名無しの英雄~パラオ艦隊戦記~   作:レイキャシール

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今回も複数に分かれてますので、最新話リンクから来られた方はご注意願います。


第四章・第二話:提督から見た艦娘達・2

――――――

 

 

 翌日。総員起こしよりも前に目覚め、合図のラッパが鳴る頃にはある程度身支度を済ませて朝の体操をする。海軍を志して以来、欠かさず行ってきた習慣なのだが、その体操を終えた所で今日の午前中は非番だった事を思い出した。加えて今日は、朝早くから駆逐班は皆出払っている。

 

「・・・・・・どうしたものか」

 

 後から去来したのは、無駄な時間の使い方をしてしまった軽い喪失感と、完全に仕事をする状態になっていた肉体。岸壁から釣り糸を垂らしつつ、それらの処理について思案していた時だった。

 

「あら、提督? どうしたのこんな所で」

「飛鷹か」

 

 後ろから声を掛けられたので、何事かと振り向くと、そこに居たのは黒髪に陰陽師を彷彿とさせる戦闘装束を身に纏った艦娘―飛鷹だ。どうやら彼女も非番で暇していたのだろうか。肩から袋を下げ、手には何故か双眼鏡が握られている。

 

「偶には自分の目で、遠くを見てみたくなる時もあるのよ」

「空母なのにか?」

「空母だからこそよ。いっつも航空隊からの報告か、視界共有でしか遠くを見る機会が無いもの」

 

 そう言って彼女は、自分の隣に腰を下ろすと、袋から和紙の束と墨壺を取り出して絵を描き始めた。と言っても、十字架を変形させたような簡単なもので、それが彼女とその相方である隼鷹が使用する艦載機。その元となる紙人形である事に考えが至るまで、さほど時間は掛からなかった。

 

「一枚一枚手で書いているのか」

「これだけは、整備の人達には任せられないわね。隼鷹も雲龍も、なんやかんや言いながら自分でやっているし」

 

 和紙一杯に紙人形を描き終え、さらに追加のそれを鞄から出して続けながら飛鷹は答える。

 彼女は元々、佐世保鎮守府の第二十戦隊―今は亡き丸川少将の―に籍を置いていた艦娘だったのだが、熊野や曙。磯風達と同様に艦隊が壊滅したためなし崩し的にパラオへ編入。その後、正式に自分の指揮下に加わっている。

 書類の上では隼鷹の姉貴分と言う事になっているのだが、実際に接している場面を見ると姉妹と言うよりは気の置けない相棒同士、と言った方が良いだろう。また、同じ母艦型と言う事もあって雲龍や千歳、千代田とも仲が良い。

 その彼女だが、現在出撃は演習以外全て自粛するよう命令を出してある。理由は一つ。例の、“清姫”だ。

 あの後本格的な調査が行われ、“清姫”は高度知性保持種と断定。北方、アルフォンシーノ列島で確認された事から“北方棲姫”の呼称が付けられた。

 その北方棲姫に初めて遭遇した際。下半身を主砲で吹き飛ばされると言う手酷い目に遭っている。一応、両脚は元通りになり歩けるようにはなったが、それでもまだ松葉杖を突きながらのたどたどしいものである。復帰には、まだまだ掛かりそうだ。

 

「それにしても、何も無いと退屈だわ」

 

 それから小一時間。飛鷹は持ってきた和紙全てに紙人形を描き終える一方で、自分の垂らした釣り糸はぴくりとも反応しない。そんな中での、彼女のこの一言だ。

 

「『喪って、初めて解る有難味』。乱世の中で人は泰平を望み、治世の中で人は激動を求むる。貴重な時間だ、目一杯使おうじゃないか」

「そうよね・・・・・・使い方次第だけど」

「何かあったのか?」

「隼鷹よ。昨日も千歳とつるんでドンチャン騒ぎ。居づらいったらありゃしないわ・・・・・・」

 

 眉間に皺を寄せながら、自分からの問いかけに答える飛鷹。それにしても、その口ぶりから察するに・・・・・・。

 

「酒は苦手か?」

「隼鷹が飲み過ぎなだけよ。それを抜きにしても、あまり飲まないわね、私は」

 

 なるほど、どちらかと言えば下戸と言う訳か。パラオへ来て、初めて同類が見つかった様な気がする。

 

