地表を照らす陽が落ち、基地に注がれる光が照明の人工的な光だけとなった時間帯。翌日の朝から業務がある人員、戦術人形が柔らかなベッドに身を預け、温かい布団に身を包むに相応しい時間帯。
夜間の警備や整備を任された人員が1日の疲れを癒そうとする中、料理人が居なくなった食堂、その一角だけまるでスポットライトのように灯りがつけられていた。
そんな心細い灯りの中にいるのは、
「ングング……」
両手でビール風味の発泡アルコールの缶を手に持ち、大きく傾けて流し込んでいる戦術人形達の統括者、指揮官と、
「ハムハム」
その横で野菜と人工肉と水で煮込んでガラムマサラとスパイスを入れるだけであら不思議、いつの時代もお手軽にできるご馳走ことカレーライスを味わっている萩色の髪の対物スナイパーライフルNTW-20ことダネルであった。
何故この二人が夜の遅い時間に食堂に居るのか?その理由は至極簡単、二人の仕事が朝の八時始業からの仕事が諸々のアクシデントで短針が一周し、勢い余って二回ほど回った時間にやっと終わったからだ。
その間に二人がとったの昼食のみ、お腹を空かせた二人は食堂へと向かうが、食堂は開いているだけで基地に居る料理人は全員休息中。料理人達が食堂にまた来るのは、明日の朝日が昇る頃と言ったところだ。
幸い食堂には自販機で飲み物や食べ物は売り出されているので、こうして二人で食べてい訳だ。
ダネルが自動販売機で買ったのは先ほど言ったとおりカレー。食堂で作られたものをそのまま売り出しているので、味は折り紙付き。タマネギが無くなるまで煮込まれた具材達と、歯で押すだけでほぐれる人工肉、そこに加わるピリ辛のアクセントが隠し味のリンゴと蜂蜜を引き立たせる。
表情をあまり変えないダネルも、頬を持ち上げてご満悦だ。
そして、ダネルと共にやってきた指揮官が購入したのは、
「プハー!!」
発泡酒。それだけ、だ。
そう、指揮官はずっと発泡酒だけを飲んでいる。飽きもせず、懲りもせず、ずっとずっと。ちなみに今は三本目を飲み終わったところで、次の一本にプルタブにてをかけて、プシュッと音を立てまた一つ開けたところである。
確かに本日の仕事は忙しかった。順調に進んでいたと思ってた作戦が第三者からの妨害を受けて大幅軌道修正、それによる被害の拡大と報告のために増える書類。突如乱入するG41への対処と、MP5から逃げ回るUMP40を匿ったり、SOPⅡの頑張ったからと言う抱っこ要求に応えたりと、遣ること尽くめでこの時間になったのだ。
その疲れは計り知れない。酒に溺れたくもなるだろう。アルコールの成分で思考能力を飛ばして全てを忘れたくもなるだろう。
――最初こそは。
「ングング」
今の指揮官は違った。酒を飲むたび目頭が熱くなり、それを誤魔化すように血中を巡るアルコールに身を委ねていたのだが、それももう誤魔化せなくなった。
「あぁー……」
彼が衝動的に酒を飲む理由、それは
「モ゙デだい゙!゙!゙!゙」
酒に酔って浮上した彼の密かな願望兼コンプレックスを誤魔化すためであった。
ダネルが指揮官のことを心配することも無くカレーを食べ進めていたのは、この台詞をここに来てから何度も聞いているから。もはや聞き飽きたレベルである。少なくとも就業を告げるチャイム並には、M16に突っかかる416のことなみには見飽きた。
指揮官は発泡酒の缶を強く握りしめ、机に一度拳をたたきつける。強く叩きつけると缶の中身が出てしまうのでそれなりに手加減して。願望を口に出す理性は無いのにダネルの迷惑を気にする理性は残っているようである。
「いいよなぁ!?他の基地の指揮官は人形達からモテモテと聞くぞ!?」
指揮官だって男だ。彼の顔がいいとはお世辞にも言えないが、見目麗しい人形に慕われたい(?)と言う願望は存在する。だって、指揮官が集まる定例会での余談を聞く限り、他の指揮官は人形達から大層慕われているようである。
そんな指揮官の叫びを聞きながら、ダネルはまた一口カレーを口に含む。よく煮込まれた肉の繊維がホロホロと口の中でほどける感覚がたまらない。
「ある基地は戦術人形全員と誓約してるって聞くし!!」
一応誓約というのは指揮官から人形に対して一方的に突きつけることは可能だ。だが、全員誓約しているという指揮官の話を聞く限りでは、その指揮官は迫った訳では無く全員を純粋に愛し愛されているようだ。
そんな話を聞きながらダネルはジャガイモを口に含む。が思ったより熱かったらしく、ハフハフとかわいいらしい悲鳴を上げながら水を口に含んで口内の温度を下げて舌を冷やしている。彼女の舌にある温度センサーは高温に強くない様子。
「ある基地は逆に全戦術人形から押し倒されてるって聞くし!!!」
そう、ある基地にいる極東の血を引くという指揮官は何の因果か戦術人形全員から押し倒された経験があるという。世界が荒廃し、出生率も大幅に減少しているこの時勢だから許されることだろう。果たして本当に許されるか知らないが。
そんな指揮官の嘆きを聞きながら、ダネルは残ったルーをご飯と混ぜていく。どうやらラストスパートをかける様子。味わうのはここまでという事らしい。
「いいなぁ……。なんでオレはモテないんだ…………」
人形からモテてどうするのか?と言う話はあるかも知れないが、美女の様相を呈し、性格も各々個性的で一様で無く、『中身』以外本物の女性と変わらない存在から慕われてるとなればうらやみもするだろう。
人間には好意的に接するようにプログラムされているが、彼らはそれらの垣根を越えた存在として認め合っているのだ。憧れもするだろう。羨みもするだろう。それらの様がモテてるという言葉以外にどう表現できるのだろうか!否!無い!!あるはずが無い!!
