名無しの英雄~パラオ艦隊戦記~   作:レイキャシール

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今回もいつも通り、二つに分割してあります。

最新話リンクから来られた方は、前編も併せてどうぞ。


第三章・第十三話:紋章の価値・後編

――――――

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 居住区画にある、愛宕の私室。その中は、『最初の』彼女を知る艦娘達が見れば、卒倒しかねないような光景が広がっていた。

 普段なら整頓されていて然るべき筈が、布団とシーツが乱雑になっているベッド。床に脱ぎっぱなしになっている戦闘装束と下着。そして何より、閉め切られたカーテンと、室内に充満する雌の臭い。

 加えて、寝間着姿で揺り椅子に揺られている愛宕の顔はいつもより艶が増していると来れば、察しの良い者にはここで何が行われていたか、想像に難くないだろう。

 

「早く提督も成長してくれないかしら・・・・・・。そうすれば、あんなゴミ同然のと寝なくても済むというのに・・・・・・」

 

 揺り椅子に揺られながら、ふて腐れ気味にぼやく愛宕。

 彼女と戦艦陸奥、航空戦艦日向、航空母艦鳳翔。艦だった頃は、お互い殆ど縁も所縁も無かったこの四人には、ある共通点があった。

 まず愛宕は、上条睦実少佐がまだ江田島を出たばかりの頃。彼にとって最初の部下となった艦娘だ。

 次に日向は、彼の手で最初に建造された戦艦。陸奥もそれから程なくして、輪の中に加わっている。

 鳳翔に至っては、総司令部直属艦隊への栄転を蹴ってまで、彼と共に行くことを選んだ。

これだけ聞くと、美談のようにも聞こえる。だがその実態は、美しさとは無縁の。それこそ、大奥も裸足で逃げ出す様な愛憎入り乱れるものだった。

表向きは優秀な部下として、時には頼りになるお姉さん分として。公私問わず睦実を助け、その裏では少しでも四人が疑った存在を手当たり次第に。それが男ならばよってたかって袋叩きにするか、美人局(つつもたせ)を仕掛けて社会的に殺し、女か艦娘であれば、人を集めて心と体に消えない傷を刻みつける。

実行に移さなかったら移さなかったで、力をちらつかせて自身の思い通りに事を運んできた。

それら悪行の数々は、噂となっていつしか一人歩きを始め、気付けば四人の存在は悪い意味で畏怖と共に語られるようになっていった。

上条睦実という、共通点であり絶対の行動理念である存在によって辛うじて四人は繋ぎ止められてはいるが、それがあってもなお、常日頃から他の者達を出し抜こうとする程度の繋がりでしか無かったのだ。

 

『お前にとっては過ぎたことでも、私にとっては終わっていない!!』

「何が『終わっていない』、よ・・・・・・。吹けばぶっ飛ぶ木っ端船の癖に・・・・・・」

 

 やすりで爪をいじくる中で、長月の放った台詞が彼女の頭の中で繰り返される。彼女からしてみれば、糾弾される謂われの無い事だけに、苛立ちは募るばかりだった。

 

「愛宕、いる? 入るわよ」

 

 その時、部屋の扉が二、三度叩かれると、お茶菓子を持った陸奥が部屋に入ってきた。

 

「あら? あらあら? 何か元気ないわねぇ?」

「放っておいて。今むしゃくしゃしているのよ・・・・・・」

「まあまあ、そんなこと言わないで。面白いこと、聞いちゃったから?」

「面白いこと・・・・・・?」

 

 話しかけて来た彼女に、愛宕はぶっきらぼうに答える。だがその直後、陸奥の口から発せられた言葉に反応を見せた。

 

「ええ。昨日出向してきた、あの二人。知ってる?」

「知ってるけど興味は無いわね。潜水艦や駆逐艦なんて」

「それがね、あの二人。何やらコソコソ嗅ぎ回っているらしいのよ。しかも瑞穂だっけ? あの水上機母艦も一緒になって。これ、特ダネじゃない?」

「へぇ・・・・・・?」

 

