一般人・イン・フロントライン   作:全緑小隊

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一般人・イン・メイビーセーフティ12

何はともあれ、とヘリアンはソウガの方を向く。

 

「これから何をするか、の話だったな。クルーガーさんから聞いているとは思うがソーガ、君は現在指揮官見習いという立場だ。実際に正規指揮官として採用するかはどうかはある程度のタイミングで試験を行って見定めるが、それまでの期間はその為の学びをしてもらう」

「で、そのソーガさんの勉強の先生になるのが!この私、後方幕僚たるカリーナです!」

「年頃の子が胸を張るんじゃありません」

「…………ジー」

 

えっへん、とカリーナが発育の良い胸を張る。年下が先生かーそれは想像してなかったわー等と呑気な事を考えていたソウガだったが、目の前の少女から目線を反らした先の光景を見るとそれはどうなのかと思考を止める。

ちなみに横でなにやらAATが凝視しているような気がしたが、青年はスルーすることにした。

 

「先生、ですか。しかしこの状況を見ると、結構大変な様子ですけれど……むしろ勉強なんかより先に私も手伝いに入った方がよろしいのでは?」

 

ソウガは目線を机の上に向ける。雑多に散らばった書類の内容は数字だらけでパッと見ただけでは難解ではあるものの、少なくともこの基地の運用絡みについての物である事は青年にも理解できた。

 

「その気持ちはありがたいがな、君が気にする事ではない。それにこれでもかなり纏まってきた方なんだ」

「最初はメチャメチャでしたけどね。ほんとどんな管理をしてたのかと」

「あー」

 

腕を組みながらため息をつくカリーナの様子に、間違いなく前指揮官絡みだなとソウガは察する。余程雑な運営をしていたのだろう、ヘリアンも全くだと大きく頷く。

 

「まあ後は私だけでも何とか出来るところまでには辿り着いた。だから君は君自身の事を考えてくれればいい。むしろ、この前線基地に現状指揮官がいない事の方が大事なのだからな」

 

ヘリアンがソウガにそう告げたところで、机に備え付けられていた電話がけたたましい着信音を鳴り散らす。なんだ?と訝しげに呟きながらヘリアンが受話器を手に取り耳に当てる。

 

「こちらT地区基地……あぁ、君か。ヘリアンだ。驚いたか?何、少しな。しかしどうしたんだ?」

 

電話の相手は知り合いだったようで、ヘリアンの顔が僅かにほころぶ。しかし会話が続くなかで、その表情が段々と険しい物へとその色を変えていく。

 

「……申し訳ないが、現状では君の要求に応じるのは難しいと言わざるを得ない。勿論そちらの状況は把握しているが、T地区の保持戦力では貸し出せる程の余裕はないんだ。すまないな」

 

 

そこで通話を終え、受話器を戻すとヘリアンはふう、と息を吐く。その顔色はお世辞にもよいとは言えないものだった。

 

「こちらは報告詐称の確認及び実戦力の確認、あちらは戦域拡大による戦力不足……か、やれやれ」

「救援の要請ですか?」

 

カリーナの問い掛けにヘリアンは頷く。

 

「別地区の指揮官からだ。厳密に言えばこの基地で管理している戦術人形の一時貸し出しを請われたんだ。だが、現在のこの基地の保有戦力では基地の防衛を行う以上の余裕はない。書類の数値が正しければ本来はもっと余裕があったはずなんだが、な」

「そんなところまで適当な管理していたんですか!?あのク……前任者は」

「やたら人形の解体指示とか出してたのはメモリにあるけど……ね」

 

思わず暴言を吐きかけたソウガだったが、すんでの所で思いとどまる。これから指揮官として学んでいく立場の青年ではあるが、流石にこの現状における戦術人形の重要性は身に染みている。それが戦術人形を主の戦力として据えているこの会社(グリフィン)であれば尚更だ。AATも、苦々しげに呟く。

 

「彼らの言い分も分かる。この頃、幹部や役員の中にさっさと戦線を拡げて戦果を挙げろ、等と言い出す者がいてな。だが鉄血もそう易々と退いてくれる筈もない。地区にもよるが、戦況はシーソーゲームの状態だ」

