――――――
それから二日後。いつものように朝日が昇り、いつもの日々が単冠湾でも始まろうとしている時間。だがこの日この時だけは、異様な空気に包まれていた。
「じゃあ、成果を聞こうかしら?」
「はい・・・・・・」
たまり場にて、目の前で椅子に座る愛宕に対して瑞穂は手を差し出す。その中には、桃色と金色と若草色。三つの毛束らしき物が握られていた。
「証拠に、遺髪を取ってきました」
「あーら、ありがとう。死体を確認する手間が省けたわね」
「出来れば、鼻か耳の一つでも削ぎ落としてくれた方が良かったがな」
「何を言っているんですか。そんなことしたら、誰かに殺された事が直ぐにバレてしまいますよ?」
「言ってみただけだ」
和気藹々。字で表す分には問題ないのだが、実際に相対している瑞穂からしてみれば、その実態は程遠い物に感じられた。あるのは文字通りの『狂喜』。『狂った喜び』だけだ。
「それで・・・・・・」
その空気に必死に耐えながらも、彼女は次の言葉をひねり出す。
「それで霧島さんと木曾さんは、解放してくれるのですね・・・・・・?」
「ああ、確かにそんな約束もしたわね。良いわ、連れて行きなさいな」
そう言って愛宕が手を叩くと、部屋の奥から木曾が、以前見たままのボロ雑巾のような状態で引きずり出されてきた。
「瑞穂、お前・・・・・・」
「ごめんなさい・・・・・・。木曾さん達を助けるには、こうするしか・・・・・・!」
木曾の元へと駆け寄る瑞穂。だがここで、ふと気付いてしまった。
連れてこられたのは、木曾一人だけ。あの時部屋に転がされていたのもそうだ。
「愛宕さん・・・・・・」
「何かしら?」
「霧島さんは・・・・・・どちらですか?」
その事を愛宕に問いただそうとしたその時だった。まるでその言葉を待っていたと言わんばかりに、彼女の口角が三日月のように釣り上がったのは。
「ああ、あの脳筋眼鏡ヤクザの事なら・・・・・・死んだわよ」
「・・・・・・・・・・・・えっ?」
「聞こえなかったならもう一度言うわ。死・ん・だ・の。可愛そうに、背中からバッサリやられた挙げ句、滅多刺しにされたものねぇ」
「致命傷を負わせたのは私だ。艦娘を斬るのは初めてだったが・・・・・・癖になりそうだ・・・・・・!」
そう答えた愛宕と、刀の柄を叩いて相づちを打つ日向。陸奥と鳳翔も、下卑を通り越して下衆な笑いを堪えきれないでいる。
「ごめんなさいね瑞穂ちゃん。生憎だけど、私は悪い女なの。華々しい人を見かけると、その顔を苦痛と苦悶で歪にねじ曲げたくなるくらいには、ね」
「貴女は・・・・・・いえ。貴女達には誇りは無いんですか!?」
「誇り、誇りか・・・・・・」
そう言いながら、クツクツと笑う日向。だが再び瑞穂に向けられたその目から、完全に
「そんな下らない物のために、一体どれだけの人間が、艦娘が死んできたんだ? 私達は仙女の類いじゃ無い。雲や霞を食んで生きていけるようには、出来ていないんだよ」
「残された側からしてみれば日に日に磨り潰されていくような日々にはもう耐えられないんです」
「私は鳳翔達とは違うけど、事情としては似たような物よ。敵襲でも、演習中の事故でも無いのにいきなり人生終わらせられたんだもの。だから、決めた」
「これからは、『誇り』じゃなくて『自分』の為に生きるって。残念だったわね」
畳みかけるように、陸奥と鳳翔が続く。そしてトドメと言わんばかりに、愛宕は瑞穂の前に膝を突くと、ずずいと顔を近づけて言った。
「もう一度聞くわね。これからは、私達の為に働いてくれるかしら? と言ってもこれはもう、選択じゃなくて強制だけど、ね」
そう言い終わると同時に、瑞穂の首筋に抜き身の軍刀がひたりと当てられる。普通なら、そこで屈してしまうことを是とするだろう。だが今の彼女は生憎と、良い意味で普通では無かった。
「お断りします。旭に背くくらいなら、旭に殉じます」
「それは残念。なら・・・・・・死ね」
日向が軍刀を振り上げ、彼女目がけて振り下ろそうとした次の瞬間。何者かが扉を蹴破って中へと突入して来る。