指揮官は普段は寡黙だ。必要な事以外は喋らないというイメージがあって、近寄りがたく感じている戦術人形は確かに存在している。こうやってお酒が入ると饒舌になることは知らなくて、ダネルすら内心驚いている位だ。
でも、近寄りがたいと感じている戦術人形が全てではない。現にこうしてダネルが彼の側に居るのだから。ずっと聞き流すかのように応対していたダネルだが、スナイパーらしく状況の機微はしっかりと感じ取っている。
彼は素直に自分の想いを口にしたのだ。今度は自分の気持ちを素直に口にすべきだろう。
ダネルも多くの事を語ろうとはしない。口下手なイメージが一部から付いている。それは、長距離狙撃手らしくチャンスを伺うストイックさが現れているとも言えるが、それは今は置いておく。
ダネルは発生器に命令を送る。唇の端に先ほどまで食べていたカレーを付けながら。
「そうか?私は指揮官のこと、好きだ」
さも、当然の様にあっけらかんと言い放つダネル。
「そっかー。オレのこと好きかー…………はっ?」
一瞬だけ否定の言葉として受け止めオウム返しをし、そのままネガティブ思考へと還ってしまおうとした指揮官だが、発言の意味に気がつき固まる。
――今、ダネルはなんと言った?聞き間違えでなければ
「もう一度言おう。指揮官、私はあなたのことが好きだ!!」
ダネルはもう一度言った。発泡酒が入った缶を握ってない方の手を、彼女のしなやかな両手の指で包み込み、彼と目を合わせて、はっきりと。
「…………えっ?」
指揮官はもう一度発せられた彼女からの告白に目を丸くした後、遅れて回路のスイッチが入ったのかのごとく、指揮官の顔が赤く熱せられていく。
「私は指揮官が好きだ。普段の冷静な一面も好きだし、私が頑張ったときにねぎらってくれる指揮官が好きだし、皆と遊んでいるときに浮かべている優しい笑顔も好きだ。後、確かに口数は少ないが、そこから指揮官の想いは感じてるよ。あなたは人を確かに思いやる優しさを持っているだから――」
「わー!!!わああああああああああ!!!!!!!!!!」
突然降ってきたダネルからの愛の告白という雨あられに打たれた指揮官は、耐えきれなくなって絶叫する。今の酒に酔って自虐モードとなっていた指揮官にとって、ダネルからの言葉は完全に奇襲だ。想定外だ。プランの修正が必要になったらすぐに代案を出せる指揮官といえど、思考能力が鈍った今ではどうしようもない現実をなんとか受け止めるしか無い。それが、指揮官の叫びだった。
ダネルの顔は段々と指揮官に迫っていく。微かに開け放たれた口からガラムマサラの香りを漂わせながら。
「不安なのか……?」
ダネルの瞳が不安に揺れる。標的を逃さないようにいつもは大きく張っている目が、潤んで揺れている。
「いや、その……」
そうじゃない。嬉しい。そう返そうとした指揮官であるが、ダネルが与えてくれた感情の処理が出来なくて視線を泳がせてしまう。
「そうか……」
だが、
「なら」
ダネルという戦術人形の性質を忘れてはいけない。
「そうだな」
彼女は与えられた仕事は忠実に果たす仕事人、
「じゃあ」
つまり、
「私の全てを使って証明してあげよう」
狙った獲物は逃さない。
ダネルは突如立ち上がり、指揮官の手を一気に引く。
「うぉっ!?」
よろめきながら立ち上がる指揮官。そんな指揮官の膝に手を入れ、肩を抱くようにして彼を持ち上げるダネル。いわゆるお姫様抱っこの体勢だ。ダネルは戦術人形。筋骨がそれなりにある指揮官であっても楽々と持ち上げられる。
予想外の出来事に、指揮官は思わず身を縮める。そんな彼の姿が愛らしくて、ダネルは小さく口角を持ち上げる。
「指揮官」
「な、なんだ……?」
「今日は朝まで狙撃地点で待機だ」
「え……えぇ……?」
ダネルから発せられた謎の決め台詞に困惑する指揮官。そんな指揮官に一度小さく微笑みかけて、ダネルは食堂の出口へと向かう。
――ああ、食べたら片付けないと怒られるのに
そんな場違いの事を考える指揮官。そんなどこか余裕のあった思考は食堂の自動ドアが閉まったと同時に完全に遮断されることとなった。
翌日の指揮官は腰を押さえて痛そうな様子を見ていたが、その表情は今までで一番澄み切っていた様である。
一方ダネルは、普段の変化が乏しい彼女何処へやら、話しかけられれば饒舌に話すし、よく笑顔を見せていたという。
一つ言えるとしたら、普段は寡黙な方である二人がどこかか明るくなっているのが共通点であるという事だろう。
「ふふふっ」
ダネルは右手で手袋によって隠された左手をさすりながら微笑むのであった。