 話を聞く内に目は獲物を見つけたかのような光が宿り始め、さらには舌なめずりする愛宕。話した陸奥も、これまでに無いくらい凶悪な貌をしていた。

 

「なるほど、ね。確かに、特ダネだわ」

「でしょう?」

「で、このことは他の皆には?」

「既に話してあるわ。これで霧島と・・・・・・木曾あたりも引っ張り出しましょうか。 理由は提督に作って貰えば良いし」

「彼が事の真相を知ったら、どうなることか・・・・・・」

 

 悪巧みの内容に、愛宕は眉をしかめるどころか、嬉々として賛同する。北の海で今、小さな。だがそれでいて、大きな事件が動き出そうとしていた。

 

 

★☆☆★

 

 

 “入渠”って言葉、あるだろ? 普通の船で言うところの、船渠施設。その中でのドックに入って、大規模な修理を行う造船業の用語さ。アタシ等艦娘にとっての“入渠”は、戦いの疲れと傷を癒やす時間でもあるんだけど、実を言うと艦娘の修理用ドックには二つの種類があるんだ。

 まず一つは、“整備槽”。これは、小破程度の軽い損傷から、体に酷い傷が付かない程度の中破までを直せるドック。基本的には、こっちの世話になることが多いかな。よく“お風呂に入る”だかなんだか表現されているけど、あながち間違っていないんだなこれが。

 熱い湯につかって、戦いの疲れを癒やす。場合によってはその場で反省会だったり、姦しいおしゃべりに花を咲かせたりと、単なる入浴だけじゃ終わらない魅力がある。人間にもさ、裸の付き合いってのがあるのと同じさ。

 そして風呂上がりに扇風機の前で呑む冷酒。これがまた旨いのなんのって。まあアタシは、半分そのために生きてるようなものだけどね。

 そんでもって、もう一つの方は“修復槽”って呼ばれている。その名の通り、艦娘を“修復する”場所で、整備槽では直せないような重傷者が主に担ぎ込まれる。人間で言うところの病院みたいなものだね。対象はピンキリだけど、傍から見てもひっどい有様だよ。

 五体満足ならまだ良い方。酷い時には、両腕と両足が無くなって、腹には大穴開けられている。なんて状態のも珍しくない。

 高速修復材を使っても、直せるのは直接的な傷だけ。程度にも寄るけど、そこから復帰にまで相応に時間が掛かるから、それまでは患者はほぼ浸かりっぱなしになる。誰が言い出したか、“棺桶”なんて渾名されているって噂さ。

 

「まったく、笑えないねぇ・・・・・・」

 

 今、目の前にある修復槽に入れられている艦娘も、そんな一人だ。蓋に付けられたのぞき窓越しに、黒髪が揺れている。

 その下に付けられた名札には、『飛鷹』の二文字。アタシ―隼鷹の相方で、姉妹艦で、書類の上では姉貴分で、無二の朋友である艦娘だ。

 棲地の捜索に向かっていた艦隊の内、それらしき物を見つけた際に鬼だか姫だかの強力な敵に襲われて、ボコボコにされたと言う話を聞いたのは、アタシが補給のために鞍馬に戻ってきた時だった。

 あの時は、それこそ酒のネタにでもしてやろうかと思っていたけどさ。雲龍が馬鹿力発揮して他に損傷したのを引っ張ってきた時には絶句したよ。飛鷹の腰から下。女のあたしでも偶に見とれる御御足が、綺麗さっぱり無くなっていたからね。

 当然、敵が追撃してくる可能性もあったから、調査は打ち切ってすぐさま単冠湾に直行したよ。何とか保住さんの応急処置が間に合ったから良かったけどさ、一歩間違えればそのまま死んでいても可笑しくなかったんだ。

 そして飛鷹は、今も修復槽の中で眠っている。

 伏せられた長いまつげは、アタシと違ってとっても女らしくて、それでいて綺麗だ。顔も苦痛に歪むどころか、むしろ穏やかですらある。まるで、死んでいるかのように・・・・・・。

 

