私は大変に臆病なので、   作:たぬき0401

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Thank you my twilight

 私は大変に臆病なので、痛いことは苦手だった。

 そもそも自分が戦闘向きではない。ひ弱だし、力もないし、体つきも貧相だ。だから後方からの指揮にまわってる。

 喧嘩もしないように、目もつけられないように、そうやってきた。その甲斐あって痛い思いはせずに生きてこれた。痛い目には遭ったけれど。

 なので、ちょっと油断してたのは確かである。

 

 思ったより軽い衝撃だった。もっと派手に吹っ飛んだり、倒れたりするもんかと。人形達が立ってられるのはそういう構造なんだろうくらいに思ってたから。

 だから最初はよくわからなくて、なんであんなに離れてるのに胸を殴れるんだろう? くらいの、魔法でも使われたような心地だった。

 ただ相手が私に向けている物と、聞き慣れた激しい音で少し遅れて何が起こったか理解できた。

 撃たれた。それも左側の胸を。

 今日はG&Kの会議で本部に来ていたんだ。特に長時間かかるものでもなかったから、Vectorだけ連れて、終わったら夕食でもっていう予定だった。

 いつぞやしてた今度一緒に出かけるって約束を果たせるから少し、いや大分浮かれてた。

 ここ最近任務をがんばってたことに関してヘリアンさんにほめられもしたし、余計に不注意だったんだ。

 そういうわけで通りで突然誰かに何かを言われたときに反応できなかった。

「自律人形に殺しを行わせる愚か者め!」

 続けて発砲音、それから思ったより軽い衝撃、少し遅れて状況の理解。続けて起こることはすぐ分かったから、彼女に声をかける。

「Vector、人間は殺しちゃダメだ」

 斜め後ろから短く舌打ちが聞こえてから再び発砲音。肩を撃ち抜かれた相手が後ろにひっくり返り、正義感あふれる通行人達が取り押さえにかかった。直に警察も呼ばれるだろう。

 事態は収束した。ほっと一息、吐いたところでやけに苦しかった。そういえばさっき声を発したときも苦しかった。

 吸っても苦しい、吐いても苦しい。胸が熱い、焼けた鉄を押し当てられてるみたいだ。

 立ってられなくなった。口から呻き声が漏れて、そのまま膝をついた。舗装されてる道が膝に固い。

 地面に手をついた。ぽたりと何かが垂れる。不思議に思って胸に手を当ててみると生暖かい液体がべちゃりと付着した。

 あ、これ血だ。途端に燃え上がるように痛みを感じ始めた。

「参ったな」

 独り言と共に咳が一つ出た。吐いた空気と一緒に血液が飛び散った。これはいよいよよろしくない。

「指揮官、仰向けに横になって」

 Vectorの声がいつになく真剣で狼狽えてて、これは本当にマズいんだと認識が追いついてくる。

 もっと早くに気づくべきだったけど、あまりに衝撃的なことがあると脳が追いつかないみたいだ。

 こんなつもりじゃなかったんだ。今日はデートなんだって浮かれてて、カリーナやトンプソンにも散々からかわれて、M16にはホテル予約したかとオススメの場所を教えられて叱ったりして、ROがしっかり留守番するって張り切ってて、スコーピオンはお土産買ってきてねって飛び跳ねてて、スプリングフィールドは忘れ物ないか出発の直前まで心配してて、Vectorだって顔には出してないけれど機嫌がよくて。こんな、はずでは。

