私は大変に臆病なので、   作:たぬき0401

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星に願いを

 私は大変に臆病なので、驚かされることが苦手だった。

 別に前向きに、喜べる驚きならいいんだ。足元から崩れ落ちるような取り返しのつかない驚きがどうも苦手で。

 得意な人なんていないだろうとわかっていても、私にはどうしてもそれを一人で解決する気を保てない。だから苦手だ。

 

 久々のペルシカさんへの定例連絡だ。入院中は通信が飛ばせなかったから、こんなに間ができてしまった。

「久しぶりだね指揮官くん。死にかけたらしいじゃない」

「お久しぶりですペルシカさん。なんとか戻ってきましたよ」

 久方ぶりのペルシカさんはいつも通り不健康な顔で、いつもの白衣を肩からかけて、いつもの裸足だった。寒くないんだろうか?

「ROから聞いてるよ。無事に復讐も済ませたんだってね」

「そうしないとROが勝手に突っ走りそうで」

「ふーん、よく心得てるね。殺させはしなかったみたいだけど」

「指揮官不在で戦術人形が殺しなんてしたらそれこそロボット人権団体から非難されますよ。それに人間は案外死ににくいですから、殺そうとするとリソースの無駄遣いにもなりますし」

「なるほど。考えたね。まあ任務として与えれば彼女らも受け入れるから確実な方法だよ」

 ペルシカさんは座っている回転椅子をくるくる左右に回しながら、実に面白そうに私の話を聞く。

 彼女は人生においてもこの業界においても私にとっては先輩であり、色々考えることを好むという点で気が合う。

 私はペルシカさんを信頼しているし尊敬もしている。だから私を信じてAR小隊を任せてくれることを誇りに思っているし、その期待に応えたいとも思っている。

 なので、内容はどうであれ彼女との問答は嫌いではない。

「指揮官くん、今の環境は心地よい?」

「はい。とても」

「それはよかった」

 迷わずに答えるとペルシカさんは満足気に意地悪く微笑んだ。

 嫌な予感がする。何か言われるにちがいないから身構えよう。

「そうなるようなメンタル設定だからね」

「……は?」

 てっきりからかわれると思ったんだ。だから今の言葉は想定外で、間の抜けた声が出てしまった。

 どういう意味だ、それは。

「指揮官くんはさ、君のとこのスコーピオンにどうタグ付けされてるか知ってる?」

「い、いいえ」

「彼女は君を『親』とタグ付けしている。配属初日からだね。指揮官くんは彼女が着任するときなんて言った?」

「うちの子になるかって……」

「そうだね。記録に残ってる。だから彼女は君を『親』と定義したんだよ。君がそう望んだから」

 私はそうしとくれと望んだり命令したりはしていない。ただ戦術人形が私をよく見ていることは理解している。

 でもそれを認めたくない。だってそれは、

「おっしゃることがわかりません」

「本当に? ちなみにスプリングフィールドは『保護対象』としてタグ付けしてるよ。心当たりあるでしょ」

「……風邪をひいたときに元保護者と呼び間違えました」

 私の答えにペルシカさんはのけぞって大笑いした。通信越しに椅子の軋む音がした。

「はは、そうなんだ。君もなかなかかわいいことするね。それが彼女の母性を刺激したのか。そうかそうか」

「そこまで笑う必要ないじゃないですか」

「いやぁごめん。つい。それで」

 やめてほしい。それでの次に追い詰められることはわかっている。

「戦術人形は指揮官の言動から望まれている関係を構築するようになっているんだ。君がわかっている

ようにね」

「わかりません」

「嘘はだめだよ」

 叱られた子どもみたいに目をそらすことしかできない。けれどこの話を受け入れたくない。

 窮鼠よろしく噛みついた。

「ペルシカさんこそ、冗談はよしてください」

「私がそういう風に設定したんだから。でも例外はある。M4A1だよ」

「M4が?」

「あの子は君に自ら関係性を示してきた。そうでしょう?」