「酒以外にも嗜好品はある。そう悲観する事じゃないぞ」

「それもそうね。ああ、話は変わるけど今度の品評会、提督はどうするの?」

「自分も出るつもりでいる。こう見えて、料理には一家言ある方だ」

「へぇえ・・・・・・それは楽しみね」

 

 そう言って、不敵な笑いで返してくる飛鷹。口ぶりから察するに、彼女も出るつもりなのだろうか? これは、思わぬ強敵になりそうだ。

 余談だが、それからさらに数時間粘っても釣果は無かった。

 

 

――――――

 

 

 午後。昼餉を食した後の余韻が睡魔となって襲い来る時間から、今日の執務が始まる。

 特にこれと言って火急の用件は無いのだが、それでも早く処理すればその分空いた時間を他の物事に充てる事ができる。要は、いつもの通りにやれば良いだけの事。

 酒保で買いだめしているドロップ缶からハッカ飴を取り出し、一、二粒取り出して一片に口に含む。すっと鼻を通る様な刺激は、他の味で染め上がった口内を一度すっきりさせる効果があり、この手の詰め合わせでは大抵入っていると言う。

 

「提督、失礼します!」

 

 ノックするやいなや、元気の良い声と共に入ってきたのは五月雨達第一駆逐班―旧第二駆逐隊の面々だ。

 五月雨と夕立は自分がパラオに転属した頃から。村雨と春雨は、あ号艦隊決戦の直前に自分の指揮下に入った駆逐艦娘で、五月雨と夕立が前衛、村雨が指揮兼遊撃、春雨が後方支援と駆逐隊としては模範的な戦い方で着実に成果を挙げている。教科書通りと言ってしまえばそれまでだが、裏を返せば教科書に載るほど有効な戦術と言えた。

 

「はいこれ、今回の報告書です」

「ありがとう」

 

 村雨から手渡された報告書―午前中に行っていた近海警備のそれを受け取る。

 ホ級の通常種率いる水雷戦隊が二個、呂宋島近海に現れたが無事に撃退成功。撃沈は七隻。内訳は五月雨が二、村雨と春雨が協同で一、残りの四隻は・・・・・・

 

「夕立が仕留めたのか。凄いじゃ無いか」

「本当!? 夕立ったら、結構頑張ったっぽい!」

 

 『褒めて褒めて~!』と、ご褒美をおねだりしてくる夕立の頭を撫でてやる。

 そう言えば、駆逐班を指揮した事のある友人が『駆逐艦は子供っぽいのが多いから、以外とこう言うのは安くて済む』と言っていたか・・・・・・。

 確かに、どこか犬のような所のある彼女はこうした『感じられる喜び』が一番の褒賞になるのかもしれない。

 

「ねえ、提督。夕立程じゃないけど、私も春雨も五月雨も頑張ったから、ご褒美、欲しいなぁ、って。ねえ、春雨」

「えっ? そっ、その・・・・・・はい」

 

 一方で彼女、村雨は時折駆逐艦とは思えないような蠱惑的な目をする時が希に見られる艦娘だ。最も、彼女の様なのは接した機会が少ない(単冠湾での愛宕ぐらいか?)ので、それがどういうことなのかまでは良く判らない。

 戦闘時は突出しがちな夕立のフォローや、いささか不安定な所もある五月雨、春雨をリードしたりなど。今回のように目立った武勲こそ少ないものの、第一駆逐班の要石として八面六臂の活躍をしている。

 

「・・・・・わかった。皆もよく頑張ったな」

「んっん~、ありがとう」

「あっ、ありがとうございます・・・・・・」

「えへへ・・・・・・」

 

 一方で春雨は、見た目相応と言うべきか。いや、精神的な成熟度は傍から見る分には村雨よりも早熟せているのか。三人と比べると、ややおとなしめだ。戦闘面においても、積極的な攻撃よりは僚艦達のサポートに回る事が多い。その側面をよく表しているのが、彼女がよく艤装に付けているドラム缶型のコンテナだ。

 中には戦闘糧食や予備の武器弾薬などが所狭しと詰め込まれており、先のあ号艦隊決戦の様に、長時間の戦闘で重宝しているらしい。

 

「さて、他に報告する事は無いか?」

「取り敢えずは大丈夫。次も村雨達に期待しててね、提督?」

「そうさせてもらう」

 

