――――――
「オラぁっ!!」
大凡可愛さとはかけ離れた叫び声と共に、霞は殴りかかってきたリ級の腕を左手の魚雷管で受け止める。そして、そのまま右手の主砲を胸に押し当てて接射した。
距離による威力減衰も無く、ほぼ初速のまま砲弾が彼女の体を食い破り、背中に大穴を開けられて絶命するリ級。霞はそれを見届けること無く、すぐさま次の獲物目がけて吶喊していく。
「踏みとどまって! 体当たりしてでも止めるのよ!!」
「ラムアタック!? 無理に決まってるじゃ無い!!」
「物の例えよ、例え!!」
一方でどうしても捌ききれない分は、新たに強化バルジを持たせた面々が防いではいるものの、やはり厳しい物があった。
《霞、私達も出撃します! 数は多い方が良いでしょう!》
「駄目、許可出来ないわ。もし出撃して、アンタ達四人が一人でも沈んだら、アイツにどう言い訳すれば良いのよ!?」
それを見かねたマハンが無線越しに出撃を志願してくるが、霞はそれを拒絶する。
「それに、これは連合艦隊が請け負った任務よ! お客様はどっしり構えていれば良いんだか・・・・・・らっ!!」
《ですが・・・・・・》
「マハンさん、あまり日本の駆逐艦を舐めない方が良いですよ」
「そうそう。事攻撃に関しては、世界一優秀なんだから!」
「泥船に乗ったつもりでいてください!」
それに併せて浜風、村雨、五月雨が力強い言葉をかける。顔の見えない無線機越しではあるものの、向こう側にいるマハンには彼女達の『勇気』がひしひしと感じられた。
《・・・・・・わかりました。ですが、本当に危ない時には此方で行動させて貰います。通信終わり》
「はいはい、了解よ」
通信が切られるのを確認して、霞は目の前の戦闘に向けて思考を戻す。
「各艦、被害状況報せ!!」
「第一班、問題なし!」
「第二班。少々被弾したが、まだ保つぞ」
「第三班、まだ行けます!」
「第四班も、大丈夫!」
彼女からの問いかけに、それぞれの班の面々から返答が来る。
結局あの通信の後、件の新種二体は現れず、今のところは駆逐艦や軽巡雷巡程度としかかち合っていない。最も、大半は上位種なので楽観視出来る状況では無いが。
「谷風、予想だと霧が晴れるのは何時辺り?」
「予報通りなら、1600時の筈だよ!」
「それまでに何としてでも合流するわよ! 最低でも、味方の防空圏にたどり着ければ、私達の勝ちだわ!!」
「『『おーっ!!』』」
味方の士気も高く、加えて今の時刻は1430時。
『まだ余裕がある』。そう思っていた、矢先のことだ。
「でんぱしょうしゃを、たんち! こんどはこちらをねらっています!!」
「まだ霧はある・・・・・・避けられるわね・・・・・・!」
応射を続ける中で、霞の船員妖精が彼女に報告してくる。電波の発信源は霧の向こう側。数少ない楽観的な話に、彼女は安堵する。
だが、現実はまたも非情な仕打ちを仕掛けてきた。
「嘘っ・・・・・・霧が!?」
ふと風が吹いたかと思うと、彼女の目の前から一瞬だけ霧が晴れたのだ。
「ミツ・・・・・・ケタァッ!!」
一瞬。そう、それだけで霧の向こうで獲物を探していたル級にとっては十分過ぎた。
どう猛な笑みと共に、主砲が放たれる。
吐き出された殺意の奔流は、真っ直ぐに霞の体を貫いた・・・・・・かに見えた。
「ぐっ・・・・・・ぁ・・・・・・!!」
咄嗟に飛び込んだのか、五月雨が彼女とル級の間に割って入り、砲撃を強化バルジで受け止めたのだ。