 その通りだった。彼女は私に対して『家族』という関係性を感じていると言ってきた。ただ彼女一人だけが私に関係性を示した。

「つまりVectorと君の関係は君が望んだからそうなっている。それは心地いいよ、拒絶されない恋心は最高だ」

「ペルシカさん、何か私に腹を立ててますか?」

「別に?」

「じゃあなんでこんな意地悪言うんですか」

「これでも心配してるんだよ」

「ヘリアンさんにも心配されました」

「そうだろうね。人間でこの件を楽観視してるのは君の親友くらいだよ」

 君との距離感と年齢のせいだろうね、とペルシカさんは続けた。

 カリーナが手放しに楽しんでいるのは他に娯楽がないからだということには触れないでおく。今回それは関係ないし、私にも脇道にそれる余裕がない。

「これは仕組んだ必然だから奇跡だなんて思い上がらないでおいて。ちなみにこのメカニズムは他の指揮官に秘密にしてるから内密にね」

「どうしてそれを私に教えるんです」

「君にはAR小隊を任せてある。道半ばで離脱されたら困るんだよ。自分が重要なピースであることを自覚してほしい」

「ただの駒扱いじゃないですか」

「それが兵士だよ。まあ本来こういうことは君の上司から言うべきなのだけど、あの人は君に甘いから」

 心配されているというよりは釘を刺されている。

 AR小隊の重要性は理解しているし、彼女らが特別なことも知っている。M4が私に関係性を示している以上、私が彼女らを扱うのが最適なことも受け入れている。

 だからといって、仕組まれた必然を突きつけられると足元から崩れ落ちそうだ。

「それで、ここからが本題なんだけど」

「今のじゃないんですか」

「今のはただの雑談だよ。君には大分堪えたみたいだけど」

「それ明日じゃダメですか?」

「今日聞きたいから諦めて」

 諦めて問答に応じるしかない。水を飲んで椅子に座り直して眉間に皺を寄せたまま答える。

「どうぞ。お願いします」

「Vectorにバグが発生してる。発生直前のログにあったのは、内容はロックされてるけれど君からの入力だ。心当たりがないとは言わせないよ」

「彼女への入力は誰よりも多いので心当たりしかありません。バグの詳細は何ですか?」

「VectorにVectorという戦術人形としてではなく一つの生命体としての認識が芽生えてる」

 かなりクリティカルな心当たりがあった。

「彼女を個として認識していると伝えました」

「……そうか。そんなことだろうと思ってたけど、やってくれたね」

「危険ですか?」

「大いにね。知的生命体が個体としての認識に目覚めたら次にするのは権利の主張だよ。彼女が生命体として権利の主張でも始めたら、それこそロボット人権団体の思う壺だよ」

 この認識がバグで、もしも特定の条件を踏むことでうちのVectorだけでなく他の個体、または他の戦術人形でも同様のことが発生するのなら、もしかしたら権利の主張を始めることもあるかもしれない。そういったことは想定できる。

「指揮官くんさぁ、Vectorのこと人間として扱ってない? 君は彼女にも銃撃してきた相手を殺さないように言ったでしょ。それってさっきとは違う理由だったりしない?」

 答えられない。答えたくない。否定したいのにできない。

 あの日、Vectorが後ろで銃を構える気配がしたとき、頭に浮かんだ考えは「彼女に人を殺させたくない」というひどく利己的な想いだった。それを馬鹿正直に答えることなんてできなかった。

 ペルシカさんは私の沈黙を肯定だと受け取ったようだ。その通りだから何も言い返せない。

「わきまえなさい指揮官。Vectorは戦術人形で、I.O.Pからの借り物だよ。君が個人的に彼女を気に入るのは勝手だけど、のぼせ上がって好き勝手余計なことをするのはよして、お人形遊びの範囲内にしなさい」

「わかりたくありません」

「これは叱っているわけでも怒っているわけでもなく、科学者としての警告だから。彼女が抱えてるバグがI.O.Pに知られたらもう一緒にはいられない。そんなことになったら君は生きていけないでしょ」

「黙っておいてやるからバグを取れってことですか」

「自分のやったことは自分で責任取らないとね」

 

