活動報告を見ていただければ、思わず突っ込みたくなる様な場面があると思います。
※今回も複数に分かれていますので、最新話リンクから来られた方はご注意を。
「出来ましたわ!」
不意に、やや奥の方から熊野の声が厨房内に響き渡る。見ると、彼女の両手には皿に盛られた白飯と、ルーの入った赤銅色のグレービーポットが。それらを持ちながら、曙と共にしずしずと審査員席―野島少佐、小倉大尉、香月中尉の鞍馬先任士官の三人―の元へと並べていく。
「調達出来る限り最高級の素材を使用した、特性ベェフカレーです。ご賞味あれ」
「ふむ・・・・・・良い香りですね」
真っ先に感想を口にしたのは、香月中尉だ。白飯へ掛ける前に匙で一口、ルーを口へと運ぶ。
「すっきりとした、それでいて深みのある味わいです。その筋でも、こうは簡単にいかないかと思います」
「なるほど、中尉の言うとおり洋食屋でもここまでの味を出せるのは一握りだろう。だが・・・・・・態々金曜日のカレーで食べたいか、と言われるとな・・・・・・」
同様に小倉大尉も一口。ポットの中身をいくらか飯に馴染ませてから食するが、その口から出た台詞はあまり前向きなものではなかった。
結局下された点数は、一人十点満点中それぞれ六、五、六の合計で十七点。路線をやや外れていた事を除けば、まずまずの評価だ。
その後も調理と発表は続く。二番手となった雲龍と隼鷹が出してきたのは“もつ煮込みカレースープ”。だがこれは、食堂だけでなく海上でも食べられる事を考えると、保存が聞き辛く、分量も多く必要になるもつは相性が悪いとされ、十二点と振るわない点数に終わる。
「これで・・・・・・良し。出来たわ!」
三番目は飛鷹と村雨のタッグ。こちらはご飯の上へルーを掛けると言うよりは、ルーを乗せると言う表現の方が適切だろうか。一見するとペースト状の何かにしか見えない。
「むむ、これは・・・・・・敢えて水分を少なくしたみたいだな」
「殆ど玉葱と野菜の水分だけで作ったのよ。艦長は艦隊勤務で真水が貴重なのは理解しているわよね?」
「なるほど、そう言うことですか」
彼女らが作ったのは、鶏肉をベースとしたドライカレーだ。炒めた挽肉と玉葱と出汁を使うこの料理は、元々客船で出されたと言うだけあって調理に使う水の量も通常のカレーライスより少なく、実に理にかなっている。
「ウンまいなぁ、これ。幾らでも入りそうだ」
「少し味が濃いですが、勤務状況を考えれば的確ですね」
審査員三人の評価も上々で、出された点数はなんと二十点。大きく他を引き離して暫定一位に躍り出る事となった。
「冷や冷やするのぉ、立て続けに十五点越えばかりじゃ」
「だが、最終的にあれを上回れば良い。私達の作るのは、そう言う物だ」
煮込み作業の傍らで一連の遣り取りを目にし、らしくも無く弱気な浦風。その一方で磯風は、いつもの自信満々な態度を崩さない。
その様子を見て安心したのか、ふと浜風は徹心と五月雨のいる調理台を見やる。するとそこには・・・・・・
「・・・・・・駄目だな、今度はえぐみが出てしまった。
「提督まだですか~? もう材料の下ごしらえ終わっちゃいましたよ?」
「もう何人か完成しているわ! 早いところ決めちゃって!」
一心不乱に乳棒で香辛料をすり混ぜる上官と、既にあらかたの準備を終えてしまった同僚二人の姿があった。しかも出来に納得いかないのか、味見をしては首をひねり、材料を追加で入れて調合し、そしてまた味見をするの繰り返しである。
「あの、提督。お客様に出すわけでも無いんですから、市販のカレー粉でも良いんじゃ・・・・・・?」
「唐辛子に黒胡椒、追加で生姜も・・・・・・駄目だ、今度は辛くなりすぎる。生姜の代わりにドライオニオンで・・・・・・。うぅむ、今度は香りのまとまりが悪くなってしまった。かといってオールスパイスとカルダモンでは深みが・・・・・・」
五月雨の催促も浜風の助言も、本人は聞く耳持たず。いや、完全に没頭している所為で耳に入ってすらない。
「何だあれは」
「わからん。けどチャンスだって事は谷風にもわかるよ」
「おーい二人とも、煮込みは終わったけぇ。手伝ぉてくれるか?」
ただならぬ雰囲気を余所に、作業を続けていた浦風が仕上げに入ることを告げる。後は皿に盛りつけた白飯に、ルーをたっぷりと掛けて完成と相成った。