 さて、彼女達のご褒美の時間も終わり、残りの事務連絡を済ませてから次の任務まで待機しているよう指示したその時だった。

 

「きゃぅっ!?」

 

 踵を返して歩き出した直後。足をもつれさせた五月雨が派手に転んだのだ。それも、何も無い所(・ ・ ・ ・ ・)で。この事態に、村雨達は『またか』と言わんばかりの顔を見せている。

 彼女は自分がこのパラオに来た時、初めて出会った艦娘の一人だ。

 気合充分の頑張り屋。それでいて、仲間の危機には身を挺して助ける事も厭わない姿勢で、パラオの艦娘達を勇気づけてきている。ただ最近は、艦娘の人数が増えた事で余裕が出来てきたのか。時折こうしたうっかり屋の側面が顕在化しつつあった。

 書類はぶちまける、転んで食器を割る、艤装の自己整備で何故か部品が盛大に余る。等々色々、挙げたらキリがない。昨日に至っては演習中に躓いて、咄嗟に掴んだ浦風のスカートごとスッ転ぶ場面に遭遇した時には、どう反応するべきか本当に困ったものだ。

 ひとまずその場は、目線を余所に向ける事でお茶を濁したものの、一瞬だけ見えた『白』が目に焼き付いたのか。その日だけはほとんど眠れなかった。

 

「うぅ~、なんでぇ・・・・・・?」

 

 とにかく、このうっかり屋な所さえ無ければ、優秀な艦娘である事に変わりは無いので今後改善されることを期待しよう。

 

 

――――――

 

 

 五月雨達第一駆逐班が報告に来てから数時間ほど後。泊地から見て西方の海域の哨戒を終えた第二駆逐班―旧第十七駆逐隊が報告のために入室してきた。

 陽炎型駆逐艦である彼女達四人は、いずれもこの艦隊の中では新参者だ。

 浜風と谷風はトラックでの戦力再編の際に此方へ回され、磯風と浦風は村雨、春雨と同様に所属していた部隊が全滅したために編入された過去がある。

 四人いずれとも豊富な実戦経験とそれを裏付ける高い技量を持ち、戦闘時は最前衛での斬り込み役も任せているのだが、些か損耗率が他の駆逐班と比べると酷いのが玉に瑕だ。

 流石に、彼女らを率いている神通もこれには頭を悩ませているらしいのだが、とにかく弾が続く限り撃ちまくるこの四人。良くも悪くも、士気は高い。

 余談だが、谷風以外の三人は一見すると駆逐艦とは思えない程に大人びている。なので、時折目のやり場に困る事が多々あった。

 

「―以上が、今回の報告です」

「了解した。今日も成果は無し、か・・・・・・」

「潜水艦型の深海棲艦ねぇ。谷風はまだ半信半疑だよ」

「まあそう言うな、谷風よ。レイテ戦役で重巡と軽空母が、そして今では戦艦と正規空母が出てきているんだ。あながちあり得ない話では無いぞ」

「ほうじゃな」

 

 閑話休題(それはそうとて)、今回浜風達を哨戒に向かわせた理由はある未確認情報が切欠だった。

 

『何も無い場所で突然、船が沈んだ』

 

 目撃者の証言を総合すると概ねこれに集約されるこの噂。普通なら海難ミステリーの題材にされても可笑しく無いのだが、今は人類と深海棲艦との全面戦争の真っ最中だ。

 沈む直前、何かが船体に当たって爆発したと言う情報も上がっている事から、軍令部は『海中からも攻撃出来る、新たな深海棲艦』が現れたと推測。今回、パラオを含めた南方の前線拠点に調査指令が届いた訳である。

 

「じゃが、もしげに潜水艦だとしたら、これからが厄介じゃ。うっかり出てったら、下からいきなり狙い撃ちにされるかわからんけぇ。撃たれんにしても、こちらの行動が筒抜けになりかねんよ」

「私も浦風と同意見だ、火の無い所には煙は立たん」

 

 磯風と浦風のこれらの言が、四人の総意だった。事実として、谷風は相づちを打っており、浜風も同様だ。

 

「本来なら、対潜航空隊の要請をする所なのだが・・・・・・マレー半島方面はまだ掃討が完全では無いから、今すぐには無理だ。対潜装備の拡充を工廠に指示しておくので、配備が完了するまで警戒を密にして対応しろ」