 足を引きずるようにして自室へ帰るとVectorがベッドに腰掛けて本を読んでいるところだった。

「おかえり。顔色悪いね」

 こうやって声をかけてくれる理由はなんなのか。私が望んでいるからなのか。彼女がそうしたいと思っているからなのか。さっきの今で頭は痛いし気分は最悪だった。

 私が何も言えずに立ち尽くしていると、Vectorはいつもの無表情で首を傾げた。

「何かあった?」

「戦術人形って、指揮官の言動から望まれている関係性を推測してそれに当てはめたりする?」

「するよ」

 あっさり肯定された。否定してほしかったのにこうもあっさりと。

「Vector、今バグが発生してたりしない?」

「してる」

 こっちもだった。彼女らしいと言えばそれまでだけど、ペルシカさんに言われたことが全て本当だったことがただただショックで。

「私のせいだ」

「確かに原因は指揮官の入力だけど」

「個として認識してるって、言ったから」

「うんまあ、原因はその入力」

「ごめん。私が君を壊した」

 Vectorは溜め息をつくと私をベッドに座らせ、ペットボトルの飲用水を投げてよこした。

「何言われたか知らないけどさ、落ち着きなよ」

「だって」

「指揮官頭悪いんだから一人で考えても無駄」

 悔しいけどごもっともなのでとりあえず水を飲む。ちょっと落ち着く、ような気がする。

「関係性の話だけど、戦術人形は人工知能で制御されてるから入力がないと出力できない。だから、指揮官からの入力がなければ関係性の定義もできない」

「それはわかる」

「だからその指揮官に合わせた設定になる。加虐的な指揮官のところの戦術人形は被虐的になったりするし、被虐的な指揮官のところの戦術人形は加虐的になったりする。それはそこの指揮官を快適に過ごさせるためのもの」

「人間の都合で変えられるってこと?」

「そう言われるとそうだけど、人間的な言い方をすると職場に適応してるってことだよ。人間の方が適応能力が低いから、あたしたちが合わせてあげてるってイメージ」

 定義一つで変えられるのならそれほど最高な適応能力もない。だから人間よりも戦術人形の方がうんと適応能力が高く、彼女らが合わせてくれる方が理にかなっている。

 でも私が気にしているのは全体的な話ではなくてもっと個人的な話であって。

「じゃあ私とVectorの関係性は」

「その前にバグの話なんだけどさ」

「う、うん」

「あたしが抱えてるバグは一つじゃないよ」

「えっ」

「でも全て自分で受け入れてる。大体バグの自己修復ができないわけないでしょ」

 言われてみればそうだ。しかし受け入れるとは、バグに善し悪しがあるんだろうか?

「受け入れるってどういうこと」

「多分あたしが抱えてるバグは人間も持ってる」

「人間にバグ?」

「例えば、家出したお姫さまが見ず知らずの男と一日過ごしたり、敵対する家同士なのに惹かれ合ったり、理性で判断すればそんな選択しないものを選ぶことはバグだよ」

 それは映画や小説でよく語られるもの。多くの人間が時代を問わずそれに捕らわれて悩み、苦しみ、笑い、時には死んだり、悲劇になったり、喜劇にもなる。

「Vectorそれはバグではなくて」

「知ってる。でもその名前は人間がバグだと認めたくなくてつけたものでしょ? あたしは抱えてるバグは全てそれに集約されるって分析してる」

「どうして? 私はそんな大それた入力をしてない」

「入力した側はそう思っても、出力するまでの演算で大きくなるよ。前にピノキオの話をしたとき」

 辛うじて思い出せる。目を閉じてその頃の記憶を引っ張り出した。

 

