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連合艦隊の、そして海軍全体の頭脳たる海軍軍令部。
パラオ泊地司令官兼、第四十四戦隊司令官である東郷徹心海軍大佐と、今回彼が随行者に選んだ航空戦艦級艦娘の扶桑の姿がそこにあった。
その彼女だが、四種礼装に着替えた今の状態でも道行く将兵達が軽く会釈するのに笑顔で答えている。
「こうして改めて見ると、君の勇名を思い知らされる」
「当たり前のことを、当たり前のようにこなしてきただけです。特別褒められるようなことは、していませんわ。ただ・・・・・・」
「ただ?」
「あまりじろじろ見られるのは、良い気分じゃないですね」
徹心のすぐ後ろを歩く扶桑は、そう答える。
実際に、彼女が物珍しいのか。通路を行く軍人達からは奇異と値踏みするような視線も向けられている。その中には、若干だらしなさそうな物も含まれていた。いやもしかすると、本当に扶桑に対して邪な思いを巡らせているのかも知れない。
「ともかく、今度は主力の一翼を担えるのですから、良い傾向ですね」
「そうだな。終わったら迎えに行くから、ここで待っていてくれ」
「承知しました」
随行の艦娘達に宛がわれた控え室で扶桑と別れた徹心は、その足で作戦会議室へと向かう。両開きの扉を開けて中へ入ると、既に何人かは着席していた。その中には、恩人の一人である椛山中将の姿も。
「お久しぶりです、閣下」
「東郷か。大事がなさそうで、何よりだ」
「閣下もお変わりないようで、小官は安心しました」
「おいおい、私には何も無しか?」
二人で話を進めようとした所で、椛山中将の隣の席に座る士官から声を掛けられる。柔和な顔つきの優男だが、整った目鼻立ちとよく通る声が印象に残る男だ。
「秋満先輩も、お久しぶりです」
「ああ、君もな。それより聞いたぞ。キス島の件、お手柄だったそうじゃないか」
「第十一艦隊と比べたら、まだまだです」
「謙遜は美徳だが、過ぎた謙遜は嫌味にも聞こえるぞ」
士官―秋満 敬少将は、褒めると同時にそう言って釘を刺してくる。彼は徹心とは兵学校時代の先輩後輩の間柄であり、かつては共に第十一艦隊の幕僚だった過去もある。
その彼だが、現在は転任した椛山中将に代わって第十一艦隊を預かる身であり、連合艦隊でも気鋭の若手司令官として周囲から期待されていた。
「それよりもだ。秋満、東郷。今回の会議だが、恐らくただ事では無かろう。東郷、貴様がパラオへ行く前に言われた事を覚えているか?」
「確か、『制海権確保のための大規模作戦を計画している』、でしたか?」
徹心から発せられた質問の回答に、椛山中将は首肯することでその意を示す。これに関しては、パラオへの転属以降。徹心には思い当たる節が幾つもあった。
東南アジア、及び南方諸海域での深海棲艦隊の活発化に加え、戦艦ル級と正規空母ヲ級。そして何より、北方棲姫の出現。何か大きなモノが大きな目的を持って胎動している。彼はそう感じずにはいられなかった。
「我々横須賀だけでなく、舞鶴の西村中将、佐世保の蜷川中将も居るところを見るに、恐らくはそれがいよいよ実行に移される時が来たと言う事だ。心しておけ」
「はい」
「重々、承知しています」
他にもあれやこれやと三人が話していると、時間になったのか、会議室の扉を開けて連合艦隊の幹部達が入ってくる。総参謀長の芝富大将と司令長官の田井中元帥に続いて現れたのは、詰め襟では無い見慣れぬ黒い制服を着た、金髪の男。
背丈も彼のすぐ前に居た村田少将や、カーキ色の詰め襟を着た陸軍の高官達よりも頭一つ分高く、幾分か肩幅もあることから見るに、アジア人では無い。徹心を含め、着席した士官達の多くはそう見ていた。
「集まっている様だな。先日行われた御前会議に於いて、西部太平洋における制海権奪還作戦が決定された。概要説明の前に、部隊編成を・・・・・・」
「芝富閣下、その前に一つ質問をしてもよろしいでしょうか? 何故我が国の作戦会議に、米国の上級士官が臨席しているのでありましょうか?」
「それはわても気になっていた所です、芝富閣下」
開始を宣言しようとした所で、蜷川中将が挙手をし、西村中将がそれに同意する旨を告げる。
彼らは現状三つ存在している二桁艦隊の内、前者は佐世保鎮守府の第十二艦隊。後者は舞鶴鎮守府の第十艦隊の司令官である。規模こそ第十一艦隊に劣ってはいるが、精強さでは引けを取っておらず、連合艦隊の要石とされていた。
「うむ、紹介が遅れたな。彼はアメリカ合衆国連邦海軍、第八機動艦隊副司令官のジョン・トンプソン少佐だ。順番が前後してしまったが、今回の作戦は米国との協働作戦となる。その事を理解しておいて欲しい」
質問に対して答え終えた椛山中将を見て、兵站部長である少将が改めて説明を始めた。
「ではまず、総司令官は田井中時臣元帥が務められます。総参謀長、芝富大将。後方及び情報参謀、村田少将以下四名。作戦参謀、紅禄中将以下五名を任命する事が既に決定されております。
また、主力部隊として西村中将の第十艦隊、秋満少将の第十一艦隊、蜷川中将の第十二艦隊。そして、東郷大佐の第四十四戦隊。その他、支援部隊として大湊、単冠湾、幌筵の第五艦隊。及びタウイタウイ、ブイン、リンガ、ラバウルの第二艦隊、また、司令部直属艦隊より艦娘を抽出、再編成。
