名無しの英雄~パラオ艦隊戦記~   作:レイキャシール

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今回も複数のパートに分かれています。最新話リンクから飛んできた方は、ご注意願います。


それと今回から試験的にですが、段落や改行を変えてあります。何かご意見があれば、直接メッセージでお願いします。




第三章・第十一話:北の姫君・後編

 

★☆☆★

 

 

 北方、アルフォンシーノ廻廊の内部。数日前、キス島から撤退する折、敵艦隊が追撃してきたが為に思わぬ死闘を演じたこの場所を、響と曙、春雨と飛鷹が航行していた。

 

「本当に敵の棲地があるのかしら? 今ひとつ信じられないわね・・・・・・。それで、目標が居そうな場所は?」

「あの作戦の後、深海棲艦の大半は撤退している。途中までは索敵機でも捕捉出来ていたけど、突如として反応が途絶えている。その場所が・・・・・・」

「アクタン島、ですか・・・・・・」

「正確には、そこからさらに沖合数百(メートル)の地点だけどね。何にせよ、そこに何かがあるのは間違いなさそうだ」

 

 彼女達が此所へ来ている理由は、今響が言ったように敵の集結地点。もしくは、陸上拠点型の深海棲艦を捜索するためだ。いくら深海棲艦の物量は無限であっても、一度に使える量には限界がある。

 事実として、荷物持ち型の深海棲艦に加え、ここ最近では輸送と補給能力に特化した存在―輸送ワ級なる深海棲艦による、後方支援体制と思われる物も現れているのだ。

それに目を付けた徹心は、以前東部オリョール海で行った時と同様、彼らを捕捉、追跡することで敵拠点への手がかりを掴むことを画策したわけである。

 今回は飛鷹も含めて、探索に同行している空母達が新開発の艦上偵察機、彩雲を使っており、空と海との二段構えの布陣をとっていた。

 

「で、飛鷹、そっちはどう?」

「・・・・・・駄目ね、それらしき物は影も形も無いわ。けど、アイツら海にも潜れる訳だから、断言出来ないけど。飛鷹より、鞍馬へ。座標伊の二十七地点捜索完了。目標は見つからなかったわ」

《鞍馬より、飛鷹へ。了解しました。一時帰投願います》

「飛鷹、了解。それじゃあ三人とも、一旦もど・・・・・・」

 

 収穫が得られなかったため、通信機の向こう側にいる香月中尉が帰投を促してくる。それに従って、飛鷹は三人と共に帰路に就こうとした、その時だった。

 

「!? 水上電探に感!! 敵です!!」

「敵!? まさか、春雨のまで誤作動してるの!?」

「出撃前に整備はしましたし、それ以前にこの電探は下ろし立てです! 誤作動だなんて、あり得ません!」

「おしゃべりをしている暇は無いわよ、三人とも。逃げるわよ!」

 

 突如として現れた敵の影を、春雨の電探が捉える。しかし、キス島撤退の際に起きた朝霜の電探の誤作動が彼女達の間に尾を引いており、詰問する曙に対し、春雨は珍しく声を荒げて反論する。状況が状況なだけに飛鷹はそれを制し、直ちに後退を開始した。

 

「てきえいほそぉーく!! せいりょく7、じゅんようかんたいとおもわれます!!」

「やっぱりね・・・・・・! 飛鷹より、鞍馬へ! 我、敵艦隊の邀撃を受けつつあり! 支給増援を送って頂戴!!」

《飛鷹、敵に追われているんだな!? 場所は!?》

「通信聞いていたでしょう!? 座標伊の二十七地点、八時の方向に現在逃走中! 急いで!!」

《了解した、直ぐに向かわせる》

 

 通信機越しに徹心に文句を言いながら彼女らは走り続ける。しかし、既に射程に捉えているのか、後方のリ級が主砲を発射し、砲弾が至近で炸裂した。

 

「ちょっと、飛鷹! もっと飛ばせないの!?」

「無茶を言わないで! 私、元々民間の客船だったのよ!!」

 