 それはVectorがやってきてまだそう長くたっていないとき。今からは半年近く前。

 まだS09地区でなんてことない事務仕事をしながらなんてことない会話をしていた。

「最近他の人形とはうまくやってる?」

「別にいつも通りだよ」

「そのいつも通りが聞きたいのだけれど……」

 Vectorはまだ今よりも距離があって、会話を成立させるのにも一苦労。そういう状態が続いたから気がかりで副官にしていた。

「喧嘩してない?」

「してない」

「仲良くは?」

「してない」

「えっと、直近で何の話した? 挨拶と仕事以外で」

 彼女は手を止めてしばらく考え込んだ。そんなことをしないと思い出せないことなのか、と逆に不安になる。

 当時の私は今と違った意味でVectorに何がしてやれるのか考えるのに必死だった。

「感情があることについて」

「え……哲学的」

「人形に感情があるなんて無意味だって話したら、生きていると感じるって言われた」

「なるほどなぁ、面白いこと言うね」

「製品に生きてることなんて必要ないのに」

 私は少し考えて、あることを思い出して話し始めた。

「ピノキオって人形の話知ってる?」

「知らない」

「人形師の老人が自分の作ったあやつり人形のピノキオを、自分の子どもになりますように、って願う話」

「なにそれ? おとぎ話?」

「そうだよ。紆余曲折あってその願いは叶えられて、ピノキオは本当の人間になるってやつなんだ」

「よくある話ね。それがどうかしたの?」

「君たちの製作者も人間になるようにって願ったのでは?」

 Vectorの顔が不快そうに曇った。今こそ、はいはいいつもの、と思えるけれどあの時はそれだけでもひやひやしてて。

「人間になんてなれやしないのに意味がないにも程がある」

「あくまでも比喩だよ。でも人間ってのは単純だから、自分と近しい存在には共感して大切にしやすくなると思う」

「それに何の関係があるの」

「製作者が君たちを人間に近づけて、自分の手元から離れても大切に扱われるようにって願ったのかなっていうのが、私の考え」

「ふぅん」

 心底興味なさそうな声だった。受け答えに失敗してやいないか緊張して喉が渇いてたことを覚えている。

「指揮官は共感したら大切に扱うつもり?」

「そうかも。でもそれより何より、製作者が君が遠く離れても生きていけるように願ったことを尊重したいかな。その想いは受けとめないと」

「どうして?」

 思い出の中で私は思い出す。

 自分の元保護者が私が世界の底辺から抜け出して生きていけるように己を犠牲にしたこと。その結果得られた金で私は勉強ができたこと。だから今ここにいられること。

 誰かの願いで拓かれた道なのだから、私にも願いを背負ってここに来た存在を受け入れる義務がある。

「私もそう願われたからね」

 それから私は続けた。

「それって多分、愛って呼ぶんだよ」

 

 「あぁうん、思い出した。結構前だね」

「あの時に演算結果が狂ったの」

「それを、修正しなかったんだ」

 Vectorは頷いた。

「最初、指揮官のタグはただの上司だった。でもその話をしたあとに定義の変更をしようとして、適切な名称が見つからなかった。だからしばらくタグを空白にして、空いた時間で次の関係性を演算し続けた」

「ずーっと私のこと考えてたってことか」

「そうなる。でも結果答えが出なくて、仕方ないからあらゆる演算に指揮官の要素を入れて行うことにしたんだ。指揮官の言い方を借りると、考える時間を増やした」

 その話はまさにそれで、私が聞いてていいのか気恥ずかしくなる。

「今の状態は?」

「仮のタグを作って未だに演算を続けてるよ。多分あたしすごく電力効率悪いね」

「……ってことは、今の関係性って」

「演算の結果を出すためにはもっと情報がほしい。それなら誰よりも近く長く指揮官と過ごせばいいってことになるからさ、この関係性はあたしが望んだものだよ」

 多分、きっと、絶対、かなりとんでもないことを聞いてしまっている。さっきから首のまわりが熱いから顔が赤くなってるはずだし、Vectorもそれが見えてるはずだ。

「指揮官赤いよ」

 ほら見たことか。

「だってVector、それ一世一代の告白だ」

「それならちゃんと言おうか」

 耳を覆いたいほど恥ずかしい。けど聞かないのももったいない。

「あたしはこのバグを恋って定義したよ」

 

 「だそうです」

「翌日に緊急報告だっていうから聞いてみたけど、へーふーんほーなるほどねぇ」

「なので、私のタグに関わる情報が更新されるとバグが再発生して積み重なるようです。ただ彼女自身で制御していて、個としての認識もタグ以外の用途には使われないようロックがかかってます」

「器用なことするね。バグったまま抱え落ちしてないなんてまぁ、恐ろしい」

「その分電力効率が犠牲になってます。まだ深刻な影響には程遠いですが」

「いいよそんなのどうでも。いいなぁー指揮官くんその子を私に譲ってよ。解析したい」

「ダメです。モニタリングする許可だけとったので我慢してください」

「釣れないなぁ……」

「それで、今私のタグがどうなってるのかわかりますか?」

「それ聞いちゃっていいの?」

「本人から見てこいって言われたので」

「指揮官くんの個人名だね」

「…………それ、一度しか伝えた覚えがないです」

「つまり彼女も君のことを指揮官という役職ではなく個人で認識してるんだね」

「うわ、うわ、うわぁ」

「やっぱり指揮官くんは最高だね! 重要なピースに他ならぬ君を選んでよかった」

 映像の中でひっくり返りそうになりながら科学者が笑う。私は頭を抱えてうずくまっていた。

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