今回も複数のパートに分かれてます。それでは、どうぞ
「我々を助けて頂き、本当にありがとうございます。この恩は、決して忘れません」
「当然のことをしたまでです。それには及びません」
救出作戦を終え、単冠湾泊地へと戻って来た自分達はそこの応接室で米軍側の代表と会談していた。
その一人であるリー軍曹から感謝の言葉が贈られているのだが、もう一人。マードッグ大尉の方は、未だに一言も発することも無く座したままだった。
「すみません。大尉は、アジア人を嫌っていますので・・・・・・」
「話は聞いています。今は気にしてもしょうが無いでしょう」
「・・・・・・感謝します」
「それでは、本題ですが―」
その遣り取りの後は、諸々の事務手続きを含めた打ち合わせの時間だ。
予定なら天燐丸もそのまま大湊までの足として使う筈だったのだが、先の戦闘で無理な全速航行を行った結果、機関部に不具合が起きてしまっていた。なので使える足は、最初の上条少佐が執った作戦の際に使用され、自分の作戦の際には泊地に待機させていた天竺丸一隻のみ。それに乗り込むことになるため、少々窮屈な思いをすることも告げる。リー軍曹はそれに関しても、快く了承してくれたが。
「おい、ジャップ」
そんな中で漸く、口を開いたマードッグ大尉。事前に名乗っていたにも関わらず、自分の事を日本人を意味する隠語で呼んだと言うことは、彼のアジア嫌いは結構なものであることが改めて理解出来た。
「なんでしょう?」
「何故お前達は、俺達にここまでしてくれる?」
彼はそれに続けて、ぽつりぽつりと語り始めた。
軍人を数多く輩出していた家に生まれた彼は、さも当然のように軍に入隊したのだが、それが彼の不幸の始まりだった。真珠湾攻撃でまず弟を亡くし、コロンバンガラで兄を亡くし、陸軍にいたと言う従兄弟はビルマで戦死。他にも、数え切れないほどの友人を失ってきたという。
「あれからもう何年も経つとは言え、俺達はドンパチやった間柄だ。お互い数え切れないほど殺したし、殺された。それなのに何故・・・・・・」
『何故』、か・・・・・・。軍人としては、理由は沢山有る。だが単純に私人としては・・・・・・
「苦しんでいる者を助けるのに、理由が必要ですか?」
「・・・・・・?」
「理由が全くないと言えば、嘘になります。ですが“人間”を助ける事は、同じ血の通った“人間”にしか出来ない。敢えて理由を付けるとすれば、まずはこれでしょうか」
思えば、自分の艦隊は助けてばかりだ。懲罰艦隊だった頃も含めると、こちらの好むと好まざるに関係なくだ。初霜が以前、『一隻でも一人でも、救えるなら私は、それで満足なの』と言っていたが、今ならその理由がわかる気がする。
「そちらの流儀に合わせるなら、主が自分達に行くよう見えざる手で促した。とでも言っておくとしましょう」
「・・・・・・そうか」
それを最後に、彼は再び口を閉じる。
霞からは頭の固いお人だと聞いていたが、もしかしたら彼は悩んでいただけなのかも知れない。少なくとも今は、そう思っておくとしよう。
★☆☆★
「あ”ぁ~・・・・・生き返るわぁ~」
おおよそ年頃の女の子とは思えないような、親父くさい台詞と共に湯船の中で体を伸ばす村雨。
予期せぬ作戦も一区切りが付き、第四十四戦隊の面々は束の間の休息が与えられていた。与えられていたのだが、あいにくと単冠湾には娯楽と呼べるものは無く、乗組員の大半は泊地の酒保で買ってきた酒でちょっとした酒盛りをしたり、持ち込んでいた花札などに興じていた。
その一方で艦娘達はと言うと、間宮茶房特製のお茶菓子に舌鼓を打つ者と、こうして村雨のように入渠。もとい、入浴を堪能している者に分かれていた。
「確かに、ウチの入渠設備とは全然違うね」
「噂じゃアレ、棺桶を再利用しているらしいわよ」
