名無しの英雄~パラオ艦隊戦記~   作:レイキャシール

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第九話:戦艦

★☆☆★

 

 

 海というものは、本当に何もないときは実に穏やかな顔を見せている。だが、同じ様子でも水面下では哀れな犠牲者を喰らわんと、虎視眈々と待ち構える一面を持ち合わせているのも、また事実だ。

 その海の上を行くのは一隻のタンカーと、それに付き従うように航行する四つの影。影の方は言わずもがな、もはやお馴染みとなった艦娘達だ。

 トラック泊地艦隊第三戦隊、それが彼女達の部隊名である。

 

「各艦、針路状況を報告せよ」

 

その戦隊を率いる軽巡洋艦―長良型四番艦の由良は旗艦として、半ば形式めいた指示を送る。

 

「こちら三日月です。針路に問題ありません」

「叢雲よ。こっちも異常は無いわ。初雪はどう?」

「ん・・・・・・大丈夫」

「もうすぐ合流地点ね。佐世保の戦隊に引き継いだら、早めに戻りましょう」

 

 それに答える三日月、叢雲、初雪の三人。念のため由良も自ら周囲を索敵、安全を確認する。

 

「それにしても、時間にして四日間、か・・・・・・」

「多分今までで一番長い遠征ね。んーっ・・・・・・と。帰ったら休暇申請しようかしら?」

「・・・・・・疲れた」

「多分、半舷休暇くらいは出してくれるわよ。そしたら、間宮茶房にでも行かない?」

「いいわね、それ!」

「パフェ、食べたい・・・・・・!」

「ほうこくします! させぼちんじゅふだいじゅうにかんたい、だいにせんたいきかん、くまさんよりにゅうでんです!」

「内容は?」

「『輸送任務お疲れクマ。合流したら、後はこちらへ任せるクマー』、だそうです!」

「・・・・・・」

「相変わらずみたいね・・・・・・」

「まあ、球磨さんも含めて、球磨型は個性的な人達が多いですから」

 

 任務終了間際の、他愛もない雑談。先ほどの船員妖精の報告もそれを彩るスパイスとなり、あたかも戦時中であることを忘れさせてしまうようだった。だがその雰囲気は、無情にも破壊されてしまった。

 水平線の彼方から飛来した何かが誰かの脇を掠め、何かが放物線を描いて落下する。飛んできたのは、一発の砲弾。そして吹き飛ばされたのは・・・・・・。

 

「っぁああっ!!!」

 

運悪く進路に重なってしまった、三日月の右腕だった。

 

 

――――――

 

 

 由良達が謎の砲撃を受けた日から幾日か後。一方のパラオ泊地では、新たな仲間を迎えていた。鹿屋基地と単冠湾(ひとかっぷわん)泊地からそれぞれ一人づつ。さらに舞鶴鎮守府からも一人、計三人の艦娘が一度に転属してきたのだ。

 

「アタシ、摩耶ってんだ。よろしくな!」

「鳥海です。よろしくです」

「泊地司令官の、東郷徹心だ。君たちの転属を歓迎する」

 

 その内の二人、高雄型重巡洋艦娘の摩耶と鳥海が徹心に自己紹介をする。いずれも戦力再編のためにこちらへと移ってきた身だが、それ故に即戦力となることを徹心は期待していた。

 

〈だが、問題はこっちの方か・・・・・・〉

 

しかし、彼女らと共に転属してきたもう一人の艦娘の存在が、彼に諸手を挙げて喜ぶことを躊躇わせていた。

 最も、その原因は容姿ではない。腰まで届く長い黒髪に、白磁の様な白い肌。そして愁いを帯びた両の瞳は、どこか儚げな美しさを徹心に印象付けていたくらいだ。これを醜いと言ってしまえば、この世に美女は存在しないことになってしまうだろう。

 その彼女は、駆逐艦ではなかった。かといって軽巡でも、ましてや重巡でもなかった。

 

戦艦。

 

 艦娘達の頂点であり、深海棲艦との戦いにおいても最高戦力たり得る海戦の王者。同時に、一人でも配備されていればその拠点の名に箔がつく象徴的存在。それが今、徹心の前に立っているのだ。

 

「名前は?」

「・・・・・・」

「貴艦の型式と名前は?」

 

