ジャベリンと代理人はデートへ!!それではどうぞ!
「ジャベリン、似合いますか?」
「……似合ってるよ」
「そうですか、ありがとうございます」
武器庫管理区の商店街、その中にあるアパレルショップにジャベリンと
代理人は喫茶店に居た時の服装とはうって変わって、プリーツスカートにゆったりとしたニットという服装だった。
彼女は嬉しそうにくるりとその場で一回転をして、ジャベリンへ微笑んだ。
「……はぁ」
「たまにはこういう人間の真似事も良いものです。今度はアルケミストさんやドリーマーを連れて来てみましょうか」
「何でその面子なんだ?」
「あの二人は基本暇ですから」
ジャベリンは、彼女の様子を見て少し調子が狂っていた。蝶事件以前であれば兎も角、事件以降の代理人というのはこちらを愛すという名目の上で襲ってきた相手だ。
そんな彼女が今は自分の目の前で何もせずあまつさえ自身に似合いそうな服を物色している。それはジャベリンにとって奇妙な光景であった。
(代理人……本当に楽しそうだな。この前の時とは大違いだ)
彼は鼻歌でも歌い始めそうなほどな代理人を眺めながらそう思った。いつも澄ました顔をしてそうな彼女があんなに喜色に富んだ顔をするということはよほど嬉しいのか、そこはジャベリンは分からなかった。
暫くして、服を選び終えたのか代理人が数着の衣服を片手にこちらへ歩み寄った。
「……よし、そろそろ出ましょう。ジャベリン」
「決まったのか?」
「ええ。次はこの商店街を色々と散策していきますよ」
「はいはい。荷物は持とう」
「おや、優しいのですね」
「世界平和のためだ」
会計を済ませて外へ出る二人。
ジャベリンは彼女の荷物を持ち、代理人は隣に並んで歩く。その姿は傍から見ればカップルそのもので、ジャベリンはそれに対して一種のむずがゆさを感じていた。
その時、代理人は何を思ったのか彼の腕へと絡みついてくる。
「……おい」
「世界平和のためですよ。私の機嫌を損ねてしまうとどうなってしまうでしょうか?」
「ここで脅してくるの本当にお前らしいなクソッタレ……少しだけだぞ」
「ふふっ」
ジャベリンはこれを拒むことはなく、ただ彼女のなすがままにさせておいた。
人々が行き交う大通り。あれもいいこれも気になると色々な店を周るジャベリン達。楽しそうにデートを満喫する代理人を見て、ジャベリンはなんとも言えない気持ちになる。
(……蝶事件さえ起きなきゃ、もしかしたらこういう光景を何度も見れたんだろうか)
有り得もしない可能性に思いを馳せる。
これはある意味、ジャベリンの望んだ世界だったのかもしれない。
「どうしました?」
「いんや。次はどこに行く?」
「雑貨屋を探しましょう。小物が欲しいので」
「ん。良い所知ってるから案内しよう」
しかし考えても仕方がない。それは彼自身がよくわかってる。ならば今は目の前の彼女に集中しておいた方が得策だろう。
代理人は当たり前のように腕を絡めて共に歩く。ジャベリンはもう気にすることは無くそのまま雑貨屋へと向かった。
「………ジャベリン?」
「んぁ、何処だ?」
「彼処よ。知らない女と歩いてる」
「416、そりゃ本当か?」
「本当よ。M16」
「……つけるぞ」
「は?ちょっと……あぁもう!!」
―――――とある人形たちが二人を目撃していたことを知らずに。
「この猫の置物、可愛いですね」
「こっちのしかめっ面の……なんだこの丸っこい猫……まぁ可愛いぞ」
「その猫はこちらの支配領域で見たことあります」
「マジで?」
場所は変わって雑貨屋。暇そうに欠伸する店主が切り盛りするここは、時折ジャベリンが休日になると訪れる所だ。
そこにて、代理人とジャベリンは二人様々な日用雑貨を物色していた。こんなものを買って意味があるのかとジャベリンは心の中で思ったが、それを指摘すれば彼女が何をしてくるかわからないので様子を眺めるだけに留める。
「置物は私室にでも飾っておきましょう」