「かっ、棺桶ぇ!?」
響の言ったとおり、パラオの入渠設備は元々が懲罰艦隊だったと言うこともあって、質素で殺風景なものだった。それ故、辺境の一泊地とは思えないような豪華さに当初は圧倒されていたのだ。
「それにしても浜風・・・・・・また大きくなったじゃろ?」
「えっ? な、何を言い出すんですか!?」
「そうだぞ、浦風。艦娘の体は、肉体と霊体が半分半分だという話だと言うのに」
唐突に、浦風が浜風の胸について話を出してきた。それに対し、彼女は困惑しながら答え、磯風もそれに続く。
「だからと言って、それが成長せん理由にはならんよ?」
「まあ、それはそうだが・・・・・・」
「で、ですけど成長する理由にもなりませんよね?」
「まあ、成長したかどうかは・・・・・・わしわしして確かめるけぇ、そこ動かんといて」
だがしかし、当の浦風自身にとって、成長云々自体には特に意味は無かったようだ。両手の指をワキワキと動かしながら、少しずつ彼女は浜風に接近して行く。
身の危険を感じた浜風はその場から逃げようとするが、両腕を捉えてそれを阻止させた人物が。彼女の両脇にいた谷風と磯風だ。加えて更に村雨も、彼女を羽交い締めにしてきた。
「すまんな、浜風。私はまだ、貞操を守りたいんだ」
「谷風さんはこんな立派なのは持ち合わせてないからねぇ・・・・・・ちきしょーめ」
「ちょっ、谷風目が据わってますよ!?」
「さあ浜風、覚悟しぃ・・・・・・!」
「は、話せば判ります!」
「問答無用じゃ!!」
「ゴメンね、浜風。私もそれなりに自信はある方だけど、その私から見ても貴女は大きすぎるわ・・・・・・!」
「村雨まで!? やっ、やめてくださっ・・・・・・!!」
全くと言って良いほど噛み合わない遣り取りを前にして、響と曙。そして如月は、自身の胸元を見る。持つ者と持たざる者の決定的な溝が、そこにはあった。
「「・・・・・・。はぁ・・・・・・」」
「ブローハ・・・・・・」
都合数分ほど。浦風の言う“わしわし”に突き合わされた浜風はと言うと、ぐったりと浴槽の縁にもたれかかり、肩で息をしていた。一方で浦風は、もともと艶のある肌がさらにつやつやしている。
「けどさぁ、霞から聞いた妖精さんが悪さしたって話。アレ、本当かねぇ?」
「ウチは信じとう無いよ。妖精さんだって仲間じゃと思うちょったのに・・・・・・」
「確かに俄には信じがたいけど、事実として私達は襲われた。それだけは間違い無いわ」
「そうだな。ただ一つ問題があるとすれば・・・・・・」
「朝霜が愛宕達に抱いている印象、か・・・・・・」
「ええ」
磯風の言ったとおり。単冠湾泊地における艦娘同士の派閥争いは彼女らも聞き及んでいた。特に朝霜は、愛宕達を快く思っていない。
とは言え、今回は下手をすれば彼女達全員轟沈していても可笑しくないような事態である。いくら仲が悪くても友軍の命を。それも誤射などでは無く意図的に奪おうとしたなどと言うことは考えられなかった。
「朝霜は何というか、真っ直ぐですから」
「単純馬鹿とも言うがな」
「だけど義理堅い面もある。彼女が嘘を吐くとも、思えないな」
確証の無い疑念は疑心を招く。特に浜風と磯風、そして響と、朝霜に縁のある者達には頭の痛い話だった。
「けどやっぱり、あたしは・・・・・・」
その結果、浴場の空気が沈痛したものに変わりかけた、その時だった。
「大丈夫だって! とっても楽しいし、暖かくて気持ちいいよ?」
「でっ、ですけど服を全部脱ぐなんて・・・・・・」
「み、水着! せめて水着を・・・・・・!」
脱衣所の方からしてきたのは、何やら姦しい話し声。すると扉が開き、照月に手を引かれながらマハン達米軍の駆逐艦娘達が浴場へと現れたのだ。どうも裸で湯船につかると言う行為に慣れていないのか、マハンとフラッサーは手ぬぐいで体の前を隠そうとしている。
