私は大変に臆病なので、未来のことを考えるのが苦手だった。考えられるのは今日の内のことばかりで、明日のことさえ考えないこともよくある。
生まれたばかりの頃から世界は滅茶苦茶で、食べるものがないから余所から奪ってくるのが当たり前。そんなことを国単位でやってるのだからどうしようもない。
臆病は臆病なりにとにかく今日を生きることを考えて、というかそればかり考えていて、だから家族や友だち、同僚や部下ともそんな話はしないできた。
「ねえ、鉄血との戦いが終わったらどうするの?」
なので、こんなことを聞かれると困ってしまうわけで。思わず手を止めてしまった。
「どうって?」
「私が聞いてるんだけど」
彼女はいつも通りの無表情で聞いてくる。変わらない調子でたまに難しい話を振ってくるのが我が部隊の隊長だったりする。
「やりたいこととか欲しいものとか行きたい場所とかないの?」
ますます難しい質問に眉間にしわが寄る。何もないわけではないはずなのだが、いかんせん考えたことがなくて答えに困る。
「ない、かも」
「人間なのに?」
必死にひねり出した答えには首を傾げられた。
「先のこととか考えたこともなくて」
「ふぅん」
「今日を生きるのが精一杯で」
「全く考えないの?」
「未来に対するビジョンが皆無なほどには」
すっかり手が止まってしまった私と対照的に彼女は淡々と手を動かす。
「君は? どうするの?」
「それ人形に聞くの?」
そう言われてしまえばおしまいだが。
「一応、参考になるかなって」
「ふぅん」
さっきと同じ「ふぅん」だけど少しトーンが違った。面白そうというか、機嫌がよさそうというか。
「今と変わらないかな」
「ずっとG&Kにいたいの?」
「それでもいいけど」
「けど?」
「いつもと変わらないよ。 窓のモニターが明るくなったらスリープモードを解除して、ラジオの天気予報聞きながらメンテナンスして」
話しながら彼女は段ボールに荷物を詰めていく。私はやっと自分の手が止まっていたことに気づいて貼りかけのガムテープを手でおさえた。
「それから指揮官を起こしてさ。朝食遅くなるといつもみたいにSOP2が起こしに来るから」
「あー、飛び乗ってくるから内臓出そうになるんだよね」
「いつか本当に出るよ」
「やだなぁ早く起きないと」
「そう。早く起きてよ」
「善処します」
確かに最近いささか朝寝が過ぎている。反省して改善しよう。私もまだ口から色々出したくはない。
引き出しからファイルに入れられた作戦書が出てきた。これはいつぞやSOP2が鉄血の目玉を嬉しそうに持ち帰ってきたときのものだ。あれは心底驚いたし危うく口から生娘みたいな悲鳴が出るところだった。それなのにSOP2は嬉しそうで。
なので自分の感情が制御できずに苦しむ姿に困惑した。もっとあの猟奇的な喜びに寄り添ってやれれば苦しみを和らげられたのだろうか。
「朝食とったら支度して、戦場に行ったり、救護室に見つけてきたペットを運んだり、談話室で他の人形と話したり、結構忙しいでしょ」
「他の子とも仲良くしてるんだね」
「たまにお茶会してたりするよ」
「へぇ、誰と?」
「M4と」
意外な答えに数度瞬きをした。二人がそういう時間を過ごすようには見えなかったから。
けれど二人とも隊長をしているのだから話は合うのかもしれない。仲間想いなところも似通っている。M4が生真面目なように、彼女もまた真面目なところもある。
それゆえの自責の念があることは覚悟していた。けどなおM4は自分を責めて悔やんだ。もっと彼女と時間を共にする機会を作れていたら慰める術を見いだせたのだろうか。
「そのあと作戦から帰ってきた人形たちと話して、身体の汚れを落として、窓のモニターが深夜になるまえにスリープモードに入る。指揮官はよく飲むのに誘われるよね」
「誘われる。飲めないから断るけど」
「でも断りきれないときはさ、付き合ってあげるよ。酔いつぶれたらちゃんと部屋まで運ぶし」
「頼むよ。酔ってるM16は運び方が雑なんだ」
あの陽気で豪快なエリートは酔うと人をずた袋みたいに担ぐのだ。そのまま尻を触ってくるから余計に困る。なんせ酔っているから抵抗できないし、相手も酔っているから責められない。
だからあんなに悲痛そうな顔を見たときに言葉を失った。もっと飲むのに付き合っていたらかける言葉も見つかったのだろうか。
「そんな今と変わらないような暮らしがしたいかな」
「楽しそうだね」
「今の暮らしは悪くないよ」
「そうかぁ」
話しながら作業をするのにも慣れてきた。着実に段ボールは増える。ガムテープは減る。引き出しの中身も減る。
「それで、指揮官は?」
「うーん……」
両手を段ボールに乗せ少し休憩。少し考える。きっとそんな大層なことではないはずなんだ。
私にとって少し勇気のいることであるだけで。
「朝食はトーストがいいな」
「そっか」
「完璧じゃなくてたまーに焦げてたりするといいかも」
「変なの」
「ガリガリにバター塗ってジャムでごまかして食べるから」
「おいしくなさそう」
「だってVector凝り性だもの。なにも言わないと完璧に焼くでしょ?」
金色の瞳が私をとらえた。お互いに手元を見ながら作業をしていたから久々にVectorと目が合った気がする。
「私が焼くの?」
「そういう話じゃなかった?」
「…………そういう話だった」
「はは、自分からしたくせに」
笑ってからしまったと思い防御体勢をとった。今にガムテープか段ボールがとんでくるに違いない。
しかし飛来物はなかった。おそるおそる腕の隙間からVectorを見る。
「ずいぶん久しぶりに笑ったじゃん。ここ最近ずっとしかめっ面だったよ」
「そんなにかな」
「後ろばっかり見てる顔してた」
ここ最近は確かにそうだった。もっとこうしてたら、もっとこうだったら、そんなことばかりで。後悔したってどうにもならないことを悔やんで悔やんでどうにもならなかった。
「私は焦げたトースト焼くために帰ってきてあげるから」
「焦げたのはたまにでいいんだって」
軽口を返しながら帰ってこない子を思い返した。どこで何をどうしたら救えたんだろうと、ありもしないもしもを考えて結局答えは見つからない。どうしたらよかったかなんてどうせ分からないのだ。
引き出しから最後の書類を取り出した。初めてここに来たときの作戦が書かれたものだ。あの時は確かに勝ち取った未来に希望したんだった。
「これで全部だ」
「案外早く終わったね」
「助かった。ありがとう」
「別に」
いつも通りの無表情に、かわいくないな、なんてことを思う。お礼くらい素直に受け止めたらいいものを。
直に慣れ親しんここともお別れだ。共に過ごした存在に何か言っておくべきだろう。
「これからきつい作戦ばかりになると思うけどさ、よろしく頼むよ」
「うん、いいよ」
今日はS09地区最後の日。