戦術人形はストレスを溜めるだろうか?
答えは簡単。溜める。溜まる。
植物が環境の変化でストレスを受けて枯れるように、製品にするにあたって様々な負荷を与えて環境に耐えれるかをチェックするストレステストがあるように。生物に、人間に近い構造と心理を持つ戦術人形もストレスを感じるし、発散できなければ溜め込む事となる。
戦術人形がストレスを溜め込むとわかって次に考えることはこうだろう。『そのストレスはどう発散するのか』。そう興味が移ることだろう。
その疑問に与えれる答えも単純だ。人間と同じように自分の趣味をこなしたり、自分の好きなことをしたり、歌ってみたり、寝てみたり。或いは、自分の好きな人と一緒にいることで発散することが可能だ。
ここまで語ると納得する者と、更に疑問を得る者が出てくることだろう。
更に疑問を抱く者はこう言ったことに興味が移ることだろう。
『ストレスを溜めすぎた場合にはどうなってしまうのか?』と。
その答えは、ストレスはダミーへと流れる、だ。
戦術人形は人間と同じように精神を病むことはある。そう言った場合は全てを消去し、OSから再インストールするのだが、それをするには手間と費用がかかる。だから、本体に追従するのが基本の消耗品として扱われているダミーへそのストレスが流れていく処理が適応される。優先されるべきことは、メインフレームのパフォーマンスを維持することなのだから。厄介ごとという汚泥がメインフレームというダムに溜まったら、解放されて下流にあるダミーというダムに流れてまた溜まっていく。ただ、それだけのことなのだ。
最後に、こう言った疑問を得るかもしれない。『ダミーにストレスが蓄積され過ぎたらどうなるか?』と。
ダミーには更に下流に流す方法はない。メインフレームとは違いダミーは最下流の存在なのだから。つまり、ストレスを溜めすぎるとダミーというダムは決壊するのだ。ストレスのダムが決壊したダミーはどうなるか?簡単に言えば勝手に起動して自分に溜まったストレスを発散しようとする。
突如感情を得て、それを自由に振るう為ではない。ダミーは確かに消耗品ではあるが、『高級な』消耗品だ。おいそれと簡単に作れるものではないし、補充するたびに莫大な費用がかかる。本体と同じようにパフォーマンスを維持しようとするのだ。
具体的に言えば、
「指揮官、私とカフェに行きましょう?」
「射撃訓練するからスコアが良かったら褒めてよ」
「頭を撫でて!」
「散歩に行くわよ」
と指揮官に擦り寄る四人のダミーと、
「あ、あんた達!何してるのよ!」
と声を荒げるWA2000の構図が出来上がる訳だ。
何でWA2000のダミーがそれぞれ指揮官に抱きついているのか?その答えは先程説明した通り、ダミーたちに蓄積されるストレス値が上限へと達したから。溜まったストレス値を発散するための方法が、指揮官に抱きついたり擦り寄ったりして甘えることが、ダミーたちの演算によって導き出された一番効率のよい解決策であったから。
本当にそれが一番効率的なのか?それは、指揮官に擦り寄るダミーたちをワナワナと羨ましそうに見ているWA2000の姿を見れば納得できると言うものだろう。
自分のダミー達が謎の信号を発していると思い、信号の発生源を辿ってみたら、勝手に起動したダミー達が指揮官に甘えていたのだ。自分と同じ姿をしたものがそんなことをしている姿をみて、何も感じないWA2000ではない。
WA2000の荒げた声で自分たちの本体がいることに気づいたダミー達は声のした方向に顔を向ける。
「何って」
「カフェに」
「射撃訓練をみて貰おうと」
「頭を撫でて」
「散歩をして」
「貰おうと」
「「「「しているだけよ?」」」」
何のこともない、まるでWA2000という戦術人形が普段からすると言わんばかりに首を傾げて言ってのけるダミー達。
「だーかーらー!何でそんなことをしようとしてるかって言ってるでしょっ!!」
あっけらかんと言い放つダミー達にはたまた声を荒げるWA2000。
「あ、アンタもなにデレデレとしてんのよ!さっさと引っぺがしなさいよ!」
「そ、そう言われてもなぁ…」
WA2000の矛先はダミー達だけでなく、そんなダミーにされるがままで、少しばかり口端を持ち上げて満更でもなさそうな指揮官にも向けられている。
指揮官がダミー達を引き剥がせないのは、部下と同じ姿を持つダミー達を乱暴に扱っていいのかという悩みと、ダミー達とはいえ肌触りなどはメインフレームと遜色ないのでこのままの状態でいるのもいいのでは?という男の悩みと、ダミーもまた戦闘のプロではあるので、両腕に纏わり付かれてることと両脇を抱きつかれて固められている状態で何も出来ない等、色んな要因が重なっているのだが、WA2000には知ったことではないのである。
「指揮官、メンフレームの言い方、キツイと思わない?」
「それは……」
「メインフレームに構おうとしても、向こうはすぐに拒絶しちゃうもんねー」
