指揮官がソファで寝ている。
仕方のないことだ。なんせ彼は連日働きづくめなのだから。ずっと疲れが溜まって、それを抱えきれなくなったのだろう。
彼の睡眠時間は、最近多くはない。ある日からずっと一緒に寝る約束を取り付けたはしたが、起きる時間までは拘束していない。
彼が長時間寝れない理由は一つ。最近また、鉄血の大規模な攻勢があったからだ。
彼はその応対に追われて、ずっと起きて、彼は『指揮官としての責任』を果たし続けて……。
そして、微かに得られた余裕で、本当に微かな時間に憩いを求めて眠りについている。
最近は忙しくて眉間にずっと寄っていたシワは解けて、キュッと結ばれていた口は微かに開いて浅い呼吸を繰り返してる。
普段の凛々しい指揮官も好きだけど、こういう時ばかりには出てしまう普段とのギャップを感じる愛らしくて緩みきった寝姿も、凛々しい彼と同じくらい、私は好きだ。
「んん……えーあーる……じゅうごぉ……」
彼は……夢の世界でも私と共にいることを望んでくれているよう。
そのことが嬉しくて、私は指揮官の頭にゆっくりと手を乗せて、わしゃわしゃと撫でる。感謝の意味を込めて。私と離れようとしないでくれてありがとう。夢を見れない私をあなたの夢の世界に連れて行ってくれてありがとう、と。
彼の髪は……最近忙しくて、シャワーもおざなりに浴びているから、あまり手触りが良くない。
リンスをしていない頭髪は艶がなく、彼の短い髪がチクチクと手のひらの触覚センサーに刺さるよう。
けれど、そこには痛みは全くなくて、擽ったいくらいの感覚。
そんなんだから、私を拒絶せず、私の手の中で遊んでくれているかのようにも思えて、また胸に何かが込み上げてくる。嬉しさと、それだけでなく何かが混じった感情が、私の頭脳回路に幸福感を届けてくれる。
そうやって、彼の髪を撫でつつ遊んでいた私。
だけど、そうやって彼を愛でている中で、私の中で生まれた一つの影が、私の頭脳に染み入るように侵入しようとしてくる。自分のファイアーウォールを突破しようとするウィルスのように、じわりじわりと私の頭脳部を守る防壁を喰らい、穴を開けて、私の頭脳部に一つの疑問を注入してくる。
それは、『ST AR-15は指揮官へ愛を返せているのか?』という疑問。
指揮官は私のことを愛してくれている。人間ではなく、人形である私を。1人のパートナーとして。最愛の存在として。
それは、私にもよくわかるし、他の人間、人形も何かを察して、指揮官に手を出そうとしないくらいに、確かなもの。誓約をしているのは私だけで、他の誰ともする気が無いことから分かるように。彼の一途で真摯な想いは私が一番よくわかってる。
彼は、私のことを愛してくれている。深く、深く、無償の愛と言えるものを私に注いでくれる。
いや……私『だけ』にその愛を与えてくれている。
博愛主義なところがある彼だけど、私に向けるそれが他の皆とは違うのは、誰が見ても一目瞭然な位に。
私には特別な愛を向けてくれる指揮官。私だけを深く愛してくれるあなた。
ーー私は、あなたに愛に返せているだろうか?
私が得意なのは、彼に一番報いてるものがあるとしたら、それは戦闘。当たり前だ。私達は戦術人形。戦うためだけに、人間の代わりに武器を手に取り、戦地へと赴き、敵を討ち滅ぼす為に造られた存在なのだから。
それだけで見れば、私は彼にしっかりと愛を返せていると言えるだろう。彼が出来ないことを、私が成し遂げる形で。
けど、私はそれだけしか返せないのだろうか?