「出来たぞ、第十七駆逐隊特製の和風カレーだ。肉じゃがから着想を得て開発した、この磯風考案の品だぞ」
チームを代表して、審査員席へとカレーを持ってきた磯風がそう説明する。肉じゃがを見て思いついたと言うことで、人参や馬鈴薯、やや大ぶりに切られた玉葱の他に、薄切りにした蓮根と牛肉も入っていた。
「ふむ・・・・・・これは懐かしい気持ちになりますね」
「カレーの特徴である辛さを敢えて抑え、代わりに出汁を利かせる事で風味を高める・・・・・・これは美味い」
「材料も保存の効く根菜が中心、実用性も高いな」
三人の評価も、概ね好評。そして試食が終わり、いよいよ採点の時間がやってきた。
これまでに出てきたのは、熊野・曙ペアの十七点、雲龍・隼鷹ペアの十二点、飛鷹・村雨ペアの二十点。未だ調理中の足柄・神通ペアと徹心・五月雨・霞チームを除いた三組すべてを上回らなければ優勝は難しいだろう。
「それでは皆さん、得点をお願いします。まずは咲弥さんから!」
「・・・・・・呼び方はこの際置いときましょう・・・・・・私としては、これくらいですね。とても美味しかったです」
一番手で下した香月の得点は八点。満点とは行かずとも、かなりの高評価だ。
「洋風に分類されるカレーで、敢えて和風の味付けを土台にすると言う独創性は、とても魅力的でした」
「ありがとうございます! それでは続きまして、小倉大尉!」
「そうだな・・・・・・文句なしで十点を付けるぜ」
二番手の小倉は、なんと十点満点中十点の札を出してきて周囲を驚かせる。ここへ来て初めての満点に加え、一番評価が辛そうな印象を周囲に与えていたからだろう。
「食べ応えがあるカレーってのは、それだけで良いものになる。そんでもってチョイと私情が入るが・・・・・・肉じゃがは俺の好物でな。まあ仮にそうでなくとも、俺は高得点を付けてただろうよ。カレーに限らず、辛い料理ってのは好き嫌いが出やすい。だからこそ長所をそのままに短所を補うアイデアは賞賛できる」
「おお、そんな事が・・・・・・これは意外な一面ですね。それでは最後、野島艦長! 得点をお願いします!」
「ふむ・・・・・・」
そして最後。審査委員長でもある野島の番がやって来た。彼は先ほどの試食に加えて、更にもう何口かカレーを口に含むと、味わいながら咀嚼し始める。しばしの沈黙。飲み込んだ後に水を飲み、そして無言で得点の書かれた札をテーブルの上に置いた。
「私が出せる点は、これが精一杯ですな」
彼の手には、十点の札が。合計得点はこれで三人合わせて二十八点。この品評会において最高得点が叩き出された。
「味も良いですが、何と言うかこう、食べていて安心できる。艦隊勤務、特に外洋航海に就く兵員として、戻る場所を実感できる食は尊いものだと思います。この点数は、私なりの表現です。語彙が貧弱なので、これしか出来ませんでしたが」
しみじみとそう語る彼の目には、どこか懐かしいものを見ているかの様な雰囲気が漂っていた。だがそれも、不意に観客席で良い意味での響めきが起こった事により中断される。
「完・・・・・・成ぃっ!! 神通、後はお願いね!」
「はい、任されました」
その出所―神通と足柄のペアが作業していたキッチンではたった今、からりと揚がった豚肉が立て続けに三枚。あら熱取り用の金網に置かれ、きつね色に輝いていた。それを神通が素早く切り分けて白飯の上に載せ、そこにルーを掛けていく。そうして出来上がったのが・・・・・・
「お手本の様なカツカレーだな・・・・・・!」
「当然! 私の、私による、私だけの、勝利のカツカレーよ!! ルーは辛く、具は少なく、その分カツの魅力を存分に活かす味付け! これ以上無いくらいに完璧に仕上げたわ!! さあ艦長さん達、召し上がれ!!」」
なにやら擬音語でも聞こえてきそうな位に、堂々と足柄は宣うのだが・・・・・・当の三人は目を丸くしていた。所謂“細目”に分類される小倉でさえも、珍しく目を見開いている。
そのカツカレーだが、上に載せられたトンカツは大人の掌よりも大きく、しかも文庫本並みに分厚い。加えて一般的な基準なら間違いなく大盛り、あるいは特盛りに分類される量の白飯に、それらを総て覆い尽くすほど波波と掛けられたルーと、まさしく超弩級のカツカレーであった。
「さすがに、この量は・・・・・・」
「男の俺でもキツいぞ・・・・・・」