 質問に答えなかったので、若干苛立ちを覚えながらもう一度問いかける徹心。

 

「・・・・・・扶桑型、超弩級戦艦・・・・・・扶桑です」

 

そして彼女―扶桑は、まるで消え入りそうな声で名乗るのだった。

 

 

★☆☆★

 

 

 扶桑ら三人が着任した日の夜。自分は、扶桑に関する資料を執務机に広げていた。まるでどこか達観。いや、諦観したような彼女の態度が、妙に気になったが故にだ。

 

〈戦艦扶桑。大東亜戦争中盤のスリガオ海峡突入作戦において、旧西村艦隊次席旗艦として作戦に参加。圧倒的多数の米軍艦隊に包囲され、艦隊は駆逐艦時雨を除いて全滅。扶桑もまた、海中へと没した。

 戦艦型艦娘扶桑。数年前、自分がまだ兵学校の四年生だったころに繰り広げられた、レイテ戦役中の一海戦、第二次スリガオ海峡突入作戦、通称『SU作戦』において、新生西村艦隊旗艦として参戦。軽巡ト級四隻、雷巡チ級三隻、軽空母ヌ級二隻、その他二級以下、駆逐艦を十数隻撃沈し、当時の角川海相から勲三等・赤蓬莱勲章を受章。敵に対しては毅然として立ち向かい、味方に対しては広い心で接していたことから、苛烈で容赦のない戦い方と、任務に対し真摯に取り組む姿勢が特徴だった、姉妹艦の山城と並んで『仏の扶桑、閻魔の山城』と呼ばれていた、か・・・・・・〉

 

 艦娘としての経歴を見れば、二つ名が付けられるくらい立派なものだ。なまじ前世が“欠陥戦艦”と揶揄され、碌な戦果も挙げられなかった時期が多かっただけに、なおさら輝かしく思える。

 

「それ故に、度し難いな・・・・・・」

 

 そのSU作戦の具体的な内容だが、海峡内の深海棲艦の群れを追い立て、出口で待機している艦隊の十字砲火地点に誘い込んで一挙に殲滅する、と言うもので、その追い立てる役を新西村艦隊が担当していた。

 その際に撃沈された深海棲艦の数は三桁に上ると、書いてあったのだが、その後で見た艦娘の戦死者表に、その答えが記されていた。

 

「撃沈:駆逐艦春雨、谷風、磯風。それに・・・・・・? そうか、そう言うことか・・・・・・」

 

 これでようやく得心がいった。だが、この問題は彼女自身の手で乗り越えるべきものだ。他人がどうこう言える問題ではない。そう決意して、自分は書類をすべて引き出しにしまい、鍵を掛けた。

 

 

☆★★☆

 

 

「進んで・・・・・・ください、姉・・・・・・様・・・・・・。進んで・・・・・・私の・・・・・・分も・・・・・・敵・・・・・・を・・・・・・ッ」

 

 着任した日の夜、私は、悪夢を見ました。できることなら二度と。いいえ、一生見る機会なんて、来てほしくはありませんでした。けれども、これは過去に起きた現実。私の背中に、重すぎる十字架を乗せさせた、私自身の罪・・・・・・。

 私の腕の中で、少しずつ冷たくなっていくあの子の体。胸に穿たれた穴は、もうどうすることもできず、唯々見守ることしか、私にはできなかった・・・・・・。

 

「姉様・・・・・・私は・・・・・・幸・・・・・・せ・・・・・・でし・・・・・・」

 

 そして静かに、その子は息を引き取り、その場には私と彼女の亡骸と、静寂だけが残される。

 

『扶桑型か・・・・・・火力だけの老朽艦だな』

「・・・・・・えっ?」

 

 不意に、どこからともなく残響のように誰かの声が。男とも女ともつかぬような、不思議な声が響き渡る。

 

『艦隊に入れること自体が難しいからな。あの速力と防御力では、伊勢型とも並べるのは難しい』

『知ってる? 戦えない、壊れやすいで、ついた渾名は“入渠番長”ってこと』

『だったら速い分、金剛型のが使えるのでは?』

 

違う・・・・・・

 

『まーた、扶桑だよ。二十体から先覚えてないわ』

『瑞雲ガン積みしか用途無くね?』

 

 絶対に違う・・・・・・! 確かに、伊勢や日向よりは出撃の機会には恵まれなかった。それでも軍艦として、護国の思いに貴賤(きせん)は無いと、その一心で今まで頑張ってきた・・・・・・なのに・・・・・・なのに・・・・・・どうして私たちが・・・・・・!

