傭兵日記   作:サマシュ

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サマシュ復活の儀。
ようやく更新です。ジャベリンくん、ついに見つかります。

サムニム「愉悦がヤバイ」








望まぬ出会いはくそくらえ。

330日目 晴

 

ツーリングをするにはとても良い天気だ。雲は一つもなく真っ青な青空が広がっていて、俺が部屋の窓を開けてみれば、肌を撫でるように冷たいそよ風が吹いた。気持ちがいい。

こんな晴れ模様を、武器庫でやけに色んな事を知っている奴によれば、この少し肌寒くて空がしっかり晴れている状況は“秋晴れ”といわれているということを教えてもらったのを覚えている。こんな天気の中でバイクを走らせるのは、さぞかし気分の良いものだろう。

俺が出掛ける用意をしつつ、部屋の片付けをしていると、大家さんがやって来た。少し上機嫌だったので、何があったのかと聞いてみると、このアパートに新しく入居者がやってくるそうだ。新たな収入源になることと、話し相手も増えるから楽しみであるとのこと。

そういえば、大家さんへ俺が暫くの家賃やら諸々を支払ってからアパートが小綺麗になっていたな。そのお陰で、こうして新たな住人がやってくる訳か。良いことだ。

 

それはそうと、ちょっと不可思議な事が起きた。俺がなんとなく気になって大家さんに娘は居るのかどうか聞いてみたのだが、大家さんは首を傾げて自分には子供なんて居ないと言ったのだ。

俺は思わず、あの黒髪の少女、サムニムの事を話してみても知らぬ存ぜぬの一点張り。

一体どういうことだろうか。あの絵本の読み聞かせをせがんできた可愛らしい少女は一体……幽霊だったのか? でも触ることは出来たからその線は薄い。それに加えて、サムニムが大家さんの娘を騙って俺に近付く理由が分からない。

 

だけど、これはもう過ぎた事か。

どうせ俺は明日ここを出る。多少の謎を知らないままでもバチは当たらないし、大丈夫だ。

ただ……もしも今日彼女と出会えたらその謎について質問してみよう。鬼が出るか蛇が出るか……知ったこっちゃないが、悪い結果は出ないで欲しいもんである。

 

……一応武器も携帯しておこう。

 

 

 

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 人類というのは何時からバイクを使い始めたのだろうか。俺はあまり歴史というモノを学んでこなかったため、そういうのには疎い。ポチに聞くにしても、ポチはポチでそういうインターネットを介した検索エンジンは備わってないので終始分からず終いであった。ダイナゲートネットワークとは一体何だったんだろうか……。

 

 未だに疑問に思っているダイナゲートネットワークは頭の隅に追いやって、俺はコンクリートジャングルを駆けていく。右に曲がったりまっすぐ行ったり左に行ったり。面白そうな場所が無いか一時間ほど前からゆったりとした速さでこの管理区の街を走っていた。意外とグリフィン本社が管理するこの地区は殺風景で、閑静な住宅街かどこかのエリート会社員が働いてそうな高層ビル群ばかり。どこかにスーパーやら商店街やら無いのかと探しても見つからない。一体、ここいらの住人は何処で食料を手に入れてるんだと思ってしまった。

 恐らく何かしらの宅配サービスか、それとも俺がたまたまそういう店などを見つけてないのかだろうけれども、やはり殺風景なのは変わらない。

 だがその割には車が多い。すれ違う車、全て電気で動く静かな車だ。低燃費でとても静か、化石燃料が貴重で技術も大いに進んだ今現在では、結構安価で金持ちにも貧乏人にも人気の車両だ。武器庫でも何台か導入してる。主に取引先に行くときに使っていたな……案外こういうものを使うと取引先との契約もうまく取れるようになるとか社長が言っていた。

 

 本当に、俺の乗っているバイクとは大違いである。

 

≪ご主人、何か面白いものとかあります?≫

 

「いーや、どこに行っても俺たちが住んでるマンション近辺とそんな変わらんな。あとは俯いてる社会人か?」

 

≪人を見世物に例えるとか結構怖いことしますねご主人。ところで燃料は大丈夫なんですか?≫

 