強化バルジは手軽に装甲を補える道具だが、五月雨の持っていたそれは、所詮駆逐艦用に支給されている小型タイプ。戦艦や巡洋艦が装備するような大型タイプと比べれば耐久力はお粗末なものだ。現に殺しきれなかった衝撃が彼女の体を襲い、その勢いのまま跳ね飛ばされる。
バルジはひしゃげて使い物にならなくなり、加えて装甲の破片が彼女の脇腹に突き刺さって、白い戦闘装束が赤黒く染まりつつあった。
「五月雨!!」
「さみちゃん、しっかりして!!」
「うっ・・・・・・うぅ・・・・・・」
「直ぐに退避・・・・・・ぽぃいっ!?」
倒れた五月雨に駆け寄る村雨と春雨。共に駆け寄ってきた夕立が退避させようとするが、熾烈な砲火を前にして進めないでいる。まともに動けない彼女を担いでいたら、集中砲火を受けるのは明白だった。
「馬鹿・・・・・・何で私なんかを庇ったのよ!?」
「仲間・・・・・・だから・・・・・・。霞ちゃんも、パラオの・・・・・・四四戦隊の仲間・・・・・・だから・・・・・・」
《どうした霞!? 何があった!?》
「五月雨が被弾! 判定大破だわ!!」
《何だと!?》
通信を飛ばして問うてきた磯風の、息を呑む声が霞の耳に入る。
《どうするんですか!? このままでは・・・・・・》
《こちら前衛班! 間もなく出口が見えるわ!!》
焦りを感じさせる浜風に加え、さらに無線機越しに、叢雲からの報告が来る。既に前衛部隊は、廻廊の出口。即ち、往路で入った場所に辿り着く一歩手前にまで近づいていたのだ。
「くっ・・・・・・あと一歩だというのに・・・・・・!」
「霞ちゃん・・・・・・私のことは・・・・・・いいから・・・・・・」
彼女の手の中で五月雨が、か細い声を発する。その中で霞は、選択を迫られつつあった。
「五月雨・・・・・・くっ! 旗艦より、駆逐班各位へ! 命令よ―!!」
――――――
天燐丸からの緊急の電文が届けられてから数時間後。予定よりも早く合流地点の座標付近に到着した鞍馬では、ゆっくりと進みながら本隊との合流を待つと同時に、多摩を旗艦とした突入部隊を編成。行動可能な軽巡型の艦娘を加えて、出撃の準備が急ピッチで行われていた。
艦後方の機動甲板上で管制を担当する兵士が、松明を振って合図を出し、それに併せて灰色の海目がけて突入部隊が進発していく。カタパルトで射出され、着水してからすぐさま戦闘機動で走り出す三つの影。
「なあ神通、魚雷まで外しちまって大丈夫なのか!?」
「問題ありません、当たらなければ!」
「そう言う話じゃないと思うニャ・・・・・・」
「まもなく、かいろうにはいります!!」
今回は少しでも速度を出すため、多摩はいつも使っている20.3サンチ砲ではなく、元々艤装に備えられていた14サンチ単装砲に換装しており、随伴の一人として出撃した神通に至っては、軽量化のため魚雷発射管を取り外し、更には両腕の主砲以外は何も手にしていなかった。
そんな彼女を心配してか。右翼側を進む木曾が声を掛けるが、開き直る神通に多摩共々反応に困らせられている。だが彼女の船員妖精がアルフォンシーノ廻廊に入ったことを告げると、途端に三人の表情は引き締まった物になる。
「水先案内は俺がやる! 良いな、多摩姉!!」
「了解だニャ。鬼が出るか、蛇が出るか・・・・・・」
いつ襲撃されても良いよう、周囲を警戒しながら進む三人の針路上に巨大な黒い影が現れるまで、それからさほど間を置かなかった。
「敵・・・・・・!?」
「いや、待て。アレは・・・・・・」
