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ショーが流れ着いてから数日ほど経ったある日。彼女と、キス島に取り残された米軍部隊の処置に関する通知が、軍令部から単冠湾泊地に届けられていた。
内容は至極単純。『人道的観点に基づき、友軍を救出せよ』。
これに合わせて上条少佐は大湊警備府に適当な大きさの輸送艦を二隻要請しており、それらの到着を待って作戦が決行されたのだが・・・・・・。
《駄目ェッ! 敵の包囲網を突破出来ないわぁ!!》
「しょうが無いか・・・・・・。艦隊は、一度下がって。作戦を練り直すよ」
結果は惨憺たるもの。これまで四度。陸奥を旗艦とする救出部隊が派遣されたのだが、いずれも島に近づいた途端に敵艦隊に捕捉され、あえなく返り討ちにされている。
「どうすれば・・・・・・燃料だって無限じゃないし、このままでは・・・・・・。せめて回廊さえ突破出来れば・・・・・・!!」
そう。最大の障害は、キス島周辺の地形にあった。
大東亜戦争の際、地形が変わるほどの数の砲弾が撃ち込まれた結果、海流の一部が変化し、まるで一本の道のようになっていたのである。
俗に“アルフォンシーノ廻廊”と呼ばれているそれは、少しでも外れれば暗礁地帯にぶつかる危険性が大きく上がる上に、ショーの言っていた多数の艦載機の存在もあって、島の東方。特に、アッツ島方面からの接近はもはや不可能な状態だった。一応、廻廊を使って行くことも考えられたが、敵の警戒線と重なっていたため、断念したと言う。
「・・・・・・上条司令、具申してもよろしいでしょうか?」
考えに行き詰まったのか、机に突っ伏している少佐に対し、霧島が声を掛けた。
「何?」
「お言葉ながら、この作戦。上条司令の手に余ります」
「っ・・・・・・何で!?」
その彼女から発せられた一言を聞いて、面を上げた彼の表情が強張っていく。
「この作戦は、失敗が許されないものです。万全を期するために、手前で後退を指示されるのは良いことですが、それにしても限界があります」
「だったらっ!! どうすれば良いのさ!? 帰ればまた機会はあるじゃ無いか!!」
「だからこそ、です」
言葉を荒げる少佐に対し、霧島は極めて冷静に続ける。
「その少ない好機を無駄ににするわけにも、行きませんから」
「なっ、なら、アテはあるの!?」
「もちろんです。ただ、これを実行出来るのは・・・・・・」
そう言って、自分の方を見て目配せする彼女。まさかとは思うが・・・・・・
「経験豊富な指揮官が必要です。例えるなら、東郷大佐の様な・・・・・・」
「ショーに受けると言ったのは僕だ!! これは僕の任務だ!!」
「お忘れですか? 大佐がここに来たのは、あくまでも第五艦隊の支援のため。任務の本筋から外れているこの作戦、彼らに任せて、司令は本命に専念するべきです」
なるほど、彼女の狙いが読めたぞ。不測の事態であるこの作戦を自分達に任せ、万が一のことを考えて少佐に距離を置かせる。なかなかどうして、よく考えられている手じゃ無いか・・・・・・。
「司令、ご決断を」
「・・・・・・わかった。この件は、第四十四戦隊に引き継がせるよ。霧島は、東郷大佐の指示に従って動いて。大佐、お願いします」
「了解しました」
「そう言うことならば、引き受けるのも吝かでは無い。この作戦、仕切らせてもらうぞ」
さて、思わぬ形での指揮を任されることになったのだ。今度は、
――――――
「集まったようだな、感謝する」
しばらく後。単冠湾泊地の作戦会議室には、双方の艦娘が勢揃いしていた。皆往々にして、待ってましたと言わんばかりの視線を向けてきている。・・・・・・一部の面子は何やら不満そうな顔をしているが。
「説明を始める前に、一つだけ。君たちに言っておく事がある。この作戦は、自分達第四十四戦隊が主軸となって遂行することが決まった。第六十二戦隊の艦娘は、一時的に自分の指揮下に入って貰う。なお、既に上条少佐も、この事に関しては了承している。何か質問は?」
