「ぎ、ぐ、がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」
今までに感じた事のない圧倒的な激痛に、青年の顔がこの上ない程に歪む。銃で撃たれた事も身体に何かを突き刺された事もない青年にとって、左肩に叩き込まれた一撃は想像を絶する程の苦痛をもたらした。
空を切るような叫び声と共に右手の銃を取り落とすが、構っている余裕はないのだろう、その空いた手で肩を押さえる。
「い、いぎぃ……あ、あが、あぎぎ……!!」
傷口から溢れだした鮮血が指の隙間から流れ、腕を伝い大地へと垂れ落ちる。青年の額には脂汗が浮かび上がり、目の端に涙が滲む。苦悶の声を漏らしながら、青年は視線を何とか前へ向ける。
「あらあら、とても痛そうですわね。その苦痛から楽になりたいですか?」
哀れむかのような言葉とは裏腹にその視線はどこか蔑みの色を孕み、そしてその気配は刺々しさを隠そうともしない。その左右に控えるように、単眼のゴーグルとマントを付けたポニーテールの人形が四体ずつ、紫の蛍光線を走らせた長い銃を携えている。そしてその人形達を護衛するかのように、身体の各部にプロテクターを纏い青年が地面に立てている物とはまた別種の盾を携えたツインテールの人形が左右に三体ずつ控えていた。青年の顔に、焦燥感が滲み出る。
「……楽に、ね。こんな糞みたいな、世界に楽な場所なんざ、ありそうにねえけどな」
「酷い言い様ですわね?貴方もまたその世界の住人でしょうに」
「へっ……住人は住人でも、何十年も前の、人間だけどな!」
「あら」
そして肩を押さえたまま、青年は足元に落ちた鉄血人形の銃を拾おうとしゃがみこむ。だが、それを許さぬとばかりに即座に四発の銃声がこだまする。
「反撃を許すとでも?」
「ぐ、うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
銃を拾おうとした姿のまま、青年はその場に跪く。女性が
青年は先程よりも大きな叫び声を上げた。それもそのはず、銃へ向けて伸ばしたはずの手と腕には新たに三発もの銃痕が穿たれ、それぞれの穴から血が噴き出していた。しかもその衝撃の余波で銃弾が命中した場所で腕がそれぞれ不可思議な方向へとねじ曲がり、力なくだらりと垂れ下がる。精神を灼き切られそうな痛みの中で、何となく青年は左腕が完全に使い物にならなくなった事を察した。
「全く、人間の身体とはこうも脆い物でしたか。今の一撃で完全に左腕の骨が砕けましたわ」
「ぐ、うぅっ、い、われ、なくても、わかってらぁ……っ!」
先程よりも酷い量の脂汗を流しながら、青年は視線を足元、そして後方へと向けた。拾おうとした銃にも弾丸は突き刺さり、無惨にもひしゃげてしまっていた。そして後方……少女には被害が及んでいない事を確認してから青年はほんの僅かに安堵し、改めてメイド服の裾を下ろした女性へとゆっくり向き直った。
「しかし、不可解なのは今の行動ですわ。これだけの人数差、そして実力差、更には貴方のダメージ状況からして、反撃ではなく逃走を選んだ方が余程まだ可能性があったのでは?勿論逃がすつもりは毛頭ございませんが」
そんな青年を不思議そうな表情で眺める女性。小首を傾げつつ呟くと、その頭に付けられたヘッドドレスが小さく揺れる。
「ぐ、くぅ……逃げられる、なんて楽観思考、持っちゃいない。あんたらを倒せる、なんて、自惚れても、いない」
「ならば何故」
「見捨てたく、なかったんだよ……っつ。約束、したから、な」
激痛に顔を歪ませ、立ち上がれないながらも青年は真っ直ぐに女性を見据えた。
「見捨てる……まさか、そのガラクタの事を仰ってるので?」
「へっ……あんたらには、ガラクタでもな。俺にとっちゃ、大切な子だよ」
振り絞るかのような青年の言葉に。
女性は僅かに、表情を変えた。
「……理解が出来ません。その鉄屑は既に動くことはない。貴方が人形に偏愛でも抱くような狂人であるのならば話は別ですが、その様相は微塵も感じられません」
「たりめー、だろ。この子は、俺にとって只一人の、信じられる存在、だ。グリフィンでも、おめーら鉄血とやらでもない、今この世界で、唯一信じ抜ける、相手だ……ぐぅぅっ、俺なんかの為に、大切に大切に、節約してたエネルギー、つかってな。機関銃の使い方、教えてくれたよ。見知らぬ俺を、生かすために」
状況は、圧倒的に女性側の方が有利なのにも関わらず。
その表情だけを見るのならば、形勢はどちらに傾いているのか端からは分からないようになっていた。
女性は明らかに困惑の表情を浮かべており、周りの人形達もどうしたものかとそれぞれ顔を見合わせているのに対して、青年は襲いくる苦痛の中にも毅然とした強い意志を宿していたのだ。
「有り得ない!その人形はグリフィンの人形です、貴方もまたグリフィンのヘリから降下していた!その貴方がグリフィンをも信じないというのは」
「あぁ、あいつら俺を殺す為に、放り込んだだけだ。俺の事なんて、厄介払いついでに……っふ、あんたらの勢力を、少しでも削れりゃいい、便利な特攻兵にしか思た、っちゃいねーよ。……この子とて、あの指揮官に、仲間に不要と、切り捨てられた存在さ」
「嘘だ!」
ジャキリ、と女性が先程と同様にエプロンドレスの裾を捲りあげる。周りの人形達も一斉に銃を構え、それらが全て青年の方を向く。
だが、青年は動じる事はなかった。それどころか、僅かに身体をずらした。自分に向けられた射線から、背後の少女を庇うかのように。
その所作を確認した人形達に、表情は変わらないながらも動揺が広がっていく。それは、先頭に立つメイド姿の彼女には特に顕著に現れていた。
「おいおい、嘘だってか。そりゃ、あんたらからしたら、俺は敵だろーけどさ。っぎ、別に、あんたらにとって、不利益な事をべらべら、喋ってる訳でも、ねーってのに」
「何なのですか……!貴方は、
「存在、しない?そりゃそうだろ、俺ぁこの時代の人間じゃ、ねーしよ」
にたり。
痛みに耐えながら、そこで青年は笑みを浮かべた。
「新鮮か?40年以上も、昔からやってきた、人間との会話は。本来、この世界に、存在しない、人間とのやり取りは、データに保管、してねーのか?」
そりゃ、あるわけないよな。口には出さず、青年は独りごちた。
己は完全に、現在の存在なんかじゃないから。
それでも、信じられる何かが、あればこそ。
己を、保っていられる。