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第四章・第一話:提督から見た艦娘達・1
「・・・・・・これで、良し、と。・・・・・・ふぅ」
単冠湾での騒動と、北方での任務が終わりパラオへ戻ってから都合三ヶ月ほど。連絡船の護衛と小規模な掃討を除けば大きな出撃も無く、することと来れば書類仕事ぐらい。そしてこの日も、決裁が必要な書類は全て処理済み。首を回して凝りをほぐしていたらふと、壁に掛けられた日めくりカレンダーが目に入った。
「あれからもう、一年近くか・・・・・・」
思えば本当に、色々な事がありすぎた。今が激動の時代だと言うのは解っているが、それを抜きにしてもだ。
突然のパラオへの転属、最初の内は指示を聞かなかった艦娘達、新しく加わった仲間。尊敬していた上官の死も経験したし、この前に至っては米軍の救出、果ては艦娘の軍規違反にも遭遇。まるで、一生分の波瀾万丈を経験してきた様な気がする。
「艦娘、か・・・・・・思えば、随分人数が増えたものだな」
『艦娘』。かつて大東亜戦争で戦い、散っていった戦闘艦艇の魂が、人の形を取って顕現したと言われている存在。
人間と変わらぬ心を持ち、喜怒哀楽と好悪の感情を表す事ができる者達。彼女達が居てくれなかったら、自分は今頃旅順の海に沈んでいただろう。いや、下手をすれば深海棲艦の苗床にされて逆に人類に牙を剥いていたかもしれない。
その艦娘だが、パラオに来た当初は九人しかいなかった。前任の司令官の所為で仲間達を立て続けに喪い、指揮官という者を信用してなかった。
そこから、五人増えた。言う事を聞くようになったと言えば語弊があるが、それでも皆、自分に命を預けられる様になっていった。
更に六人増えた。心をズタズタにされた艦娘であってもその力と、誇りを信じ、乗り越えさせ、更には新たな艦娘の誕生という記録に残るような出来事にも立ち会った。
そして、十人加わった。沖ノ島の海に散った先達達の念いを受け継ぎ、さらなる飛躍を誓った。
今自分の机の上には、その艦娘達の資料が。作戦の度に何度も目を通しているが、まだまだ知らない事も多い。今現在は待機命令を皆に出している事だから、少し様子を見に行くとしようか。
――――――
「ペース落ちてきてるよー! 頑張れ頑張れー!」
「『は、はいっ!』」
気まぐれに足を運んだ波止場では、駆逐艦娘達が射撃訓練の真っ最中で、それを監督する長良の檄が飛んでいる。その傍らでは、名取と神通もそれぞれ受け持ちの駆逐班の面倒を見ていた。
「精が出るみたいだな、三人とも」
「提督、お疲れ様です」
「どっ、どうも・・・・・・」
「司令官、見回りですか?」
「まあ、そんなところだ。調子はどうだ?」
「調子かぁ・・・・・・んー・・・・・・」
隙間が出来るのを見計らって、長良へと話しかけたところ、彼女は若干不満げに答える。
「体は悪くないんだけどここ最近派手な戦闘が無いものだから退屈で・・・・・・。体が鈍っちゃいそうです」
「暇なのはお互い様、か・・・・・・」
「提督さんもですか?」
「少なくとも今はな」
それを皮切りに始まる、他愛の無い世間話。
艦娘艦隊における水雷戦隊というのは、水上戦における最前衛。謂わば斬り込み役であり、必然的に近接戦闘が多くなる。そのため艦娘の損耗率も高い部類なのだが、少なくとも自分がパラオに赴任してからは、それは出していない。
その水雷戦隊だが、現在基本的に三個十五隻で常設されている。
叢雲、曙、響に初霜を加えた第一水雷班を率いているのは長良だ。彼女は先のあ号艦隊決戦において、戦場を迂回して側面から強襲すると言う重要な役割を担っており、その性格から速攻を好む傾向にある。些か護衛には使いづらいが、斬り込み役として頼りにできる艦娘だ。
それとは対照的に第三水雷班率いる名取は、守勢での粘り強さが目立つ。ただその性格が災いしているのか、攻勢に関してはやや消極的だ。これは麾下の第二駆逐班。五月雨、夕立、村雨、春雨が連携戦術によってそれを補っているため、帳消しとまでは行かずとも均整の取れた艦隊運動ができている。
その中間的な性格なのが、神通だ。『華の二水戦』こと、旧第二水雷戦隊の旗艦だった過去を含めて、攻勢における果断さと守勢における隙のなさ。そして何より、率いる第二水雷班は陽炎型の浜風、磯風、谷風、浦風で構成されている。単純な能力ではパラオでも随一なのだが、時折無茶な戦闘をする事もあってか、被弾率が一番高いのが玉に瑕だ。
