名無しの英雄~パラオ艦隊戦記~   作:レイキャシール

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読者の皆様、大変お待たせして申し訳ありません。
アクションシーンの書き方を忘れかけていて、試行錯誤していたらここまで間が空いて仕舞いました。改めて、お詫び致します。


それでは、どうぞ


第四章・第五話:北の才媛・1

 

「提督、これはどうすれば良い?」

「ああ、それなら今判を押すから工廠までお願い」

「提督さーん! 北海道から漁協の人が来られたみたい」

「それだったら司令官、私が対応しよう」

「お願いします、阪元大尉」

「承知した。瑞鶴、応接室まで通してくれるか?」

「了解ッ!」

 

 任務を終え、第四十四戦隊が北方海域を引き払ってから半月あまり。単冠湾泊地司令部は、司令官である上条睦実少佐と副司令官の阪元美桜大尉。そして、艦娘達が力を合わせ、漸く在りし日の姿を取り戻しつつあった。

 

「お疲れ様です、少佐」

「・・・・・・ふぅ。ありがとう、鳥海」

 傍らに立つ秘書艦が入れてくれたお茶を受け取り、喉を潤した睦実はその秘書艦―鳥海の方を向き直って言った。

 

「だけど、良かったの? 命令とは言え、ここに残って」

「良いんです。もとより、私から言い出した事でしたから」

 

 

――――――

 

 

 事の発端は、愛宕達が逮捕された後。任務を終え、第四十四戦隊もパラオへと戻る日が近づいて来た時の出来事だった。

 

「残りたいのか?」

「はい」

 

 鞍馬の司令官室で徹心は、目の前に立つ彼女―鳥海からそう告げられていた。

 

「今回の一件で、単冠湾の戦力は大きく低下してしまいます。せめて、霧島さん達が復帰するまでの間は穴埋めが必要です」

「ふむ・・・・・・」

 

 彼女の言う通り。単冠湾から巨悪が去った代償は大きかった。

 まず、艦娘の数が足りない。やってきた事こそ悪質極まる物だったが、それでも表向きは一線級の戦力だった愛宕達四人。それが一気に抜けるため、戦力が低下してしまっている。

 一応、第五艦隊の司令部がある大湊警備府と、同じく前線拠点である幌筵泊地にも艦娘は配備されているが、いずれも駆逐隊程度の戦力しか持ち合わせていなかった。

 そして何より、当の睦実は艦娘達の暴挙を止められなかった咎で、近い内に何らかの処分が下るかも知れない、と言うのがハチの談であり、そう言った意味でも単冠湾は危機的な状況にあった。

 

「私が加われば砲戦の火力は確保出来ますし、空母と駆逐艦の射程格差も多少は埋められます。それに北の海は、慣れていますから」

「・・・・・・わかった。上層部には、戦時任官と言う事で話を付けておく。後任が決まるまでの間、二人を助けてやってくれ」

「心得ました」

 

 しばし黙考した後、その申し出を徹心は了承する。

 こうして鳥海は、パラオからの出向と言う形で古巣の単冠湾泊地へと戻って来たのである。

 

 

――――――

 

 

「それにしても、以前居た頃よりはだいぶ設備が良くなったみたいですね」

「ああ、まあ、ね・・・・・・」

 

 そして場面は、先ほどの執務室へと戻る。

 鳥海の感想に、睦実は苦笑いしながら応ずる。

 

「最初は泊地の居心地を良くしようって言う愛宕の考え方に賛成したけど、もしかするとその費用も、愛宕達が悪い事をして集めたお金かも知れないから・・・・・・。って、ああ、ゴメンね。愛宕は確か、鳥海のお姉さんでもあったんだっけ」

「いえ、良いんです」

 

 何とも言えない様な顔で、漏らした言が失言だった事に気付いた彼は、慌てて秘書艦に謝罪する。

 