そう言って、会議室の中をざっと見回す。特に何も無いようだな。
「では、まずキス島周辺だが、これまでの交戦結果などを鑑みた結果、敵の主力は二カ所に分かれて展開している可能性が高い。北側の右翼部隊には、正規空母ヲ級を中心とした機動部隊が。南西、左翼部隊には、戦艦ル級を中心とした水上打撃部隊が存在し、双方が噛み合う形で包囲網兼、防衛線が敷かれている。加えて、近隣の島には拠点型の深海棲艦がいるという未確認情報もある」
特に脅威となるのが、拠点と機動部隊だ。その気になれば、それこそどこからでも攻撃出来る以上、足の遅い輸送艦は的になりかねない。それなら、まだある程度居場所がわかりやすい水上部隊の方が御しやすいという物だ。
「そこで今回の作戦だが、まずは部隊を北側に展開し、敵機動部隊と、水上部隊の一部を惹き付ける。当然、敵の大部隊と正面からぶつかる都合上こちらはかなり危険だ」
「と言うことは・・・・・・陽動かも・・・・・・ですか?」
オドオドした声で、高波が質問してくる。彼女のこの台詞を聞いてか、他の艦娘も意図に気付いた様だ。
「そのとおりだ。高波の言う通り、こちらの目的は陽動だ。本隊は、アルフォンシーノ廻廊入り口付近で待機。霧が出るのを待って、南西部から接近する。陽動部隊に関しては、軽巡以上の総ての艦娘をこれに当てる。派手にやれば、いくら連中でも放っては置かないだろう。そして本隊だが、残る駆逐艦を総てこれに充てる」
自分の述べた作戦に、会議室の中がざわつき始める。本来であれば、大型艦には護衛の駆逐艦が必要だ。だがこの作戦は、その護衛を敢えて引きはがし、攻勢に偏らせることでその代わりとしている。
「危険だわ! さっき大佐は、水上部隊がいると仰ったじゃないですか!!」
愛宕の言う通りだ。だが、どれだけ目が良くとも捕捉出来なければそれは意味を成さない。そこにこの作戦の骨子がある。
「話は最後まで聞け。六十二戦隊所属の艦娘は知っていると思うが、この季節のアルフォンシーノ列島は、濃霧で有名だ。いくら夜目の利く深海棲艦であっても、視界は最悪の状態となるだろう。それに紛れる形で、駆逐隊。いや、この場合は救援部隊と言うべきか。彼女達が島へと突入。人員を収容した後、全力で離脱。陽動部隊もそれに併せて合流し、そのまま撤退戦へと移って貰う」
『調虎離山』。敵を誘い出し、本命を達成する。時代と場所こそ違うが、今回はそれが当てはまるだろう。
「救援部隊の旗艦だが・・・・・・霞に任せようと思う。駆逐隊各位は、作戦行動中は彼女の指示に従う様に。なお、分散後は無線は完封。隠密性を極限まで高めるため、電探の使用も禁止する。説明は以上だ。では各自、作業にかかれ。準備ができ次第、進発する」
「『『はいっ!!』』」
さて。まずは前準備を進めることを優先するとしよう。この作戦は、もしかしたら“キス島の奇跡”を再現するような形になるのかも知れない。だからこそ、用心しすぎる事は無いはずだ。
だがこの時、自分はまだ知らなかった。“奇跡”と言う物は、滅多に起こらない、起こせないからこそ、“奇跡”なのだと言うことを・・・・・・。
★☆☆★
「さて、言い訳を聞こうか」
「・・・・・・・・・・・・」
所変わって愛宕達がたむろしている部屋では、少々空気が険悪なものになっていた。
「あんなに大見得切って、意気揚々と出撃してみれば結果はこの通り。実戦慣れしていない人は、やっぱりその程度でしたね」
「たっ、偶々上手く行かなかっただけよ!! 次こそは必ず・・・・・・」
「だがそれも、霧島の奴のせいでパアだ。いよいよもって手詰まりだぞ」
「しょうが無いわねぇ」
その中で針の筵に座らせられている陸奥に、愛宕が助け船を出してきた。
「こうなったら、作戦を台無しにしてしまいましょう。こっちも無傷じゃ済まないけど、確実に霧島ちゃんを排除出来るわ」
「どうするんだ? 東郷徹心は、それこそ理詰めが服を着て歩いているような奴だぞ」
「ンッンー、解ってないわね日向ちゃんは。『将を射んと欲すればまず馬を射よ』。戦いとは何も、正面からやるばかりじゃないの。我に策あり、よ」