「こう言う平和な時間は、尊いですから。今の内に、仕込める事は仕込んでおきたいですね」
「あまり無茶はするなよ」
ふと目線を駆逐艦達に向けると、射撃訓練が終わったのか、今度は戦闘機動での艦隊運動訓練を行っている。
三列複縦陣を取りながら主砲を構え、前方への突撃を行う。だがその次の瞬間。走っている最中に足がもつれたのか、五月雨が派手に転んだのだ。
それだけならまだ良いのだが、咄嗟に前を走っていた浦風のスカートを掴んでしまい、引き摺られる様にして浦風も転倒。更には倒れた五月雨に躓いて、彼女の後ろで団子になっていた春雨、曙までもが転んでしまうと言う、ちょっとした惨事が海上で起きてしまったのだ。
「またか・・・・・・」
「こればかりは、どうしようも無いですね・・・・・・」
そう言って、頭を抱えてしまう長良と神通。
彼女の事は後で励ましておくとしよう。そう思う事にして、自分は三人と別れてその場を辞した。
――――――
続いてやってきたのは、泊地の敷地内にある武道場だ。ここでは基礎体力の修練の他、白兵戦の訓練も行われており、今日も得物を打ち合う音が外にまで響いている。かなり熱が入っているようだ。
「どぉりゃぁっ!!」
「にゃぁああっ!?」
中に入ろうと戸を開けた直後。断末魔のような声と共に何かが中から転がって来たのだ。咄嗟に避けたから良かったものの、もし反応が遅れていたら盛大にぶつかっていただろう。
「当然の結果ね、多摩! 私の勝ちよ!!」
「だだ、大丈夫ですか!?」
その何か―多摩をここまで吹っ飛ばした張本人も、彼女を追って現れる。道着姿で竹刀を担いだ艦娘。足柄だ。その後から、同じく道着を着込んだ羽黒が救急箱を持って追いかけてきている。
「し、司令官さん!?」
「あ、提督。見回りかしら?」
「まあ、そんなところだ。調子・・・・・・は聞くまでも無いか」
「あったり前よ!」
足柄は名取の直ぐ後、自分達が初めて外部の艦隊と演習する直前に。羽黒は榛名が誕生するのとほぼ同時期に建造された艦娘だ。同じ妙高型なのだが、その性格はとにかく正反対の一言に尽きる。
足柄は闊達にして苛烈な武辺者。羽黒は押しが弱く、思考はやや後ろ向き。だが二人とも、技量に関してはとても頼りになっている。
あの後来歴を調べた所、『最初の』二人が所属していたのは横須賀鎮守府。それも、第十一艦隊の第二戦隊という斬り込み部隊の一員だったのだ。
羽黒はレイテ戦役で、足柄は鎮守府近海の戦闘で轟沈してしまったものの、今ではこうして蘇り、パラオの為に働いてくれている。
「せっかくだから見ていかない? 丁度巡洋艦同士で試合していたのよ」
「ふむ・・・・・・せっかくだから、見ていくか。それはそうとして、多摩を何とかしないとな」
「は、はい」
「やっておいてアレだけど、大丈夫かしら?」
三人で協力して多摩を横にならせ、再び武道場へと入る。畳と板張りが半々になっている中、その板張りの方で二人の艦娘が対峙している。鳥海と摩耶だ。前者は木刀を正眼に構えているのに対し、後者は切っ先が背中を向くような変形の上段で隙を窺っている。
二人とも、初めての対外演習の後にパラオへ配属。即戦力として今でも活躍している。
鳥海は思慮深く、冷静に戦術を見極める確かな目を持っており、戦隊旗艦としての適性も高い。将来的には前衛部隊を一手に任せられるだろう。事実として、先週まで鳥海は自ら志願して単冠湾に出向いており、阪元も手紙で実務能力の高さを賞賛していた。
一方で摩耶は喧嘩っ早く気が短いものの、重巡として見てもかなり目が良い。
その見切りの良さを活かして前衛部隊で頭角を現してきており、同じく重巡で前衛部隊である足柄とはいつも一番槍を巡って競い合っている。
「でぇええいっ!!」
「・・・・・・!!」
互いに中々動かず、審判をしている熊野が固唾を飲んで見守る中で痺れを切らしたのか。先に摩耶が動いた。
気迫に満ちた声を上げ、渾身の力で木刀が振るわれる。それを鳥海は真っ向から受け止めて見せた。
「んなっ!?」
「胴ぉおおおっ!!」
それによって拮抗したのは、ほんの一瞬。すぐさま木刀が跳ね上げられ、体勢を崩された所にがら空きの胴体目がけて木刀が一閃される。勝負は決した。