 両肩をつかまれて仰向けになると、いつもよりもVectorの顔が悲痛そうに見えた。馬鹿だなぁ自分が痛いわけじゃないのに、なんでそんな顔を。

「すぐ救急車来るよ。テープないからとりあえずこれで」

 左胸に手が当てられてそのまま体重をかけられた。彼女のグローブに赤い液体がつく。

「手がよごれるよ」

「いいから。喋らないで。苦しくなるよ」

 こんなかっこ悪いところ見せたくなかった。

「ねえ」

「黙っててって」

 少し怒ってる? それとも焦ってる? 珍しいこともあるもんだなとよく両の目で見ておく。

 視界の端からじわじわ黒く、見えなくなってきた。なんでだろう、大変によろしくない気がする。

「Vector」

「怒るよ?」

 もう既に怒ってるじゃないか。そんな軽口は叩けない。

 呼びかけたときに彼女の視線が手元から顔に移って、目が合った。なんだかそれだけで満足してしまったんだ。

 どうしよう、痛い。熱い。苦しい。明日はこないかもしれない。

 嫌だなぁ困ったなぁ、やらないといけない書類を残してきて、次の任務ももらってきてて、やりたいこともいくつかあって、約束だってあって。今日の夕食だってあるのに。

「ごめん」

「いいからっ」

 何かを続けて言おうとした次の言葉は聞こえなかった。彼女は人間で言うところの泣きそうな顔で、少し感動するほどに珍しかった。

 ただ、でも、こんなつもりじゃなかったんだ。

 目の前は真っ暗になった。

 

 見知らぬ天井だ。近くからなにやら電子音が聞こえる。

 何度かまばたきすると身体のあちこちからコードが生えているのが見えた。吸盤のようなもので貼り付けられてるんだろう。

 もそもそ辺りを見回すと部屋に知らない人が入ってきた。白衣の男性だ。

「意識が戻られましたか」

 なるほどここは病院か。よかった天国でなくて。

 二日ほどで集中治療室から普通の個室に移された。仰々しいコードは外されて、今は点滴の針だけが刺さっている。

 医師の説明によると、私の左胸に吸い込まれた弾丸は肋骨にぶつかってわずかに心臓を逸れたそうだ。

 弾丸は肺を貫通して胃に穴をあけ、最終的に背骨にぶつかって止まった。幸い、背骨の中にある大事な物は傷つかなかった。

 ただ太い血管を傷つけたそうで、咳をしたときに血が混じったのはそこから肺に血液が注がれたから、という話だった。

 病院に着いてすぐに手術をされて、そこそこの出血量があったけれど輸血もされて、命はつなぎ止めて目が覚めるのを待ってたそうだ。丸三日寝ていたらしい。よく寝た。

 

 病院自体はG&Kの設備のようだ。ということはここは本部から近く、司令部からは遠い。自分の司令部が心配なので連絡が取りたいと伝えると、翌日ヘリアンさんがやってきた。