「そこはいつの時代も同じですか。現場の事も知らずに理想論ばかり積み上げられても困りますよね」

「全くだ。クルーガーさんはその点軍人上がりで話が分かる方だからな、ある程度抑えてくれてはいるが、それもいつまで保つ事か」

 

やれやれと息をつきつつ、ヘリアンはソウガへ視線を向ける。

 

「いずれにせよ君の今の役目は、指揮官としての知識・技能を修得し、この基地で指揮にあたってもらう事だ。期待している。カリーナ、ソーガの事は頼んだぞ。AAT-52はクルーガーさんから聞いているとは思うが、ソーガの補佐を宜しく頼む」

「分かりました、期待に添えるよう精進します」

「了解です!」

「お任せ下さいヘリアンさん!それではソーガさん、案内するのでついてきて下さい」

 

三者三様にヘリアンへ答えると、カリーナが先導するように部屋を出る。次いで、ソウガとAATも部屋を後にした。

 

「……過去から来た人間、か。その辺の若者と大して変わらんように思えるが、クルーガーさんは何を期待しているのだろうか」

 

一人になったヘリアンは小さく呟くと、軽く首を回してから資料の束との格闘を再開するのだった。

 

 

 

「なんだったらツケでも良いですよ!利子は十一でどうでしょう!?」

「うわ、悪質な金貸しみたいな事言ってる」

「勘弁してくださいカリーナさん、こっちは物価も何も分からないんですよ」

「だから今のうちに買ってもらいたいんですよ!」

「鬼ですか貴女は!?」

 

食い気味に詰め寄ってくるカリーナにAATと共にドン引きしつつ、ソウガは歩を進めていた。目をギラギラと輝かせるその様は、その姿だけみれば金の亡者以外には見えないだろう。

 

「少しだけ!ほんの少し買うだけでもいいですから!」

「何ですかその先っちょ理論の亜種みたいなねだり方は……ん?」

「あっ、皆!」

 

瞳に¥マークすら浮かんでいそうなカリーナから視線を外すと、前方から五人ほどが近付いてくるのにソウガは気付く。その全員がどこか見覚えのあることに気付いた青年は誰だっけ?と記憶を手繰り寄せている間に、同じく気付いたAATがその五人へと駆け寄る。

 

「お、AATじゃないか!戻ってきていたのか!」

「うん、今さっき来たとこだよ!」

「そうだったの。社長から今日戻ってくるとは聞いていたけれど、時間は未定って聞いていたから……でも、良かった」

「助けに行けず、本当に申し訳ありませんでした」

「大丈夫だよ、仕方のない事だったしね。それよりも……」

 

そのやってきた五人もAATに気付くと、それぞれ笑顔を浮かべてAATを迎え入れた。会話を弾ませるその姿を見て、そこで青年はその五人があの戦場へ送られた日に見た戦術人形達であることを思い出したのだった。

 

「丁度後方支援から帰って来たところだったんですね。ナイスタイミングです」

「見覚えがあると思ったら……そっか、彼女らもここの戦術人形だったんだ」

「はい、何れもこの基地が誇る最高クラスの性能を持つ人形です。エース部隊たる第一部隊ですね」

「そうなんですね……でも良かった、本当良かった」

「どうしました?」

 

良かった、と何度も呟くソウガの顔をカリーナは訝しげに見上げる。その青年の表情は、どこか安堵しているかのようだった。

 

「いや、ね。AATがこの基地の人形と話しているのを見るのは初めてでしたから。自分が心配する事では無いとは思っていましたけど、彼女がちゃんとこの基地の一員として受け止められていたのかな、って。あの指揮官の事もあったし、もしかして……とか、考えていたんです。杞憂で本当に良かった。AATに帰ってくる場所があって、良かったです」

「ソーガさん……」

 

どこか、羨ましそうに。それでも、本当に嬉しそうに。ソウガは、話に花を咲かせるAATを眺めていた。


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