「えー、良いじゃん。ジャパニーズ・オフロ、一度入ってみたかったんだよねぇ~。行っくよぉ、ショー!!」
「ふぇっ!? ちょっ、待っ、ゴブボベ!?」
それに対しリードは、まるで見知った場所であるかのように湯を被ると、すぐさま湯船に突撃をかける。そしてショーは湯に手を触れていた所でリードに首根っこを捕まれてそのまま浴槽に引きずり込まれてしまった。
「『・・・・・・・・・・・・』」
「・・・・・・ぷふっ!」
その光景がツボに入ったのか、クスリと笑う村雨。賑やかを通り越して混沌とし始めたが、少なくとも今ので先ほどまでの重い雰囲気は雲散していた。
「まあ何にせよ、提督のご判断次第です。私達がどうするかは、それから決めましょうか」
「そうだね」
「そうじゃな」
ひとまずこの話はお終い。浜風のこの言に、彼女達は相づちを打つ。今は束の間の安らぎを満喫することを、決めたのだった。
―――――――
『艦娘とは、兵器であり、兵士である』
その出路から、ある種の付喪神とも言えるため、大切にするべきである。それが連合艦隊における艦娘への共通認識であり、事実として彼女達はそれを受け入れていた。
書類上は一個の艦船として扱われる一方、軍人でもあるため艦種毎に決まった額の給金が支給されており、交代制ではあるがちゃんと休暇もある。それ以外にも様々な手当その他があるのだが、基本的には旗艦などの上の役職。もしくは上位の艦種になればなるほど、実入りと、それに比例してこなすべき責務も多くなる。
「わぁ・・・・・・ここが霧島の部屋ですか」
「ええ、そうよ。と言っても、殆ど寝て起きるだけの場所だから、何も無いけど」
「そんなこと無いわ! とっても素敵じゃない!」
特に戦艦ともなれば、正規空母と並ぶ最上位の艦種であるため、艦娘としては最高の待遇を約束されている。それ故、責任も重大だが。
「とりあえず、適当に座っていて。今、お茶を入れるから」
「はい!」
今、彼女―榛名が招かれている霧島の自室も、そんな待遇の一つだ。
六畳一間の中に卓袱台とベッドだけでなく、専用の洗面所に加えて小さな調理場と流しまで。それこそ、辺境の泊地である事を抜きにしても、至れり尽くせりである。
南方であるパラオにある自分の部屋と比べて珍しいのか。榛名はあたりをきょろきょろ見回していると、箪笥の上にある写真立てが目に入った。
写っているのは、霧島と、彼女より少し年上に見える巫女服風の衣装を着た女性二人。これを見て榛名は、直感した。
「ああ、それは金剛お姉様と比叡お姉様と一緒に撮った写真ですね」
「金剛お姉様と?」
それと同時に、入れ終えたお茶を持ってきた霧島が、その写真を見て懐かしそうに言った。
「そう。真ん中で椅子に座っているのが、金剛お姉様。左で立っているのが私で、その反対側にいるのが、比叡お姉様よ」
「比叡お姉様・・・・・・この人が・・・・・・」
「懐かしいわね。この写真を撮った一週間後に、レイテ戦役が始まって、その直前に比叡お姉様がパラオに懲罰転属になったから、実質最後に撮った写真ね」
「そうだったんですか・・・・・・」
『明るく、太陽のような人』。比叡の人となりを五月雨からそう聞いていた榛名は、写真の中の彼女を改めて見てみる。
「きっと、とっても素敵な方、だったんですね・・・・・・」
「ええ。金剛お姉様第一主義な人でしたけど、面倒見が良くて、駆逐隊の子達からは慕われていました。きっとパラオでも、皆を引っ張っていたんでしょうね」
「はい。できることなら、この目で会いたかったですね・・・・・・」
「きっとどこかの拠点で『ひぇー!!』なんて言っているわ。心配無用よ」
「い、良いのでしょうか、そんなので?」
「良いのよ、こう言うのは。さ、そろそろ頃合いね」
