太陽の代わりに月が昇った夜の時間帯。あなたは歯を磨き、保湿クリームを塗り、明日のための身支度を整えて、寝室へと向かっています。
本日の仕事もとても気を張るものでした。それもそのはず、あなたは戦術人形を指揮する指揮官。常に戦況の変化に気を配り、資材の増減に目を張り、某団体からの抗議をヒラリヒラリと躱し、顧客との交渉に勤しみました。あなたの所属するグリフィンという会社は人手不足なので、仕方のないところもありますが、オーバーワーク気味です。
休暇の時も、溜まった疲れを和らげるのに手一杯で、自分の趣味を全うすることもままなりませんでした。
そう。それは今は過去の話。あなたは誓約を交わしており、今は一人ではありません。あなたは、あなただけのパートナーとなった存在と、一つ屋根の下で暮らしております。パートナーと一緒に寝ることが、あなたにとって一番の楽しみなのです。
寝室のドアを開くあなた。ベッドにあなたのパートナーが腰掛けています。
あなたのパートナーの名前はなんだったでしょうか?
いや、あなたならわかるはずです。
あなたのパートナーの名前は――
「お疲れ様、あなた」
労いの微笑を浮かべてくれるパートナー。
あなたのお相手の名前はST AR-15。
普段はクールで冷静、でも、あなたに対する情熱は溢れ出んばかりの可憐な花びらのようなお相手です。
あなたのことを認めると、AR-15は自分の隣をポンポンと叩きます。
「どうぞ」
短い言葉であなたのことを誘導します。あなたはその導きに従って、彼女の隣に腰を下ろします。勢いよくあなたの体がベッドに沈み込んだため、AR-15の体は微かな時を中空で過ごします。
「もう、お行儀が悪いですよ?」
注意を促す彼女の言葉。でも、その言葉からは嫌みの一つすら感じず、はしゃぐ子供に諭すような母親のような慈愛を感じさせます。その証拠に、彼女の頬は持ち上がっていて、口元に手を当てて喉を鳴らして見守ってくれています。
疲れたんだ、仕方ないだろう。そう言うかのように、あなたは瞳を細めます。
あなたの眉の動きでAR-15は全てを察したようで、否、あなたの想いは彼女にはとっくにお見通しです。それを体現するかのように、彼女の表情からは余裕が消えていません。
だから、
「ええ、お疲れ様です、あなた」
あなたの髪を撫でてきます。幼い子供を褒めるかのように、一日頑張ったご褒美をあなたへと捧げます。
「よしよし」
AR-15の言葉は、指揮官に対する労いと愛情に溢れています。彼女の声色は、指揮官のプライドに抵触することは無く、真夏日に奏でられる風鈴のような、一日の疲れを流すような清涼感と安らぎに満ちています。
思わずあくびが吹き出てしまうあなた。体から緊張感が抜け、心からリラックス出来ている証拠でしょう。
気の抜けたあなたの姿を見て、AR-15は笑みを漏すと同時にほっと一息をつきます。
彼女は真面目な戦術人形なのです。常に戦場に身を置きながら、かけがえのないパートナーであるあなたのことを気に掛けているのです。彼女も、指揮官の業務については熟知しています。
だから、心配なのです。今日はご飯をちゃんと食べているか、無理に仕事を請け負っていないか、無茶はしすぎていないか。あなたは戦術人形達にとってただ一人の指揮官であり、かけがえのない人材で、AR-15にとっては代わりなどいないこの世にただ一人のあなたです。
彼女は情熱的で慈しみ深いのです。せめて、あなたが眠りに落ちる前は安寧な心持ちで寝て欲しいと、リラックスさせることにしたのです。
それに、この行為はAR-15にとって与えられるだけのものではありません。あなたのあくびが自然と出てしまうようなリラックスする姿は誰もが見られるわけではありません。彼のパートナーだから、AR-15だから拝むことが出来るのです。
唯一見せてくれると言うのが彼女のメンタルに優越感と、自分の与えられる癒やしに満足してくれる歓喜を刻み込んでくれるのです。なので、彼女にとってwin-winな行為なのです。
頭を撫で続けられていると、貴方は自分の体を彼女へと寄せます。唐突にバランスを崩したかのように、或いは重力というモノが大地の奥底からでは無く彼女の中から発生したかのように。
甘えるかのような不器用な動作。そんなあなたの動作にAR-15は微笑み、そっとあなたの頭を細腕で包み込んで、ベッドの柔らかなマットレスに共に倒れ込みます。
二人分の体重が一気にかかった安物のマットレスはスプリングを収縮させて、二人の体を跳ねさせます。その小さな揺れが疲れた体には面白いと捉えさせあなたは眉を緩めてしまうのです。
子供みたいな喜びを露わにするあなた。AR-15はふふっと愛おしさから声を漏し、またあなたの頭を撫でてくれます。
ほんのりとした暖かさを纏った白魚のような指先が、あなたの毛並みの中で泳ぎます。そんな微かに擽ったさを感じる意地悪な行為が、不思議と安心感を与えてくれるのです。
彼女の指先から、溢れ出んばかりの想いを感じるからでしょうか?あなたの髪の毛は陽気な日差しに晒された時のように温まっていきます。
それだけではありません。彼女と密着してるからこそ得られる感覚があります。
その感覚とは嗅覚。すなわち匂い。
あなたと同じ部屋で過ごすAR-15ですが、使用している石鹸などは違います。AR-15は心地よい香りがついたする石鹸を使用しているのです。甘い桃の香りがあなたの鼻孔を包み込みます。うんざりするような甘ったるさでは無く、AR-15のような清涼感のある甘さが、あなたの脳からセロトニンを分泌させ、思わずほっと息を漏してしまうような安心感を与えてくれるのです。
「うん……」
あなたの安らぎに満ちた息を感じて、AR-15は小さく声を漏します。彼がリラックス出来ていることを感じられて、彼女は眉尻を下げます。
段々と瞼が重くなっていくあなた。疲れが遠のいていってほどよくリラックスし、体の緊張が無くなっていった結果でしょう。安心感が疲れに勝ったのです。
今は黒が蔓延る夜の時間帯。睡眠を憚る理由はありません。
断続的に花で小さく呼吸を繰り返すあなた。
あなたに眠りが訪れていることを悟ったAR-15は、あなたを抱きしめ頭を撫でていた手を一度離します。あなたの心に寂寥感と不安感の暗雲がかかりますが、その黒は一番星の放つ白に即座に塗りつぶします。
なぜなら、AR-15はあなたの手を握ったから。クリームによって冷めた手を、温かくて柔かな彼女の手が包み込んでくれたから。
あなたの心の中に不安はまだありますか?少しだけ残っていますか?
そんなあなたの心境を察して、あなたの不安を塗りつぶす最後の一筆を彼女は加えてくれます。
「大丈夫ですよ。私はここに、あなたの傍に居ますから」
優しい彼女の確かな言葉。それと温もりが相乗効果を生み出して、あなたに幸福感を与えてくれます。
瞼は重りをつけられたように閉じようとし、起きようとする意識を阻害してきます。
意識を闇へと持って行かれそうになる刹那、あなたは一言を口にします。
――ありがとう
あなたのお礼の言葉を受けて、AR-15は疑似感情モジュールの深部から満足という感情を算出し、あなたに満面の笑みを返します。
「はい!」
あなたの口元が微かに持ち上がりました。AR-15はあなたにとって一番の安らぎなのですから。
「おやすみなさい、あなた」
最愛のパートナーから最大の労いを受けて、あなたは瞼を閉ざし、自分の身を包むような心地よさに身を委ねて眠りにおちていきました――