「持って帰る事出来るのか?」
「手立てはあります。おや、このペアマグカップもいいですね」
黒ぶちの猫の置物を購入することを決めた代理人。今度は棚に並べられていたシンプルな白と黒のマグカップを手に取った。
「誰かとペアルックでもするのか?」
「貴方とに決まってるじゃないですか」
この女、ジャベリンへの好意を全く以って隠そうとしていない。
ジャベリンは今までの彼女の言動からうすら寒いものを感じるが、代理人の楽しそうな様子と邪気を感じられない表情に考えを引っ込めた。
今の彼女は何もしてこない。ならばもう少し付き合ってもいいじゃないか。ジャベリンはそう思い、他の商品を見比べて悩む代理人を眺めるに留めることにした。
「仲良さそうだな」
「あんな女が居るなんて聞いてないわよ…」
ジャベリンと代理人から少し離れた、丁度物陰となる場所。そこから『HK416』と『M16A1』が二人並んで彼らを見ていた。
「ジャベリンも隅に置けない男だ。いつの間に引っ掛けたのやら」
「私が知ってる限りだとジャベリンに女っ気なんて一つも無かったわよ」
「案外お前が気付いて無かったのかもな」
「うるさい…はぁ、アイツも居るなら居るで紹介ぐらいしてもいいのに」
やり取りもほどほどにまた監視が始まる。
どこか羨望の眼差しでジャベリン達を見る416。M16はそれに苦笑しながらも自分自身の靄が掛かったような感覚に首を傾げた。それはジャベリンへの感情ではなく隣で彼と親しそうに話す代理人への感情で、M16はそれが何だか分からなかった。
思えばジャベリン達を尾行する理由だって明確ではなかった。酒の席でのネタになるだろうという理由とは別、だが感じたことも無いもの。M16を支配する謎の感情が彼女を動かしているようだ。
「……」
「あ、外に出ようとしてるわね…追いかけましょう」
「ん、あぁ分かった」
ただ、気にしていても仕方がない。M16は思考を振り払って416と尾行を再開した。
「……綺麗ですね」
「ここいら周辺じゃ一番景色の良いところだからな」
「“君の方が綺麗だよ、代理人”とは言わないのですか?」
「言う訳ないだろ…柄じゃねぇし」
商店街を回り終えた代理人とジャベリン。彼らは近くの小さな高台へと足を運んでいた。初めは行く予定は無かったのだが、代理人が急に高台へ行きたいと言い始めた為、荷物を持ってここへ来た。
ジャベリンは彼女の冗談に少し動揺し、それを誤魔化すように前面に広がる武器庫管理区を眺める。夕日に照らされる町並みは彼の心を落ち着かせた。
二人はただ静かに景色を眺める。
「……今日はありがとうございました」
少しして、代理人が思い出したかのように口を開いた。ジャベリンはそれに笑って返答する。
「ああ。相手してやるだけで済んで本当に良かったよ」
「刺激が必要ですか?」
「まさか」
「ふふ、冗談ですよ」
この時ジャベリンは内心安心していたのと同時に、迷っていた。
このまま彼女を帰してしまっていいのか、それとも見過ごすべきなのか。今の代理人はいわば無力化され何も出来ない状態だ。それをみすみす見逃すとなれば後々被害も出かねない。
しかしジャベリンは何故かそれをやるべきでないという感情があった。リフィトーフェンがいるからか、もしくは別の理由か。彼自身も理解できていない。
「ジャベリン、少しいいですか?」
「ん?なん……いや、何でいきなり身を」
「…このままでお願いします」
ジャベリンが葛藤している時、代理人が突然身を寄せてきた。
もちろん彼はそれを拒もうとするが、いつもよりしおらしく弱弱しい声色の彼女を前に出来なかった。
「……」
「……貴方にまた拒まれるかもしれないと不安でした」
「そうか」
「ですが貴方は私に臆することなく、昔と同じように相手をしてくれた。これが私にとってどれだけ嬉しかったことか」
彼女はぽつりぽつりと自身の心情を吐露する。その表情は夕日に照らされて分からない。