「無事でよかった。災難だったな」

「いえ、油断してました。今度から防弾ベスト着てきます」

「そうだな、そうしてくれ。貴官の司令部への連絡事項は私から伝えよう」

 それは願ってもない申し出だった。だが連絡事項の前にいくつか確認するべきことがある。

「ありがとうございます。今回の犯人の詳細ってもう分かってるんですか?」

「先日失業したばかりの若者だそうだ。酒を飲んでいて自棄になっていたとの話になっている」

「表向きの話はわかりました。うちではどこまで把握されてますか?」

「まあ、貴官ならそこまで確認するだろうな」

 ヘリアンさんは地図の表示されたタブレットを渡してきた。

「相手はロボット人権団体で、犯人のいた支部は過激派のようだ。拠点の座標は聞き出し済みで、今表示されている場所になる」

 地図にはピンが打たれている。周りを見る限り攻め落とすのは容易な場所で、子どもが作った秘密基地みたいなものだった。

「連中はもしかして団体の後ろ盾を得てないのですか?」

「聡いな。過激派とは名ばかりの単なるチンピラの集まりだそうだ。上層部からはすっかり見捨てられている」

 ということはこちらから手を出しても問題はない。ロボット人権団体もG&Kからすれば得意先の一つなため、下手に手出しはできないと思っていたがこれは好都合だ。

 もしかしたらお咎めなしどころか報酬名目の迷惑料までもらえるかもしれない。

「でしたら殲滅任務をうちの部隊に出してください。この規模なら損害を出さずに制圧できます」

「貴官にしては珍しく好戦的だな」

 少し驚くヘリアンさんに申し訳なさそうに答える。

「その、うちに、RO635っていう人形がいるのですが」

「あぁうん、いたな」

「あの復讐娘が大人しくしてられないと思うので」

 ROは何もないと大人しくていい子なのだが、復讐スイッチもとい正義感スイッチが入ってしまうと途端に走り出すのが心配だ。

「よく懐かれるというのも困りものだな」

「面目ないです。あと、任務を出す際に、人間は殺すな、と条件を」

「わかった。他に伝えることはないか?」

 ちらりとVectorの顔が思い浮かんだ。彼女に何か伝えるべきであることは理解している。けれど何を伝えるべきなのかがわからなくて。

「いえ、特には」

「そうか。一つ貴官に聞きたいことがあるんだが」

「なんでしょうか?」

「この前連れてきていた人形が貴官の誓約相手か?」

「はい。てっきりペルシカさんとカリーナとやってる女子会とやらで聞いているのかと」

「なぜそれの存在を……聞いてはいたが念のために確認をな」

「なるほど。はい彼女がそうです」

 本人がいないところでこういう話をするのもなんだか妙な気分だ。

 しかしなぜ聞くのだろう? 誓約という制度があり、戦力にも影響があることが明らかなため人形と誓約する指揮官は珍しくないのに。

 その理由はすぐ分かった。

「貴官、あの人形にかなり入れ込んでいるな」

 どう答えたものか。そうでないと言えばそれまでだけれど、信頼している上司に嘘はつきたくなかった。

「はい。きっと。おそらく」

「正直に答えてくれて助かる。まだ客観的に見れているな。ただ用心してくれ。入れ込みすぎて問題を起こした指揮官も少なからずいる」

 聞いたことがある。どこかに自律人形と正式に入籍できる制度がある地域があって、時たまそこへ駆け込む人間がいるんだとか。

 初めて聞いたときは、そんな夢物語を、と思ったが、今自分の身に降りかかる可能性を考えると作り話ではないように思える。

 つまりその話を信じて戦術人形と駆け落ちする指揮官だっていないことはないんだ。

「分かっていると思うが彼女はI.O.Pからの借り物だ。だから貴官が手放す時がくれば」

「はい。退任するときが来たら買い取ります」

「……貴官、若いな」

「無謀ですか?」

「彼女は性能がいい。高いぞ」

「退職金全部突っ込んでもいいですよ」

「その後のことはどうするんだ」

「これから考えます」

 やれやれ、とヘリアンさんはため息をついた。何を言っても私が諦めないことを理解していただけたようだ。

「石橋を叩いて渡る貴官らしくない」

「買いかぶりすぎです。今回みたいに油断することもあります」

「それでも数年越しのことなら綿密に考えそうなものだが、まぁ貴官は変わったな」

「失望されますか?」

「いや。人間らしくなったよ。安心した」

 それは、誉められているのかどうなのか。

「そろそろ面会時間も終わりだな。最後にもう一つ聞かせてくれ。貴官は彼女と、いつまで、どこまで向かう気だ」

 どんなことを聞かれるのかと身構えたら、こんな。この人はたまにロマンチストだ。この質問に意味はなく、ただ聞きたかっただけなんだろう。

 こういう可愛げのあるところを見せれば合コンでも成果を出せるはずなのに、もったいない。

 質問への答えは話題の本人がいないから答えられるようなものだった。

「どこまででも」

 

