私は大変に臆病なので、   作:たぬき0401

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悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で

 あたしは大変に後ろ向きなので、集団に所属することが苦手だった。

 集団に所属すると和を乱さないように慣れ合わなければならない。そんなことに意味を見いだせなかった。

 別にお互いに関わることなく、機械なのだから歯車のように役割を全うすればそれでいいのに。それでよかったはずなのに。

 

 ここ最近は特に大きな作戦もなく、周辺のパトロールや救難信号の受け入れをしている。特に大きな消耗もないけれど大きな収穫もなく、安定して退屈な日々が続く。

「指揮官、何か欲しいものある?」

「うん?」

 今のは返事というよりは疑問。何を聞いているのかの確認と、何の意図があるのかの確認。

「質問に質問で返さないでほしいんだけど」

「まだ何も聞いてないじゃない」

「聞こうとしてた」

「そりゃ、ね」

 指揮官はそれから備品リストをパラパラめくった。早速意図が伝わってない。

「この前毛布を一枚廃棄したから、強いて言うならそれかな」

「そうじゃなくて、指揮官個人が欲しいもの」

「うん?」

 ほらまた。

「だから質問に質問で返さないでって」

「いやぁ、ごめん、つい。考えたこともなくて」

「人間には欲しいものの一つくらいあるんじゃないの?」

「必要な物が支給品で揃うから、特に欲しいものが思い当たらない。何かくれようとした?」

「別に」

「そっか」

 指揮官はそれから少し考えた。考え事をするときに視線を天井に向けるからわかりやすい。

「他の人形に聞いてみたら?」

「自分のことなのに」

「案外誰かにはぽろっと言ったのに忘れてることってあるよ」

 それは、確かに指揮官らしい。あたしは頷いて納得したことを示した。

 