そう言って、笑顔で自らの考えを述べ始める彼女。その笑顔は、この世の何よりも恐ろしい物だったという。
――――――
一方で、愛宕達の企みなど露知らず。徹心は作戦計画書を含めた、上層部へ提出するための書類の作成作業に追われていた。
「『以上の観点から、本作戦を引き継ぐことになりました。何卒、ご理解の程をお願い致します』、と・・・・・・」
「失礼します。提督、浜風です。入ってもよろしいでしょうか?」
筆を走らせていた所で、浜風が部屋の戸を叩く。彼が入室を促すと、彼女は『では、失礼します』と言って中へと入ってきた。
「お茶をお持ちしました」
「ありがとう、そこへ置いておいてくれ」
「わかりました。提督、あの・・・・・・」
「ん?」
一旦手を止め、湯飲みに口を付けたところで浜風がおずおずと聞いてくる。
「この作戦、勝算はあるのでしょうか?」
「・・・・・・恥ずかしい話だが、面と向かって断言出来ない」
「と言うと?」
「戦場では何が起こるか、自分でも予想が付かない。それを計算に入れると、どうしてもそうなってしまう」
彼は答えた。実を言うと、徹心はこの作戦を採用するかをギリギリまで悩んでいた。
確かに駆逐艦は足も速く、隠密性も高い。だがそれは防御力を犠牲にした上で成り立っている性能だ。自身よりも射程の長く、装甲も厚い巡洋艦や戦艦、空母に見つかって集中砲火を浴びれば、一溜まりも無い。
「かなり不利だが、やってくれるか?」
「何を今更」
心配そうに話す徹心に対し、磯風は只一言。
「もとより、覚悟の上です」
特に表情を変えることも無く。だがしっかりとした声で浜風は答え、一礼して部屋を後にする。
北の果ての夜は、その不気味なまでの静けさと共に更けていく。明日の朝日と共に何をもたらすのか。それを彼らにも知られること無く・・・・・・。
――――――
徹心が睦実から作戦を率いて二日後。あらかじめ決めていた座標で鞍馬と、特設輸送艦“天燐丸”が二手に分かれ、それぞれ南と北の両方からキス島へと向けて再び歩みを進めていく。
「上手く、行くのでしょうか・・・・・・」
「作戦のこと?」
「はい・・・・・・」
右手で蛇輪を、左手で主機表示盤を回しながら、島村少尉がふと呟いた。それに対し、通信管制に気を配りながら香月中尉が問う。
「だって、警戒域に入ったら、どちらからも連絡することは出来ないんですよね? もし途中で見つかったりしたら・・・・・・」
確かに、彼女の言う通り。ここから先は、完全に相互支援はもちろん、連絡も付かなくなる。最悪、来るはずの無い本隊を待ちぼうける事になりかねないのだ。
「大丈夫ですよ!」
暗い空気になりかけた二人に、割って入る人物が。天田中尉だ。
「東郷司令官は、あの沖ノ島でも正確無比な作戦を組んだんですから、きっと大丈夫さ!」
「そうか・・・・・・そうですよね!!」
それに釣られたのか、島村少尉の表情も段々と明るくなって来た。それを見て、やれやれと思いながらも、香月中尉は頷くことで肯定する。
「そのために、大佐は陽動部隊を組織したんですもの。護衛に付けるはずだった駆逐艦を総て回して、なお勝算がある。そう思っておきましょうか。って、あら・・・・・・?」
するとその時。彼女の座っていた通信席から、呼び出し音が鳴り響いた。香月中尉はすかさず聞き取り用のヘッドセットを頭に付けると、発せられる音に合わせて、記録用紙に穴を開けていく。
「司令官、本隊より連絡。暗号電文、“モモカラウマレタ、モモタロウ”です」
「了解した。陽動部隊に通信を」
「はっ」
それを元に暗号を翻訳し、指揮官席へと座る徹心に伝達する。彼は受話器を手に取ると、無線越しに陽動部隊へと指示を出し始める。
第四十四戦隊にとって、北の海では最初の。それでいて、いつも以上に失敗の許されない戦いが今、始まろうとしていた。
「―脳筋軍人さん?」
「何でぇ、鳩が三式弾喰らったような顔してさ」
「―断る」
「Oh,jesus・・・・・・」
「あぁ、もう、馬鹿ばっかり!!」
次回、「霧中行軍」。
奇跡の影で、悪魔が嘲笑う。