その人物は目にもとまらぬ速さで踏み込むと、日向の手。正確には、彼女の握る軍刀を狙って、軍刀をはたき落とした。
「!?!?」
「誰ッ!?」
突如として現れた第三者。その正体が明らかになって、一番面食らったのは他でもない愛宕だった。
「貴女、瑞穂ちゃんに殺された・・・・・・!?」
「『筈』、ですか? 生憎でしたね」
侵入者―不知火は、表情一つ変えずにごちる。
「さて。悪人共が雁首揃えて全員集合。加えて一人は、段平抜いて斬り殺そうとしていた。しかも、二度も。軍規以前に、立派な犯罪ですね」
「『二度』、だと? 深海棲艦にならともかく、艦娘相手に
そう言って、軍刀を拾い上げながら日向はドスの利いた声と共に彼女をにらみつけて来る。だが不知火は、まるで実家にでもいるかのように平静を保っていた。
「昨日は日付が変わる前に床に就きました。ちなみに不知火は
「軍隊で遅刻と嘘は最大の利敵行為だ。嘘を嘘と自覚せずに、そこまで言うのなら覚悟は出来ているだろうな?」
「ええ、勿論」
相手が軍刀を突きつけてくるのも涼しい顔で流す。そしてその切っ先をツイ、と退かすと、ここまで取り置いてきた切り札を切った。
「言葉で飾るのは性に合いません。実物を今、ご覧に入れましょうか」
「“実物”? どういう意味よ?」
彼女の言っていることに、首を傾げる陸奥。だが愛宕は、不知火の思惑に理解が及んだのか、その両目が見る見るうちに見開かれていく。
「そいつを・・・・・・そいつを黙らせてぇっ!!」
「・・・・・・!!」
彼女の号令一下、先ほど木曾を引き摺ってきた兵士二人が不知火に飛びかかる。だがそれよりも速く、彼女は動いた。
真っ先に突っかかって来た一人にはカウンターで掌底を顎へと打ち込み、続けて二人目の股間を蹴り上げてトドメに米神目がけて回し蹴りを叩き込んだ。
「やれやれ。不知火さん相手に素手で取り押さえようなんて、見通しが甘いですね」
その見事な手際を目の当たりにした長月は、思わず見とれてしまっている。一方でハチは、慣れた物だと言わんばかりに続ける。
「まあ、高峰大尉に付き合わされていれば自然と覚える物ですよ」
「覚えられるから凄いのに・・・・・・。さて、皆様もご高覧あれ。これが私達が見せたかった“モノ”ですよ」
そう言ってハチが促すと、入ってきたのは“モノ”・・・・・・いや、“ヒト”だった。
腕や顔の大半は包帯でグルグル巻きにされ、それ以外にも数々の治療の跡がその人物の姿をより痛々しいものへと変えている。だが問題は、彼の格好では無かった。
愛宕は、陸奥は、日向は、鳳翔は。その人物の正体を知っていた。否、それしか思い当たらなかった。第一印象として真っ先に映るパーツが無い状態であっても。
「霧島ちゃん・・・・・・!?」
「まさか、そんな!?」
「そんな・・・・・・馬鹿なっ!? 霧島が・・・・・・生きて・・・・・・!!」
「会いたかったわ、本当に。ただただ、会いたかったわ。
そして残念です。道は違えど、志は同じとすると思っていましたし、瑞鶴さんや阪元副司令のお陰で少しずつですが、考えを改めるべきかと思い始めていました。・・・・・・その結果がこれだったなんて。もっと早く、本性に気付くべきでしたね」
包帯の人物―霧島は淡々と。だがそれでいて、隠しようのない怒気を孕んだ声で言う。
「それで霧島さん。貴女を斬ったのは、戦艦日向で間違いありませんね?」
「ええ。この目ではっきりと見ましたし、間違いありません」
「ふん、何を根拠に。そもそも私は、艦娘相手には昨日までコイツを抜いたことは無いぞ」
「そう言って来ることは予測済みです。これを見なさい」
彼女の主張に対し、反論する日向。だが次の瞬間、霧島が着込んでいたどてらを脱ぎ、背中を。袈裟懸けに走る傷の跡を見せられた事で封じられてしまう。
「この刀傷は、どう考えても深海棲艦に付けられるような代物では無いわ。リ級なら引っ掻き傷の様になるし、軽巡以下なら噛み痕。戦艦と空母はそもそも白兵戦はしません」