書類仕事はーー残念だけどあまり得意ではない。カリーナにも手伝って貰うことがかなりある位には……。これでも、少しずつ学んでるから、少しずつ進歩してると私は信じてる。
料理はーーそれは今もまだ勉強中だけど、彼に心から美味しいと言わせることが出来る料理は、まだ作れたことはない。最近、紅茶の淹れ方が上達して、頭を撫でて褒めてくれたことは記録に新しい。もちろん、それだけで満足できない。私は指揮官から与えられる栄誉がもっと、もっともっと欲しいと、努力を重ねているから。
掃除はーーそれも出来なくは無いレベルだ。今でこそ指揮官と同じ部屋に暮らしているが、私が1人の部屋にいた時はベッドと本棚と机くらいしか無い質素な部屋だった。他の戦術人形の部屋はもっと可愛らしかったり、趣味嗜好が現れてたりするけど、私にはそう言ったものは指揮官を好きになるまでーー。
……とにかく、指揮官の部屋は私よりモノは多いが、頻繁に掃除するレベルでもない。基本的に寝床としてしか私も指揮官も使わない無いから、部屋汚れる条件が揃わない。
つまり、そもそも掃除をする機会が無いのと、部屋が汚れたと思ったら指揮官がすでに掃除をしてしまうから、その機会が訪れない。
他にはーーそう思ったところで、私は一つのことに思い至った……。
「私……」
指揮官に好きだと、愛していると全然伝えることが出来てない。行動に移せてない。
何かを返せてないか、そう思ってすぐに言葉と行動が出てこない時点で、私は察するべきだった。
指揮官はよく私に愛を伝えてくれる。私が心細いと思った時、励ましてくれるとき、私が欲しいと思った時。例えそれが、今のように疲れ切った状態であってもだ。
私が欲しいと思っていても、それがいつも唐突だから、『好きだ』、『君を愛してるよ』と伝えられても、俯きながら、『あ、ありがとうございます…』と、赤く発熱した顔を隠しながら礼を返すだけしか出来てない。
手を握るのも、口付けを交わすのも、何かに誘ってくれる時も指揮官からでーー私は彼から与えられるばかりで、何も、なんにも返せてあげていない。
「私だってーー」
ーーあなたのことを愛しているのに。
その言葉が自分の中で導出された瞬間、私の擬似感情モジュールから様々な演算結果が溢れ出た。
彼の笑った顔が好き。彼が楽しそうに話す姿が好き。彼が私の淹れた紅茶を美味しいと言ってくれる顔が好き。出撃から帰ると私を抱きしめて労ってくれる彼が好き。私を好きだと言ってくれる指揮官が愛おしい。
好き。大好き。愛おしい。愛してる。そう締めくくる文言ばかりが、自分の中から溢れ出てくる。
「私……」
ーーこんなにも指揮官のことが好きで、こんなにも彼のことを愛しているんだ。
私の体を構成する配線から発火してしまったのかのように、体温が急上昇する。でも、その割には自分の中のアラートは鳴らず、感情はドンドンと昂ぶっていくばかり。
わかってる。これは不調などではない。それに、擬似感情モジュールの暴走などでもない。寧ろ、これは答え。
『ST AR-15は指揮官のことがこんなにも大好きで、愛している』
そんな単純で、何よりも大切な答えが、私の中から出て来たのだ。
そんなこと私もよくわかってる。その答えにはだいぶ前に辿り着いていた。
けれど、問題があるのだ。私はこの想いを、この言葉達を、ちゃんと彼に伝えるとこが出来てない。
ーー彼はこんなにも私を想って、私を愛してくれているのに!
ならば、彼が目を覚ましたら、一番にぶつければいい。自分の思いを、擬似感情モジュールから溢れ出て短絡してしまいそうな私の全てを。
でもーー私はもう抑えられない。この体を、内側から真っ黒に焦がしていくような愛欲を、もう秘めることが出来ない。
意識してしまったから。彼が自分を深く愛してくれていることを。気づいてしまったから、擬似で本物とは言えないかもしれないが、私の中にこんなにも愛情が渦巻いてることを理解してしまったから。
私は指揮官のお腹に馬乗りになる。お腹が圧迫されたからか、指揮官は小さく「うぐぅ…」と呻く。
ーーごめんなさい指揮官。今の私は
「指揮官」
自分の顔の位置を彼の顔の位置へと合わせる。
普段は口付けをされる側でじっくりと見ることが無かった彼の顔が、鼻先がくっついてしまいそうな位に自分から近づける。
「あなたを」
あなたの顔に近づくに連れて、私の顔から出火しそうなくらいに熱くなって、あなたと一つなれると思うとこんなにも幸せな気持ちになって、
「愛しています」
唇が重なって私の中の気持ちが、貴方に対する愛情を渡せたことが、こんなにも私に幸福感を与えてくれるなんて、今までの私では知ることも出来なかった。
これは予行演習。彼が起きたら、この言葉を彼へと捧げて、愛を行動で伝えるための練習。
そうしたかったのだけど、私の気持ちを塞いでた抵抗装置は壊れてしまって、
「指揮官……!」
また彼へと口付ける。
止まらない。止まれない。止め方を知らない。知る必要もない。
卑怯だと言うのはわかってる。でも、私は、今まで彼が私にくれた分の愛情を、それ以上を返したい。いま、ここで!
「指揮官…!愛してます…!!」
一度離してまた口付けて、彼の乾燥した唇と繋がる。
彼が起きたらリップクリームを塗ることを進言するべきだろうか?