「し、しかし…」
「やっぱり、メインフレームの態度、よく無いわよねー」
「だ、だけど」
「指揮官も素直な方がいいでしょ?」
ダミー達は自分はメインフレームとは違うと言うように、指揮官を抱きしめる。力を込めて、自分の体を押しつけるようにして、指揮官の両腕を抱きしめるダミーは指揮官の耳元で、誘惑するように囁いてくるのだ。素直な方がいいのでしょうと。
確かにWA2000という戦術人形は指揮官に対して当たりが強い。だからか、
「…そうかも知れないな。当たりがつよいと私もどうやって対応してあげればいいか」
指揮官はダミー達からの甘い言葉に乗ってしまうのも、わかるというものだろう。
その言葉を聞いたWA2000は項垂れ、自分の拳を強く握り締める。自分の中から溢れそうな指揮官へ強く当たってしまったことへの後悔の感情と、自分と同じ姿をしたそれも自分よりも低性能なダミーに自分は負けたのだという悔しさで。
ダミー達は俯いて悔しさを堪えるWA2000を一瞥すると、指揮官を引っ張ってそのまま連れ攫おうとする。
指揮官達の背中が少しずつ遠ざかる。それは自分と指揮官との心的な距離が離されていくよう。自分であって、自分じゃ無い誰かに。あるいは、彼が理想とする自分の手によって本当の自分との距離が開いていくかのよう。
彼は素直なWA2000の方がいいらしい。そして、それはダミー達が実演している。メインフレームは指を加えてその様を見ているだけ。
本当にそれでいいのだろうか?否、何もよくは無い。
だって、
「とらないで…」
彼女にとって
「とらないでよ…!」
指揮官は、
「私の指揮官をとらないで!!!」
素直でない自分でも認めてくれた、掛け替えのない大切な存在なのだから。
こんな時にしか素直な言葉を口に出来ない自分にWA2000は嫌気が差す。だってもう遅いのだ。指揮官の目の前には、素直になった自分がいて、素直でない自分は指揮官からすれば価値が低いだろう。
その場でへたり込み顔を手で覆うWA2000。もう、自分の中の感情が抑えられなかった。悔しくって、悲しくって、今の自分が嫌で嫌で。だから、溢れてしまった。彼女の疑似涙腺から一筋の雫が。
「ひっぐ……うわあああ……」
一度決壊した感情のダムは簡単には修復できない。最初の一雫に続いて、二つ目、三つ目とドンドンと溢れ落ちていく。
どうして自分は指揮官にそう思われてることに気づけなかったのだろう。そう思われるまで、そんな態度を取ってしまったのだろう。もっと素直になれていれば。そう思わずには居られない。
溢れる悔恨の涙。それを流し続けるWA2000の肩に誰かの手が触れた。
「えっ……?」
顔を覆っていた手を放し、その隙間から外の様子を伺うと、そこには先程まで指揮官に抱きついてた四人のダミー達が、自分に微笑みかけていた。
「それでいいのよ」
「そう、そうやって自分の言葉をちゃんと口にしてよね」
「あまり抱え込まないでよ」
「困るのはメインフレームなんだからね?」
優しく微笑みかけるダミー達。先ほどまでのようなメインフレームを蔑ろにしてまで、指揮官に甘えようとしていた彼女たちが、豹変してしまったかのよう。
思わず涙を引っ込めて、困惑からオロオロと葡萄色の瞳だけを動かすWA2000。ダミー達はそんな彼女に真意を伝える。
彼女の中の強いストレス――指揮官へ強く当たってしまう事への後悔から来たストレスが、メインフレームだけでは納め切れなくなりパフォーマンス維持プロセスへと移ってダミーに流れ込んでいたこと。
ダミーに貯まったストレス値は、メインフレームと同じように段々と穏やかに減少していく筈だが、WA2000のはそのストレスを感じる頻度が高すぎて、ダミーという器にも収まらなくなっていたこと。
そのため、ダミーにもパフォーマンス維持の為のプロトコルが適応され、自動で起動したこと。これが、WA2000がダミー達が変な信号を発していると感じた正体。説明したように、ダミー達は自分のストレス値を下げるために行動を始めたのだ。
しかし、この話はここで終わりでは無い。ダミー達の真意はストレスの大元を取り除くことだった。ダミー達はメインフレームが出来なかった指揮官に甘えるという行動をしたのなら、ストレス値を下げる事はもちろん出来ただろう。一時的にだが。
それも納得出来るだろう。ダミー達にストレスという汚泥を注ぐ大元は何も変わっていない。すぐにまたダミー達というストレスを受け止める器はいっぱいになってしまう。いっぱいになっては甘えてを繰り返す。そんな化かし合いは繰り返すだけ無駄なこと。
だから、大元をどうにかする必要があった。メインフレームの状態をどうにかする必要があった。彼女たちはWA2000のダミーだ。どうしてストレス値が限界値近くまで達したのか手に取るようにわかる。確かにメインフレームのように複雑な行動も思考も出来ないが、それでも彼女たちはWA2000なのだから。