 個室に移って一週間が過ぎた。そろそろ退院だ。いい加減病院食にも飽きたから帰りたい。

 今日はカリーナが来てくれた。司令部での近況等々を聞いている。

「備蓄は十分です。むしろ最近任務がないので多いくらいで」

「よかった。それなら帰ってすぐ仕事に取りかかれるね」

「もーちょっとゆっくりしてもよろしいのでは?」

「いやぁそれこそもう十分だよ」

 聞くところによると、ヘリアンさんから出た反社会的組織制圧作戦は死者を出さずに終わったそうだ。これでうちの面子の気も晴れたろう。

「ところでVectorさんなのですが……すみません今日連れてきてるのに病院までは来てくれなくて」

「うーん、嫌われたかな」

「いえ! そんなことは! 決して!」

「あはは。なんでカリーナが全力で否定するのさ」

 まあでも第三者であるカリーナの目から見てもそうなら心配することは何もない。

 問題はどう声をかけてやるかで。

「じゃあそうだな、音声データ渡すからそれを持って行ってほしい」

「わかりました。滞在は明後日の朝までなので、まだ時間に余裕はあります」

「よかった。さすがに見られてるところで録音するのは恥ずかしいから、ちょっと席を外してもらえる?」

 録音装置を荷物から引っ張り出して手の中でもてあそぶ。入院用道具の中になんとなく入れておいてもらったけど入れててよかった。

「なんか指揮官様変わりましたね」

「そう?」

「前は恥ずかしいなんて言いませんでした」

「そうかも。戻した方がいい?」

「今の方がずっといいですよ。それじゃあちょっと外出ます。しばらくしたら戻ってきますね」

 カリーナの足音が遠ざかるのを確認してから録音装置に対面する。さてなんて入力するか……

 

 Vectorがやってきたのは翌日の昼過ぎだった。面会時間終了まであと一時間程だ。それでも来てくれるだけで安心した。まあ、明らかに不機嫌面だけれど。

「久しぶり」

「うん」

「機嫌悪いね」

「別に」

 またとりつく島もない。とりあえず椅子を勧めて座ってもらった。

「全治三カ月だってさ」

「ふぅん」

「治るまで禁酒禁煙、あと激しい運動も禁止」

「そっか」

「当分大人しくしてるよ。しばらく二週に一度ここに通院する」

「わかった」

「だからその時にデートの仕切り直ししよう?」

 ね? と言いながらへらっと笑って見せた。

 Vectorは少し目を伏せて、手元を見て、ベッドを見て、それから私の胸のあたりを見た。

「あぁ、折角だし見せようか」

「いいよ見たくない」

「見といてよ。明日抜糸しちゃうんだ」

 服をめくり上げるとすぐ素肌が見える。診察や検査のしやすさのためこんな服装になっている。

 左胸にはガーゼがテープで貼り付けられている。それをまた貼り直せるように慎重に剥がした。縫い合わされた切り口が露わになる。

「撃たれた穴はそんなに大きくないんだ。45口径でなかったのが幸いしたね」

「その切り傷は?」

「弾が残っちゃったからそれを取り除くために手術したんだ。あとそこそこ太い血管が傷ついたらしいからそれを塞いだ。多少傷痕は残るけどほとんど消えるってさ」

「……残るんだ」

 先ほどまで傷口に注がれていたVectorの視線が再び下を向く。手を伸ばしてくしゃくしゃ頭を撫でてやった。久しぶりの感触にそわそわする。

「でも生きてるからさ。むしろ箔がついたよ」

「バカ」

「うんごめん」

「謝らなくていい」

 Vectorの腕もこちらに伸びてくる。彼女の指先が傷口の上を恐る恐る撫でた。

「ここが止まったらどうしようって」

 そのまま押し当てられる手のひらは心臓の上。

 本当は、口が裂けても誰にも言えないけれど、あの日必死の形相で私を見下ろすVectorと目が合ったときに、もういいなと思った。

 漠然と、特に理由なんてないけれど。強いて言うならこいつに見つめられて死ぬなら幸せだと感じた。奇跡的な生還なんて起きずに、今日が最期の日になってもいいやなんて思った。