「そこまで! この勝負、鳥海さんの勝ち!」
勝敗が宣言されると、鳥海はふぅ、と息を吐いて呼吸を整え、反対側にいる摩耶へと手を差し伸べた。
「私の勝ちね」
「ちっくしょぉ、なんで勝てないんだよ・・・・・・」
「摩耶は動きが大振り過ぎるのよ。深海棲艦が相手なら力任せも悪くないけど、人間や艦娘相手だと、直ぐに見切られてこうなるわよ」
「・・・・・・・・・・・・」
不満を漏らしつつも、彼女は差し伸べられた手を取る。だが、次の瞬間。
「・・・・・・隙有りだっ!」
「えっ、ちょっと!?」
勢いよく取った手を引いたのだ。それにより、前へつんのめる鳥海の襟元を掴むとその動きを利用して巻き込むように投げていく。
「摩耶、貴女ねぇ!!」
「逆に言わせて貰うけどよぉ、鳥海は杓子定規が過ぎるぜ? 戦場じゃ何が起きるか解らないからよ」
「このっ、ウスラトンカチ!!」
「来いや、ポンコツ計算器が!」
挑発に激昂した鳥海は、木刀を投げ捨てて相手に掴みかかる。摩耶もそれに乗っかった事で、取っ組み合いの喧嘩が始まってしまった。こうなるともはや試合にならない。
「・・・・・・羽黒。試合というのは、一応剣道だったのだよな?」
「は、はい。その筈ですけど・・・・・・」
「良いぞー! やれやれー!!」
傍らで野次を飛ばす足柄は後で注意するとして、だ。今はあの二人を止めるのが先だな。
――――――
「全く。お二人にも困ったものですわ」
摩耶を止め、鳥海を宥め賺し、足柄には火に油を注がないよう釘を刺すこと小一時間。丁度、昼時を報せるチャイムが道場に鳴り響く。
自分はその場を羽黒に任せ、熊野と共に食堂へ向かっていた。
「まあ、ここ最近大規模な出撃も無かったからな。流石の鳥海も、溜まっていたのだろう」
「それで生傷をいちいち作って入渠されたら、キリがありませんわね」
「それでも、息抜きになるなら構わない」
他愛も無い世間話をしていたら、いつの間にか食堂の扉が目の前に。その横には、その日の昼食の品書きが書かれている。今日は・・・・・・カレーライス。今日は金曜日だったか。
「ライスカレー・・・・・・。殿村提督も好きでしたわね・・・・・・」
盛りつけられたカレーを受け取り、着席したところでふと漏らした熊野のこの一言。それが自分の中に、苦い響きとなって入り込んでくる。
彼女は元々殿村提督の部下で、あの沖ノ島から辛うじて生き残った艦娘の一人だ。平時は品行方正なお嬢様。戦闘時は鬼神もかくやの武人と言う二面性から、足柄や摩耶、神通と言った前衛組と飛鷹や扶桑ら中、後衛組の双方と良好な関係を築いている。
「・・・・・・熊野。その事なのだが」
「ええ、解っています。あの時、鈴谷を斬った時に決めましたもの」
『提督と、彼女達の分も生きてみせます』。何処か儚げな表情を見せながらも、熊野はそう言って、スプーンですくい上げたカレーを口へと運んでいく。
「・・・・・・話は変わるが、そろそろ品評会の季節だな」
「あら? パラオではこの時期に?」
「ああ」
重苦しい空気になりそうになったため、話題を変えて見る。パラオでは毎年、ある料理の品評会が行われている。それが何なのかは・・・・・・追々語るとしようか。
「しかし、そろそろ飽きてきたなこの味も」
「まあ確かに。駆逐艦の舌も考慮しているとは言え、流石に私も物足りなさを覚えますわね。と言う事は、提督も品評会に出ますの?」
「考えてはいる。こう見えても、それなりにこだわる方だからな」
「あら、それは楽しみですわね」
周りを見渡してみると、他の者達。特に、人間の兵や下士官達は一味足りないと思っているのか。ニンニクや黒こしょう、醤油や溶き卵をかけて食べている者達も多く見受けられる。この調子だと、次は味の濃さが決め手になりそうだ。
――――――
熊野との昼食と他愛の無い世間話を楽しんだ後は、執務室に戻って午後の決算に取りかかる。
新装備の開発と、既存装備の補充と整備。護衛任務の日程構築と、泊地周辺に現れるはぐれ深海棲艦の駆除の承認とやる事はまだまだ山積している。しているのだが・・・・・・
「多摩。何故自分の机に座っている・・・・・・」
戻って来た所で真っ先に目に付いたのは、自分の椅子に座ってふんぞり返る多摩と、応接用の長椅子で昼寝をしている雲龍の姿。多摩は昼前に受けたダメージからもう回復したのだろうが、何故雲龍まで・・・・・・?