 彼女の言う通り、艦としての飛鷹型は、民需用の客船を改造して作られた急造品の空母だった。

 そのため最初から戦時には空母として使用することを前提として設計、建造されていたものの、船体の七割ほどは客船時代のそれを流用している。それ故、脆くて遅いと言う、空母としては致命的な欠陥を抱えていたのである。その欠陥が此所へ来て、艦娘となった飛鷹に重くのしかかってきたのだ。

艦載機を飛ばす隙も無く、彼女はやむなく携帯していた高角砲で応戦する。しかし所詮は、対空攻撃用のお守り程度でしかなく、威力も高が知れていた。

 

「っ・・・・・・!」

「響ちゃん、大丈夫!?」

「大丈夫、沈まんさ。不死鳥の名は伊達じゃ無い」

 

 ト級の放ってきた砲弾を、艤装に備え付けられていた装甲板でいなしつつ、響は魚雷を放つ。数は一発だが、当たればただでは済まない代物を前に、ト級の足は鈍らざるを得ない。

 

「オマケよ、持って行きなさい!!」

「えっ、えぇーいっ!!」

 

 それを見た曙は、同じく艤装にぶら下げていた爆雷を投擲し、春雨もそれに倣って投げつける。

放物線を描いて飛んだ爆雷はへ級の目の前に着水するも、反応が無い。何する物ぞと、彼は爆雷を無視して進もうとした次の瞬間。設定されていた時限信管が作動し、爆圧によってバランスを崩してしまった。

 

「弾幕を張りなさい! 敵を近づけさせないで!!」

「言われるまでも無いわよ!」

「ハラショー。派手に撃ちまくれるのは良い物だ」

「お願い、当たって!」

 

 飛鷹の号令一下、突出してくる深海棲艦目がけて響達は集中砲火を浴びせる。離れている所為もあって命中弾自体はそれほど多くは無い物の、敵の足を確実に鈍らせることができている。そしてそれによって稼げた距離は・・・・・・

 

「今よ! 攻撃隊、発艦始め!!」

 

飛鷹が艦載機を再出撃させるには、十分過ぎた。

 発進した零式艦戦が上空から牽制し、天山と彗星が敵艦目がけて対艦爆弾と航空魚雷を投げつけていく。それによって大打撃を受けた深海棲艦隊は密集していたこともあって、行動不能になった僚艦の所為で後続が上手く動けないでいた。

 

「さあ、今の内に逃げるわよ!!」

「了解!」

「わかった」

「はいっ!」

 

 それを好機と見た四人は、全速力で走り出した。加えて今度は目くらましとなる煙幕を展張するというオマケ付きで。深海棲艦隊が擱座した艦を退かして追跡を再開しようとした時は、既に彼女達は射程圏から大きく離れることに成功していた。

そこから更に航行を続け、四人は別の場所から急行してきた雲龍の班と合流を果たしていた。

 

「敵に襲われたと聞いたけど・・・・・・飛鷹、大丈夫だった?」

「何とか撒いてきたわ。けど、尚更怪しくなってきたわね」

「ええ。こっちも、収穫があったわ」

「収穫が?」

 

 合流して早々に、雲龍が意味ありげな事を言い出したので、飛鷹はそれに耳を傾け始める。

彼女曰く、複数の輸送ワ級と荷物持ち型の駆逐ハ級。そしてそれを護衛するル級やヲ級の集まった艦隊が確認されたという。

 

「ってことは、間違い無く連中の拠点があるわね」

「廻廊の入り口を抑えられてしまえば、北方方面作戦に大きな支障が出るわ。直ぐに戻って、提督に報せましょう」

「了解。命がけで掴んだんですもの、急がないと・・・・・・」

 

 飛鷹のこの言に響達と、雲龍に同行していた足柄、浦風、如月は頷いて答える。そうして再び移動しようとした、その時だった。

 

「・・・・・・ (オイテケ)・・・・・・」

「・・・・・・!?」

 

微かな。だがはっきりと存在感を示すように声が聞こえ、同時に霧が立ちこめ始めたのは。

 

「そこに居るのは誰!? 出てきなさい!!」

 