「かぁ~、辛気くさくなっちまうよ。こう言うときこそ、元気でいないとね・・・・・・!」

 

 このままじゃそれこそ本当に沈んでしまうから、景気づけにと持ってきたお酒に口を付ける。鳳翔さんが見立てたらしい日本酒だけど、久方ぶりに米の味を堪能出来たよ。パラオじゃ果実酒ばっかりだったからね。

 

「隼鷹、まだいたの?」

 

 戸が開く音がしたのでふと後ろを見ると、どてら姿の雲龍が立っていた。一服した後なのか、手にはいつもの煙草盆が提げられている。

 

「まあ、ね。かく言うそっちはどうなのさ?」

「雪を見ながらと思ったけど・・・・・・思っていた以上に寒いわね、やっぱり」

「この気候を『思っていた以上』で片付けられるのが、むしろ凄いよ・・・・・・」

 

 相変わらず演じているのか、それとも素で言っているのか。いまいち掴めない人だけど、それでもアタシは頼りにしてるよ?

 

「何か凄い失礼なことを言われたような気がするけど・・・・・・。隣、良いかしら?」

「ああ、いいよ」

 

 彼女はそう言ってきたので、アタシはそこらに落ちていた椅子を手にとって隣に置くと、そこへ座るように促した。

 

「・・・・・・飛鷹達の事、ありがとね」

「別に私は・・・・・・。あの時は足柄と同じで、あの白い深海棲艦を倒すつもりでいたと言うのに・・・・・・」

「それでも、さ。自分と相手の“差”を理解出来た奴は強くなれるよ。アタシが保証する」

「そう・・・・・・」

 

 交わした言葉も、共に過ごした時間も、アタシら二人はさほど長くは無い。ツーと聞かれりゃカーと答える、なんてのは夢のまた夢さ。

 けどその付き合いの濃さに関しては、誰にも負けない自信がある。何せ、二人とも理由はどうあれパラオへは懲罰転属だったし、それこそ死にものぐるいで戦った事もある。少なくとも、ツーと聞かれれば選択肢にカーが出てくるくらいには。

 

「そう言えば、さっき霧島を見かけたわ」

「霧島は単冠湾艦隊(ここ)の総旗艦だよ? 別段可笑しくは無いんじゃ無い?」

「そうだけど、何だか妙に慌てていたように見えたわね。艤装を持ち出そうともしていたみたいだし」

「艤装を・・・・・・?」

 

 此所へ来てふと、雲龍が話した不可解な行動。

 事の真相はどうあれ、霧島にだって、偶には夜空に大砲をぶっ放したくなる時があるんだろう。

 普通ならそれで終わる話だったんだけど、まさかそれが艦娘の意義を根底から揺るがしかねないような大事件の引き金になる。なんてことは、この時は知るはずも無かった。

 

 

★☆☆★

 

 

「そんな・・・・・・嘘です!!」

 

 翌朝の単冠湾泊地。その司令官室の中に、高波の悲痛な叫びが響き渡る。

 

「高波ちゃん。気持ちはわかるけど、これが現実なのよ・・・・・・」

 

 それを聞きながらも、愛宕は絞り出すようにして言葉を紡ぎ出した。

 

「先ほど工廠の関係者が自白してきたわ。愛宕の電探に、子飼いの妖精を忍び込ませるよう霧島に指示されたと、ね・・・・・・。本来なら木曾が監督して然るべきなんだけど、それもされてなかった・・・・・・」

「デタラメだ!! アタイは確かにこの目で見たんだ、あの電探に入っていたのは霧島のとこの妖精じゃねぇ!!!」

「だが証明する手立てもないだろう。妖精は私達と違って、個の概念が薄い。どれが誰のかまでは判別は困難だ」

 

 それを聞いて、朝霜は叫いた。自身の敬愛する先達達。それも、菊花紋章を抱いた軍艦である彼女達が自分達を襲った災難の元凶だということが、理解出来なかったからだ。

 しかもそれを抜かしたのは、邪知暴虐とまでは行かなくともいけ好かない四人。その筆頭たる愛宕であったから、尚更だ。

 