「今は、いつか生まれてくる『次の』愛宕姉さんの事だけが、気がかりですから・・・・・・」

「『次の』、って・・・・・・?」

「私の予想、と言うより、ほぼ確定かも知れませんけれど、『今の』愛宕姉さんは処刑されて、遠からず、また重巡級艦娘の“愛宕”は造られると思うんです。

 そして程度は様々ですが、“建造組”の艦娘はその『前の』自分の記憶を持っている事があるんです。そしてそれは、“愛宕”も例外ではない。

 新しく生まれた本人からしてみれば、俯瞰した映像でしかなくとも、周りの人達からしてみれば、自分と同じ顔、同じ名前、同じ容姿の艦娘が犯した罪である事に変わりは無いんです。それでもし、押し潰されるような事が・・・・・・」

「鳥海」

「はい?」

 

 悔しさと悲しさとがない交ぜになったような表情で話す鳥海を、睦実は一言。だが、その若々しい容姿に反して毅然と言った。

 

「大丈夫。君のお姉さんは、どんな艦娘でもそんなに柔じゃ無い筈。他でもない、僕が保障する」

「少佐さん・・・・・・」

 

 その声と姿に、心ならずとも惹かれるものを感じた鳥海。段々と二人の距離が・・・・・・

 

「おーい、お二人さーん。歴史を繰り返す気かー?」

 

 縮まろうとしたところでジト目気味になった瑞鶴が割って入ってきた。それに気付いた二人は、慌てて元の位置へと戻る。

 

「い、いつからそこへ?」

「今さっきから。はいこれ、さっき言っていた漁協の人から」

「漁協の? 何だろう・・・・・・」

 

 呆れながらも、そう言って彼女が手渡してきたのは一枚の書類だった。一番下の段には、泊地に訪れている漁業組合の関係者の署名と押印がなされている。

 それを手にとって、睦実はしげしげと眺め始める。

 

「参ったなぁ、漁の護衛をして欲しいなんて・・・・・・」

「こんな時期にですか!? “清姫”が現れて、今は警戒態勢なのに・・・・・・」

「説明しようと思ったんだけど、まだ機密だから話すに話せなくて・・・・・・。今、美桜さんが何とかして止めさせるか、漁場を変えさせようとしてるわ」

 

 書類を見ながら、彼は難しい顔になる。こういった交渉事は、かつては大半が霧島か愛宕が率先して(前者はともかく、後者は私的な思惑もあったかも知れないが)行っていた為に、睦実本人は勿論、兵学校を出てある程度経験を積んだ筈の美桜も決して慣れた行為とは言えなかった。艦娘も、瑞鶴は直情型、瑞穂は押しの弱い性格の所為で、同様である。

 これが霧島だったら、十重二十重の理論武装で相手の無理を道理ではね除ける事も可能だろう。木曾だったら、受けはするが途中で絶妙に手を抜いて、向こうに教訓とさせる事も出来ただろう。だが、今の単冠湾に二人はいない。その事が、ここでも響いてきていた。

 

「こんなのさっさと突っ返せば良いと思うのに・・・・・・」

「そう言うわけにも行きませんよ、軍の活動資金は税金で成り立っている以上は」

 

 瑞穂が言う事に、『納得いかないなぁ・・・・・・』と漏らす瑞鶴。それから小一時間ほどして、交渉を終えた美桜が執務室へ戻ってきた。

 が、どうもその顔は上手く行ったとは言いがたいものだった。

 

「阪元大尉、どうでしたか?」

「何とか帰ってもらいはしましたが・・・・・・多分また来るでしょう」

「そっか・・・・・・。大尉、漁場はどの辺りを予定していると、言ってましたか?」

「海図だと、このあたりです。幾らある程度の安全が保障されている場所とは言え、現状では断言も難しいですし」

 

 海図上で指し示された区画を見て、睦実はしばしの間考え込む。

 

「良し、やろう」

 

 そして簡潔に、そう発した。

 

「やるって、何を?」

「深海棲艦の掃討だよ。いくら危険な状態になりつつあっても、漁の間の一時的な期間なら、この艦隊でも空白を作れるはず」

「まあ、それならうちも戦果稼ぎになるし、向こうの顔も立つか」

「決まりだね。出撃は明日の昼、1130時。それぞれで備えて、後朧達にも伝えておいて」

「わかりました」

「了解っ!」

 

 鳥海のこの一言に、瑞鶴も肯く。

 『また、忙しくなりそうですね』。そう思いながら、彼女は眼鏡を直すと、必要な書類の決裁に戻っていった。

 

