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★☆☆★
任務のため一時的にとは言え、姉妹艦がこの泊地に来ることは私―霧島にとって僥倖とも言えるものだった。いいえ、そう言わなければやっていけない。それくらい、今の単冠湾は腐りきっていた。
事の原因は、今から一年ほど前。先任の西沢少将が定年を迎え、退官されたその後のことだったわ。
当時は私と、軽巡の木曾さん。水母の瑞穂さんと、駆逐艦の子が何隻かしかいなかったこの泊地に、新任の提督と一緒に新戦力として新たに艦娘が赴任してきた。
今はあの第十一艦隊総旗艦を務める戦艦長門の妹、陸奥。
長きに渡り、機動部隊の長として活躍し続けた鳳翔。
冷静沈着で、戦術判断も適切な日向。
そして・・・・・・
「うふふふ。提督は今日も可愛いわね~」
「やっ、やめてよ。今仕事中なのに・・・・・・」
「あらあら」
今私の目の前で、今の司令―上条睦実少佐と乳繰り合っている重巡、愛宕。上条司令と共に転属してきた面々の中で、特に悪辣で、性悪で、質の悪い女だった。
最初こそ、優秀な人材が送られてきたと言うことで奮起する余裕もあった。だけど、一度蓋を開けてみれば、それは間違いだと言うことを思い知らされた。
任務に対する姿勢もいい加減で、いかに効率よく深海棲艦を沈めるかよりも、いかにして司令のご機嫌を取るかに皆ご執心。
特に陸奥は毎日男を取っ替え引っ替えし、日向は夜な夜な辻斬りに出ているなんて黒い噂も出てくる始末。
私としては、同僚として。何より、菊花紋章を賜った艦娘としてその事実は信じていないけれど、火の無い所に煙は立たない物。
一応、副司令である阪元大尉が私達古参の艦娘―西沢派―と、愛宕達―上条派―の間を取りなしてくれているので、『
「司令、港湾区画より連絡です。第四十四戦隊の護衛艦“鞍馬”が入港したとのことです」
「え? 鞍馬が? もう?」
「もうって、一昨日、朝霜が報告に行ったハズですが?」
「うーん、聞いてないなぁ・・・・・・。愛宕は知らない?」
「いいえぇ。多分だけど、連絡ミスかしらね」
「じゃあ、ちょっと齟齬があったかもしれないね」
「連絡ミスって・・・・・・! こちらは確かに伝えさせた筈です!!」
「霧島ちゃん。そう言って貴女、自分の落ち度を棚に上げるつもり?」
これだ。あの面子の中で、愛宕が一番の難敵である理由が。
司令にとって最初の秘書艦だか何だか知らないけれど、何かにつけて此方の揚げ足を取ってくる。
古参の私達が邪魔に思えるのなら、艦娘たるもの実績を以て黙らせれば良い。事実、私はそれによって西沢前司令に認められてきた。なのに彼女は・・・・・・
「別にそうは言っていません! ただ私は・・・・・・!!」
「まあまあ二人とも。仕方ないよ、僕が確認出来ていなかっただけかもしれないからさ」
「まぁ! 提督は優しいのね!」
こうして提督に媚びを売るばかり。浅ましくて、嘆かわしくて、あきれ果ててしまう。
「とにかく、司令官の東郷大佐は応接室にご案内しておきますので、き・ち・ん・と、応対してください」
「わ、わかったよ。後で伺っておく」
「では、失礼します」
報告はそのくらいにして、一礼して執務室を後にする。これ以上あの場にいると、精神が保ちそうに無い。
「よう」
「あぁ、木曾さん・・・・・・」
扉を潜ってから程なくして、白いセーラー風の服を着た人物―木曾さんに話しかけられる。第六十二戦隊、単冠湾艦隊の次席旗艦である彼女も、言うまでも無く古参の一人だ。
少々女らしからぬ言動と性格だけど、それらが霞んで見えるくらいの実力に加え、義侠心もあって他の艦娘達からも支持を集めている。最近は、一月前に出向してきた潜水艦の子と良く行動を共にしていたわね、確か。
「で、あのスッタコはまたか?」
「ええ、多分ね。艦娘とふれあうのも良いのだけれど、もっと節度を持って欲しいわね・・・・・・」
「全くだな。っと、そうだ。瑞穂から伝言だ。『総旗艦として、艦娘を集めて欲しい』とさ」
「了解よ。私も東郷大佐にご挨拶に伺おうと、思っていたし。丁度良いわね。」
「『アイツ』にも言っておくべきか?」
「一応お願い。でも、本人の意思を尊重してあげて」
「・・・・・・心得た」
他方から増援が来ると言うことは、北方海域に新たな脅威が現れた事も意味する。これは、今までで一番厳しい戦いになりそうだわ・・・・・・!