「そりゃあそっちの理屈だろうが!!」

「それじゃあ聞くけど、証拠はあるの?」

「そ、それは・・・・・・」

 

 だがしかし、陸奥から向けられた反論を前に、彼女は言葉を詰まらせてしまう。

 

「確かに霧島じゃ無いかも知れない。けどそれが証明出来ない以上、どうしようも無いの。判っていると思うけど、今は戦時中よ。疑わしきは罰するどころか、その場で撃ち殺されても文句は言えないの」

「・・・・・・」

「それで、提督さん。私達はこれからどうすればいいの?」

 

 ぐうの音も出ず黙りこくる朝霜に代わり、瑞鶴が口を開く。

 

「うん。取り敢えず表向きは大湊警備府に呼び出されたと言うことにして、人事は愛宕が総旗艦を、陸奥が次席旗艦を、それぞれ暫定で努めてもらうつもりでいる。瑞鶴達は現状で待機して置いて。僕からは以上です」

「・・・・・・わかりました」

 

 睦実の口から淡々と指示が告げられ、ひとまずこの場は解散となった。

 

「・・・・・・っ!!」

「!?!?」

 

 そして司令官室を後にし、詰め所も兼ねている談話室へと戻ってきた瞬間。今まで押さえつけてきた感情が爆発したのか、朧は力一杯にテーブルを叩いた。仲間のこれまで見せたことのなかったその行動に、高波達は目を丸くしている。

 

「お、朧ちゃん・・・・・・?」

「悔しいっ・・・・・・!!」

「ふぇっ?」

「どうして止められなかったの・・・・・・一番長く居たのは、朧だったのに・・・・・・!! 一番近くに居られたのは、朧だったのに・・・・・・!!」

「朧さん・・・・・・」

「朧、お前・・・・・・」

「けどさぁ、何か腑に落ちないのよねぇ」

「腑に落ちない、って何がですか?」

 

 場の空気が沈みそうになった時、瑞鶴の口から疑問の声がこぼれ落ちる。それを聞いてきた瑞穂に対し、彼女は再び口を開いた。

 

「霧島って、皆はどう思ってる?」

「どう、って・・・・・・」

「そりゃあ、ウチの艦隊の総旗艦で・・・・・・」

「前の提督が一番信頼していた艦娘だけど、それがどうかしたの?」

「そうじゃなくって。アレが不正とか裏切りとか、そんな後ろめたい事が出来るタマに見えるの? って、話」

「確かに、不器用っつーか、眼鏡掛けてる癖して偶に頭の悪いことするっつーか・・・・・・」

「うーん、戦艦だから全部正面からやっていたような・・・・・・違ったっけ?」

 

 その一言が、場の空気を変えた。そしてちゃっかり出てきた仲間の悪口に、瑞鶴は内心クスリとしながらも続ける。

 

「皆が霧島の事どう見てたのか良く判ったわ・・・・・・。それはともかくとして、根っこの部分は真面目で、艦隊のことをよく考えていたのは、確かよね?」

「でも、怒ると凄く怖いかも・・・・・・です」

「確かに、機嫌悪い時はイ級相手にも全力斉射すっからなぁ・・・・・・」

「ええ、その通り。でももっぱらその原因は、何だったと思う?」

「瑞鶴さん、まさか・・・・・・」

 

 彼女の言いたいことが解ってしまったのか。瑞穂はおそるおそる問いかける。それに対し、瑞鶴は『確証は無いけど・・・・・・』と前置きを置いた上で答えた。

 

「霧島は愛宕達を問いただそうとしていたのか、あるいはその逆か。どっちにしろ、私達の知らないところでも、戦っていた。これだけは言えるわね」

 

 

 




「―敵襲!?―」



「知らないというのか・・・」



「―やってやる・・・・・・やってやんよ!!」



「さあ、第二幕よ・・・・・・!!」







「貴女には・・・・・・菊花を持つ資格はありません!!!」



次回、『汚れた紋章』。


誇りで腹は膨れない。されど誇りがあるから、『人』でいられる・・・・・・。
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