 その声の主に対し、右腕の主砲を向けながら叫ぶ足柄。それ以外の武装も総て指向させ、何時でも撃てるようにしている。

艦隊と謎の声。双方の間に緊張が奔り、一触即発の状態になりつつある。だがそれは足柄の声に反応したのか。理由は定かでは無いが徐々に霧が晴れてきた事で解き放たれた。

 

「子供・・・・・・?」

 

霧の向こうに立っていたのは、小さな女の子だった。だが、彼女の居る場所が海の上であること。そして何より、彼女の容姿が、その出路を在り在りと示していた。

比喩でも何でも無く、文字通り真っ白の髪に、同じく雪のような肌。袖の無いワンピースのような服を着込み、手には指の無い手袋を付けている。

そう言った、全身がほぼ白一色の姿の中で頭に生えた角らしきものと、襟飾りの黒。そしてそこだけ太陽の光が差し込んでいるかのような橙色の瞳が、その異様さを引き立てていた。

 

「貴女は誰? ここは日本の作戦領域よ!?」

 

声の主らしき者の姿に、足柄は面食らった。しかしすぐさま表情を引き締め、女の子に問いかける。その一方で主砲以外にも魚雷と、背中の長刀は何時でも使えるようにして。

 

「えっと、言葉通じるかしら・・・・・・オホン。This is a territory,of,IJN! Ask to your name,and,your navy force!! ―」

 

 日本語が通じないことも考慮し、英語だけでなく念のため独逸語、仏蘭西語でも問いかける足柄。

 

「オイテケ・・・・・・」

「・・・・・・?」

「ゼロ・・・・・・オイテケ・・・・・・」

 

 だが女の子から返ってきたのは、片言とは言え日本語だった。それも、彼女達の耳を疑うような事を。

 

「ゼロ・・・・・・?」

「零戦の事かしら・・・・・・?」

「・・・・・・ソウダ・・・・・・オイテケ」

「お断りよ。悪いけど、これは提督から貰った大切な装備なの。みすみす渡す気なんて無いわ」

 

 抑揚の無い声で、再び女の子はゼロ、基、零式艦戦を要求してくる。それに対し雲龍はいつも通りのポーカーフェイスで。だがしっかりとした語調でキッパリとはねつけた。飛鷹もまた、首肯することで彼女と同調していることを示す。

 

「ゼロ・・・・・・ナイノカ・・・・・・?」

「少なくとも、貴女に渡す零戦は無いわ」

「ソウ・・・・・・ナラ・・・・・・」

 

 それを聞いて理解したのか、女の子は一瞬残念そうな表情を浮かべる。だがその直後、彼女の表情は怒気に支配された。

 

「カエレ・・・・・・ッ!!」

「駆逐班、攻撃開始!! あれは・・・・・・深海棲艦・・・・・・敵よ!!」

 

 それは彼女が、明確に自分達に敵対したことを示す指標だ。そう判断した足柄は、即座に攻撃を指示し、自らも用意していた主砲を照準。一斉に発砲する。

 距離はほぼ至近。全弾命中し、相手は致命傷を負う。この時足柄は確信していた。だが、それは・・・・・・

 

「イマ、ナニヲシタ・・・・・・?」

 

 爆炎の向こうから現れた、全く無傷の女の子を見て、容易く打ち砕かれた。

 

「そんな・・・・・・あれだけの数の主砲を受けてびくともしないなんて・・・・・・!」

「戦艦!? だとしても、あの距離で足柄の砲撃なら装甲は抜けるはず・・・・・・まさか!?」

 

 前衛に立つ彼女達が驚愕する中で、飛鷹は考え得る最悪の可能性を思い出した。いや、思い至ってしまった。

 

「まさかあいつ・・・・・・高度知性保持種!?」

「なっ、鬼か姫だって言うの、あれが・・・・・・!?」

 

彼女の口から発せられた言葉に、隣にいた雲龍は戦慄を覚える。

 “高度知性保持種”。従来の深海棲艦の分類を逸脱、あるいは凌駕する能力を備えた、規格外品達。

 これまで連合艦隊が確認したのは、最初の艦娘作戦である琉球血戦の折、琉球諸島沖で確認されたと言われている“泊地棲鬼”と、第二次鉄底海峡攻防戦において最重要目標とされていたリコリス、ヘンダーソン両飛行場基地を根城としていた“飛行場姫”の二種類だけ。“鬼”や“姫”と言った呼称も、あくまでも仮初めの物に過ぎなかった。