なので、ダミー達はメインフレームを誘い出し、彼女の目の前で『素直になった自分』を見せつけ、自分と無理矢理にでも向き合わせたのだ。自分が素直になった時の選択肢は、こんなにもあるのだと。今のままの自分でいいのかと、視覚的にも言葉にも訴える形で。
ダミー達が指揮官の耳に顔を寄せたとき、指揮官にもこう言ったのだ。『今は乗って欲しい』と。
その言葉を聞いたWA2000は指揮官のことをキッと強くにらみつける。状況はわからないがダミーからの真剣な声に気圧されて乗った指揮官は、困ったように苦笑いを浮かべていた。
「そういう風に睨まない」
「ちょっとは変わろうって思ったんでしょ?」
ダミーの言葉に、WA2000はゆっくりと力強く頷く。自分はこれからは変わってみせるのだと、自分に言い聞かせるように。
「じゃあ、大丈夫よね?」
「うんうん……!」
「これからはもっと素直になりなさいよね?じゃないと、今度こそ私達が指揮官をとっちゃうからね」
「わかってるわよ……!」
いつものようなWA2000の強気な言葉に安心感を得たのか、四人のダミー達はまたWA2000に微笑みかける。糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
ダミー達の目的はストレスを解消すること。ダミーの中にあったストレスは、『ストレスの大元を解消する』という発散方法で許容量の規定値未満になったのだ。
WA2000はダミー達にリンクを要請する。無事に接続。ダミー達は追従モードに移行。今はまだ崩れ落ちた姿勢のままだが、WA2000の命令があればいつも通りにダミーとしての活動を始めることだろう。
「……ありがとう」
自分を見つめ返すきっかけをくれたダミー達、新たな可能性を示してくれた自分の分け身達に、WA2000は独りごちるように礼の言葉を口にする。
今一状況が飲み込めない指揮官であったが、とりあえずの決着がついたのだと判断する。
そして、WA2000に近づき、片膝をついて彼女と目線を合わせた。
「私はその……いつものWA2000も悪いとは思ってない。でも……もうちょっとキツくない方がいいかな」
「うん……そうよね……」
遠慮がちに口にした指揮官の本音をWA2000は素直に飲み込む。
「指揮官」
「うん」
「私、素直になれるように頑張るから……!」
「ああ、応援している」
指揮官の励ますような背中を押すような朗らかな笑み。それが伝染し、WA2000も素直な微笑みを彼に返すのであった。
後日
これから昼食をとろうと食堂に向かう指揮官の前にWA2000が現れた。
「一緒に昼食を食べる相手が居ないそうだから、私が一緒に食べてあげても――」
その先の言葉を言いそうになったWA2000は一瞬ダミー格納庫の方向に顔を向ける。先日のストレス値の限界でダミーが起動したことを彼女なりに反省しているようだ。
そんなWA2000の様子に指揮官も何かを察したようで、苦笑いを一度浮かべながらも彼女の言葉の続きを待つ。
「コホン、い、一緒にお昼ご飯を食べない指揮官?」
顔を逸らし、頬から鼻先にかけて真っ赤にしながらも、確かに素直な言葉で指揮官を誘うWA2000。
彼女からの確かな、素直な誘いに指揮官も笑顔で応じる。
「もちろんだ。一緒に食べよう」
「ええ、行くわよ」
言葉遣いや性格は簡単には変われない。まだ、彼女の言葉遣いにはトゲがあることが多い。でも、だからと言って、変わるというのに遅いなんてことはない。いつでも、どんな時でも、変わるという意思は大切なのだから。
少しずつ少しずつ歩んでいけばいいのだ。彼女のように、できるだけ柔らかい言葉を使おうとしたり。
本当は指揮官の手を握って見たいが勇気が無くて出来ない代わりに、
「うぅ……」
指揮官の袖を掴んで食堂へと向かう、自分に素直になろうとする今の彼女のように。
少しずつ少しずつ、変わろうと思えば変われる。人もおそらく戦術人形も。
少しずつ素直になろうとするWA2000の毎日はこれから続くことだろう。
そして、いつの日か、きっと、よい実りとなることだろう。
オマケと言う名の蛇足……皆さんがそろそろ『アレ』をやってくれといってくるので……
夜、指揮官の私室にて
指揮官「いやうん。寝られないとわざわざ部屋に来てまで言うのものだから、招き入れたのはいんだけど。なんで私は押し倒されてるんだ?」
WA2000「私、ね少しずつ素直になろうって思ったの」
指揮官「それはいいことだと思うけどね?」
WA2000「それでね、何をしたいかなと思ったら、し、指揮官とエッチなことをしたいなぁって//」
指揮官「素直って性欲に素直にだったのか!?」
WA2000「そうしたら身体が熱くなって寝られなってここに来たの……指揮官♡」
指揮官「いや、ちょっと待って欲しい!それはさすがに色々とすっ飛ばし――アー!!」
その日の夜のわーちゃんはとても素直であったとか。
ザ・END