 

『もういいや、大和のエサにするわ』

 

 その一言と同時に、虚空から巨大な手が伸びてきて、私を摘まみ上げる。そして、空中でその手が離され、私の身は重力の為すがままに落下していく。

 最後に見たのは、落下地点で巨大な口を開けて待つ『ナニカ』・・・・・・。何もかも諦めた私は、その身を成り行きに任せ、ナニカの口の中へ。石臼の様な歯が、私を・・・・・・。

 

 

――――――

 

 

「・・・・・・ぁああっ!?」

 

 ナニカに食べられた瞬間。不意に意識が目覚めたと思ったら、そこは私の見知らぬ宿舎の一室。

 

「・・・・・・そう・・・・・・だったわね・・・・・・。私は・・・・・・西村提督に・・・・・・捨てられた(・・・・・・)のね・・・・・・」

 

 よくよく考えたら、私は昨日付でパラオに着任したんだったわ。なら、この部屋を知らなくても当然ね・・・・・・。

 体を引き摺るようにして布団から出て、室内にある専用の洗面所―戦艦型の艦娘には、個室が与えられています―で顔を洗おうとしたところで、鏡に映った自分自身が目に入る。

 山城も羨ましがっていた髪はボサボサ。目の下にはどす黒い隈ができ、寝間着も肩の部分がずり落ちている。

 左手も・・・・・・肘のところが錆びていた(・・・・・)から、後で直してもらう必要が、ありそうね・・・・・・。

 

――――――

 

「おはよう」

「「お、おはようございます・・・・・・」」

 

 工廠までの道すがら。廊下ですれ違った駆逐艦の子達が、怯えながら挨拶を返してくる。あの時から何年も経つし、どこへ行こうと、もう慣れてしまったわ・・・・・・。

 歩くたび、肘だけで無く二の腕の辺りにも違和感を感じている。思っていたより錆や不調があるみたい。

 ふと、窓から空を見上げる。南国特有の強い日差しと、日本のそれよりも青く感じる空。雲一つ無い快晴とは、こういうことを言うのかしらね。

 でも・・・・・・空はあんなに青いのに、私の心は下り坂。どこまでも続く、長い長い下り坂のまま・・・・・・。

 

―――――

 

「錆落としと部品交換、全体の擦り合わせも含めて、今日一日はかかりますね」

「そうですか・・・・・・。では、お願いします。それと・・・・・・」

「何ですか?」

「このことは、できるだけ他言は伏せてもらえますか?」

「・・・・・・わかりました。それじゃあ、終わったら呼びに行きますので、また後で」

 

 左手を技術部に預けた後。特にすることもなく私は、埠頭に座り込んで空を眺めていました。

 空ではカモメが飛び交い、足下では岸壁に海水がぶつかる音が静かに響く。これだけを見ていると、まるで戦争が無い平和な世界の様に思えてしまう。それだけ、ここは長閑な場所であることも。

 

「それで・・・・・・私に何かご用?」

 

ふと気配がしたので、後ろを振り返る。

 そこにいたのは、両手に釣り竿とバケツを持った、時雨さんと同じ黒いジョンベラを着ている薄金色の髪の子。パッと見た印象を一言で表すなら・・・・・・『犬のような人懐っこさ』、と言えば良いのかしら? そんな雰囲気の子が、私の後ろにいました。

 

「新しく来た戦艦って、あなた?」

「ええ、そうだけど・・・・・・。どうしてそれを?」

「提督さんから聞いたっぽい!」

 

『ぽい』・・・・・・?

 一瞬だけど、この子の言っていることが解らなくなる私。言わんとしていることは解るのだけど、何というか・・・・・・言い回しが独特ね。

 時雨さんや最上さんは、一人称で『ぼく』を使っていたから、それと同じものなのかしら?