「見ているだけで胃腸に来そうですな・・・・・・」
苦笑いしながらも、スプーンを手に取り試食する三人。だがそのペースは明らかに遅く、採点に必要な分量を食べ終わる頃にはもう一杯一杯の状態。特にこの面子の中で唯一の女性である香月にとって、このタイミングでこのメニューはもはや苦行だ。普段は男を寄せ付けない様な澄まし顔も、心なしか青くなっている。
「では、点数ですが・・・・・・皆さんもう言うまでもなさそうですね」
「もうすこし早く出してくれていたら、もっと良い点付けられたんだが・・・・・・足柄姐さん、すまねえ」
そうして下された点数はそれぞれ六、三、六の計十五点。最下位こそ免れはしたものの、結果としてはよろしくないものに終わる。その数字を見て、足柄は崩れ落ちた。それこそどこかの芝居じみた動作で大仰に崩れ落ちた。
「負けた・・・・・・暇を見つけて調整と試作を重ねてきた渾身のレシピが・・・・・・負けた・・・・・・」
「し、しっかりしてください! 今回はたまたま時機が悪かっただけで・・・・・・」
「負けは負けよ・・・・・・嗚呼・・・・・・」
慰める神通の声も届かず、抜け殻となってしまった彼女はひとまず会場の隅で安静にさせる事となり、いよいよ最後は大トリとなる徹心・五月雨ペアのカレーを待つだけとなった。待つだけとなったのだが・・・・・・
「提督、まだ終わらないんですか・・・・・・?」
先ほどと全く変わらず、いや時間的にはむしろ酷くなっているかもしれない光景―徹心のスパイス調合作業が繰り返されていた。五月雨に至ってはほぼすべての準備を終えたのに待ちぼうけを食らわされており、時折舟をこぎ始めている。
「大丈夫だ。あと一手、あと一手で完成しそうなんだ・・・・・・!」
そう言いながらああでも無い、こうでも無いと一心不乱に調合と味見を繰り返す徹心。執念すら感じさせるその手つきはもはや趣味の領域に収まらない所にまで来ている。が、時間だけは無情にも過ぎていき・・・・・・
「だぁあああ! もうらちがあかないったら!! 五月雨、具材の用意は出来てるんでしょう!?」
「え、そうだけど・・・・・・」
「ならさっさと炒めて鍋の準備! こうなったら市販のカレー粉で済ませるわよ!」
「で、でもまだ提督が・・・・・・」
「つべこべ言わずに行動しなさい!! 返事は!?」
「さ、さー・いえす・さー!!」
遂に霞の我慢が限界に達した。実戦叩き上げの貫禄からくる迫力に、五月雨はただただ圧倒されるしかない。後に、この光景を見ていたある人物は手記に
『教科書に載せられても可笑しくないくらい、立派な敬礼だった』
と記している。
調合作業中の徹心を意識の外へ追いやって、霞の指示でてきぱきと調理が進められていく。五月雨の言うとおり具材は既に下ごしらえが終わっており、後は順番に火を通した後に鍋に放り込んで煮込むだけだった為、それ自体はものの一時間と掛からずに終了。牛肉と人参、玉葱と馬鈴薯以外入っていない至極普通のビーフカレーが完成し、いよいよ最後の試食へと移行する。
「ふむ・・・・・・これはなかなか良く出来ている、家庭的な味わいですな。万人誰もが思い浮かべる『カレーライス』、その総てがこの一杯に収まっている」
試食を終え、率直な感想を述べる野島。だがその裏には、徹心の調合カレー粉を使ったカレーを楽しみにしていた事を暗に示している様な、少なくともこの場にいる何人かがそう感じ取れる内容だった。他の二人も何口か口に運びながらも、劇的な部分を見せていない。だが三人の表情は、『美味しい』と言う感情を何よりも雄弁に語っていた。
「どうやら、結果が出たみたいですね。それでは、点数の発表をお願いします!」
そうして頃合いを見計らい、採点の音頭を取る保住。
既に何度も書いているが、これまでの暫定トップは磯風達の二十八点。その後、飛鷹・村雨ペアの二十点と続く。果たして、五月雨と霞はそれを越えることが出来るのか、会場の視線という視線が審査員席へ注がれる。
「では、偶には私から」
最初に口火を切ったのは野島だ。掲げた札は、六点。ひとまず、平均より上を出してきた。
「司令官のも楽しみではありましたが、それを抜きにしても美味しかったです。今後に期待が持てますな」
「艦長、奇遇ですね。私も六点です」
「おや?」