 

――――――

 

 

 その日の夜。入渠棟の一角、経過観察用の病室へと鳥海は足を運んでいた。見舞いの品として持ってきた羊羹の具合を確認して、彼女は扉を二、三度叩く。

 

「はーい、どうぞー」

 

 部屋の主に中から促され、病室へと入る鳥海。中には朧と、その病室を現在利用している霧島と木曾。そして同じく招かれたのか、高波と朝霜の姿もあった。

 

「改めまして。お久しぶりです、皆さん」

「おう! 鳥姉も久しぶりだな!」

「鳥海さんもお元気そうで何よりかも・・・・・・です」

 

 鳥海はパラオへ移る前はここ、単冠湾に籍を置いていた過去がある。最も、人員の入れ替わりがあったのか。照月と、既に泊地を離れた瑞穂とは初対面だったものの、古巣はそれなりに居心地の良いものだった。

 

「けど、良かったの? 東郷提督も心配しているだろうし・・・・・・」

「大丈夫ですよ。既に本土で手続きを済ませてくれている筈です」

 

 彼女は、朧の心配する声を聞きつつも続ける。

 

「それに、私は司令官さんの事を信頼していますから」

「信頼かぁ・・・・・・アタイ達も、もうちょい頭柔らかくしてたらなぁ・・・・・・」

「過ぎた事ゴチャゴチャ言っても仕様がねぇよ、アイツらはめでたく御用となったんだからな。しかし・・・・・・何とかならなかったものか。趣味嗜好はともかく、アレの練度は本物だ。悔しいが、それは事実だ」

 

 入院着姿で、木曾はそう曰う。前衛部隊を率いている立場だっただけに、彼女には最も近くで愛宕の戦闘を見てきた経験がある。自身が竹を割ったような性格だったために、真逆な彼女を嫌ってこそいたが、艦娘としての愛宕の力量は認めていたのだ。

 

「俺達も、変わらないといけない時が来たのかもな。何時までも西沢提督(昔のオトコ)の影を追っていても、しょうが無い・・・・・・」

「はいはい、湿っぽいのは無し無し。一時的にとは言え、昔の仲間が戻ってきたんだから、することは一つ。どうかしら?」

「お、霧姉早速開けんのか?」

 

 場の空気が沈むのを察したのか。そう言って霧島がベッドの下から取り出したのは、朝霜が持ってきたと思しきラムネだった。

 瓶の口に被せられた王冠を抜くと、弾ける炭酸によって果実風の芳醇な香りがほのかに醸し出される。一度口に含めば、強すぎず、それでいて淡すぎない程度の適度な刺激と清涼感で満たされていく。

 

「本当は、パラオ名物のラム酒辺りを期待していたんだけどね」

「悪かったですね、間宮羊羹で」

「いいえ、充分よ」

 

 鳥海も羊羹の封を切るが、ここで皿の類いがなかった事に気がつく。仕方が無いので、その場にあった果物ナイフで、切った端から直接渡していく。

 

「うぅんめぇっ! やっぱ間宮の羊羹はサイコーだな!」

「朝霜、お行儀悪いかも」

「高波姉ちゃんだって手づかみじゃねーか!」

「食べ方の問題かも!」

「ああ、もう、喧嘩しないで」

「霧島、入るよ・・・・・・って、皆どうしたの?」

「お、噂をすれば何とやら、だな」

 

 いの一番に齧りつく朝霜を見て、高波が珍しく毒を吐いた。それでカチンと来たのか、売り言葉に買い言葉で言い合いを始めてしまい、朧が半ば呆れ気味で止めに入る。その最中に、他の艦娘達と共に病室へ入ってきた睦実が、目を丸くして問うた。

 

「ええ、まあ、ちょっと今後に向けた話し合いを」

「それ、なんだけどさ・・・・・・。僕からも言って良いかな?」

 

 鳥海がそれに対してそう答え、彼にも羊羹を切って差し出す。差し出されたそれを食べる前に、彼は真剣な眼差しで話し始めた。

 