 

「えっと、自己紹介がまだだったわね。私は扶桑よ。貴女は?」

「白露型駆逐艦、夕立よ。よろしくね!」

 

 そう言って彼女、夕立さんは私の隣に腰を下ろすと、釣り糸を垂らして釣りを始めました。昨日、提督に着任のご挨拶に行った際。執務室にも釣り竿が置かれていたから、ひょっとしてこの泊地では、釣りが流行っているのかしら?

 

「扶桑はどうしてここに来たっぽい?」

 

 ふと、彼女が私に対して質問してくる。艦娘が拠点間を異動するには、三つの方法があります。

一つは、戦力整理のため近隣の拠点からの転属。

一つは、懲罰任務や出向などでの期限付きでの異動。

そしてもう一つは、轟沈した後、別の拠点で建造される方法。

私の場合は・・・・・・戦力整理と、言えるのかしら?

 

「実を言うと飛ばされてきたのよ。これ以上のことは、ごめんなさい」

 

 ただ一つ言えることは、建造以外で国内拠点、それも鎮守府からここへ異動することは、世間一般では『左遷』と呼ばれていると言うこと、かしらね。

 

「ふーん。でも、夕立はそういうの気にしないっぽい!」

「えっ・・・・・・?」

「だって艦隊のみんなは、大切な仲間っぽい! だから昔よりも、今の方が大事・・・・・・っぽい!」

 

 手応えを感じたのか、そう言って勢いよく釣り竿を振り上げる夕立さん。その針には、まだら色の、どう見ても食用ではなさそうな魚が。

 

「・・・・・・ハズレっぽい」

「たまには、そんなこともあるわよ」

「釣らないと、おかずが減っちゃうっぽい」

「・・・・・・それは深刻ね」

《司令部より艦娘各員、司令部より艦娘各員。行動可能な者は全て、第二会議室へ直ちに集合せよ。繰り返す、艦娘各員は、第二会議室へ集合せよ》

 

 彼女がその魚を海へ放りだし、再び釣り糸を垂らそうとしたその時。艦娘の集合を求める放送が敷地内に響き渡る。全員が招集されると言うことは、何か大規模な作戦があるのかしら。

 取るも取り敢えず、私と夕立さんは急いで会議室へと向かうことにしました。

 

 

★☆☆★

 

 

「集まったな。では早速だが、任務の概要について説明する。新任の者達も、場合によっては出撃してもらうので、そのつもりでいてくれ」

 

 執務室の左隣にある第二会議室。そこに現在、五月雨をはじめパラオ泊地所属の艦娘が全員、一堂に会していた。その中には、昨日着任したばかりの扶桑、摩耶、鳥海の姿もある。

 

「数日前、遠征任務に出ていたトラック泊地所属の艦隊が敵の襲撃を受け、大きな被害を受けた」

 

彼の発した言に、ざわつく室内。

 遠征任務とは、早い話が物資の現地調達の延長線上にあるもので、民間の船舶を護衛するなどの見返りとして、燃料や弾薬、鋼材やボーキサイトなど艦隊運用に欠かせない資材をもらうと言うものだ。

 必要な時間や報酬の寡多は任務の内容によって異なるが、共通して言えることはある程度制海権を確保した上でかつ、安全な航路を選択して行われていることだ。その航路に深海棲艦が現れた以上、排除することは当然と言える。

 だがしかし、それは今まで保っていた制海権を再び奪われたことの裏返しでもあるのだ。程度の差こそあれ、落胆しているのは皆同じだった。

 

「そこでラバウル基地経由で軍令部から、該当する海域および航路を調査し、もし深海棲艦隊が跳梁を続けているようであれば、これを撃滅せよとの命令が我々に下された。

その航路だが、これは本来であれば機密事項に属するものであることを念頭に置いて聞いて欲しい」

 

 その台詞と共に徹心は、壁に掛けられている海図を指揮棒で差しながら更に説明を続ける。

 

「トラック艦隊が行っていた任務で使われる航路の内、今回該当するのは、旧南部仏印沿岸の製油所地帯から比律賓(フィリピン)を経由して、太平洋を北上。豊後水道を抜けて、最終的には帝国の工業拠点である呉までの航路だ。トラック艦隊は途中で佐世保所属の艦隊に警備を引き継ぐのだが、その直前に攻撃されたとの事だ。