「素人の評価で申し訳ありません。突出した面こそありませんが、カレーライスとして純粋によく出来ていました。家庭料理として、私もいずれ見習いたいものです」
するとそれに思うところがあったのか、香月も同じく六点の札を出してくる。難しい言い回しをしていたが、結局の所『美味しい』の一言で事足りる感想だった。が、ここでまさかの事態が起きる。小倉の出した札も、先の二人と同じく六点だったのだ。
「ああ、その、何というか・・・・・・もちっと早く出来ていれば、としか・・・・・・。けどよ、母ちゃんがたまに作ってくれた様な、そんな感じの美味さだったぜ」
頭を掻きながら、彼は何とか感想をひねり出す。タイミングが悪かった事を除けば、かなりの高評価だ。だが肝心の合計点は、十八点。この瞬間、最高得点を出していた磯風らの優勝が確定した。同時に、磯風考案の和風カレーが、次期の『金曜日のカレー』となった事も。
「優勝、そしてメニュー採用おめでとうございます!」
「感謝する。だがこの結果は、磯風だけでは成し得なかっただろう。浜風、浦風、谷風・・・・・・十七駆の仲間がいてくれたからこそ、成し遂げられた事だ。改めて、ありがとう」
「本音は負けたと思うちょったけど、まあウチらの運が良かったのが、勝因じゃな」
「そうですね。もし足柄さんより後だったらと思うと・・・・・・とにかく、ありがとうございます」
「そー考えっと、偶にはゆっくりやるモンだね」
口々に感想を述べる四人。四者四様ではあるものの、その言の葉に込められた感情は共通していた。
そしてその後は(足柄の復活も待って)全チームのカレーでの会食が行われ、今年の『パラオ泊地カレェ品評会』は大団円の内に終了を迎えるのだった。
「何か肝心な事を忘れている様な・・・・・・」
「忘れたのなら、大した事では無いだろう」
「そだね」
――――――
「出来たぞ・・・・・・! 辛み、酸味、そして清涼感、総てが完璧だ・・・・・・!」
品評会も終わり、夜も更け混んですっかり人気の無くなった食堂にて。徹心は未だに調合作業を続けていた。昼間の内は執念で済んでいたのが、もはや妄執とも言えるくらいに時間を掛けた結果、ここまで時間を掛ける羽目になったのである。
そんな彼だが、珍しく喜色を隠さない様相(それでも、表情はいつもの通り引き締まったものだったが)で、その手に調合を終えたカレー粉が入った容器を掲げている。普通に考えるなら、待望の瞬間だっただろう。周りに誰もいない事を除けば。
「・・・・・・・・・・・・?」
彼は自身が置かれている状況に気がついたのか。ゆっくりと周りを見渡し、そしてかくりと肩を落とす。それでも声を荒げず、騒がない程度の分別は残していたが。
「提督?」
不意に、入り口の方で声がしたので見ると、そこには懐中電灯を手にした、寝間着姿の扶桑が立っている。おおかた、見回りをしていたら、食堂に自分がまだいる事に気がついたのだろう。徹心はそう思った。
「扶桑、今何時だ?」
「もう二十三時を回っていますよ。そろそろお休みに・・・・・・あら、完成したんですか?」
心配そうに近づいてきた彼女の目に、調理台の上へ置かれた容器が入る。
「ああ。と言っても、もう意味がなくなってしまったが」
静かに、やや自虐の色も混じりながらそう述べる徹心の声を聞きつつ。扶桑は小指の先に調合されたカレー粉を付けると、それをちろりと舐め取った。
色素の薄い唇が、曲げられた小指が、ほんの少し突き出された舌の先が。そしてそれらの動作の一つ一つが。深夜である事も相まって彼の目には妙に艶めかして見えてしまった。
「良いお味ですね。これを使ったライスカレーが、楽しみですわ」
「・・・・・・・・・・・・ああ、そうだな、次があれば披露しよう。お休み、扶桑」
「ええ、お休みなさい」
自身の顔がやや熱くなる感覚をごまかす様に、後片付けを済ませて徹心はその場を辞する。扶桑と、彼女との遣り取りをずっと見ていた電球を残して・・・・・・・・・・・・
艦これ五周年、おめでとうございます。作者のレイキャシールです。
DMM、C2機関、そして角川グループの皆様がいてくれたからこそ出来た艦これを、未来への遺産として末永く。これからも遊び続けようと思います。
さて、今回の投稿で第四章“断章編”は一旦終了。物語も再び動き出します。
いつ頃になるかは解りませんが、第五章“AL/MI編”をお楽しみに。