「問題ないよ。そんな常に100キロも出してる訳じゃないんだぜ? 今日1日ぐらいは持ってくれるさ」

 

 ひょっこりと、ポチがバイクのトップケースから頭を出してきてそんなことを聞いてくる。俺は適当に問題ないと言いつつもアクセルを緩めてスピードを落とした。

 俺が乗っているバイクは随分な代物だ。排気量は750ccで2気筒のエンジンを積み、パワーもスピードも出るバイクで、今どきじゃ案外珍しくガソリンを燃料としている。それ故に排ガスも出るわ大きな音も出るわ燃費は(良いとは言われてるがやはり)クソほどに悪く感じるわと、どこかの環境保護団体が見たら卒倒しそうなものである。このバイクは大昔のまだ隣国との関係の改善に四苦八苦していた日本で製造されたバイクを一部再設計、他は踏襲して新たに作り出したものであるらしい。アドベンチャーバイクというもので、舗装済みの道は勿論、行こうと思えば未舗装の道もどちらとも走ることが出来るバイクだ。

 一体リッター何キロだったのやら……なんだかんだ言ってこのバイクを買ったのはほぼ1年前だ。流石に忘れてしまった。まぁ、燃費が悪くとも燃料タンクに40Lほど入るから何とか持ったりしてくれる。その代り燃料費は馬鹿にならないが。燃料タンクも何気に嵩張るし。

 

 今やガソリンはとても貴重なものになってる。崩壊液汚染によって採掘できる場所が減ったせいで一時期嗜好品になったぐらいだ。俺はあまりよく分かってないが、ガソリンを気化させて吸う遊びが一時期流行ったらしい。何とも言えない気持ち良さがあるようで、昔、暇を持て余した盾部隊の一人がそれをやって衛生班に連行されていた。

 懐かしいな、「俺はテオートマトンへ行くんだ!!磁場を走って八百万の谷を越えるんだ!!!」って叫んでる隊員を班長のイージスが張り倒して、医務室まで引きずって行ったのが記憶に新しい。

 また暫くバイクを走らせていると、トップケースに収まっているポチが変わり映えのない住宅群を眺めつつ話しかけてきた。

 

≪ご主人、何か変わったもの有りますかー?≫

 

「まだ見つかってないなぁ……ん?」

 

 ポチも相当暇らしい。だが幸いなことに、俺も何かないか目を凝らしてみれば、数百メートル先に案内板のようなものを見つけた。もう少し近づいて何が書いてあるのか見てみると、展望台への案内が記されていた。

 一旦バイクを停めて、案内板の矢印が指す先を見てみれば少し大きな山が見えた。こんなところに山なんてあったのかと思いながらバイクを発進させる。アクセルを回し、エンジンをフルスロットルで回転させて、閑静な住宅街であるためかえらく響く爆音を鳴らして緩やかな坂道を瞬く間に駆け上がっていった。

 この時予想外にうるさくてポチに文句を言われてしまったのは内緒だ。このバイクが悪い。

 

 展望台へ続く道はこの山へ巻き付くように走っている。そうであるためか、進む度に景色の様相は何度も何度も変わって飽きることが無かった。こういうところは暇さえあれば行ってみるのもいいかもしれない。木陰から陽が差してまだら模様になっている道を走り続けて5分ほど、頂上へと到着した。展望台は広く開けていて、ちょうど広場の真ん中辺りに展望台がぽつんと天を指すように建っている。

俺は駐車場にバイクを停めてポチを降ろし、展望台まで向かう。今日は平日であるせいか人は全く居らず、静寂がこの広場を支配していた。鳥の一羽ぐらいは居るかと思っていたのだが、不思議と誰も居ない。少し不気味に思ってしまったのか、俺は無意識にレッグホルスターのガバメントのセーフティを外していた。嫌に響く階段を上る音に不安を感じながら屋上へと向かう。

 

≪んー……ご主人、私を肩に乗せてください≫

 

「なんだよいきなり……ほら」

 

 ポチが突然抱き上げろと要求してきた。どうやら景色が見えなかったようだ。

 俺は直ぐに抱き上げて肩へと乗せる。そしてそのまま目の前に広がる景色を眺めることにした。高層ビルと高層マンションがちらほらと、後は住宅街が見えたぐらいで、他は面白そうなものは見つからない。そう思った矢先に遠方に鳥の群れが飛んでいたのを見つけたが、それだけだった。