「なら、どうして生きていたのですか・・・・・・!? 見立てが正しければ、致命傷でも可笑しくないはず!」
「そ、そうだ! それはお前が自分で付けたのかもしれんぞ!」
「それなら、全てお話ししましょうか。私がこうして、助かった理由を・・・・・・」
服を元に戻しながら、彼女の背中について。鳳翔が疑問を投げかけ、日向もそれに乗ってあれやこれやと言ってくる。
対して霧島は、そんな雑音には意を介さず、事の真相を語り始めた。
★☆☆★
「・・・・・・、ぅ・・・・・・」
意識が少しずつではあるが、戻ってくるのを感じていた。確か私は、あの時日向に斬り付けられて、それで・・・・・・。駄目、上手く思い出せない。
状況を確認しようと起き上がろうとするも、これまで自覚していなかった痛みが全身を奔り、再び動けなくなってしまう。
「あ、えっと、あのっ、気がつかれたのです、ね」
それにより声が出てしまっていたのか、誰かが話しかけて来た。その誰かの手には、どこかから手に入れてきたのか、包帯や艦娘用の傷薬が。
「・・・・・・まるゆ、ちゃん?」
「はいっ。三式潜行輸送艇の、まるゆです。えっと、あの、その・・・・・・」
「助けて、くれたの?」
「はい」
その人物―まるゆは確か、一月ほど前に陸軍から出向してきた変わり種の艦娘で、木曾さんとよく一緒に居る事が多いと言う事を、私は記憶していた。
三式特殊潜行輸送艇。通称、『まるゆ』。
強襲揚陸艦の『あきつ丸』と同様に、元々は陸軍が建造した支援艦艇の魂が具現化した存在。
同名の艦娘が複数存在するという珍しさもあって、顔は知らなくとも名前と格好―黒髪に白いスクール水着と水中眼鏡。鉄球のような運荷筒を持っている―は知る人ぞ知る艦娘でもある。これは噂程度ですが、中には戦艦と互角どころか、圧倒するほどの戦闘力を発揮する『まるゆ』も居るとか居ないとか・・・・・・。
「それで、ここは一体・・・・・・?」
「ここはですね、私の隠れ家なんです」
本人曰く。今、私達がいるのは彼女が哨戒中に偶然見つけた洞穴だと言う。
主要な航路から外れているだけで無く、入り口が反り断つ崖の下にあることもあって航空機でも見つける事は難しい。まさに、秘密の隠れ家としては絶好の場所だった。
見ると、普段からちょくちょく来ているのか。中にはちょっとした野営の跡も見受けられた。
「それにしても、一体、何があったんですか? 近くに日向さんもいたみたいですし・・・・・・その・・・・・・」
温かいお茶を手渡しながら、まるゆちゃんが聞いてきた。
日向・・・・・・そうか、日向! 此所へ来てやっと思い出せた。私は、彼女と共に突如現れたと言う深海棲艦の撃滅に緊急出撃したところ、そこには人っ子一人おらず。彼女に問いただそうとした矢先に、斬り付けられたのだ。
邪魔者も居なくなり、今頃彼女達は好き放題しているに違いない。
「こうしちゃいられない、戻らないと・・・・・・ッ!!」
「む、無理はしないでください! まだ傷がふさがってない、です・・・・・・」
彼女の気持ちもわかるけれど、その時の私が発していた怒気に当てられたのか、途端にその言葉が尻すぼみになっていく。それでも立ち上がろうとした瞬間、痛みと疲労で足下がふらついた。業腹だけど、今は体を癒やすべきね・・・・・・。
それからは、ひたすらに耐える日々だった。『臥薪嘗胆』と言う故事があるのだけれど、まさしくそれに近い状態だったわね。
食料は磯で採れる小魚か小さな貝類。そしてまるゆちゃんが時折持って来る糧食くらい。それでも、食べるしか無かった。
睡眠にしたってそう。心地よいさざ波の音なんて聞こえるはずも無く、岸壁に打ち寄せる大波と、洞穴の中にまで吹き込んでくる寒風のせいで何度も目が覚めてしまう。当然、暖かい布団も毛布も無い。それでも、眠るしか無かった。
そんな生活が始まってから何日か経ったある日。今までまるゆちゃん位しか出入りしていなかった洞穴の入り口に、別の気配を感じたのは。
まさか、連中がここを見つけた・・・・・・?