 ただ奇跡は起きてしまって、幸運にもこうして話ができて、まだ続いていく。

「止まらなかったよ。そこに弾は当たらなかった」

「あたしが医療用の人形だったらって思った」

「応急手当てしてくれたじゃないか」

「あんなの」

「あれがあるのとないのじゃ全然違うんだよ」

 当てられている手の上から自分のを添えて少し押し付ける。気にしているのか、彼女の手が少しこわばった。

「痛い?」

「なんともないよ」

「もっと近寄ってもいい?」

「どうぞ」

 Vectorは身を乗り出して私の足の間に手をつくと、そのまま耳を胸に押し当てた。

 久し振りすぎる距離につい心臓が駆け始める。

「音が聞こえる」

「お陰様で動いてるから」

「ちょっと早くない? 人間ってあんまり心臓早く動くと死んじゃうんじゃないの?」

「これくらいなら大丈夫だよ。ちょっと、あまりにも近くて」

「離れる?」

 それはそれで嫌だと思い、頭を抱き寄せた。そんなに聞きたいなら存分に聞いてもらおう。彼女も素直に耳を押し当てていてくれている。

 でもちょっとやりすぎている。また心臓が高鳴る。

「機嫌直った?」

「元から悪くないよ」

「ふーん」

 まあ本人がそう言い張るならそういうことにしといてあげよう。などと考えながら手持ち無沙汰にわしゃわしゃ頭を撫でる。

 それから指を耳の縁へ、頬をなぞって顎へ、そして首筋へ通らせる。

 意味も理由も何もない。強いて言うなら魔が差した。だってこんなに会わなかったのなんて初めてだ。ちょっと我慢がしづらくなっても仕方ない。

 だからつい、病院だというのに、そういう、触り方をしてしまった。こういうのを魔が差したって言うのは正しいはずだ。

 そろそろ心臓への興味から引きはがしたい。これは単純に私のわがままだ。でも今Vectorが欲しいんだ。

 首の下に指を添えて猫と遊んでるみたいにくすぐってみる。こっち向いてほしいな、と念じる。口に出せばいいけどそれはそれで癪で。

 繰り返しくすぐっていると念願叶ってVectorはこちらを見てくれた。それから身体を起こして私と同じ高さに視線を合わせる。つい生唾を飲み込んだ。

「指揮官」

「う、うん」

 私を呼ぶ唇の動きを熱心に追ってしまう。

 次の瞬間、額にコツリと硬い物を軽く叩きつけられた。

「面会時間終わるから」

「うえ」

「スケベ」

「はぁ!?」

「今の今までやらしい顔してたよ」

「くっ」

 言い返したいけどぐうの音も出ない。言い訳なんてない。事実なんだから仕方ない。

「預かった音声メモリ返すよ」

「持って帰っていいのに」

「荷物増えるの嫌だ」

 渋々額にぶつけられたメモリを受け取った。

「帰ってきたらしてほしいことある?」

「お帰りなさいって言ってほしい」

「わかった。みんなにも伝えとくよ」

 そうじゃねぇんだけどなぁ、と言いたい気持ちはぐっと堪えた。他の人形だって私の帰りを待ってるんだ。ちゃんと指揮官しないといけない。

「じゃあまた」

「うん。今日はありがとう」

 手を振って見送って、ドアが閉じられる最後の瞬間まで名残惜しく見つめる。遠ざかる足音に途端に寂しさを感じて、ついさっきまで彼女が持っていた音声メモリを見る。

 昨日、考えに考えて入力した下手くそなメッセージを再生した。

 十五秒の沈黙後軽く息を吸う音が入った。

『会いたい』

 入力されたのはたったこれだけ。十五秒躊躇って、軽く勇気を振り絞って四文字。我ながら進歩がない。

 ふともう一つファイルがあることに気づいた。入力されたのは同じく昨日だ。入力ミスが残ったのかもしれないから確認しよう。

 しかし音声は私の物でなく、

『あたしも』

 と再生されて止まった。

 一気に心臓が動き始めた。

 あいつ、やりやがった。自分は何でもありませんって顔して、こんな、ずるいにも程がある。

 そうかあの顔は不機嫌ではなくて照れたのか。分かりづらい、区別しづらい。

 いっそ自分で抜糸して今から走って追いかけて一緒に帰りたいけど、そんなことしたらまた心配させるから我慢するんだ。

「はぁ……帰りたい」

 残り数日、このメモリを何度再生するんだろう?

 とにかく恋しくてたまらない。

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