適当な所で話を切り上げた霧島は、急須を手に取り湯飲みにお茶を注ぎ始める。ほんわかと湯気の立つ緑茶を注ぎ終え、もう一つ用意した湯飲みに注ごうとした、その時だった。
「・・・・・・っ!!!」
「霧島!? す、すぐに衛生兵を!!」
「大丈夫、大丈夫よ・・・・・・」
不意に、彼女が嗚咽のようなものを漏らしたと思うと、急に苦しみ始めたのだ。何が起きたのか解らずおろおろする榛名に対し、胸を手で押さえ、荒い呼吸を繰り返す霧島。
だが本人にとってこれはもう慣れたことなのか、懐から丸薬の様な物を取り出すと、それを口に含んでお茶と一緒に流し込んだ。それにより落ち着いたのか、彼女の様子も収まりを見せ始める。
「い、今のは一体・・・・・・?」
「発作みたいなものよ。大したことは無いわ・・・・・・」
「無いわけないでしょう!? そんな重要なこと・・・・・・!」
「それでも、よ・・・・・・。榛名、貴女は艦娘として生まれたばかり。まだ知らないことも多いでしょう。でも世の中には、知らない方が良いこともあるの。良いわね?」
「・・・・・・はい」
その事を問いただそうとするも、霧島のただならぬ気配を前にして、榛名は押し黙るしか無かった。
―――――――
救出作戦から二日後の朝。冬の寒空の下、泊地の岸壁に横付けされた特設輸送艦“天竺丸”の前に、キス島から救助された米軍海兵隊の将兵と、マハン達駆逐隊。そしてそれらと向かい合うようにして、徹心、睦実らと艦娘がそろい踏みしていた。
「何から何まで、お世話になりました。このご恩は、決して忘れません」
「こちらこそ。沢山お話を伺えて、光栄でした」
「道中、お気を付けて」
「あぁ・・・・・・カーネル・トーゴウ」
短く。だがしっかりと言葉を交わし、固く握手をする三人。彼らが手をほどくのを待っていたのか、そのタイミングでマードッグ大尉が徹心に話しかけて来た。
「何でしょうか、大尉」
「あれから二日間、じっくりと考えさせてもらった。やはり、実物に触れてみないことには、解らないことも多いな」
「そうでしたか。アジア人も、捨てた者では無いでしょう?」
「・・・・・・かもしれんな」
するとマードッグ大尉は握り拳を作ると、徹心の胸板をコツン、と軽く小突いた。
「今のは?」
「俺の故郷に伝わる風習でな。元々はインディアン同士の友情を表す挨拶云々かんぬん、とか言ったが・・・・・・まあ、そう言うことだ」
「なるほど。なら、それに恥じないようにしませんとね。そのためにも、武運長久・・・・・・いや、そちらの流儀に合わせるなら。Good ruck,Mr.」
「ふん、言ってろジャップ。いずれスパーリングで負かしてやるからな」
そう言った台詞とは裏腹に、彼の表情は単冠湾へ来た時とは比べものにならない位、穏やかになっていた。
「霞、貴女もどうかお元気で」
「そっちこそ。ドジ踏んで、沈むんじゃ無いわよ?」
「磯風、また演習しよう。今度はマハン級の誇り賭けて、全力で」
「そうだな。いずれ暇が出来た時にでも、相手しよう」
一方で艦娘達も、短い間とは言え、互いに轡を並べた戦友との別れを惜しんでいた。少なくともそこには、国の違いは関係ない。確かな友情が、横で見ていた徹心には感じられた。
「五月雨、村雨、また会おうね!」
「はいっ! ショーもリードも、元気でね!!」
「お土産、艦隊の皆で分けてね」
「なはは。まあ、運が良かったら会いましょうや。谷風は付き合ってて面白いからねぇ」
「へへん、そこは谷風さんも同意かな?」
「三人とも、そろそろ行きますよ。では皆さん、またお会いしましょう」
そして惜しまれながら兵達が船に乗り込むと、タラップが収納され、汽笛と共に天竺丸の船体は岸壁を離れていく。その時だった。
「総員、親愛なる友軍諸氏に、敬礼っ!!」
