こんなに投稿までの間隔が空いた事由を述べよ。
(答)
人事異動とレイテが重なり、更には新大陸へ調査に行っていました。
読者の皆様には深くお詫びします。
(※今回も複数に分かれていますので、最新話リンクから来られた方はお気を付けください)
衣食住―着る衣、食べる物、住む場所は人間が文明を持ってから。いや、それ以前に“人類”と言う種が生まれてから、根源的な欲求としてその歴史を歩んできた。
時代が下り、技術の発達と共にこれらに『楽しみ』としての側面が加わるようになってきた中で、特に食事はその側面を強くしていった。人間、裸で野ざらしの状態でも平気な時もあるが、食事が無いと肉体的にも精神的にも落ち着かなくなっていったのである。
「今年も、この季節が来たか・・・・・・!」
ある日のパラオ泊地の入渠棟。脱衣所の扉、その向かいの掲示板に貼られたポスターに、黒髪とセーラー服の艦娘―磯風は並々ならぬ視線を向けていた。
ポスターの内容は、『パラオ泊地カレェ品評会』。
洋上では季節などを推し量れる物が、それこそ太陽と星くらいしか無いため、連合艦隊では毎週金曜日にカレー料理が食卓に上がる事が伝統となっていた。特にカレーライスは一度に大量に作る事が容易な他、スパイスや具材、果ては煮込む時間に至るまで、多種多様なアレンジが可能なため、主計科。特に、艦隊勤務の彼らから重宝されている。
とは言え、流石に何時までも同じレシピでは将兵。特に現在では艦娘の方が飽きてしまう事から、各拠点では定期的にレシピの更新も兼ねた品評会が行われる事が増えてきており、パラオもその例に漏れず、告知してきた訳である。
「艦隊が壊滅した所為で日の目を見る事が無いかと思っていたが、これは千載一遇の好機。早速調整に掛かるとしようか」
どこか不敵な、それでいて自信に満ちた表情のまま去る磯風の足取りは軽い。
だがその様子を、物陰から見ていた浦風にとってはそれどころでは無かった。
「拙いのぉ・・・・・・控えめに言ぅても、ぶち拙いのぉ・・・・・・」
「一体何が拙いんですか、浦風」
「顔から察するに、相当な事だと思うけど・・・・・・」
谷風と浜風に問われ、浦風は答える。
「磯風はな、挑戦意欲がぶちあるんよ。それこそ、駆逐艦としての戦闘から日常生活まで。その中には、料理も含まれちょる」
「銃後の事を考えれば、それくらい別段可笑しい事じゃないのでは?」
「本人は努力しとるんけど、一向に上達しない言うたら?」
「・・・・・・読めました。単独で参加させるわけにはいかない、と言う事ですね?」
「ご明察じゃ。せっかくの品評会が台無しになってしまうわ」
「かぁ~、まさかそんな事とはね。よっしゃ、ここは一肌脱ぐとするか!」
「同意します。磯風の暴走は、何としても阻止しなくては」
こうして図らずして、浦風らも品評会に参加する事が決定され、三人は早速行動に移った。浦風はメニューの開発、浜風は買い出しへと・・・・・・・・・・・・。
「おーい、磯風ぇ。それだけど谷風達も一枚噛ませてくれないかい? この面子でやるのは初めてだからさ」
「構わないぞ。障害は多いほど燃えるものだ」
「あんがとね。おーい、二人とも。了解ってさ!」
「なるほどそう言うことか・・・・・・」
走ろうとした側から谷風が半ば強引に協力を取り付けていた。
その数日後。烹炊所の中にある調理場に、磯風達第二駆逐班の面々が集まっていたのだが、その中で彼女は多少詐欺染みた手法を採られたこともあってか。芳しく無い表情を浮かべている。
「私一人で何とかするつもりだったのだが・・・・・・」
「何言ぅとるんか。料理が苦手と日頃から言ぅとったなぁそっちじゃろ? それに、うちらは磯風と一緒に作りたいんじゃ。」
「・・・・・・そう言われると弱いな」
「逃がさへんよ? 覚悟しとき」
平服代わりに着ている戦闘装束の上から、薄桃色のエプロンを着けつつ言う浦風。まるで新妻の様な仕草は、実に様になっている。