 

「はっ、上等・・・・・・!」

 

 だがそれを聞いてもなお、足柄は怯まなかった。むしろ逆に、闘志を燃え上がらせてすらいる。

 

「ここでアレを沈めれば、北方海域の開放もぐっと近づくわ・・・・・・!!」

「無理よ! 相手の力も判らないってのに・・・・・・!」

「だったら尚更・・・・・・発揮される前に倒すッ!!」

 

止めようとする飛鷹の声を無視して、彼女は再び主砲を発射する。今度はしっかりと、艦娘、深海棲艦共通の弱点である頭を狙って。

 だがしかし、放たれた砲弾は何かの力場のような物に弾かれ、明後日の方向へ飛んで行ってしまう。

 

「くっ・・・・・・味な真似をぉっ!!」

 

 自慢の主砲が通じなかったことに若干の動揺を見せるも、足柄はすぐさま指向を切り替えて、今度は長刀を振り上げる。狙いは肩口、袈裟斬りの体勢だ。だが・・・・・・

 

「ん、なっ・・・・・・!?」

 

 その刃は、手袋に包まれた小さな手で、ぴったりと受け止められていた。弾くわけでも、防ぐわけでも、ましてや避けるのでも無く、止められた(・ ・ ・ ・ ・)のだ。

これが意味することは一つしかない。

 

『アレは、自分よりも遙かに強い』。

 

「オワリカ・・・・・・?」

「っ、あっ・・・・・・!」

 

足柄がそう自覚するよりも早く、女の子は海底から何かを呼び出した。

 真っ黒な飛行甲板らしき板に、箱状の部品が付けられ、その上にはクレーンらしきものが乗っかっている。加えて右半身には目の無い恐竜の頭の様な器官と、何やら長い筒状の代物が。

 それが彼女の艤装で、筒は主砲であることを足柄が察知したその時、既に弾丸は装填されていた。

 ガコン、と言ういかにも重そうな音を立てて弾丸が薬室に送られ、撃鉄が起こされる。

 

「シズンデェッ!!」

 

そして、まるで悲鳴のような叫び声と共に、破壊の奔流は解き放たれた。

 長刀で斬りかかっていた事で足柄との距離は実質ゼロに近く、殆ど減衰すること無く砲弾がその砲口から飛び出してくる。だがそれは命中こそすれども、完全に直撃させるには至らなかった。

 咄嗟に体を捻る事で、足柄は避けたのだ。だがそれだけでは威力は完全には殺しきれず、彼女の脇腹が大きく抉り取られてしまった。

 

「がぁああああああっ!?」

「足柄さん!?」

「こんのっ、バケモノめぇっ!!」

 

 それを見た曙は両足の魚雷管を跳ね上げ、女の子、いや敵目がけて魚雷を発射する。駆逐艦、そして水雷屋の最終兵器はまともに命中すれば、それこそ格上相手でも致命傷を負わせることが出来る。事実として、足柄の主砲でも通じない相手には有効だと判断した曙は間違っていなかった。

 それが普通の深海棲艦であれば。

 

「・・・・・・?」

「嘘・・・・・・でしょ・・・・・・? 何で魚雷が当たらないのよ!?」

 

 普通、魚雷と言う物は真っ直ぐ飛んでいく物だ。撃ち方がよっぽど下手だったか、あるいは時化ていた場合は例外だが、それでも当たれば相応の打撃は見込める。

 だがその知性保持種らしき白い深海棲艦には、魚雷は効かなかった。いや、それ以前に当たらなかった。足柄の主砲を防いだ時と同様に、彼女の周りに力場のような物が一瞬現れたと思うと、突如として魚雷が爆発し、無効化されたのである。

砲撃は効かず、魚雷も駄目。白兵戦も、完全に力負けしている以上、残された手段は航空攻撃のみ。だがそれさえも彼女に効くという保証は何処にも無い。

 