 

≪何もありませんねぇ……≫

 

「多分これ、夜なら大分綺麗になりそうだ」

 

「そうね」

 

 …………。

 

 俺は振り向き様に何の躊躇いもなくガバメントを引き抜いて背後の人物へと銃口を向けた……が、すぐに下ろした。

 俺の目の前には(小さな鞄を背負っていたが)最早見慣れた姿の少女、サムニムが立っていたからだ。彼女はお道化た様子で「レディに銃口を向けるなんて随分と乱暴な男ねぇ」と笑いながらそう言っていた。そんな態度にちょっと毒気を抜かれ、ガバメントをホルスター戻しつつ、ため息を吐いた。

 

「サムニム……学校はどうしたんだ?」

 

「学校なんて行ってないわよ?それと、別にサムって呼んでくれてもいいのに」

 

「サムは男性名の愛称だぞ」

 

「女性名でも使うけど」

 

「…そうだったな。ところで学校に行ってないってどういう事だ?」

 

 さて、どうしてでしょうね?とこれまたお道化てサムニムは言う。

 カツカツと足音を立てながら隣に来る彼女をみて、ふと大家さんが言っていたことが頭を過る。あの人が言っていたのは本当のことなのだろうか?目の前に居るサムニムへ聞いてみたいところだが……勇気が出ない。日記では聞いてみようということを書いていたが、なんと情けない。ポチが聞いてくれねぇかなと願ったが、ポチは不思議とサムニムの前に居ると黙りこくってしまう。

 当のサムニムは柵に手をかけて楽しそうな表情を浮かべて景色を眺めていた。本当、不思議な少女である。

 さてはてどうしたものか……というかいつの間に彼女はここに居たのか。気配も何もなかったのに、まさかどこかの特殊潜入員か?そんな訳無いか。

 

「ねぇ」

 

「おぉっ?なんだよ」

 

「駐車場にあったバイク、ジャベリンの?」

 

「…そうだけど?」

 

 隣で景色を眺めていたサムニムが俺のバイクの事について尋ねてきた。俺が自分のバイクだと肯定すれば、今度はどんなバイクなのか、いくら掛かったのか矢継ぎ早に質問してくる。

 俺は少々たじろいだが、彼女がバイクに興味を持っているということがちょっと嬉しくて色々と話してあげた。こうやって自分の好きなことを話すというのは楽しいものだ。トライデントの気持ちがよくわかる。あいつは暇なときは大体何かやってて、何してるのか聞いてみたら嬉々として話していた。

 景色もそっちのけでサムニムへバイクのうんちくを話して数分、俺が次の豆知識を話そうかと口を開いた瞬間にサムニムの小さな手のひらが俺の口を塞いだ。なんだと彼女の方を見たら、それはそれはいい笑顔を浮かべた彼女が居た。

 

「ジャベリン、そんなクソ面倒な話しなくていいから。バイク、乗せて」

 

「お、おう……」

 

 彼女の眩しいばかりの笑顔から感じられる威圧感が凄い。気圧された俺は、渋々ポチを担いで駐車場へと向かった。

 階段を下りる途中でポチに小声で、何処が彼女の気に障ったのだろうか聞くと、素っ気なく≪ご主人のお話がウザかっただけなのでは?≫と言われた。ポチが反抗期である、お兄さん泣きたくなるよ。

 本当、まるで借りてきた猫みたいだ。反応全てが淡白である。サムニムとの間に何があったのやら。

 ポチの態度に悲しさを覚えつつ駐車場に停めたバイクへとたどり着いた。ポチをトップケースへ乗せて(サムニムが吹いていた)、サイドケースから別のヘルメットを取り出して彼女へと渡した。今のご時世、ヘルメット被ってなくとも何も言われないが、安全対策をするに越したことはない。でも彼女がヘルメットを被っておくべきということを知らなかったのか、不思議そうにヘルメットを見つめるもんだから俺が無理矢理被せた。多少の抗議は無視をしておく。

 