船上の兵士達と、並走しているマハン達が岸壁の方を向き、一斉に敬礼してくる。その号令をしたのは、意外なことにマードッグ大尉だった。
「マードッグさん・・・・・・」
「・・・・・・善人だったな。良し。総員、返礼ぃっ!!」
それに対し徹心達も敬礼、さらに礼砲で返す。その様は、天竺丸が遠く見えなくなるまで、続けられた。
その見えなくなるのを待ってから、徹心は艦娘達に解散を指示すると、その足で近くに居た叢雲と霞の元へと向かった。
「・・・・・・さて、と。霞、叢雲、例の新種の事だが・・・・・・何か判ったか?」
「収穫無しね。千歳達にも手伝って貰って、廻廊の近くまで行ったけど確認はできなかったわ」
「こっちもボウズ。影も形も無しだわ」
「そうか・・・・・・」
今、彼の頭の中には懸念事項が三つ、居座っている。
一つは、朝霜が使っていた電探の誤作動。一つは撤退時に現れたと言う、謎の深海棲艦。そしてもう一つ、それは・・・・・・
「二人の報告で、より信憑性が増してきた。アルフォンシーノ列島のどこかに、深海棲艦の拠点がある」
「やっぱりね・・・・・・。リード達を襲った艦載機も、空母が居なかったことを考えると説明が付くわ」
「ってことは、拠点型の深海棲艦・・・・・・。ホントに居るの?」
「あり得ない話ではないぞ。先のレイテ戦役では、深海棲艦隊を率いていたのは飛行場姫。高度知性保持種だ。奴の防御力と制空能力は、それこそ日米英三国連合艦隊を苦しめたらしい」
「それでも、私達はやるしかない。そうよね、東郷司令官?」
「ああ、その通りだ。もし陸上拠点型だとすれば、敵の棲地が目の前にあることを意味する。そうで無かったとしても、連中の集結地点を抑えることが出来れば、北回りでアメリカ大陸との通交が復活するかもしれない」
「何というか、いつも厄介事ばかりに立ち会わされるわね・・・・・・」
「いつもの事よ。もう慣れなさいな」
その後も、今後のための遣り取りをしながら三人は施設の中へと戻っていく。だが“内憂外患”と言う言葉がある様に、彼らを取り巻く障害はまだ存在していたことに、未だ気付かないでいた。
―――――――
「ぬぅうう・・・・・・っ、あぁっ!!」
居住区画の中にある、一室。愛宕達が会合に使っているこの部屋は、普段は調度品も揃った小綺麗な部屋である。だが今は、それは見る影も無かった。
壁紙は引きはがされ、壁には幾重にも渡って拳の跡と亀裂が入り、椅子は無残に粉砕されている。
部屋をこんなにした張本人である愛宕はと言うと、彼女に鼻の下を伸ばしながら部屋まで付いてきた若い兵士を、『精神注入』と書かれた木棒で滅多打ちにしていた。
「『我に策あり』、か。大きく出た割には、大したことは出来なかったな」
「ホント、大っきいのは胸と態度だけ。他は小っちゃすぎて、目をこらさないと見えないわねぇ」
「貴女たちねぇ・・・・・・!!」
「おお、怖い怖い。悪ふざけはこのくらいにして、こいつ。死んでしまうのでは無いか?」
「死んだら死んだで考えるわよ。・・・・・・それにしても、気に入らないわね」
辛うじて無事だった椅子の一つにどっかと座り、憤然として愛宕は言う。
「何がだ?」
「東郷徹心よ! 彼の立てた作戦は尽くが成功。仲間には全幅の信頼を寄せ、その仲間も彼を信頼している。容姿端麗で頭脳明晰な人格者。まるで英雄譚の主人公じゃない!! ああいう完全無欠な人間見てると、むしゃくしゃしてくるのよ!!」
「なるほどな。ラバウルの司令官を誑し込んで、色情狂いにまで堕とした動機はそれか」
だが徹心の話題に切り替わると同時に、不機嫌な顔をする彼女を見て、鳳翔もあきれ顔だ。今でこそこの有様ではあるが、鳳翔はかつては機動部隊の長として、それなりに人を見る目はあると自負している。だからこそ、彼の手強さが理解出来ていた。