「くっ、雲龍、攻撃機を出すわよ!!」

「判ったわ・・・・・・!」

 

だがだからといって、ここでむざむざやられる訳にもいかない。飛鷹と雲龍は相手から距離を取ると、すぐさま艦載機を展開、発進させていく。

 艦載用の大型魚雷が通じなかった以上、有効打が見込めそうなのは爆撃のみ。なので二人は、彗星だけでなく、天山にも爆装を施して飛ばしてきた。

急降下爆撃ではないので、威力は対艦攻撃用よりも相対的に低いが、それでも実物ならかなりの重量になる爆弾をぶら下げているのである。並みの深海棲艦であれば粉砕出来るだけの威力が、それにはあった。

 

「「神州詔勅、悪鬼覆滅、急急如律令!!」」

 

 祝詞が唱えられ、飛行甲板から一斉に飛び立っていく艦載機達。だが次の瞬間、雲龍は我が目を疑った。

 

「イケ、オマエタチ・・・・・・クイアラセ!」

 

 白い深海棲艦が艤装の板のような部品に手をかざすと、そこに白い球体が現れたのだ。それらには一つ一つに翼が生え、まるで悪魔のような見てくれをしている。そして彼女が再び手をかざすと、球体は空へと飛び立ち、航空隊へと襲い掛かってきたのだ。

 攻撃手段を守るべく、護衛の空戦隊が迎え撃とうとする。だがその白い球体達はそれこそ予測不可能な動きを見せ、零戦だけでなく天山や彗星にも噛み付き、撃ち落としていく。

 

「何なの、あの艦載機? インチキ性能も大概にして欲しいわね・・・・・・!」

「冗談言ってる暇じゃ無いでしょ!? 全機爆装!! 可動機は全部出して!!」

 

 もはや形振り構わず飛鷹は追加の艦載機を発進させ、響達駆逐艦が四人がかりで白い深海棲艦を押さえつけようとする。だが相手は、足柄の腕力も片手で受け止めるほどの馬力の持ち主。奮戦虚しく振り払われ、主砲によって浦風の右腕が吹き飛ばされてしまう。さらに彼女は春雨の戦闘装束を掴むと、そのまま投げ飛ばしたのだ。

 力任せに振り回した結果、装束は襟の部分から引き裂かれ、勢いのままに再び海へと放り出される春雨。

艤装の錨で動きを止めていた響も鎖ごと引き寄せられ、クレーンらしき物をみぞおちに叩き込まれた彼女は、そのまま気を失ってしまった。

艦載機達も、白い球体の圧倒的な性能を前にして無力だった。翼を噛み千切られ、機体を蜂の巣にされ、孤立した機体から一機、また一機と空に散華していく。

 

「嘘・・・・・・こんな・・・・・・!」

「・・・・・・・・・・・・!!」

 

 見る見るうちに、状況は最悪の方向へと転がりつつあった。

打てる手は総て打ち、それでいてなお、あの深海棲艦には通用しなかった。それが意味するのは二つ。一つは自分達の手に負える相手ではないこと。そしてもう一つは・・・・・・

 

「シネェッ!!」

 

このままでは、全滅は必至と言うことだった。

 主砲に再び弾丸が装填され、その雄々しい砲身が二人に向けられる。直撃すれば、それこそ肉片の一欠片も残すこと無く吹き飛ばされるだろう。それを喰らった足柄と浦風がどうなったのか。その目で見ていた二人は左右に跳んで狙いを絞らせないようにする。

 だがその動きも、既に無意味だった。

 邪魔をする者がいなくなった球体達が、こぞって魚雷や爆弾の雨を降らせてきたのだ。しかも直撃狙いでは無く、あえて避けさせ、誘導するように。

 

「くっ・・・・・・拙い・・・・・・!」

 

 飛鷹はその意図に気付いてはいたが、反撃する手段が無い以上、唯々逃げることしかできない。之字運動を繰り返し、何とか機銃と高角砲で追い払おうとしてはいるが、徐々にその間隔は狭くなっていく。そして遂に、一発の対艦爆弾が飛鷹の足を捉えた。

