今回はかなりの難産でしたが、何とか完成にまでこぎ着けました。それから、例にもよって複数のパートに分かれてますので、併せてどうぞ。
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深い霧に包まれた海の上を、異形の者が闊歩する。灰色の布らしきものに包まれた乳房と、やや癖の付いた髪から解るとおり人間の女性とほぼ変わらない。一部分だけは。
顔に被せられた仮面からは表情を伺うことは出来ず、唯一外界に接していると思われる穴の部分からは漁り火の様な赤い光が漏れ出ている。
何より異常なのは四肢だ。左腕は肥大化、硬質化し、自身がすっぽりと収まる盾のようになっている。右腕はそれほど変形しているわけでは無いが、前腕部分にあるのは手では無く、筒状の器官だ。そして下半身は、両足が一体化してまるで人魚のような形になっている。
彼女―雷巡チ級は、決められた規則性に従ってキス島周辺の警戒に当たっていたのだが、先ほどから異状を疑い始めていた。
当初は、僚艦である軽巡ト級と、駆逐ロ級が何隻か帯同していたのだが、彼らの姿がいつの間にか見えなくなっていたのである。加えて、他の同朋が右翼部隊への増援として向かっていたこともあって、それが彼女に尚更の緊張を強いていた。
『この深い霧だ。大方、はぐれて見失ってしまったのだろう』
そう思った彼女が、味方を呼び出そうとしたその時だった。不意に小さな手が彼女の口に当てられたと思うと、次の瞬間。何か冷たいものが首筋に当てられる感覚を覚える。
「!? テッ、テキシュ―」
「ふんっ!!」
異状に気付いた彼女が叫ぼうとした刹那、その冷たい何かが引かれたかと思うと、彼女の喉元に鋭い痛みが走る。咄嗟に、姿の見えない襲撃者を振り払おうとするチ級。だが・・・・・・
「えぇいっ!!」
「ガッ・・・・・・!?」
頭を鈍器で殴られ、抵抗する間も助けを呼ぶ間もなく、彼女は絶命した。
「ふう・・・・・・これで良し、と」
「こっ、怖かったぁ・・・・・・」
その襲撃者の一人―霞は、短刀に付着した体液を振り落とすと、鞘へと収める。一方で殴った方―ショーはまだ動悸が収まらないのか、大型スパナを持つ手が震えていた。
「日本の駆逐艦の皆さんって、いつもこんなニンジャみたいな事をしているんですか?」
「じゃあ聞くけど、アメリカの艦娘はいつも西部劇みたいに、ピストルを派手に撃ちながら戦ったりしているの?」
「・・・・・・して、ないです」
「つまりはそう言うことよ」
そう言った二人の格好は、戦闘装束と艤装の上から更に、白と黒と灰色の斑模様に塗装された、マントのようなものを羽織っている。
今回の作戦を実施するに当たって、徹心が用意させた切り札。それがこの、寒冷地仕様迷彩外套だ。今現在、先頭に立っている二人だけで無く、参加している駆逐艦は全員がこれを羽織っている。そのため、端から見ればまるで、海の上を行く百鬼夜行の如く、異様な光景だった。
「それにしても、まさか海の上で『
「確かに、そうですね」
霞のこの言に、ショーが頷く。
障害物がそれこそ島くらいしか無い海の上では、水上艦に迷彩を施しても隠密効果はあまり見込めなかった。なので本来は、進行方向や速度を誤認させることで幻惑効果を狙った迷彩―ダズル迷彩が施されるのが一般的だ。有名どころでは、第一次マリアナ沖海戦に投入された空母達だろう。少しでも敵を疲弊させるために使われたのだが、結局失敗に終わったことは、霞も記録で知っていた。
時代が変わり、人類―艦娘と深海棲艦との戦闘が日常的になった昨今でもそれは変わらなかったのだが、徹心は敢えて隠密行動用のそれを採用した。濃霧という環境を利用するために。
「とにかく、これのお陰で見つからずに済んでいるから、良しとしておくわよ」