警戒心を顕わにして影を見据える神通を、木曾が止める。するとその突端が不意に光り始める。
段々と規則性を帯びながら明滅するそれを見た木曾は合点がいったのか、持ってきた探照灯を使って発光信号を送り始めた。
「援軍か!?」
「た、助かったぁ・・・・・・」
発光信号を送った直後。そろそろ薄くなり始めた霧を抜けて姿を現したのは、磯風と村雨だ。彼女達以外にも、救援部隊としてキス島へ向かった艦娘達。そしてその後ろには、天燐丸の姿もある。
「皆さん、どうしてここへ?」
「提督のご指示で来ました。皆さん、大丈夫ですか?」
「まあ、死んでないだけマシって奴ね」
「冗談じゃ無いわよ! あんな弾幕、二度と潜りたくないわ!!」
神通からの問いに対して、叢雲は疲れ切った表情で。曙は憤然として答える。幸い大きな損傷を受けた者はおらず、春雨や如月ら他の第四十四戦隊のメンバーだけでなく、高波ら第六十二戦隊の者達も無事なようだ。
だがここで、彼女はふと違和感を覚えた。
「足りない・・・・・・」
「えっ?」
「五月雨さんはどうしたんですか!? 霞さんも!!」
「それなんですが、二人は・・・・・・」
二人の艦娘が戦列にいないことに気付いた神通は、浜風に問うた。
「・・・・・・置いてきました」
「そんな・・・・・・!」
「彼女の、霞の指示です。被弾した五月雨を守りながらでは、支障が出ると。だから・・・・・・!」
そう答える彼女の顔は、苦渋の色に満たされていた。
☆★★☆
「―天燐丸を連れて、先に進んで。私の事は気にしなくて良いから」
「えぇっ!?」
敵の攻撃が激しさを増す中で、私―霞は、次席旗艦である浜風にそう指示した。
彼女が驚くのも無理は無い。あれほどの数を一人で。それも、負傷した五月雨を抱えながら捌かねばならないのだから。
「どのみち、足の遅い輸送艦を連れながらでは限界があるわ。誰かが殿をやらないと」
「だからといって、旗艦である霞が残らなくても・・・・・・!」
「あ”~! もう、うっさい!! 良いからさっさと他の面子連れて行きなさいな!! これは旗艦命令よ!!」
「ですが・・・・・・!!」
「・・・・・・行くぞ、浜風」
それでもなお食い下がる浜風を一蹴し、強い語調で命令する。私の意図に気がついたのか、踏ん切りの付かない彼女の肩に、磯風が手を置いた。
「同じ艦種であっても、旗艦の命令は遵守されてしかるべきだ。旗艦が行けというのなら、随伴である私達は行くしか無い。だろう?」
「物わかりが良くて助かるわ。良いわね?」
「・・・・・・了解しました」
そして浜風も漸く納得したのか、踵を返して磯風と共に戦列へと戻っていく。後には私と、五月雨だけが残された。
彼女に肩を貸すと同時に、主砲で追いすがる敵を牽制しながら私達は進む。だけどその間にも、深海棲艦からの砲撃は止む気配を見せそうになかった。
発砲する音。砲弾の飛翔する音。着弾の衝撃と、それによって生じる水柱。気が狂いそうだった。
艦娘として生まれ変わって。いやそれ以前の、まだ単なる駆逐艦『霞』だった頃から。レイテで、鉄底海峡で、そして坊の岬で。散々聞かされ、慣れきって飽ききった筈の騒音。だと言うのに私の耳は、まるで禄に戦えない新兵のように怯え、その都度私の理性が蝕まれていく感覚を覚える。
今のこの状態では戦闘機動はとれず、できるのは巡航移動のみ。一気に加速することが出来ない以上、彼我の距離は少しずつだけど詰まりつつある。だけど決して、魚雷の必中距離へは入ろうとしていなかった。