 そこで我が艦隊は、引き継ぎ地点である比律賓北部、呂宋(ルソン)島沖を中心に捜索を行う。投入する戦力だが、数は二個戦隊、十隻を予定している。作戦開始時刻は、二時間後の一一〇〇時。具体的な編成もその時に通達するので、一〇三〇時には発進用ドックへ集まるように。

 なお、トラック艦隊の生き残りの証言によると、敵は艦隊の索敵範囲外から攻撃してきたという。駆逐艦の索敵能力とは言え、有視界距離には敵影が無かったとのことから、敵艦隊にヌ級がいる可能性があることに留意しておく様に。以上だ。では、解散」

「司令官」

 

 作戦会議が終わり、艦娘達がその場を辞する中で一人、響だけが徹心へと近づき、声を掛けた。何か言いたげな空気を感じ取った彼は、少しだけ周りを見てから応じる。

 

「どうしたんだ、響。何か質問でもあるのか?」

「いや、そういうわけじゃ無い。被害を受けた艦隊に、暁の名はあるかい?」

「“暁”か。少し待ってくれ・・・・・・。いや、無いぞ。それがどうかしたのか?」

「大したことじゃないさ。ただ、彼女がトラック所属だったから、気になっただけだよ」

「そうか」

 

 その後、更に二言三言交わして会議室を後にする響。徹心も資料の片付けを終えると、作戦を練るべくその場を離れた。

 

――――――

 

フィリピン。

 かつては米国の植民地であり、東南アジアの前線基地だったそれは現在では独立し、日本とは友好関係にある。その北半分を構成するルソン島の沖合に、パラオ艦隊の姿があった。

 今回出撃しているのは、全部で十人。五月雨を旗艦に、多摩、足柄、夕立、初霜が随伴する第一戦隊と、長良を旗艦に名取、響、霞、如月が加わった第二戦隊の二手に分かれ、トラック艦隊が交戦したと思しき地点を中心に捜索を行っていた。

 

「それにしても、たった十隻で捜索しろだなんて無茶言ってくれるわね」

「でも司令官も出撃前に、『見つからなくても構わないが、可能な限り手がかりを持ってきてくれ』って言っていたし、大丈夫よ」

「そうは言ってもね・・・・・・」

 

 その最中、隣を行く如月に愚痴をこぼす霞。彼女も、出撃直前の彼の台詞を覚えてはいたが、艦娘としては結果を残さないわけにはいかないと内心では思っており、そこからくる焦りが、こうして愚痴になって現れたのだろう。

 

「でも今回は、水偵があるからすぐに見つかるはずよ」

 

 如月の言うとおり、今回は索敵に船員妖精や艦娘自身の目だけで無く、新たに艦隊に配備された新装備。零式水上偵察機、通称、零式水偵が用いられている。その基本的な機能は同名の実寸大の偵察機と全く同じで、巡洋艦以上か、水上機母艦型の艦娘でなければ運用できない。しかし、空母がいない艦隊では索敵手段として、貴重な存在だ。

 その零式水偵が偵察を終えたのか、続々と持ち主の元へと戻ってくる。

 

「あしがらたい、さくてきはんいないに、てきえいはかくにんされませんでした!」

「ご苦労様。報告はそれだけ?」

「それから、いるかのむれがみられました!」

「それは聞いていないわよ」

 

 足柄所属の水偵は二機とも発見しなかったらしく、報告を聞いた彼女は妖精を艤装に乗り移らせると、水偵を折りたたんでしまい込んだ。

 艤装に格納庫の類いが無い場合でも携帯できるよう、艦娘用の零式水偵には折りたたみ機構が組み込まれているからできることだ。

 

「ながらき、おなじくはっけんできませんでした!」

「なとりきも、みあたりませんでした!」

 

 他にも続々と上がってくる報告だが、そのいずれも『敵艦発見できず』ばかり。取り越し苦労かと彼女達が思い始めた、その最中のことだった。

 垂直尾翼に猫の絵が描かれた零式水偵、多摩所有のそれが戻ってきたのだ。

 

「ほうこくします! たまき、てきかんたいをはっけんしました!!」

「それで、敵はどれくらいなの?」

 