 ケース1: M16A1

「指揮官が欲しいもの? ジャックダニエル」

「それはあんたが欲しいものでしょ」

 ケース2: スコーピオン

「新しいチェスの駒。この前指揮官が踏んで壊したから」

「あれほど床に放置したらいけないって言ったのに」

「違うよ、私が置いちゃったの」

 ケース3: シカゴ・タイプライター

「そりゃお前さんだろ」

「いや、そうじゃなくてさ」

「もう持ってるもんな」

「そうでもなくて」

 ケース4: スプリングフィールド

「それで方々聞いて回ったけど有力な答えが見つからなかった、と」

 あちこち歩き回って疲れた。身体ではなく精神的に。実際メンタルのパラメータが悪くなっている。

「頼りにならない」

 スプリングフィールドが趣味でやっているカフェには割とよく来ている。普段は壁際の席に一人で座っているけれど、今日はカウンターに座った。愚痴の一つでも言いたい気分。

「スプリングフィールドは何か心当たりある? 指揮官はよくここに来てるから」

「そうですね。よく来て、ちょうどVectorさんの座ってる席にいますわ」

「ふぅん、ここ指定席なんだ」

 知ってたけど。

 指揮官はいつもカフェにやってきてはこの一番テーブル席に近いカウンターに座る。多分より他の人形と話せて、なおかつ注文に手を取らせない配置だとか考えてるんだろう。

 それに、指揮官はどういうわけだかスプリングフィールドに妙に懐いてる。悔しいとかそういうのはない。あたしには与えられない感情だと結論づけてるから。本当だって。

「どうして欲しいものを知りたがっているのか聞いても?」

「……誓約の指輪、ただもらっただけで。何も返してないから」

「人間で言うところの婚約指輪らしいですからそんなものなのかと思いますけど?」

「わかってる」

 そういうものだと定義できているのにもらいっぱなしが許せない。貸し借りをなくしたいというよりも、プライベートでは指揮官と対等でいたい。

「意味のないことを嫌がるVectorさんらしくないですね」

「そうかな。そうかも」

「でもいい傾向です」

「変わってしまうのはいいこと?」

 感情指数がマイナス方向へ不安定になる。今までの自分ではいられなくなって、価値がなくなるんじゃないか。

 ただでさえ自分に価値は感じられない。唯一自分で認められる価値は変わらずに仕事をこなせることだけ。人形らしく淡々と。それ以外あたしに何もない。

「いい変わり方と悪い変わり方がありますけれど、あなたの変わり方はいい方だと認識してます」

「どうして?」

「自分のあり方に興味を持ち始めていませんか?」

「自分が何者なのかについてよく演算するようにはなった」

「それは結果として更なる向上を促すものです。自発的に他のVectorという個体よりも有能になろうとすることはいいことですよ」

 自信をもってください、とスプリングフィールドは続けて、コーヒーを出してきた。

 カップの黒い中身はほわほわ湯気を立てている。温度センサを見ても出来たてだとわかる温度だった。

「頼んでないけど」

「これからお話するのに何もなくても味気ないですから。お茶うけのクッキーもどうぞ」

 今度は皿にチョコチップクッキーが乗せられて出てきた。

 つまり、彼女は指揮官の欲しいものについて心当たりがあるってこと。

「指揮官、何がほしいんだろう」

「本当に欲しいものはないと思いますよ。ですから贈りたいものを選びましょう」

「あたしが選んでいいんだ……」

「何を贈れば喜ぶかを考えることも、ものを贈る醍醐味ですから」

 時折スプリングフィールドは人間みたいなことを言う。経験というか落ち着きというか、あたしにはないものばかりだ。

 それゆえに彼女は信頼されている。だから彼女が趣味でカフェをやろうとしても誰も止めないし、そこに人形も人間も集まる。

 だから指揮官も彼女に懐く。

 もう少し頼ってもいいかなと検討することさえあるほどに、彼女は大人だ。

「頼みたいのだけれど」

「なんでしょう?」

「贈り物について考えたいから、結論がでるまで付き合ってほしい」

 珍しく他人に頼っている。相手の反応が気になってつい顔を凝視してしまった。

「喜んで」

 穏やかにそう言われてほっと胸をなでおろした。

 

---

 

 ポケットの中に手を突っ込んで中身を触る。金属の丸みが心地よくてついつい口元がゆるゆるになる。これだけで無限に機嫌がよくなりそうな気がする。

 我ながら私は単純な奴だと思う。というより、どんどん単純になってきているような。思考がシンプルなのはいいけどなりすぎるのはよくないと思う。

「いらっしゃいませ」

「こんにちは。今日も繁盛してるね」

 いつも通りカフェのカウンターの端に座った。

「それから協力してくれてありがとう」

 ポケットから懐中時計を出してカウンターに置いた。これはVectorがスプリングフィールドと街で選んできてくれたものだ。

「とっても気に入ってる」

「そのようですね。最近指揮官がよくにやけてると聞いてますから」

「参ったな」

 さすがに指摘されると気になる。ぺたぺた顔を触ってみて確かめる。今はにやけてないはず。

「コーヒーもらえるかな」

「どうぞ」

 出てきたブラックコーヒーに、粒が残るほどにどばどば砂糖を入れる。毎回こういう飲み方をしてるのだけど、その度スプリングフィールドには苦笑いされる。

「その飲み方はどうかと」

「昔のえらい人が、コーヒーにはこうやって砂糖を山ほど入れて、スプーンで砂糖をすくうもんだって言ってたらしくて」

「Vectorさんから聞いたのですが、それはエスプレッソです。これはアメリカコーヒー」

「……違うのか」

「苦いのが好みでないならミルクもありますので」

「今度からそうしよう」

 ずずっとすするコーヒーはえらく甘かった。ここまで甘くなくともよい。

「どうしてVectorさんに他の人形に話を聞くようにさせたのですか? あの子はそういったことを好かないでしょうに」

「うん、まあ、ほら、もっと新たな自分を見つけてほしくて」

 ちらりと店内に目をやる。今日もVectorは来ているけれど、席はいつも通りの壁際だ。ひいき目抜きにコーヒーを飲んでる横顔はきれいだけど、可能なら周りと関わりをもって欲しいと思ってしまう。

 目の前に視線を戻すとスプリングフィールドは意味ありげに微笑んでいた。

「いいのですか? 指揮官の知らないVectorさんが増えますよ」

「なにそれは」

「先日買い物に行ったときに、自分の知らない指揮官がいるのが気になると言われまして」

「……めんどくさい奴」

「受け入れているそうなので許してあげてください」

 思った以上にVectorはスプリングフィールドと話したようだ。計画より少しうまくいった。本当は少し話して、次のきっかけにつなげてくれればよかったんだ。

「色々話した?」

「はい。指揮官に家族と呼び間違えされたことも話しました」

「それは話さないでよかった」

 どんなことをしていたのか気になって、もう少し踏み込んでみた。

「他はなんて?」

 するとスプリングフィールドは視線をずらした。思わずそれを追うと、終点にはVectorが。

 彼女もこちらを振り返っている。

 軽く笑って見せると、なんと彼女は私を無視して立てた人差し指を唇に当てる仕草をした。

「残念、秘密だそうです」

「え」

 なんてこった。そこまで親密に話してたのか。

「懐かれたみたいです」

「ずるい。何したの」

 大人気なく抗議の視線を向けるとスプリングフィールドもまたVectorと同じ仕草をした。

「秘密です」

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