「それで、カレーライスを作るのは良いんですけど、レシピはありますか?」
「以前の艦隊から持ち出したのがあるぞ。ほれ」
「ふんふん・・・・・・それじゃ、早速作ってみて?」
「承知した」
とは言え、実際にどんなものを作ろうとしていたかは、実物を見るまで解らない。そう判断した彼女は、取り敢えず磯風単独で作らせてみることにした。背中の辺りに、薄ら寒いものをこの時感じていたが、今は無視する。それが何を意味するのかも知らないまま・・・・・・・・・・・・
――――――
「で、これが・・・・・・・・・・・・?」
「ああ。私に出来る精一杯をつぎ込んだ傑作だ」
それから数十分後。磯風渾身の一品たるカレーライスは完成した。完成したのだが、世間一般の知る物でも、ましてや海軍暮らしの長い浦風の知る物でも無いのは明白だった。
一見すると、じっくり煮込まれた黒褐色のルーを掛けたカレーにも見える。しかしそれは、カレーライスと呼ぶにはあまりにも違いすぎた。黒く、醜く、禍々しく、そして大雑把すぎた。
それはまさに、泥炭だった。
「何処を! どうすれば!! こがぁな代物になるんじゃ、あぁ!?」
調理台が凹まんばかりの剣幕で怒鳴り散らす浦風。清涼感溢れる青い髪も、今は熱すぎて逆に青くなっているのではないか。そう浜風に抱かせる位には、彼女は怒っていた。
「浦風の予感、的中ですね」
「まさかこんなんだとはねぇ。流石の谷風さんもこれは予想外だよ」
駆逐艦として一度死に、艦娘として二度目の生を迎え、そしてレイテで沈んで再び建造されてからも、磯風の人生は戦いの連続だった。特に艦としては進水から戦没まで、あらゆる場所を転戦してきた歴戦の猛者だ。建造されてもそれは衰えるどころか、“才能”と言う形でさらに上乗せされ、かつて所属していた旧第十八戦隊では駆逐艦でありながら主力の一角として活躍していた過去がある。
「し、仕方が無いだろう! 料理は苦手なんだ・・・・・・」
「苦手云々以前の話じゃろこりゃぁ!! これを料理言ぅたら、泥団子も懐石料理じゃ!!」
しかしそれ故なのか、それとも元々本人が不器用なのか。彼女は料理や裁縫と言った、いわゆる婦女子の嗜みがどうも苦手だった。
洗濯をやらせれば力加減を間違えて雑巾を作り出し、生け花をやらせれば花からかけ離れた前衛芸術が出来上がり、縫い物をすれば布よりも糸の方が多く使われる始末。そして料理は、ご覧の有様である。
「手際がええから、ちっくと上達した思うちょったウチが、阿呆じゃったか・・・・・・」
「だ、だが、以前作った時はルーが固形化していたことを思えば、大きく進歩したぞ!」
「それで泥水作っちょったら、世話ないわ!!」
「とにかく、磯風単独では不可能だと言う事が解っただけでも、上出来では無いでしょうか? 提案なんですけど、私達四人でやるのはどうでしょう?」
「四人か・・・・・・いや、やはり・・・・・・」
「四人でやりましょう。良いですね?」
「あ、ああ・・・・・・わかった」
いまだ怒りの収まりきらない浦風をなだめると同時に、合同での参加を提案する浜風だが、一方で難色を示す磯風に対しては有無を言わせず協力を取り付けさせる。こうして少々強引ではあるが、第二駆逐班、もとい旧第十七駆逐隊連名での参加が決まり、早速四人はカレーの制作に取りかかった。
ベースとなるのは磯風の作ったレシピだが、これの無駄な部分を彼女らの中では最も料理の上手い浦風が洗い出し、可能であれば代替を提案。それを意外にも料理が趣味だという谷風がアレンジしていく。そうして生まれた改良レシピで磯風が調理し、浜風がそれを補佐する。そこにこぎ着けるまで紆余曲折はあったものの、調理開始から数十分。真っ当な技術の下、磯風流のカレーライスがここに完成した。
「・・・・・・どうだ?」
「上出来じゃな。これなら、問題ないよ」