「了解じゃ。じゃが、ままならんな、こう言うなぁ」

「何。居るとわかり次第、引きずり出して刺身にしてやるさ」

「そそ、わさび醤油でご飯のお供にしてやろうじゃないの!」

「そのための駆逐艦ですから。そうですよね、提督?」

「ああ、その通りだ。期待しているぞ」

 

 頼もしいのは結構だが、陽炎型だからといって無理はしないで欲しい。それだけが、目下の懸念事項だ。

 それから小一時間後。必要な書類の作成を終えて工廠へと足を運ぶ。

 トタン屋根の建物の中では、ツナギにヘルメットを被った技術妖精達が所狭しと駆け回っており、初めて来た時よりもだいぶ賑やかになっていた。

 

「あら、司令官?」

 

 ふと声を掛けられたので、後ろを見ると丁度入ろうとしていた如月と目が合った。彼女の後には、長月と霞―第四駆逐班の二人も一緒にいる。

 本来なら四隻で一個が定数の駆逐班だが、彼女らだけは定数割れを起こしている。が、その役割は母艦の直掩である第四戦隊の更に直掩と言う、ある意味攻撃よりもずっと重要な役割を彼女らは担っていた。

 

「珍しいわね。工廠にご用事かしら?」

「ああ。対潜装備が必要になった」

「必要になった、と言う事は例の?」

「そうだ」

「そいつは良い。装備は幾らあっても足りないからな」

「確かに、無いよりはあった方が良いわね」

 

 書類を保住主任に渡すよう、傍らにいた妖精に頼んでいる間、彼女らとの会話が続く。

 旗艦の霞、随伴の長月と如月。就役した時期も沈んだ原因も異なるが、三人とも意外と馬が合うのか。連携に齟齬は見受けられなかった。恐らく、霞のリーダーシップと、長月の柔軟さ。如月の気配りが為し得ているのだろう。

 

「さて、質問だ。三人は、今の艦隊をどう思う?」

「まあ取り敢えずは、及第点ね。多少無茶な作戦組まれる事意外は」

 

 自分の質問に対し、真っ先に答えたのは意外にも霞だった。

 実艦だった頃は後の名将達が艦長を務め、華の二水戦の一員として大東亜戦争の最末期まで各地を転戦した後、坊の岬にて謎の第三勢力によって―現在では、これが深海棲艦による最初の攻撃と言われている―戦没。艦娘となって以降も最前線で戦い続けてきた叩き上げだ。そのためか、幼い容姿とは裏腹にある種貫禄とも言える物が彼女にはあった。実際、自分が着任するまでの間は、パラオの艦娘達を取り仕切っていた事からもそれが窺える。

 

「完璧主義も良いけれど、一度の失敗で再起不能になった奴を何人も見てきているわ。偶には妥協も覚えなさい」

「私も霞と同意見だ。何事も、痛い目を見る前に経験した方が良いだろう」

「相変わらず手厳しいな・・・・・・。が、肝に銘じておこう」

 

 霞の言に、長月も首肯する。

 その彼女もまた、結末こそ違うが長く渡り合ってきた歴戦の艦娘だ。

 元々はラバウルにいたのだが、当時の同僚だった愛宕に濡れ衣を着せられ、パラオへと転属した過去もある。が、その因縁も過日の北方遠征で断ち斬ったと言って良いだろう。愛宕達は逮捕され、再調査の結果長月は晴れて、完全な意味での無罪放免となったのだ。

 戦闘時は霞と同じく前へ出る事が多く、その戦闘力は性能の格差を感じさせないものだ。

 

「まあ、二人とも。今は上手く行っているから、いいじゃない」

 

 が、ここで如月がブレーキを掛けるようやんわりと言ってくる。

 今居る面子の中で、一番謎の多いのが彼女だ。

 二人と異なり、実艦だった頃の彼女は緒戦のウェーク島攻略作戦で艦載機の攻撃を受けて沈むと言う、ある意味最も不名誉な経歴の持ち主で、むしろ艦娘になってからの戦歴の方が長いくらいだ。

 一方で言動がませているため誤解されがちだが、その実観察眼が鋭く、いざとなれば果敢に攻める度胸もある。

 三人とも最初から自分のために戦ってくれたわけでは無いが、今ではこうして主戦力の一角として働いてくれている。

 自分も、負けていられない。彼女達の能力を存分に活かすためにも、精進せねば・・・・・・。

 

 

 

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