そう言って彼女は、光量をギリギリまで絞った探照灯を使って後方へ合図を送る。それから程なくして、天燐丸とそれに付き従う白装束の集団―二人以外の駆逐艦娘達が彼女らの元へと合流してきた。
「谷風、現在位置は解る?」
「えっと、出発からそろそろ丸一日、毎時15ノットくらいで進んだと仮定して・・・・・・。何でぇ、鳩が三式弾喰らったような顔して」
「いや。谷風がまさか、大まじめに計算しているのに驚いているんですよ」
「かぁーっ、これでも谷風さんは色々考えてるんだよ。『馬鹿に芸人は務まらない』って言うだろ?」
「はいはい、解っちょる解っちょる」
「どうだか、ね。ほんでさ、霞。今の位置は、大体この辺りかな」
普段の陽気な感じに反して、谷風が小難しいことを言い始めたのが意外だったのか。その場の空気が多少和やかな物になる。その様子に少し不機嫌になりながらも、彼女は持ってきた海図を指差しながら答えた。
「となると、三時間もあれば着くわね」
「乗り込みに二時間は掛かるとして、そこから合流地点までは?」
「足の遅い輸送艦が一緒だから、少なく見積もっても往路の倍はかかると見てる。それに、ショーの話だと六時間毎に見回りが来るらしいわ」
「となると、猶予はほぼ無しか・・・・・・。装備品はどうする?」
「そっちは最悪捨てていくしか無いわね。先を急ぎましょう」
霞は、僚艦達に輪形陣から単縦陣への移行を指示すると、自らは引き続き先頭に立って飛ばし始める。頼りになるのは、海図と羅針盤。そして己の感覚のみ。まるで綱渡りのような霧の中の行軍は、未だ静寂に包まれていた。
☆★★☆
最愛の妹であるショーを送り出してから、今日で三日目。キス島観測基地の生き残り達に、救助の件を伝えた時は皆、歓喜の叫びを上げたことは記憶に新しい。
それから五分と立たずに、依頼したのが日本だと知った時に、逆に怒号が多く上がったことも。
「馬鹿げた話だ。誰が好き好んで、ジャップ共の基地まで行かなければならないんだ。俺達はアイツらとつい最近まで、ドンパチ賑やかにやってきたんだ。それはまだ、俺達海兵隊の中では終わっていない」
最先任である壮年の士官―海兵隊のマードッグ大尉は、特に反発していた。理由は彼の言ったとおり。過去に起因する感情論。
今現在反対している連中も、大半の言い分は似たようなもの。中には身内を殺されたと言っている者までいる始末だ。
「しかし大尉。このままでは、我々は日本軍と同じ目に遭います! ここは恥を掻いてでも、故郷へ帰るべきです!!」
一方で、リー軍曹を含めた有色人種の何人かは大尉ら反対派の説得に必死だった。
「ハン! そんな事言って、俺達をブッ殺そうって魂胆じゃ無いだろうな!?」
「アジアンの手先め!」
「『そうだそうだ!!』」
そして今度は、大尉の取り巻きである白人の兵士達がそろって反対する。軍曹曰く、元々厄介払いも同然のこの基地には、それこそひねくれ者ばかりだというのだから、ちっとも話が進まなかった。
「第一、本当に救助なんてくるのか? 伝令役のFGも、途中で沈められたんじゃねぇのか?」
「そっ、それは・・・・・・」
「いいえ、来ます」
そんな中で二人の会話に割って入る者が。我が姉の一人、マハンだ。
「私はショーを信じます。駆逐隊の仲間として。いいえ、連邦海軍の仲間として」
そうだな。彼女の言う通りだ・・・・・・。
「言うなれば運命共同体だ。疑うこともするが、まず何より信じなければやっていけん」
「まあ、そう言うこと。私はマハンに同意かな?」
リードも、そして私、フラッサーも、心は同じだ。それに、これは少々オカルトな根拠だが、ショーはきっと何かを持っている。かつて単なる駆逐艦だった頃。不死鳥のように祖国へと舞い戻った時のように。