 

「っ、あぁっ・・・・・・!!」

「飛鷹!?」

「飛鷹さん!!」

 

 減速する間もなく、もんどり打って倒れる飛鷹。それでも何とか立ち上がり、再び動きだそうとする彼女だが、もう遅すぎた。

 

「コンドコソ・・・・・・オワリダ!!」

 

 無慈悲に放たれる主砲。砲弾は一切の加減も酌量も無く、彼女の腹部に突き刺さった。

 

「そんな・・・・・・嘘・・・・・・嘘よね・・・・・・?」

 

 取り残された雲龍達の周りは、まさに地獄も同然だった。

脇腹を大きく抉られ、経験したことの無い痛みにもだえる足柄。

右腕が千切れ、その場にうずくまったまま動かない浦風。

想像を絶する膂力(りょりょく)を前にして、なすすべも無く叩きのめされた響と春雨。

そして下半身が吹き飛ばされ、辛うじて自然浮力で浮いてはいるものの、もはや何時沈んでも可笑しくない状態の飛鷹。

 

「雲龍さん、早く・・・・・・早く、逃げないと!!」

「逃げるったって、どうすれば良いのよ!? 狙い撃ちにされるわ!!」

 

 如月と曙の言うことももっともだが、この状況下では逃げる隙は何処にも無い。

 主砲を再び向けられ、刻一刻と迫る最期を前にして、雲龍が覚悟を決めようとした、その時だった。

 

「ツギハ・・・・・・オマエタチ・・・・・・ダッ!?」

 

 どこからともなく飛来した航空機が急降下爆撃を仕掛け、それによって白い深海棲艦の視界が大きく塞がれる。

 特徴的な形の主翼を持ったそれが、最新鋭機の“流星”であることに気付いた雲龍は確信した。自分達はまだ、天に見捨てられた訳では無いと言うことを。

 

仲間(トモダチ)は・・・・・・やらせないわよ!! 全機爆装、目標、前方の不明深海棲艦、やっちゃって!!」

 

 その流星の主―瑞鶴は再び弓に矢をつがえ、次々と発進させていく。飛び立った流星達は、まさしく流れ星の如く急降下し、手当たり次第に爆弾を投げつける事で白い深海棲艦にさらなる妨害を行っていく。

 

「・・・・・・、ジャマダァッ!!」

 

 自身にまとわりつく蚊蜻蛉に業を煮やした彼女は主砲を上空に放ち、さらには対空砲火を張り巡らせて撃ち落としに掛かる。だがそれは、瑞鶴にとっては計算ずくの事だった。

 

「榛名、霧島!!」

「この瞬間を待っていたのよ!!」

「榛名、全力で参ります!!」

 

 対空防御によって上に意識が向いた隙に、必中距離まで接近していた榛名と霧島が主砲を一斉に発射する。白い深海棲艦がその意図に気付いた時は既に遅く、戦艦級の火力が十字砲火となって彼女に食らいついていた。

 砲弾の直撃を受け、体勢を崩される白い深海棲艦。此所へ来て始めて、まともに攻撃が通ったのだ。

 

「今よ、煙幕展張!! 大破した艦を回収したら、全速力で後退して!! ここは逃げの一手で!!」

「『「了解!!」』」

 

 それを見て、好機と判断した瑞鶴の指示の下、同道していた高波達第六十二戦隊の駆逐艦達が煙幕を張り巡らせ、浜風率いる駆逐班が傷ついた者達を曳航して引き下がっていく。

 白い深海棲艦が邪魔者を追い払い、再び攻撃しようとしたその時。煙幕の晴れた後には何も残されていなかった。

 

 

―――――――

 

 

 海軍軍令部。

連合艦隊総司令部と並ぶ、帝国海軍の中枢で、そして頭脳たるこの機関が入っている建物の廊下を、一人の少女が歩いていた。

桃色の髪に、灰色のスカートと白いブラウス。スカートと同色のチョッキを羽織り、襟元にはリボンタイと、服装自体はかわいらしさも感じられる。

 しかしその目に携えた光は鋭く、彼女の体格と見た目に反して異常なまでの威圧感を周囲に振りまいていた。

しばし歩いた後、少女は扉の前に立つと二、三度ノックする。

 

