした時。香月中尉の声で、接岸する旨が艦内放送で伝えられる。それを聞いて、途端に甲板も慌ただしくなり始めた。
「さて、そろそろ戻るぞ。場合によっては、二人の手を借りるかもしれない」
「おう!」
「了解しました」
――――――
泊地所属のタグボートと手の空いている艦娘に誘導されながら、鞍馬はゆっくりとその巨大な船体を滑り込ませていく。そして上陸用のフラップが下ろされるのを待って、北の大地へと降り立った。
大型の船舶も接岸出来るよう拡張されたのか、まだ真新しいであろう護岸も、泊地の設備も雪化粧に覆われており、嫌が応にも自分達が北へと来た事を認識させられる。
「失礼します。第四十四戦隊の東郷徹心大佐は、どなたでしょうか?」
野島艦長や、艦娘の代表として扶桑も降りてくる中で、出迎えに出ていた女性士官に話しかけられた。
ほっそりとした体つきに加え、長く伸ばした黒髪をうなじの辺りで一纏めにし、キリリとした眉と双眸は武人然とした雰囲気を彼女に与えている。
その隣にいるのは、艦娘だろうか?
夜の帳をそのまま移し替えたような黒髪に柔和な表情を浮かべ、その黒髪には、稲穂を模した銀色の髪飾りが付けられている。服装だが、紺色の防寒具の下には和洋折衷のドレスのような戦闘装束を着ていることから、少なくとも直接戦闘に関わる艦種では無いことは判断出来た。
そして自分は、前者―人間の方―を知っている。
「単冠湾泊地へようこそ。第六十二戦隊副司令官の、阪元美桜大尉です」
「同じく、第六十二戦隊、次席旗艦補佐をしております。水上機母艦瑞穂です。よろしくお願いします」
「出迎え感謝する。泊地司令官の東郷徹心だ。こちらは、護衛艦鞍馬の艦長の野島少佐と、艦隊総旗艦の扶桑だ」
「どうぞ、よろしく頼みます」
「扶桑です。初めまして」
「瑞穂と申します。どうぞ、お見知りおきを」
「さて、堅苦しいのは抜きにして・・・・・・久しぶりだな、東郷。見ないうちに出世したじゃないか」
「阪元も、偉くなったな。場所が場所とは言え、その年で泊地副司令は大した物だぞ」
「何、お前と比べたら些細なものさ」
「提督、お知り合いですか?」
「そうだ。兵学校時代の同期で、同じ教官に扱かれた身だ」
「まあ、あれほど充実した時間もそうそうないだろうがな」
そう言って彼女は、皮肉を言いながらも笑ってみせる。
自分や高峰と同じく、海軍兵学校第七十七期卒業生の一人で、艦隊指揮官志望者の紅一点。高峰の場合は途中で挫折してしまったが、彼女はこうして経験を重ねているようだ。
その彼女と共に出迎えていた瑞穂が、艦長や扶桑とも挨拶を交わしている所でふと周りを見てみたのだが・・・・・・妙な違和感を覚えた。彼女以外に艦娘が
無論、ここは北の果てだから寒いのは当然だし、出迎え自体は義務でもなく、艦隊で推奨している訳でも無いので単純にその場にいないだけなのかもしれない。
だが少なくとも、通例として指揮官と、艦隊の総旗艦くらいは出てきても可笑しくは無いはずなのだが・・・・・・。
「阪元、一つ聞いても良いか?」
「構わないが・・・・・・どうかしたのか?」
「ここの司令官と、総旗艦は今どこに? 旗艦を定めていないのなら、筆頭秘書艦でも構わないのだが・・・・・・」
「てっ、提督ですか? えっと、実は・・・・・・その・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・?」
その事を聞いてみた所、阪元は途端に苦い顔になり、瑞穂も言葉が濁り始める。どうやら、ここはここで訳ありの様だ。