「はっ・・・・・・はっ・・・・・・はぁッ・・・・・・! サー、報告します、サー!!」
「どうした、そんなに慌てて」
そしてその答えは、突如として訪れた。
「かっ、海岸線に、上陸する集団を確認! 沖合には、輸送船もいました!!」
「何!?」
大慌てで走ってきた兵卒によると、その中には連邦海軍の駆逐艦もいたと言う。やはりショー、お前は何かを持っている様だ・・・・・・。
★☆☆★
天燐丸に沖で待つよう指示を出し、私達は島へと向かう大型発動艇。通称、“大発”と共に上陸を開始していた。
大型艦艇と比べれば、それこそ小舟と呼ぶに相応しい代物だけど、私達駆逐艦娘にとっては充分に重く、大きい事に変わりは無い。
その船体にロープを掛けて引っ張ると同時に、海側から押すことで何とか陸揚げに成功する。これと同じ物が、数隻。収容のための足として持ち出されていた。
「それで、ここから基地までどのくらい?」
「施設は地下にありますから、入り口が確か近くに・・・・・・」
「ショー!」
「ショー、無事だったか!!」
共に先導していたショーと話していると、海岸沿いの茂みの方から駆け寄ってくる影が二つ。近づいてくるにつれて、その姿が見て取れるようになった。
片方は、いつぞやトラックで会った子日と同様の桃色の髪を伸ばし、眼鏡を掛けた知的な風貌。もう片方は、まるで磯風みたいな雰囲気を纏っていた。
「お姉ちゃん!!」
「お姉ちゃん? ってことは、貴女たちが・・・・・・」
「はい。連邦海軍第101任務部隊麾下、第1001駆逐隊のマハンです」
「同じく、フラッサーだ」
「霞よ。よろしく」
お互い握手をし、自己紹介をする。取るも取り敢えず基地の首脳陣と会うべく、私ともう二人。五月雨と高波はマハン達に連れられて基地の中へと入る。その際、他の面子には救援物資を配ることも忘れずに指示しておく。
「それで、ショーの話だと兵達を説得してくれていたらしいけど、どうなの?」
「既に人員の大半は承諾してくれています。ですが、一部。特にワスプの方達が・・・・・・」
「わすぷ? それって、食べ物ですか?」
「“
施設の廊下を進む中で、マハンの口から出てきた聞き慣れない言葉に、高波が的外れな答えで返す。それに対して、フラッサーが仏頂面を崩さずに答えた。
「黄色人種は黒人ほどでは無いにせよ、本国では侮蔑の対象にされていますから。ましてや日本とは、撃ち合った仲ですし」
「・・・・・・しょうが無いわね、私がナシ付けるわ。そのためにも、正式な指令書の英訳版もわざわざ持ってきたことだし」
「感謝します、霞」
装束の襟を整え、私はマハンと共に司令室へと足を踏み入れる。
さて、と。ワスプだか何だか知らないけれど、こんな所で死にたいとは思わない筈。共通の敵もいることだし、取り敢えずは話くらい聞いてくれるだろう。
「断る」
―・・・・・・そう思っていた数分前の自分をひっ叩きたくなってきたわ・・・・・・。
「大尉! こんな所でごねていたら、彼女達まで危険に晒すことになります!!」
先ほど彼女が言っていたゴネている連中。その急先鋒が、このマードッグ大尉だ。
平均的な日本人とは比べものにならないくらい、筋骨隆々の肉体に金髪碧眼とまさしくアメリカ人と言った容姿だった。
「先ほどから説明していますが、皆さんの帰国は連合艦隊が責任を持って果たさせて頂きます。そのためにも、私達は来たんです」
他国の軍人とは言え、相手は士官。だから、できる限り丁寧な口調で説明する。こう言う役目は、本来なら重巡か戦艦。最低でも、軽巡級の艦娘がやることなんだけど、東郷提督が着任するまでは、ウチの連中は押しが弱いか、そもそも押すことすらしないのが大半だったから、自然と交渉術のようなものが身についてしまっていた。
まさかとは思うけど、アイツはこれを見越して私を旗艦に据えたのかしら?