きっと奴らは、待っているんだわ。私が力尽きて、抵抗するのを止めることを。確実に仕留められる、絶好の機会を。海の上なのに、まるで禿鷹か何かね。
「霞ちゃん・・・・・・。私の事は、やっぱり良いから・・・・・・」
「良い訳無いでしょう!? あの日の『約束』、忘れたわけじゃ無いわよね!?」
普通なら負傷した五月雨を切り捨ててでも進むべきなのだろうけど、私の矜恃。そして何より、『あの日』神通や如月達と交わした約束の存在が、それを許さなかった。
『例えどのような結果になろうとも、仲間を絶対に見捨てない』
『仲間を失う悲しみは、二度と味わいたくない』
『勝って皆で生きて帰る』
その約束が。
それに・・・・・・
「仮に見殺しにして、枕元に夜な夜な化けて出られたら、こっちも夢見が悪いっての・・・・・・!」
単なる駆逐艦だった頃の『私』の記憶。いえ、本能と言ってもいいのかしら。それがさっきから囁いてくるのだ。自分の命を危険に晒してでも、仲間を守る本能が。
「っ、しまっ!?」
「きゃあぁっ!!」
だけど現実は、そんな無茶を許してくれるほど甘くは無かった。
不意に、空気を割るような。それも、砲撃とは別の音が頭上から聞こえたかと思うと、私達の背後に何かが落下。大爆発を起こす。
突然の衝撃によって私の体は投げ出され、受け身も取れずに海面をもんどり打ちながら転がっていく。何回転かして漸く止まったかと思ったら、私の腕の中に五月雨がいないことに気付いた。
「五月雨!? 五月雨!!」
灰色の海の中で、彼女の、目の覚めるような蒼い髪は直ぐに見つけられた。すぐさま駆け寄ろうとしたその時、足に痛みが走り転んでしまう。
見ると、左足の一部が抉れていた。これじゃ、上手く動くことが出来ないじゃない・・・・・・! だけど不幸は、それだけじゃなかった。砲撃の音に紛れて、頭上から何かが飛び回る音が聞こえる。
見なければ良かったのに、私は空を見上げ・・・・・・
「嘘でしょ・・・・・・霧が・・・・・・!」
更に絶望へと追い込まれている事を、知ってしまった。
少しずつだけど霧が晴れ始め、曇天の空が隙間から見え隠れしている。その間を縫うように飛ぶ、黒い飛行物体。深海棲艦の艦載機だ。加えて戦列の中に、キノコのような形の影―正規空母ヲ級も加わり始めている。
霧が晴れ始めたと言うことは、連中は電探と目視。そして持っているかは判らないが、水偵による観測を、十全に使用する準備が整いつつあると言うこと。加えて此方は、損傷した駆逐艦が二隻だけ。風前の灯火なんて、生易しい状態ではなかった。
「ここまで来ておいてぇ・・・・・・!!」
動かぬ足を引き摺り、這ってでも何とか動こうとする。だけど、その意思とは裏腹に体はまるで鉛のように重く感じられ、動く気がしなかった。
そうこうしている間にも、奴らの手が五月雨に迫ってきている。動けないのを良いことに、どうやら砲撃では無く、艦載機による攻撃で沈めようとしているらしい。それも、知ってか知らずでか、私の目の前で。
「止めて・・・・・・! 止めなさいよぉっ!!」
半ば執念と本能で、主砲を敵機に向けて撃つ。だけど、当たらない。
次は機銃を使おうとする。だけど、こっちは届かない。
刻一刻と迫る最期の時。艦載機が爆弾を抱え、直上から一気に飛び込もうとした、その時だった。
「撃ち方、始めっ!!」