「この感情を幸せと言うのでしょうか。願うならこれが一生続いて欲しいと思うほどです」
「それは概ね俺も賛成だよ」
「プロポーズですか?」
「違ぇよ。俺の犠牲だけで済むなら安いもんだってこと」
「ふふっ、そうですか」
代理人はジャベリンに向き合って微笑する。
彼女の心情は窺い知れないが、ジャベリンはその微笑みに一抹の美しさを感じ取り、慌てて顔を逸らした。代理人の顔は綺麗だ。ジャベリンはよく分かっている。それ故に先ほどの笑顔というのは不意打ちにも近かっただろう。
そんな彼の心情を知ってか知らずか、代理人はとんでもない事を言い放った。
「……いっその事、今から私とどこか知らない遠い所まで行きますか?」
「何だって?」
駆け落ちをしようと、彼女は提案してきたのだ。ジャベリンは思わず聞き返してしまう。
「貴方が一緒に居るからこそ私は大人しく居られる。そして私は貴方がいるだけで後は何も要りません。だから……私と一緒にどこかへ逃げましょう」
「いやお前……他のハイエンドモデル達はどうするつもりなんだ」
「例え今の状態であれ指示は可能です。それにリフィトーフェンがどうにかします。どうですか?」
「……」
ジャベリンは閉口した。
彼女の言わんとしていることは分かるが、それは出来ない。彼にはグリフィンや武器庫の仲間やポチ、G11が居る。天涯孤独でフリーランスなら彼女と一緒に行動するという道を選んだだろう。ある意味、代理人の言っていることは私欲の塊だった。
返答を待つ代理人に、ジャベリンは重々しく口を開いた。
「それは……出来ない」
「……知っていました。貴方は色々背負っていますもの」
ジャベリンの答えに、代理人は諦めが付いたのか特に何もしてこなかった。
少し拍子抜けしたジャベリンだったが、改めて気を引き締める。
「…俺は被害者とはいえ蝶事件に関わってしまったんだ。俺には逃げる権利なんて一つもない、あるとすれば…リフィトーフェンに押し付けられたお前たちハイエンドモデルを破壊することぐらいだ」
「義理堅いのですね。だから貴方を好きになったのでしょうか」
ジャベリンは覚悟を決めたように彼女へと向き合った。そして言葉を紡ごうとした瞬間、彼女の後ろにリフィトーフェンが立っていることに気が付いた。
大事な時に…とジャベリンは口の中で悪態をつき、代理人へリフィトーフェンが居ることを伝えた。
「言ってろ。代理人、お前そろそろ時間じゃないのか?リフィトーフェンが向こうで待ってるぞ」
「おや、いつの間に……まぁ、それは別として、私は待ってます。貴方が来てくれることを」
代理人はリフィトーフェンを確認した後、そう言ってジャベリンから必要な荷物を貰って踵を返した。
ジャベリンは彼女の後ろ姿を眺め、拳を握りしめた。
「代理人、待っててくれよ」
彼女に聞こえないように呟く。何時かまた平穏を手に入れるために、傭兵は心に固く誓った。
――――絶対にお前を救う。
~高台の物陰にて~
「……」
「M16…あれって」
「アイツは…いや、いいか。今日は酒に付き合ってくれよ416」
「は?」
「何だよその顔は。私が酒に誘うのが珍しいか?」
「違うけど…アンタ、ジャベリンに用があったんじゃないの?」
「そりゃ明日にも出来るさ。指揮官も急がなくていいって言ってたからね。ほら今日は飲むぞ!」
「ちょっと!!!もう!!!」
「ハハハ!」
(……何なんだろうなこの感覚。私も少しヤキが回ったのだろうか)
(いや…だけど……分からないな。後でペルシカ辺りに相談でもするか)
フラグが立ちました。
さて、どうなるか……。
それはそうと傭兵日記を書き始めてから一年が経ちました。まさかここまで続くとは思いもしていなかったもので、夢のようです。これからも皆様、私サマシュと拙作『傭兵日記』『ダイナゲートは何を見た。』をよろしくお願いいたします。
それでは皆さんご機嫌よう!!