 俺は自分のヘルメットを装着してバイクに跨り、サムニムへ後ろに乗るように促す。彼女にとっては多少高いだろうが、まぁ大丈夫なはずだ。

 

「……意外と高いのね」

 

「シート高は810ミリだったかな。サイドステップに足かけて乗ればなんとかなるよ」

 

「ふうん。ま、そうさせてもらうわね」

 

 ふわりと、羽が地面に落ちた時のような軽やかさでタンデムシートへ乗るサムニム。重さを一つも感じられなかった。

 彼女が後ろに乗った事を確認した後、クラッチを握りエンジンを始動させる。ニュートラルに入っているギアを一速へ。アクセルを少し開きつつ、ゆっくりと発進する。低温奏でるエンジンは、空気を震わせてホイールを動かした。そのままアクセルを回してギアをまた変えていく。三速にギアを変えた辺りで、坂道に到達した。少し日が暮れ始めたせいか、上って来たときの光景とはうって変わって薄暗くなっており、何だか気味が悪かった。

 俺はその気味悪さをかき消すようにエンジンを吹かして坂を駆け下りて行った。俺の背後ではサムニムが楽しそうな声をあげている。

 

「いいわねぇジャベリン!!もっと飛ばしてもいいのよ!!!」

 

「これ以上飛ばしたらカーブ曲がり切れなくなるからそりゃ無理だサムニム!!」

 

「あらぁ?随分とつまらないことを言うのねぇ!」

 

「悪かったな!」

 

 薄暗い坂道を駆け下りて住宅街へと出た。夕方になりかけている時間帯であるせいか、学校から帰っている学生や社会人がちらほらと見えていて昼頃の閑静な住宅街とは違う様相を見せていた。

 俺はそんな中を爆音鳴らしてスピードもそれなりに出しているので、まぁ周囲から凄く注目される。おまけにサムニムを後ろに乗せているのが何とも。当の本人は何も気にしてないし何なら凄く楽しそうにしている。

 

「気持ちがいいわね本当!!」

 

「そりゃ結構だ!どこまで走るサムニム!?」

 

「どこまでも!!!!!」

 

「了解!!」

 

 ギアを六速へ上げる。限界を開放されたエンジンは唸りを上げてスピードをどこまでも上昇させていった。

 風がこれでもかと俺の体へと吹き付けてくる。でもそんなのお構いなしに速度を上げて走り続けた。人目が気になるというのもあるが……一番は気持ちの整理をつけるためだ。

 

 ……サムニムに聞きたいことが幾らかあるからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一通り回ったかな」

 

「もう終わりなのかしら、ジャベリン。これじゃつまらないんだけど」

 

「そんな事言わないでくれよサムニム」

 

 バイクを走らせ二時間ぐらい。ある程度の気持ちの整理が着いた俺は、いつの間にかサムニムと出会ったあの公園へと辿り着いていた。バイクのエンジンを止めてサムニムが降りるのを確認し、俺もバイクから降りてサイドスタンドを立てた。ポチも下ろして、彼女に休憩と称して一緒にベンチへと座った。途中で買っておいた合成飲料マシマシのドリンクを飲みつつ隣のサムニムを見た。彼女はそれはもう暇そうに足を投げ出して遠くの景色を眺めている。

 …聞くなら今か?

 

「なぁ、サムニム―――」

 

「ジャベリン」

 

「―――なんだよ」

 

 出鼻を挫かれた。隣のサムニムは何処から取り出したのか小さな絵本があり、それを差し出してきた。

 

「これ、読んでくれる?」

 

「……おう」

 

 俺は彼女から絵本を受け取ってその本の題名を見ようとした……が、題名は書かれておらず、作者も不明。少し不安に思いながら中身を開けば、幸いなことに俺が読める言語だった。彼女は何を思ってこんな本を渡してきたのやら。些かよく分からない点があるものの、やはり読むしかないのだろう。

 

「えぇと、昔々―――」

 

 この絵本はどうやらとある男女の物語を描いているようだった。男は優しく、女は強く頼りがいがあるようで、二人は偶然の出会いから恋に落ちその仲を深めていくが……二人の関係は突如として引き裂かれた。女の方が悪い魔法で発狂したからだ。