鈴の音のような声が響いたかと思うと、次の瞬間。艦載機が炎に包まれた。制御を失ったそれはそのまま、錐もみしながら海面へと落下していく。
声のした方向を見ると、私達の方へ目がけて茶髪の艦娘―照月が吶喊してくるのが見えた。
「ガンガン撃って! 長10センチ砲ちゃん、頑張って!!」
そうこうしている間にも、彼女は対空砲火を放つ手を緩めようとしない。
両腰にぶら下げられた主砲―長10サンチ連装高角砲が火を噴き、襟元に付けられた九四式高射装置と連動して次々と敵機を屠っていく。
砲身が焼き付いたら、太もものホルスターに収められた予備のそれを器用に取り出し、手早く取り替えると同時に再び弾幕を張り始める。彼女が“長10センチ砲ちゃん”と呼んだ生き物(?)も心なしか、嬉しそうだ。
だが、敵も何時までも呆けているわけでは無い。艦載機による攻撃が無理と判断したのか、今度は軽巡型の深海棲艦を筆頭に五月雨目がけて食らいつかんとする。だがそれすらも、叶うことは無かった。
「でぇえいっ!!」
「ニャァーッ!!」
「霞さんと五月雨さんを中心に、壁を作るように展開! 迎撃を厳にしてください!!」
「『『了解!!』』」
さらに照月の背後から何かが飛び出す。お揃いの戦闘装束を身に纏った艦娘。多摩と、木曾だ。
二人は渾身の叫び声を上げながら、眼前のト級目がけて必殺の跳び蹴りを撃ち込んだのだ。当然、反応の遅れたト級は顔面に二人分の靴痕を付けられて吹っ飛んでいく。
それに呼応して神通が指示を出し、夕立達駆逐班も突入。五月雨を守るようにして戦闘を開始した。その中には、出撃しないよう固く言い聞かせておいたマハン達の姿もあった。
「霞、大丈夫ですか!?」
「へへっ、ピンチの時に颯爽登場。格好いいだろ?」
「もう、朝霜ちゃんはすぐこれだから・・・・・・」
「なっ!? 良いだろ初霜ぉ、それくらいは!?」
「やれやれ。武勲を求めるのは良いことだが、まずは生き残る事が肝要だぞ?」
私の前に立ったのは、浜風に磯風。初霜と朝霜の四人だった。
「皆・・・・・・なんで・・・・・・」
「以前言ったでしょう? 仲間の沈むところは見たくないって。私も、それは同じだわ!」
「ま、霞にはアタイも借りがあるからね。返さずに死なれちゃ、寝覚めが悪いってこった!」
「大方、五月雨を助けて自分は沈むつもりだったのだろう? そんなことさせると思ったか?」
「せっかく再会できたのですから、当然です」
主砲で弾幕を張りながら、四人は力強く答える。
まったく、アイツらは本当に・・・・・・!
「ああ、もう、馬鹿ばっかり!!」
「そうですね。パラオは、馬鹿の巣窟ですから」
「馬鹿で結構! そうで無ければ、あんな狂った戦争なんざ出来んさ!!」
「私もいつの間にか、馬鹿の仲間入りをしていたみたいだし」
「それにさ、なんて言うか燃えるじゃねぇか? 敵だったアメ公と一緒に戦えるなんてよ?」
だけど今は、これほど頼もしい味方は他にいない。
「こうしちゃいられないわね。私も戦うわ・・・・・・っ!」
「無茶はしないで! 足をやられたのでしょう?」
「けどこのくらいは何度も経験してきたわ。今更足を撃たれた位じゃ、怯まないわよ」
「やれやれ、東郷司令から聞いてはいたが、存外頑固なのだなお前は」
「まあ、性分だから。死んでも直す気は無いわよ」
主砲・・・・・・まだ弾はある。
魚雷・・・・・・まだ残っている。
短刀・・・・・・まだ使ってない。
「行くわよ、
そして闘志は・・・・・・まだ、尽きていない!!