☆★★☆
『ある意味正気を疑う』。
司令部の中にある会議室で、改めて司令官同士での顔合わせをすることになり、私―霞もそれに同席した時の事。扉を開けて入ってきた人物―単冠湾の司令官―に抱いた第一印象は、まさしくそれだった。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。第六十二戦隊司令官の、上条睦実少佐です。よろしくお願いします」
「第四十四戦隊司令官の東郷だ。何というか、その・・・・・・」
「若すぎます、か?」
そう。向こうの指揮官―上条少佐は、それこそ『子供』としか言いようのない容姿だったんだわ。
ほぼ黒に近い焦げ茶色の髪に、そこそこ整った目鼻立ちなんだけど、問題は体格。身の丈は東郷提督の胸ぐらいまでしか無く、体つきも鍛えているとは思えないくらい貧相な物。制服を着ていなければ、士官どころか軍人かどうかすらも解らなくなるわね、これは。
「提督は凄いんですよ! 兵学校を卒業してから、一足飛びで提督になられたのですから!」
「あはは。まあ、親の七光りだと、馬鹿にされたくないからね」
その彼を、まるで人形か何かの様に膝の上に抱えているのは金髪の艦娘―愛宕―。ここの筆頭秘書艦だ。
元々パラオに所属し、そして
「ちょっと愛宕、大佐が困ってるわよ」
「あっ、失礼しました。ごめんなさい、大佐」
「・・・・・・触れ合っても良いが、時間と場所は弁えるように」
「はぁーい」
「ほどほどにね。それでは、大佐。僕の艦隊の主力をご紹介しますね。陸奥と、日向。それから鳳翔さん」
「長門型戦艦二番艦の陸奥よ。よろしくね」
「航空戦艦、日向だ。一応覚えておいて」
「初めまして、鳳翔です。よろしくお願いしますね」
その後に紹介された主力艦も、相当なものだったわ。戦艦型の艦娘の中でも特に強力な長門型と、航空戦艦としての実績がある伊勢型。
同じ辺境の泊地なのに、二隻も配備されているうちが言えた口では無いけれど、場所を考えると非常に充実した戦力であることは間違いないと思えるわね。
だけどそう考えると、どうして
その理由の一端は、意外なほどに近くにあった。上条少佐の左隣。愛宕が座っているのとは逆側の席に座している艦娘。
黒髪を襟元で短く切りそろえ、うちの榛名と似た装束に若草色の縁の眼鏡を掛けている。
「で、こっちがウチの総旗艦の霧島です」
戦艦“霧島”。かつてパラオに所属していた比叡の妹で、榛名が生まれるまでは数少ない高速戦艦として各地を転戦。
特に第四次、第五次ソロモン海戦では最重要撃破目標だった飛行場姫の撃破に多大な貢献をした武人である一方で、明晰な頭脳を活かし、時に参謀としての顔も見せる文武両道の才媛。それが彼女だった。
「霧島です。大佐、よろしくお願いします」
「霧島も凄く強くて、頼りになるのよぉ。本当、
「いえいえ。愛宕さんが上条司令をよく補佐してくれるお陰で、こっちも安心して戦闘に専念できますから」
・・・・・・? 何か一瞬だけど、彼女と愛宕の間に得も言われぬものを感じた気がする。何というか、対抗心・・・・・・と言うよりは、『敵意』とでも言えば良いのかしら?
結局この後は、簡単な事務連絡や指揮系統の確認をして終了。頭の中に浮かび上がった疑念にやきもきしながらも、私は東郷提督に続いてその場を後にした。
「さて。それじゃあ行くぞ、霞」
「行くって、何処へ行くつもり?」
「艦娘の居住区画だ」
「はぁ!?」
会議室を出てから少しして、彼の言い出したことに思わず耳を疑う。
「あそこにいたのと、出迎えに来ていた瑞穂とか言うので全員じゃないの!?」
「瑞穂はあの時『次席旗艦補佐』と名乗っていた。そしてさっきの愛宕は『筆頭秘書艦』。次席旗艦は、少なくとも別にいるはずだ。それに、あの艦隊はどうも派閥争いのような物も、感じられる」
「なるほどね」
確かに、妙だとは思ったわ。普通だったら、秘書艦と総旗艦は互いに気心が知れた者同士が務める事が多い。『船頭多くして船山に上る』、って訳じゃ無いけれど、その二人が反目し合っていては意思疎通に問題が出るからだわ。
だけどあの二人―愛宕と霧島は、お世辞にも仲が良いとは思えなかった。二人の間に何があるかは知りようが無いけれど、少なくともそれだけは断言出来た。
「とにかく、今は他の艦と顔合わせをしなければ。作戦行動で、知恵を借りる場合もあり得る。後で霧島に接触するとしよう」
「了解よ。こっちも用事があるから、ドンピシャだわ」