 俺はこの先を読もうと次のページを開いたが、そこには男が逃げる姿が描かれているだけで後は文字もなく空白で埋められていた。怪訝に思った俺は隣のサムニムに聞こうとするが、そこに彼女の姿は無く、慌てて周囲を見回せば目の前に立っていた。

 

「おい、サムニム…この絵本は」

 

「ねぇジャベリン。その絵本のお話、とっても悲しい話だと思わない?」

 

 彼女は俺の質問を無視してそんな事を言ってくる。

 確かに悲しい話だ。仲睦まじく過ごしていた男女が誰かの悪意に晒されて酷い目に遭ってしまう。ましてやその愛する人から襲われるなんて堪ったもんじゃない。しかし何故突然そんなことを彼女が聞いてきたのだろうか?

 

「あ、その顔、少し疑問に思ってる。って考えてるわね」

 

「思考を読むんじゃない……サムニム、どうしてそんなことを聞いてくるんだ?」

 

「どうしてか?そんなの簡単よ、だってこのお話―――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――今も続いてるもの」

 

「?」

 

 俺は彼女の言っていることが理解できなかった。余りにも唐突過ぎるその答えに疑問符を浮かべるばかりで、何一つ判明しちゃいない。サムニムはただ薄笑いを浮かべるだけでそれ以上は何も答えてくれはしないし隣のポチは静かなままだ。

 暫しの沈黙が訪れる。サムニムは次第に無表情となり、ついにはため息を吐いた。

 

「はぁ……お父様が言うには聡い人間だと聞いてたのだけれど…これ以上は私がキレそうだし特別にヒントを教えてあげる」

 

「はぁ?」

 

「むかーしむかし、一人の傭兵と一人の人形が居ましたとさ。二人は戦場で出会い、そして何時しか恋仲へ…というわけでもないわね。もう一人の人形と仲良くなってるだけか。ま、とにかくそれなりには仲良くなったけど、ある事件によって二人の仲は引き裂かれました。人形は狂気へと堕ち、傭兵は片目を失ってしまいました」

 

「…おい」

 

 これは……一体、どういう事だ。サムニム、どうしてお前がそんな事を知っている?

 思わず俺はサムニムを睨んだ。

 

「サムニム、お前は……何者なんだ?いや……何なんだ?」

 

「さぁ?誰でしょう?少なくとも蝶事件なんて経験したことなんてない……おっと口が滑った」

 

 道化師のように、口を三日月の如く口角を上げて笑うサムニム。

 俺はホルスターからガバメントを抜き、そして立ち上がって彼女へと近づいた。さっきまではえらく小さく感じられたその体躯が、今は冗談みたいに大きく見えた。まるで全てを包み込む夢のように。

 

「ねぇジャベリン。あの絵本にはまだ続きがあるの」

 

「続き…?」

 

「そう、続き。あの後、男は一人の女性に会うの。その女性はね……」

 

 あの気が狂った女なのよ。

 確かに彼女はそう言った。

 

 瞬間、背筋も凍るような気配がした。俺の全てを絡めとって呑み込んでしまうような粘着きのある気配でもあった。その気配は……サムニムの背後から感じられる。

 

「あはっ。やっとこのお話の続きが書けるのね。なぁ、随分と遅かったじゃねえか、オイ?」

 

「えぇ、貴女がジャベリンを連れまわした事に加えて少々邪魔が入りましてね」

 

「お、おまっ、おまえ……」

 

 身体が震える。今までで一番会いたくなかった奴が俺の目の前にいるのだ。恐怖に支配されたその手は震えるばかりだが、何とかガバメントは持てている。

 コツコツと、足音が聞こえる。歩く度に揺れる漆黒のスカートがちらつく。相手を射殺さんばかりの視線が向けられてくる。声を引き絞るように俺は、こちらに微笑みかけてくるあの女の名前を言った。

 

 

 

 

 

 

 

「代、理人…っ!!」

 

「久しぶりですね、私の愛しき人(ジャベリン)

 

 

 

 

 

 

 代理人(エージェント)、俺にとっての最大の悪夢がやって来た。




見つかってしまった。

見つけてしまった。

狂った愛は増幅し傭兵を襲う。果たして傭兵は、何を思うのか。

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