「まずは、謝らせて欲しい。愛宕達に殆ど任せきりで、自分では何もしなくて、結果的に霧島と木曾に大怪我をさせてしまって。本当に、ごめんなさい」

「・・・・・・気にしないでください、とは敢えて言いません」

「ああ、そうだな。今更謝ったところで、遅すぎる」

 

 そう言って頭を下げる睦実に対し、霧島達が向ける視線は複雑その物だ。

 何せ、これまで新参だからと言って最低限の指示しか聞いてこなかった上に、新任の艦娘達とも軋轢を生んでしまっているのである。それが巡り巡ってここまでの大事になったのだから、尚更だ。

 

「ですから、司令。お頭を拝借」

「こう・・・・・・?」

「あらかじめ言っておきます。部下としてあるまじき行為をする事を、今はお許しください」

 

 なので、霧島が取った行動は・・・・・・

 

「ふんっ!!」

「っ~!?!」

 

 彼の頭頂部に、拳骨を振り下ろす事だった。

 あくまでポーズとしての側面を意識してかなり手加減していた様子だが、それでも頭を抑える程だ。

 

「お互い痛い目を見ましたし、この件はこれでお終いと言う事で」

「わ、わかったよ・・・・・・いたた」

「申し訳ありません、上条司令(・ ・ ・ ・)。この罰は後で如何様にも」

「ああ、大丈夫。今ので良く解ったから。それと、やっと名前を呼んでくれたね」

「言ったでしょう、もうお終いです、と」

 

 が、その殴られた本人の表情は晴れやかなものだった。その様子に、霧島から思わず笑みがこぼれる。

 

「この調子なら、復帰も割と早そうだね。それじゃあ皆、お休み」

「おう、提督。また明日な!」

「これからは高波達も頑張るかも・・・・・・です!」

「お疲れ様でした」

 

 その様子を見て満足したのか、睦実は病室を辞する。そして後に残された艦娘達はと言うと、再び談笑を始める。そんな中で、輪から離れた瑞鶴が鳥海に話しかけて来た。

 

「ねえ、鳥海。木曾達がさっき言っていた、“昔の男”、って?」

「昔の・・・・・・? ああ、それならここの先任の泊地司令官だった西沢少将の事ですよ」

「てことは、今の提督さんよりも前に居た人か・・・・・・」

「ええ。とても寡黙な人でした」

 

 そう言って、ラムネを一口啜ってから話し始める。

 鳥海が単冠湾に配属されたのは、レイテ戦役が終結した直後。第四次鉄底海峡海戦において瀕死の重傷を負い、その後の戦力整理を伴った異動によるものだった。

 一年の殆どが雪と氷と寒さに支配されている北方海域は、環境こそ過酷ではあったが、最前線である南方と比べれば深海棲艦の出現頻度も少なく、平穏な日々を送れる数少ない場所。だがその当時の彼女からしてみれば、左遷人事にも等しいものだった。

 

「転属されたての頃は、深酒が過ぎる時もありましたね」

「意外ね、真面目が服着て歩いてるようなものなのに」

 

 そんなある日の事だ。鳥海は酒の席で、これまで貯め込んできていた鬱憤(うっぷん)を西沢少将に全てぶちまけたのは。この日は珍しく彼女にも出撃のお鉢が回ってきたのだが、珍しい事に殆ど成果を挙げる事が出来なかったという。

 それを聞いていた彼は唯一言。

 

「『それで良い』、とだけ言ったんです」

「それで良い? 何で?」

「今となっては真意はわかりませんけど、でもあの時の私は、あの一言に何かを感じたんだと思います。それ以来ですね、また成果を挙げられるようになったのは。

 それで腕を見込まれて、パラオに移ったんです。でも・・・・・・」

「任務で立ち寄った久しぶりの古巣はあの通り、か」

「霧島さんだって、歩み寄る姿勢を見せ始めていましたし、少佐も切欠さえあれば変わられる素地はあったはずなんです。なのに、こんな・・・・・・」

「鳥海、アンタ・・・・・・」

「・・・・・・何だか湿っぽくなってしまいましたね。そろそろ、私も休ませて貰います」

 

 その科白と共に、鳥海は他の者達に一言告げると、病室から退出していった。背中にどことなく、やるせなさを纏いながら。

 

 

 

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