「なっ、
突如辺りに立ち込め出した濃煙に、女性から困惑の声が上がる。小さな筒から絶え間なく煙は流れだし、たちまち視界を白く埋め尽くしていく。
左腕を完全に使えなくされ、武器も砕かれた彼にとって最後の武器、手段にして切り札。それを切った青年は、すぐに後ろの少女へと近付いた。
「ぐぅっ、ぎっ、く、ってぇ……!」
青年が身体を動かす度に、揺れる左腕から激痛が青年に襲い掛かる。四ヵ所に穿たれた銃痕からは絶え間なく血が流れだし、青年の額の汗は止まることなく滴り落ちる。それでも青年は痛みで叫びそうになるのをひたすらに堪え、少女を小脇に抱えた。
「ほんとは、こんな運びかた、なんて……っ、したく、ねえけど」
小さく、搾り出すように呟いてから、青年はゆっくりと立ち上がる。スモークグレネードの煙が尽きる前に、何とかこの場から離れねば、と青年は歩き出そうとした。
だが。
「う、ぐ、っ……!?」
ぐらり、と青年の視界が揺れる。
先程まで感じなかったはずの気持ち悪さが唐突に押し寄せ、身体がふらつくような感覚に苛まれる。
「なんだ、よ、これ……?」
いきなり身体に現れた症状に困惑しながらも、青年は何とか歩き出した。
こんな場所で立ち止まってしまえば、たちまち銃弾に撃ち抜かれ蜂の巣にされてしまうだろう。
それでなくとも、今抱えている少女が破壊されてしまう。その危機感が、青年の足を前へと進める。
「う、ぅ……ぉ、ぇ」
猛烈な吐き気が矢継ぎ早に青年の体内から沸き上がり、一瞬青年の歩みが止まる。
痛みから流れ出ていた汗とは別の汗……冷や汗が頬を伝い、全身がどんどんと重くなっていくのを彼は感じた。
「や、べぇ」
周りの音がどんどんと遠くなり、銃声すらオモチャのそれのように小さくなっていく。
代わりに耳鳴りが青年の聴覚を覆いつくし、その感覚を奪い去っていく。
「……これ。
ひょっと、かして」
はぁ、はぁと荒い息をつきながら、青年は己の左腕へと視線を向けた。
腕は自分の血で真っ赤に染まり、指先からボタリボタリと地面へ垂れ落ちる。
「……血、流しすぎ、た?そん、なに?」
やべえ、と心の中で呟く。
先程まで青年へと激しく主張していた傷の痛みはいつの間にか彼方へと追いやられ、代わりに様々な不快感が彼を包んでいく。
短時間で多くの血を失ってしまい、さらに急に身体を動かしたせいで、彼の身体は失血状態のような症状に襲われていたのだ。
「き、つ……すぎ、んだろ」
本当なら、走ってでもすぐにこの場から離れたかった。
グリフィンから、鉄血から、自分と腕の中の少女に危害を加える者達から、逃げたかった。
だが、それは最早叶わぬ願望。
今まで彼が一度も感じたことのない程の不調が、それを許さなかった。
「……それ、でも」
諦めたくはない、こんなところで殺されたくはない、と青年は根性の限り、歩を進めた。
周りの状況など、既にほとんど青年の目には入っていない。
朧気な視界の先に映るのは、無心に目指すのは、あの廃墟。
「……く、ふ、ぅ」
幸か、不幸か。
銃弾に撃たれる事もなく、足が縺れ倒れる事もなく、青年は先の建物の中へと揺れるように滑り込む。
「ぐぅっ、ぐ、つぅ……!」
残る力を振り絞り、少女を部屋の隅のベッドへと横たえる。
埃の積もったそれに乗せたくはなかった、だが地面へと寝かせるよりはマシだろう、とまともに働かない思考で青年は必死に考えた。
そして。
「は、は」
膝から、崩れ落ちる。
ただの人間である青年には、限界だった。
ぐしゃり、と土埃の上へと倒れ込む。
(……ほんと、駄目駄目だな、俺。約束も、何も、女の子一人すら、守れやしねえ)
霞のかかった思考で、青年は後悔の念を紡ぐ。
(もっと、もっとやりようが、あっただろ。後から、助けに来る事だって出来たはずだ)
悔やむのは、少女の事。
(それに……いくら助けたいからって、自分が死んでたら、意味なんて)
そして、彼自身の選択肢。
(……いや、でも)
涙が、青年の頬を伝う。
(彼女が、さらに壊されなかっただけ、無様に撃ち殺されなかっただけ、運が良かった……かな)
僅かに開いていた瞼を、閉じる。
(それでも)
「しにたく、ねえな……。たすけて……あげたかった……な」
そして、青年の意識は暗い闇の底へと沈んでいった。