そんなどうでもいい事を思考回路の片隅に残して、また口付けを捧げる。
足りない。何度しても足りない。何度も何度もしてるのに、また彼と繋がる幸福感を、彼へと愛情を捧げる幸せを味わおうとしてる。私は中毒者だ。彼の愛に飢え、私から彼へと捧げることで快楽を得る中毒者と成り果ててしまって。
彼へと愛を捧げてるうちに、自分だけが愛を捧げることに満足できなくなってしまった。
あなたの愛を私に捧げて欲しい。私に愛の言葉を与えて欲しい。私へ口付けを贈って欲しい!このまま廃れゆく動物みたいに、あなたと一つに交わってしまいたい!
普段から彼にあんなにも愛されているのに、まだ求めるなんて、私はなんて強欲なのだろうか。
でも、そうやって諌める余裕は今の私には存在しない。彼への愛を溢れさせ、彼への愛を求めている私には。
ーー目を覚まして私を愛していると言って欲しい
ーー嫌!はしたない私をあなたには見て欲しくない!
相反する私の思い。矛盾に処理が停滞するコンソール。嫌だと私の演算結果が、これから先の行動を提案する予測部が電流で伝えてくるが、それでも止めるつもりも、止まるつまりも無いくらい、私がよくわかっていた。
この想いを止める、そのための行動の優先度は最下層にあるのだから。
けれど、私は我儘で、何処かで今の私を止めて欲しいとも望んでいる。
「指揮官……!」
私は助けを求めるように、不安定になった音声を発する。
ーー私を愛して(とめて)!
「聞こえてるよSTAR」
聴覚センサーが波形を解析し、答えを導出する。彼だけが呼ぶ、私の呼び方であると。声紋解析の結果、今の音波は一寸の狂いもなく彼の声であると。
私の眼下には、薄っすらと目蓋を持ち上げて、緩く微笑み彼がーー私の愛する人が、そこにはいた。
起きてしまったの?それとも、ずっと起きていたの?そんな素朴な疑問を口にすることはない。今の私は彼からの愛情を待ち望んでいるから。
彼は腕を持ち上げて、私の後頭部に手を添えて軽く撫ぜる。彼から与えられる優しい刺激。包むような愛情。それだけで脱力しそうにる身体をなんとか持ち堪えさせて、何とか体勢を維持する。
彼が唇を開く。
「愛してる、STAR」
その言葉を受けて、また顔の熱が上昇していくのを感じながら、彼から差し出された唇を私は受け入れた。
あぁ、なんて私は幸せなのだろう。どうして今まで知らなかったのだろう。愛の言葉を囀り合って、お互いの愛を行動で示し合うのが、こんなにも幸せだったなんて。
なんで私は今まで知ろうとしなかったのだろうか。こんなにも手軽に、愛を返せる方法を、彼の愛をより強く感じられる方法を。
「あなた……!」
彼の唇が離れて、私は彼を逃さないように頬に手を添える。彼は一瞬だけ、驚いたように目を大きく見開いたが、すぐにまた細めて私を受け入れてくれる。
ーー指揮官も私からの愛を望んでいるんだ。
そう確信するまでに、微かな時間すら要さなかった。
私は彼との距離を再び縮めて、
「愛しています、あなたのことを」
中々面と向かって言えなかったその言葉を彼へと贈ってから、また唇を重ねた。
あの後、一体いつまで愛の言葉を交わしながら口付けを交わしたのか覚えていない。けれど、あの時に、指揮官から伝えられた言葉の一つ一つは、全て記憶領域に留めてある。それと、お互いに顔を赤くしながら愛を囁くのに疲れ果ててしまって、最後にはお互いに身体を寄せ合って、眠りについたことも。後方支援の報告に来たSOPが言うには、2人ともすごく気持ちよさそうに寝てたから起こせなかった、と。
その姿をSOPに見られたのが何とも恥ずかしかったが、それ以上の収穫を得れたから、今は満足だ。
「あなた」
「なんだ、STAR?」
「愛しています」
「ありがとう。オレも愛しているよ」
「ふふっ。ありがとう、あなた」
だって、今の私は彼と愛を交わす幸せを、深く深く理解できて、実行することが出来るようになったから。
『PARA』とはギリシャ後で逆という意味なのです。
なので、『EVOL』を逆から読むと、真のタイトルが見え手来るはずです。
ですが、このタイトルはそれだけでなく、逆という事は戻る、或いは『返す』ともとれるはずです。
つまり、この作品の真のタイトルは――