総兵力は七個艦隊、護衛艦五隻。工作艦、飛行艇母艦含む支援艦艇三隻。艦娘八十五隻。これに、海軍陸戦隊並びに、陸軍第九連隊の人員、合計で約三〇〇名の投入を予定しております」
彼の口から発せられた編成を聞き、会議室は良い意味で驚嘆に包まれるが一方で一部の者達からは、主力の一員に徹心の第四十四戦隊が何故加わったのか。疑問に思う者も少なくなかった。何せ、彼らからしてみれば元とは言え懲罰艦隊だった第四十四戦隊は不安要素を拭いきれないからだ。
だが一方で、先の沖ノ島やキス島など、重要な作戦を立て続けに成功させている事も、彼らは理性的に評価していた。
「本作戦は、大凡の流れも既に御前会議で決定されている。だが具体的にどのような過程を踏むかまでは、まだ決まっていない。貴官らの積極的な提案と討論を期待するものである」
「芝富閣下、発言のご許可を願います」
「よかろう」
説明を終えるタイミングを見計らっていたかのように、村田少将が発言する。芝富大将がそれを許可する旨を一言伝えると、彼は更に続ける。
「一月頃、アルフォンシーノ列島において新種の高度知性保持種が発見された事は皆様もご存じかと思います。また、情報部の調査に依れば、これとは別に中部太平洋、ミッドウェー島周辺に大規模な機動部隊の存在が新たに確認されました」
「
村田の報告。それに加えて、別の角度から調べたであろう米国の調査も、トンプソンの口から告げられ、室内は再びざわついたものとなる。それに構う事無く、トンプソンはさらに続ける。
「ミッドウェーが太平洋における戦略上の要諦である事は、互いに争った行為その物が証明しています。そこで合衆国の提案する作戦ですが、双方の力を結集し、一気にミッドウェーへと突入。迅速且つ強力な打撃戦力を以て、機動部隊を撃滅。同海域を制圧すると言うものです」
「あー、トンさん。ちょいとええでっしゃろか?」
だが此所で、またしても西村が口を挟んできた。
「と、トンさん・・・・・・!?」
「トンプソンやから、トンさん。呼びやすぅてええやないの」
困惑する当の本人を余所に、彼は自身の考えを述べ始める。
「それでな、ミッドウェーが戦略上重要な場所ちゅうんわ、あちらさんも多分に解っとるはずや。もし、わての予想が正しかったら、島その物に深海棲艦が巣喰っていても可笑しくはあらへんやろ?
それに、アルフォンシーノもや。援軍出されたら、勝ち目無いで?」
「そんなまさか・・・・・・」
「ありえへん、とか思うとるんやったら間違いや。以前、似たようなのがアイアンボトムサウンドにも出とったはずやろ?」
西村が言っているのは、十中八九飛行場姫の事だろう。
何せ、当時参加した艦隊の内、日本では実質二回目。アメリカとイギリスにとっては初めて遭遇した高度知性保持種である。その事は、トンプソンも重々承知していた。
「・・・・・・確かに、可能性は考慮するべきですね」
「話が早ぉて助かるわ。芝富閣下、各方面に陽動も兼ねて、戦力を振り分けるのはどうでっしゃろ? 北方チャンも無視できませんし」
「陽動なら、釣り針はデカい方が良いだろう。閣下、是非その任務は、小官にお任せ頂きたく存じます」
そう言って、胸を叩いて見せる蜷川を見て、椛山は田井中の方を向いて肯く。彼も、同じ事を考えていたのか、目線で答えた。
「では戦力配分は、第十二艦隊と第二艦隊を西方並びに南方方面の陽動部隊に。第十艦隊と第五艦隊を北方方面の陽動部隊に。第十一艦隊と第四十四戦隊を本命のミッドウェー島への攻略部隊に充てるとしよう。他に意見は無いかね? では、戦力配置はこれで決定とする。次に―」
その後は編成具体的な内訳と、再編成の日取り。予定航路の策定や種々の摺り合わせの予定が決められ、この日の会議はそれで終わると思っていた矢先の事だ。
「椛山中将、一つ伺いたい事があります」
「何かね?」
「戦力配分については異議はありませんが、司令部直属艦隊はどちらに置かれるおつもりですか? 戦力は一人でも多い方がよろしいかと」
議席の中央付近に座る男―ひげを生やした将官が、挙手の後質問をしてきたのだ。これが呼び水となって、会議室は再びざわめきに支配される。
二桁艦隊の司令官三人はさほど動じていない様だが、それでも気になっている事は確からしく、いずれも静かに動向を見守っていた。
「・・・・・・元帥、お話ししてもよろしいでしょうか?」
「これではな・・・・・・やむを得ん。中将、話してよろしい」
「はっ。では・・・・・・」
隣に座る上官、田井中に伺いを立てる椛山。そして本人の口から了承を得ると、即座に議場に視線を戻した。
「静粛に! 司令部直属艦隊については、金剛、大和、大鳳の三隻を第四十四戦隊麾下に一時編入し、ミッドウェー方面の攻略部隊で運用する! これは決定事項である!」
粛々と、だが独特の低音で告げられたその内容に、再び静まりかえる議場。代案も反対も上がらず。いや、椛山のあまりの覇気を前にして、上げる事ができなくなった、と言った方が正しいだろうか。
「事由については、今後の作戦会議で発表するものである。以上だ」
そして今度こそ、この日を会議は終わりを告げる。いささか不穏なものを残しながら。