「それなら何度も答えているだろう。断る、と」
「そうは言いますけど・・・・・・」
「サー! お言葉ですが、ここで待っていても埒が明きません!」
「そうですよ! せっかく命がけで救助に来てくれたってのに、お嬢ちゃん達の苦労を無駄にするってんですか!?」
目に見える形で希望が持てたのか、他の白人の兵士達も大尉の説得に協力してくれている。だけど・・・・・・
「何度も言っている! 只でさえこの基地は居心地が悪いと言うのに、それで日本へ行くだと!? 任務でも無いのに、そんな馬鹿な真似出来るか!!」
大尉は聞く耳を持とうとしないどころか、ついには感情論を振りかざし始める始末。流石にこれは、同じアメリカ軍の彼女達にもどうしようも無いことだった。
「マハン、悪いけど通訳をお願い」
「えっ?」
「こっから先、英語でしゃべれる自信が無いわ・・・・・・」
私はマハンにそう頼むと、大尉の前に立った。もう、我慢の限界だわ・・・・・・!!
「さっきから黙って聞いていれば、何よ子供みたいにごちゃごちゃと!! アンタそれでも士官なわけ!?」
「んなっ、子供だと!?」
彼女が訳した事を聞いて理解したのか、大尉の白い顔が赤くなる。
「いいえ、子供の方がまだ分別が付くわね。服と肩書きと権限だけは大層ご立派な、頭でっかちの愚か者よ!!」
「・・・・・・貴様、言わせておけば・・・・・・!」
怒りの琴線に触れたのか、椅子を蹴っ飛ばして立ち上がる大尉。ここまでは想定通りね。交渉の基本は『相手を追い込むこと』。形はどうあれ、これで相手は視野が狭まった。
「それで逆ギレ? ハンッ、アンタの器も高が知れてくるわね。悔しかったら黙らせてみなさいよ、この小娘を? 一発でも当てられたら、温和しく帰ってあげても良いわよ? その代わり、逆にこっちが一発当てたら、こっちの話に従って貰うけど」
「ほう・・・・・・なら、そうさせて貰おうか!!」
「っ!?」
それを聞いて抑える必要がなくなったのか、彼は腕を振りかぶって殴りかかってきた。居合わせている他の艦娘が悲鳴を上げる中、繰り出された拳は私の頭上を掠め、コンクリート製の壁を派手にヘコませる。
咄嗟に避けたから良かったけど、まともに貰ったら無事じゃ済まないわね。けど・・・・・・ここで怯むわけにはいかない!
「どうしたの? それで終わり? 力任せ数任せの脳筋軍人さん?」
「
私の挑発に乗って、再び繰り出されてくる拳。頭に血が上っているせいで、軌道が見え見えだわ。今度は首を動かして、耳の直ぐ横を素通りさせる。
「ふぅっ!!」
「ぐぅえっ!!」
そして腕が伸びきった所を見計らって、相手の着ている服―防寒用のコートの袖に腕を巻き付けて勢いのまま投げ飛ばす。大尉の体はと言うと、綺麗な弧を描きながら派手に背中を叩き付けられていた。
「Oh,jesus・・・・・・」
「さあ、こっちの勝ちよ?」
「あの、霞・・・・・・」
「何よ?」
「彼、気絶していますよ」
そう言えば、まるで潰されたカエルの断末魔の様なうめき声を上げていたわね。
さすがにちょっとやり過ぎたかしら・・・・・・? 仕方が無いわね。誰か、気付け薬か何か持ってきて・・・・・・
「お水持ってきたかも、です!」
「あ、ありがと・・・・・・」
と言おうとしたのと同時に、高波がコップに入れられた水を持ってきた。意外と行動力があるのね・・・・・・。
「ほら、起きなさいよ」
「うっ、むぅ・・・・・・」
取り敢えず顔に水を掛けてから、頬をペチペチと二、三度叩いてやると、程なくして目を覚ました。流石アメリカ人。頑丈ね。
「いっ、今のは一体・・・・・・」
「柔道の技よ。まあ、普通なら首が折れても可笑しくないけど」
「むう・・・・・・」
「で、さっきの条件だけど、まさか無しにはしないわよね?」
「・・・・・・解った、好きにしろ」
「ん、よろしい」
頭が冷えたのか、渋々承諾するマードッグ大尉。ちょっと強引だけど、巧いことまとまって良かったわ。
「さあさあ、時間が無いから手短に行くわよ! 今回の脱出計画は・・・・・・―」