「入ってどうぞ。開いてますよ」

「失礼します」

 

 極めて事務的な口調で、彼女は戸を開けて中へと入る。

中には机が三つ置かれており、部屋の奥、窓を背にして置かれているそれには書類がうずたかく積み上げられていた。しかもその向こう側から、馬鹿でかいいびきが聞こえてきている。

 

「・・・・・・ハチさん、また(・ ・)ですか?」

「ヤー。またですよ、不知火さん」

 

 桃色の髪の少女―不知火は、左手側の机で書類仕事をしていた金髪の少女―ハチに言う。

海軍軍令部査察部。艦娘が本格的に運用されるようになってから数年、元々あった部署の権限を強化する形で設立されたここの主な役割は、軍規違反の調査と通報だ。例えそれが誰であっても、例えそれが何であっても、例外は無い。

 

「そろそろ、いい加減にして欲しいわね・・・・・・。大尉、起きてください」

「ん、ん・・・・・・」

 

 再び正面の机。その横に周り、不知火はいびきの主を起こそうとする。だが揺すっても呼んでも、彼は一向に起きる気配が無い。

 

「仕方がありませんね・・・・・・」

 

 あきれ果てた不知火は、そこらに落ちていた古新聞を拾い上げると、慣れた手つきでそれを丸めて筒状にする。

 そしてそのまま振りかぶって、目の前の男目がけて振り下ろした。

 

「いってぇっ!?」

「やっと起きましたか・・・・・・。おはようございます、高峰大尉」

 

 実に小気味良い音と共に額を叩かれ、男は飛び起きた。髪の毛に寝癖こそ付いてはいるが、その正体は徹心、そして美桜の同期である高峰春斗その人だった。

 

「ったく、いきなり人の安眠を邪魔しやがって・・・・・・」

「何でしょうか? 不知火に落ち度でも?」

「・・・・・・何でも無い」

 

 同期とよく似て、いつも通りの仏頂面を崩すこと無く話す不知火に、春斗はもう何度目かも判らないため息を吐く。

 根が自由人である彼にとって、唯一の天敵とも言える彼女だが、この天然ともとれる行動にはもう考える事を止めていた。

 

「っと、そうでした。大尉、単冠湾泊地から郵便です」

「単冠湾? って確か・・・・・・」

「現在、第四十四戦隊が北方作戦支援のために停泊している所です。これは勘ですが、どうにもきな臭いですね」

「奇遇だな、俺もだ」

 

 そう言って書類の封を解き、中の文章に目を通す春斗。中身を読み進めるにつれて、寝ぼけ眼が段々と真剣な目つきになっていくのが、不知火には見えていた。

 

「・・・・・・駆逐艦不知火、潜水艦伊8」

「はっ」

「はい?」

 

 総て読み終えた春斗は、目の前の不知火と、仕事を続けていたハチこと、潜水艦伊8の名を呼ぶと、極めて簡潔に言い放った。

 

「久しぶりの仕事だ。明日付で単冠湾に発て。表向きは出向と言うことにしておく」

「わかりました。直ぐに準備します」

「大尉、本を一杯持っていっても良いかしら?」

「常識の範囲内でなら良いぞ」

「ダンケ! それじゃあ、私も支度してきますね」

 

 それを聞いて、不知火はすぐさま。ハチは書類作業もそこそこに部屋を出て行く。二人が出て行くを見計らって、再び書類を見る春斗。

 

「『外に夷狄、内に宦官』、か・・・・・・またアイツは、厄介事ばかりに巻き込まれるな」

 

その表紙に書かれていた事を口にして、春斗は独りごちる。

 冬の空は、書かれていた内容に反してすっきりと晴れ渡っていた。

 





「―甘えさせて貰うとしようか」



「―何かしら、―?」


「―それで手を打とう」







「―そんな・・・・・・嘘です!!」




次回、「紋章の価値」。


その輝きは、何のためにあるのか?
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