「・・・・・・もう。話を変えるけど、霧島ちゃん達の事だけど・・・・・・」
「仕方あるまい。こうなったら、強攻策に出るしかないな」
「大丈夫なの? 刃傷沙汰ともなれば、さすがに憲兵隊も動くだろうし、それに、“アイツら”も・・・・・・」
そう言って自信ありげに軍刀の柄を叩く日向に対し、陸奥は不安げな顔を浮かべる。だがそれを聞いてもなお、彼女の表情はまるで能面の様に揺らがなかった。
「大丈夫だ。向こうが刃傷沙汰と
「そう・・・・・・。それなら私も、ちょーっとだけ、本気になろうかしら?」
口角をつり上げ、まるで悪魔のようにクツクツと笑う日向と愛宕を見て、陸奥は背筋に冷たい者を感じずには居られなかった。それと同時に彼女自身も、嗜虐的な思考回路を巡らせながら・・・・・・。
★☆☆★
マードッグ大尉ら米軍海兵隊の将兵と、マハン達駆逐隊を送り出したその日の夜。
諸々の処理案件もようやく一段落したと言うことで、自分―東郷徹心は久方ぶりに同級生である阪元美桜と語り合おうと思っていたのだが・・・・・・
「新種の深海棲艦?」
これだけは言っておくべきだろう。そう判断して、二人から上がってきた報告をほぼそのまま彼女に話していた。
阪元の方も、いつも以上に真剣な面差しで聞いている辺り、指揮官としての思考に切り替わっている様だ。
「そうだ。キス島から撤退する途中で交戦していて、叢雲に至っては手酷くやられてしまっている」
「重巡級らしき人型の個体と、複数で一組の群体か・・・・・・」
「浦風によると、機銃数発で撃破できたらしい。となれば、駆逐艦よりも軽量な艦と見るべきだろう」
「まさか、水雷艇か・・・・・・?」
「あり得ない話では無いな。このことは、高峰経由で調査を頼もうと思う」
「そうか。それと、朝霜の一件だが・・・・・・」
話題は他にもある。例の、朝霜の電探騒動だ。
霞から報告された時にはそれこそ耳を疑ったが、それでもその可能性が少しでもある以上、調べない理由は無い。愛宕達も今は灰色。白でも黒でも無い立ち位置にある。
何にせよ、はっきりさせる必要があった。
「むしろ、そっちの方が本命だな。あれの部署は、本来そっちが専門だ」
「やれやれ。外にも内にも敵ばかり、これでは何のために入隊したのか、わからんな・・・・・・」
「しっ、失礼します! 副隊長さんは、いらっしゃいますか?」
そして阪元が、嘆息した時だった。部屋の扉が叩かれ、外から呼ぶ声がする。この泊地で、そう言う物言いをするのは確か・・・・・・
「まるゆか? 良いぞ、入っても」
「は、はい。失礼します」
戸を開けて入ってきたのは、水中眼鏡を付けた小柄な艦娘、まるゆだった。これから外へ出るのだろうか、防寒用の外套ではなく艤装と、その下に白い水着を身に付けている。
「あのっ、これから夜間哨戒に行ってきますので、えっと、その・・・・・・」
「報告か? それなら明日でも構わなかったのだが・・・・・・まあ、良い。気をつけてな」
「は、はいっ!」
そう言ってまるゆは、敬礼して去ろうとするが、途中で間違いに気付いたのか。慌てて脇を締める海軍式で敬礼し直していた。
「毎晩出しているのか?」
「いつぞやのショーのように、夜半にここへ辿り着く者がいないとも限らないだろう。それにな、東郷。まるゆは陸軍所属とは言え、潜水艦の端くれだ。隠密能力は侮れないぞ」
「なるほど、そうなのか」
「まあ、南の海では潜水艦は使いづらいだろうな。あそこの海は綺麗すぎる」
結局あの後。自分と阪元はまた暫く談笑し、互いの寝床へと帰って行った。明日からは、いよいよ本来の任務が待っている。加えて、ショー達を襲ったという航空機らしきもの。あれの存在も気がかりだ
これは、気を引き締めて掛かる必要が、ありそうだ・・・・・・。