「暇だったからだニャ」
「猫か、お前は」
「多摩は猫じゃないニャ」
そう本人は否定しているのに、やる事為す事が猫めいている艦娘。それがこの多摩という人物だ。
自分がパラオへ着任した当初。最初の作戦で出撃に応じてくれた艦娘であり、軽巡型ながら重巡用の20.3サンチ連装砲を愛用している。そのため、基本的には水雷戦隊ではなく主力である第一、第二戦隊に随伴することが多かった。
一方で雲龍は、元々ブイン基地の兵装実験戦隊に所属していた艦娘だ。此所へは懲罰転属という形で配属された最後の艦娘でもある。
最後衛兼、母艦である鞍馬の直掩部隊である第四戦隊の長なのだが、普段はトロンとした両目に不思議な雰囲気を纏っている。同時期に配属された隼鷹曰く、『読書家で愛煙家』とのこと。
見てみると、直前まで嗜んでいたのか。机の上には煙草盆と文庫本が置かれている。
「で、いつから此所に?」
「摩耶と鳥海がど突き合いを始める頃には道場から出ていたニャ」
「と言う事は昼前からか・・・・・・」
「そんでもって、多摩が来た頃には既に雲龍がいたニャ」
「・・・・・・・・・・・・」
取るも取り敢えず多摩を長椅子の方に移らせ、雲龍を起こそうとする。だが、起きる気配が見られない。名前に『龍』の一文字があるくせして、彼女も彼女で大概猫染みているな・・・・・・。
「なあ、多摩」
「何ニャ?」
「今のパラオは、どうだ?」
実害はなさそうなので、雲龍の事は後回しにするとして、だ。多摩は今のパラオの事をどう思っているのだろうか? どことなく一歩引いている様にも見えるから、率直な意見を聞いてみた。
「んー・・・・・・。特に言う事は無いニャ」
だが返ってきたのは、予想に反した答え。その理由を聞こうとしたところで、彼女はさらに続ける。
「多摩は誰の命令でも、真面なのなら戦うニャ。けど自分から従おうと思ったのはテートクが最初、それだけは言えるニャ」
「そうか・・・・・・ありがとう」
「礼を言われるつもりは無いニャ」
流石に手持ち無沙汰になってきたのか、そう言って彼女が書類を手に取ろうとした時だった。
目を覚ましたのか。むくり、と雲龍が長椅子から起き上がったのだ。そして何を思ったのか、何も言わずに本と煙草盆を持ってその場を去ろうとする。
「雲龍、どうしたんだ?」
「気が変わったから、外で吸ってくるわ」
「そう言う訳じゃ無いのだが・・・・・・。戻って来たら、多摩と一緒に手伝ってくれ」
「・・・・・・解ったわ」
どうやら此所で寝ていたのは、本当に気まぐれだったらしい。益々彼女が猫に見えて来たぞ・・・・・・。
結局その後は、特に大きな騒動も無く。日暮れ近くになってからようやくその日に必要な書類の決裁が完了した。手伝ってくれた多摩達には、後で礼をしておくとしよう。久しぶりに、ゆっくり眠る事が出来そうだ・・・・・・。