★☆☆★
「・・・・・・・・・・・・」
多摩達を送り出してから、数時間後。徹心の姿は戦闘指揮艦橋には無かった。
では彼はどこにいるのかというと、鞍馬の艦内で一番見晴らしの良い場所。即ち、最も高い場所にある索敵艦橋に、その姿があった。今現在も一心不乱に双眼鏡をのぞき込んでおり、彼の周りにいる索敵手達も心なしか居心地が悪そうにしている事に気付いていなかった。
「あの・・・・・・司令官」
「何だ?」
このままでは埒が明かないと見たのか、索敵手の一人が勇気を出して徹心に話しかけて来た。
「天燐丸も後続の部隊と合流出来ましたし、お体に毒ですので、後は我々に任せて・・・・・・」
「その申し出はありがたいが、気持ちだけ受け取っておく」
「何故でしょうか?」
しかし徹心は、その索敵手の進言をやんわりと辞した。そして今度は、彼の方が口を開く。
「危険な作戦を組み、本来の運用の定石を外れた編成で出している。で、あるからには、せめて自分の目で、彼女達を迎えてやりたい『あの時』と同じように」
「そうですか・・・・・・。わかりました。小官もお手伝い致します」
「・・・・・・ありがとう」
「職務ですので、礼には及びませんよ。それに、そろそろ
徹心の説明を聞いて、来るものがあったのか。彼は双眼鏡を仕舞うと、下の台から望遠鏡を取り出して見張りを続ける。
「幸い、霧も多少は晴れていますから。一応は見つけやすくはなっている筈・・・・・・」
《こちら戦闘艦橋。司令官、聞こえますか? 応答願います。司令官》
索敵手がそう言った直後。伝声管を通じて、鈴の音のような声が索敵艦橋に谺した。
「こちら索敵艦橋。どうぞ?」
《曹長、そちらに東郷司令官はいらっしゃいますか?》
「ええ、います。代わりますね」
「どうした、中尉。何かあったのか?」
受け答えした索敵手の曹長に代わって、徹心は伝声管の向こう側にいる香月中尉に話しかける。
《先ほど千歳さんが出していた哨戒機が、駆逐隊を発見したそうです》
「っ、本当か!?」
《はい。旗艦多摩以下、神通、木曾の救援部隊と、霞以下、駆逐班五個の救援部隊も無事です》
「わかった、直ぐに戻る」
彼女から告げられた朗報に、徹心は手にしていた双眼鏡を傍らにいた水兵に押し付け・・・・・・基、預けると、駆け足で索敵艦橋から降りていく。
「やれやれ、噂をすれば何とやら、だ・・・・・・」
親子ほどにも年の離れた若き上官の背中を、曹長は半ばほほえましく見送っていた。
☆★★☆
「霞!!」
索敵艦橋から降り、急な角度の階段を何度も転びそうになりながら、辿り着いた格納庫。そこには、激戦を終えて生還した艦娘達が揃っていた。
その中に、磯風に肩を借りて立っている霞の元へ、駆け寄った。
「あ・・・・・・司令官」
「皆、良く無事で戻ってくれた。ありがとう・・・・・・」
「ほんっと、一時はどうなるかと思ったけどね」
「まあ、生きて戻れば大勝利よ。駆逐艦霞、以下五個駆逐班。ただいま帰還したわ」
そう言って彼女は敬礼し、他の艦娘達もそれに倣って敬礼。対する自分も、最大限の謝意を込めて返礼した。
「さて、部下としてはこのくらいにして・・・・・・。どんな采配してくれたのよ! 戻れたから良かったけど、下手すりゃ全員海の藻屑になってたわよ!? ホンット、無茶な話だわ!!」
「霞の言う通りよ! このクソ采配提督!!」
「ちょっ、まっ、二人とも!? いきなり何言い出すのよ!?」
そして一拍間を置いたかと思うと、着任した当初の様な貌になって、彼女は自分に対して思い切り罵詈雑言をぶつけてきた。彼女の豹変に驚いたのか、村雨が思わず止めに入っている。何故か曙も一緒だが、大方理由は似たようなものだろう。
「能力が無ければ、最初からこんな作戦は組むつもりは無い。それに、無事に済んだんだ。今はそれで良いだろう」
「はいはい、アンタはそう言う男だったわね。ったく、私達は駒じゃ無いっての・・・・・・」
「すまない」
「・・・・・・もう良いわ。このまま行っても平行線だろうし」
そう言って彼女は、背後の。村雨よりもさらに吃驚していた高波に謝っていた。そして一通り話し終えたのか、今度は真面目な方の顔になって再び自分に近づいて来た。
「司令官、耳を貸して」
「・・・・・・こうか?」
「そうそう。で、話なんだけど・・・・・・」
「・・・・・・何だと・・・・・・!?」
言われたとおりに彼女に耳を貸すと、霞が耳打ちして来たのだが、その無いように自分は耳を疑った。
北の果てでの戦いは、雪と氷の様に単純明快には、行きそうに無かった。
「新種の深海棲艦?」
「それで、目標が居そうな場所は・・・・・・―」
「―落ち度でも?」
「ゼロ・・・・・・オイテケ・・・・・・」
次回。「北の姫君」。
敵は何も、異形だけとは限らない。