何事も無く終わるかと思われた任務だったが、この一言で一転して緊張が走る。

 搭乗していた妖精によると、現在地から北へ数海里ほどの地点で移動中の深海棲艦隊を発見したとのことだ。とるも取り敢えず五月雨が詳細を問うと、驚くべき答えが返ってきた。

 

「かずは、こちらとほぼおなじです。うちわけは、じゅうじゅん1、けいじゅん2、らいじゅん3、くちく5。それから、みかくにんのしんかいせいかんが1せきです!」

 

 未確認の型が一隻。そう、たった一隻だけ情報が無い深海棲艦がいるのだ。それは即ち、相手の能力や戦術、艦隊での役割も不明と言うことになり、こういう場合は慎重に動かねばならない。

 だが、下手に及び腰になって、そのせいで更なる被害を出してしまってはそれこそ本末転倒だ。故に、五月雨が出した結論は・・・・・・

 

「わかりました。最大戦速で、その艦隊を追いましょう!」

 

直ちに急行し、その艦隊と一戦交える事だった。

 

「どの程度の敵なのか判らない以上、最大限の力で対応するのは間違いじゃ無いわね。私は五月雨ちゃんの指示に従うわ」

「私も、支持します」

「にゃあ」

「久しぶりの実戦、腕が鳴るね!」

「さて、やりますか」

「ほ、ホントに実戦!?」

 

 約一名、慌てているようだが概ね士気は高い。細かい打ち合わせもそこそこに、彼女達は行動を開始した。

 こちらの水偵が既に発見されている可能性も考えられるため、五月雨達は単縦陣を複数列組み合わせる陣形―複縦陣を取りながら前進を続ける。これなら、ただ単に二個戦隊で単縦陣を一つ作るよりも全体をコンパクトに収めることができ、被弾面積と分断された際のリスクも小さくできる。

 

「10じのほうこう、てきかんたいはっけん!! そうたいそくどからはんだんして、ひがしにいどうしているようです!」

 

 移動を開始してから数刻後。最前列に位置している長良の船員妖精が敵艦隊を捉えた。

 

「この調子なら、敵の後背を突けそうね」

「油断しないでよ」

「さぁて、勝利が私を呼んでるわ! 五月雨ちゃん、突撃しても良いかしら!?」

「待ってください、もう少し・・・・・・」

 

 血気に逸る足柄を五月雨が制しようとした、まさにその時だった。

 

「・・・・・・!? てきみかくにんかん、はっぽうしてきます!!」

「陣形解除、散開してください!!」

 

誰の船員妖精だかわからないが、とにかく誰かのそれが艦隊に危険信号を送る。それを聞いて、咄嗟に五月雨が散開するよう指示するが、僅かに遅かった。遠方から飛来した何かが、多摩の艤装に直撃したのだ。

 弾着の衝撃により、多摩の体はまるで鞠のように跳ね、もんどり打ちながら海面に着水する。

 一発。放たれたのはたったの一発だけ。だがそれは、彼女達に恐怖を植え付けるには十分すぎた。それでも恐慌せずにその場に踏みとどまっていたのは、一重に激戦区にあり続けたが故の意地か、それとも既にどうしようも無いと言う諦観の念か。

 

「しゃ、射程が・・・・・・違いすぎる・・・・・・!」

「トラックの連中、あんなバケモノに襲われたって言うの!? 迷惑な話だわ!」

「て、撤退してください! これ以上は無理です!!」

 

 そこからの五月雨の判断は、適切だったと言える。アレには敵わないと見た彼女は、即座に撤退を指示。全速力で海域を離脱を図る。

 その道中においても何発か発砲があり、至近弾で更に如月が中破。手負いの艦隊に追いすがる取り巻きの連中を振り切って、彼女らが泊地へと戻ったのは日没間際のことであった。

 軽巡とは言え、巡洋艦級の艦娘を一撃で大破させる火力と圧倒的な射程距離を有することが確認された新型は戦艦級と定められ、これまでの命名規則に倣って軍令部は『戦艦ル級』と命名。連合艦隊司令長官の名で各拠点に報せられることとなる。

 




「申し訳ありません―」

「―役に立つはずだ」

「南部仏印の製油所が―!」


次回、「決意と誇りと」
それは最も気高く、最も儚いもの・・・・・・。
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