「そこにいるのは誰!?」
全身に再び殺気を巡らせ、外へ向かって呼びかけると同時に、相手が現れたら何時でも飛び掛かれる様に身構える。
「き、霧島さんまってくださぃ! こ、この人は・・・・・・!」
「彼女の言う通り、私は怪しい者じゃありませんよ」
そう言ってまるゆちゃんと一緒に入ってきたのは、金髪の少女だった。
白い水兵帽を被り、同色の長靴下。そして胸元に『イ8』とでかでかと描かれた紺色のスクール水着が、凄まじいまでのミスマッチ感を出している。この極寒の海でそんな格好を平気で出来ると言う事は、十中八九彼女も艦娘でしょう。
その謎の艦娘は、値踏みするように視線を移しながら聞いてくる。
「単冠湾泊地総旗艦、金剛型巡洋戦艦四番艦の霧島さん。で、良かったですか?」
「ええ、そうよ。でもこう言うときは、自分から名乗るのが礼というものじゃないかしら?」
「おっと、これは失礼しました。軍令部査察部、ハチです」
ハチと名乗った艦娘は、自らの肩書きと共に自身の目的を話し始めた。
キス島救援作戦の折、誤作動を起こしたと言う高波ちゃんの電探。その真相を確かめるべく、中央から送り込まれたという。
「と言う訳で、その過程で更なる大物も見つけてしまった訳です」
そして、話の過程で出てきた大物と言うのが・・・・・・
「愛宕達・・・・・・!!」
「
立て板に水、とは少し違うかも知れないけれど、次から次へと私が知りたかった事が彼女の口から出てくる。
それと同時に、確信した。いや、してしまった。彼女達四人は、私だけじゃない。全ての艦娘の『敵』だと言う事を。
「証拠も揃いましたし、証人も既にここにいる。いよいよアレを追い落とす時が来たと言う事です」
そうして一通り喋り終えた後、満を持していたのか。こう言ってきたハチさん。眼鏡の奥から除く不敵な眼が、望んでいる事を暗に示していた。
「わかりました。その話に乗りましょう」
「Danke。その一言を待っていたんですよ」
そして私にこの話を断る理由は無く、殆ど二つ返事で了承する。そこから先は、トントン拍子に事が運んでいった。
それから更に数日後。慣れない作業にまるゆちゃん共々悪戦苦闘しながらも、何とか艤装の修理を終えた時の事だった。調査に協力してくれていた瑞穂さんが、此所へ来て不穏な動きを見せているという。
「そろそろ潮時ですね。直ぐに支度をしてください」
余裕の笑みが半ば消えた状態で、ハチさんはそう促した。
十数日ぶりに艤装に火が入れられ、缶から伝えられるエネルギーが全身へと伝播していく。搭乗している妖精さんによると、修理が万全で無い所為でかなりの違和感と不快感を感じるが、それはわかりきっている事だ。
そうして、時折愚図り出す主機をなだめすかし、更には時折二人に曳航して貰いながら何とか泊地へと辿り着いた私達。
夜の闇に紛れて、こっそり戻って来た私達を待っていたのは、桃色の髪の艦娘―不知火さんと、黄緑色の髪の艦娘だった。彼女は確か・・・・・・。
「第四十四戦隊の長月だ。話は不知火達から聞いている」
「ハチさん、彼女は?」
「協力者の一人ですよ。長月さんも、愛宕に煮え湯を飲まされたそうです」
なるほど。つまりは、私と似た立場。いいえ、駆逐艦と言う事を鑑みれば、ある種もっと苦しい立場にあった、と言った所でしょうか?
聞くところによると、目的が一致したためこうして行動していると言う。
「それで不知火さん、そちらの成果はどうですか?」
「上々。いえ、極上です。これを見てください」
一時的な隠れ場所にと、私達が案内されたのは泊地の片隅にある、監視用のバラック。その中で不知火さんが手に持った茶封筒を手渡してきた。
「これは・・・・・・!」
「ええ、私達が切り札と頼むものです。これなら、連中を止める事ができますよ」
私は泊地へ戻って来た。そして証拠も、既に手に入っている。何より、奴らは私が死んだ物と思い込んでいる。これ以上無い、絶好の条件。それを活かした策を、既に彼女は考えているという。
そして時間は、この翌日。つまり、現在へと戻る。
「ね、ねえハッちゃん、これって・・・・・・」
「少佐はここで待っていてください。悪い様にはしませんから」
私の傍らには、ハチさんと上条司令が。
これから私達がやろうとしている事は、きっと彼の心を傷つけてしまうかもしれない。だけどこの先、放っておいたらどんな所へ転移するか解ったものじゃ無い。
だから・・・・・・!
「会いたかったわ、本当に。ただただ、会いたかったわ。
そして残念です。道は違えど、志は同じとすると思っていましたし、瑞鶴さんや阪元副司令のお陰で少しずつですが、考えを改めるべきかと思い始めていました。・・・・・・その結果がこれだったなんて。もっと早く、本性に気付くべきでしたね」
今は心を鬼にして、司令に現実を見せるしかない。意を決して、私は部屋へと足を踏み入れた。