「そうか。ありがとう、これも皆のお陰だ」
「そう思うのなら、絶対に優勝しないとだね」
「ええ」
味に関しても、試食した浦風の評価は良好で、磯風は確かな手応えを感じている。最終的に、改良レシピを紙に書き起こし、当日の作業分担を話し合ってこの日は解散となった。余談だがその夜、磯風は武者震いが止まらなかったと言う。
――――――
「会場の皆さん! 大変、お待たせ致しました! ただ今より、カレェ品評会を開始致します!」
六月。パラオ泊地の食堂は、いつもとその様相を異にしていた。理由は言わずもがな、以前より告知されていた『パラオ泊地カレェ品評会』が今日開催される為だ。食堂へと集まった観客―と言っても、全員が泊地所属の軍人、軍属だが―に技術主任の保住夢穂がマイク越しに呼びかけている。
「ルールは至って簡単! 渾身のカレーを審査員の皆さんに試食して頂きまして、最も高い得点を獲得した参加者のメニューが、来年度の『金曜カレー』となります! それでは、参加者の皆さんをご紹介しましょう!」
そして今回の品評会に参加したのは、磯風達四人を含め全部で六組。足柄と神通、雲龍と隼鷹、熊野と曙、飛鷹と村雨のタッグ。そして・・・・・・
「ゼッケン六番! 趣味の一つは料理! どこまで多芸なんだ、東郷徹心泊地司令官と五月雨ちゃん、霞ちゃんチーム!!」
「お手柔らかに頼むわね」
「頑張ります!」
「よろしく。特別扱いする必要は無い、平等に審査してくれる事を期待する」
普通なら審査員席に居るはずなのに、何故か参加していた東郷徹心である。その事実に、会場内は別の意味で動揺が走る。が、彼の調理台の上には所狭しと香辛料の入れられた瓶が置かれており、単なる素人ではない事がひしひしと伝わってきていた。
「司令が相手か・・・・・・良いだろう。この磯風、容赦せん!」
「こちらも、全力で行くぞ。手加減は無用だ」
「はいはい、そのくらいにして始めますよ」
それに触発されて闘争本能を顕わにする磯風を浜風が抑えつつ、笛で開始の合図がなされると参加者達は一斉に調理を開始した。
食堂に併設されている厨房内はにわかに慌ただしくなり、彼方此方で野菜を切る音、肉を炒める音と香ばしい匂いが漂い始める。その中にあって、磯風は自身の作業に集中していく。
一意専心の思いで馬鈴薯の皮を剥き、食用に出来ない芽を包丁の根元でえぐり取ると煮崩れを想定して大きめに刻んでいく。同様に玉葱と人参、さらには今回のメニューの鍵となる素材も谷風と共に切っていき、肉―他の具材と馴染みやすいように選ばれた牛コマ肉―は一口大に。
それらを浜風が火の通りづらい順に鍋へ入れて炒め、水を投入して煮込んでいく。煮立ってきたら灰汁を取りつつ、味付けのカレー粉ととろみ付けの為の水溶き片栗粉を適量入れたら、ここからは浦風の出番だ。
少しでも間違えれば最悪の事態を招く煮込み作業も、料理上手な彼女は慣れた手つきでこなしていく。時折、確認のために匙で味見をし、過剰であったり不足している要素を絶妙な加減で調整していく。
「こっちは大丈夫です。足柄さん、お願いします」
「まっかせなさーい!!」
他の組でも順調に調理は進んでいる様だが、足柄と神通のペアはここから異彩を放ち始める。一見すると、彼女らのカレーは、人参と玉葱以外の具が少ない様にも見える。だが、それは足柄の取り出した豚肉の塊で覆された。
数センチに達しようかという厚さで豚のロース肉をスライスし、それに小麦粉と溶き卵、パン粉を着けたら、加温された油の中に投入。食欲を誘う旋律を、揚げ鍋が奏で始める。
「これは、思っていたよりも手強そうですね・・・・・・」
「むう・・・・・・」
「心配要らんよ、うちらはうちらの出来ることをやればいいけぇ。焦ったらいけん」
「そうか、そうだな」
ほぼ作業の終わった磯風達の目にもその光景は見えており、彼女らの気迫が伝わってきているかの様だった。