けどこの時は、まだ私も彼も知らなかった。任務で赴いたこの北の海で。艦娘の『闇』を思い知らされることになるなんて・・・・・・。
――――――
「大佐、霞さん。先ほどは見苦しいところを見せてしまって、申し訳ありませんでした」
「本来であれば、あんな幼稚な真似をしている暇は、無いと言うのに・・・・・・」
「全くだわ。あのガキンチョがどんなポンコツでも、問題を起こしていないなら互いに協力して然るべきでしょうに」
「そう言われると、返す言葉もないわね・・・・・・」
「霞の言い方はともかくとして、一体何があったんだ? 先ほどの遣り取りを見るに、君と愛宕の仲は良好とは言えなさそうだが・・・・・・」
「ええ、話せば少し長くなるのですけれど・・・・・・」
「くぁ~っ、疲れたぁっ・・・・・・。ただいまぁー」
そう言って彼女が、説明しようとしたその時だった。部屋の扉が開け放たれ、その台詞と共に一人の艦娘が入ってくる。
灰色の瞳を抱いた双眸はキリリと引き締まり、長く伸ばした同じ色の髪を側頭部で束ねている。その一方で、目を引いたのは彼女の格好だ。
スカートの様な見た目の丈の短い袴に、白い上衣。そして戻って来て直ぐにこっちへ来たのか、黒い胸当てと籠手―艤装の一部かしら?―が付けっぱなしだった。
「お帰りなさい。貴女、また艤装付けっぱなしで来たの?」
「しょうが無いじゃ無い。いつまた提督さんに呼ばれるか判らないもの」
「だったらせめて、来客の前ではしゃんとしなさいな。大佐、ご紹介します。機動部隊を預けられている、正規空母の“瑞鶴”です」
『瑞鶴』・・・・・・? いま霧島は、そう言ったのよね?
「瑞鶴です。話は木曾、ああ、ここの次席旗艦です。彼女から既に」
「第四十四戦隊司令官の東郷だ。よろしく頼む」
「瑞鶴っ!!」
もう、いてもたってもいられない・・・・・・!
「えっ・・・・・・霞!? なんでこんな所に?」
「それはこっちの台詞よ! マリアナで二回も沈んだかと思ったら、今度は北で何してんのよ!?」
「何って、こっちへ異動になったのよ! 半年くらい前、だったかしら。あの後、また目覚めたのが横須賀で、直ぐにこっちへ移ってきたの」
「横須賀で?」
「ええ。本当は翔鶴姉と一緒に戦いたかったんだけど、さすがに横須賀だけで正規空母を独占するわけにはいかないって事で、こっちへ異動って訳」
「・・・・・・」
「はっは~ん、まさか寂しかったとか? 意外と霞も見た目相応なところがあるわねぇ」
「んな訳無いでしょ、七面鳥が」
「はぁ!? 七面鳥ですって!!? 冗談じゃ無いわ!!」
「正規空母初のの喪失がアンタって時点でお察しよ、このタコ!!」
「むきぃーっ!!」
売り言葉に買い言葉で、遂にかんしゃくを起こした瑞鶴が掴みかかってくる。ああ、この感じ。本当に懐かしい・・・・・・。まだ楽しかった頃の思い出が、蘇ってきた。
「あのー・・・・・・お二人は知り合いですか?」
「・・・・・・らしいな」
って、二人が取り残されてるじゃない。私としたことが、ちょっとはしゃぎすぎたわね・・・・・・。
「記憶がそのままで良かったわ。提督、こっちが七面鳥・・・・・・基、瑞鶴よ」
「まだ言うか、アンタは・・・・・・! オホン、瑞鶴です。貴方が、今のパラオの提督さん?」
「ああ、東郷徹心だ。御門邦生のしたことは許されることでは無いが、それでも軍人として、謝罪させてくれ」
「良いって、もう。過去には戻れないから」
「・・・・・・すまない」
それにしても、まさか愛宕だけで無く瑞鶴まで甦っているなんてね・・・・・・。口ではああ言った反面、顔には出せないけど感傷に浸っているその時だった。
《司令部より、艦隊各位へ。モーレイ海にて、哨戒機が敵艦隊を捕捉した。行動可能な艦娘は、直ちに出撃を願う。繰り返す。モーレイ海に敵艦隊が現れた。敵艦隊を撃滅するんだ》
「また!? もう、帰ってきたばっかりだってのに・・・・・・」
「ここだって戦場という事よ。では大佐、失礼します」
「ああ、また後で」
けたたましい金属ベルの音に続いて、敵部隊の出現を報せる放送が。
北の果てでの最初の戦闘。いつもドンパチやってるパラオの海とは勝手が違う筈だから、気を引き締めないとね・・・・・・!
「正気ですか!?―」
「―引きずり下ろして、細切れにしてやんよ!!」
「なっ、何!? 何なの、それは!?」
「これが、艦隊の頭脳の本気という奴です」
次回、『改二』。
解き放たれた真の力。それが見せるは、栄光か。それとも・・・・・・?