私は大変に臆病なので、変わることが苦手だった。
変わらずにいればいい。昨日と変わらない今日が来て同じ明日が来るように、何も変わらないことが一番平和で穏やかだ。
そのはずだった。そのはずだったんだよ。
珍しく夜更かしをしている。今日は第一部隊が夜間作戦に出ていたため、その帰りを待っているんだ。作戦は無事に終了したけど、帰ってくるまで一時間半はかかる。
今回はなかなかうまくいったな、と満足しながら椅子にのけぞると金属がぎしぎしきしむ音が聞こえた。それと同時に廊下の方から足音も。行儀が悪いため座り直し、誰かのノックを待つ。
ほどなくしてドアが数度叩かれた。
「どうぞ」
「失礼します」
顔を出したのはRO635だった。
「まだ起きてたんだ。今日は夜更かしだね」
「指揮官にお聞きしたいことがありまして」
ちらりと懐中時計を確認する。あと一時間なら話せそうだ。
「いいよ、椅子持っておいで。お茶出すから」
「いえ、お気遣いなく」
「いいからいいから」
どうしてもROには甘くしてしまう。なんとなく彼女には優しくしたいしかわいがりたいと感じている。多分M4の言ったことが原因だ。
「それで、聞きたいことって?」
電気ケトルからポットにお湯を注ぎながら聞いてみる。ほんの少し置けばお茶が飲める。
「指揮官はAR小隊についてどうお考えなのか、と」
つい手が止まってしまった。随分と難しいことを聞く。
「どうってのは、好意的に見てるかとか評価してるかとかそういうこと?」
「はい」
ポットからマグカップへお茶をいれながらしばし考える。もちろん好意的に見ているし評価しているのだけれど、きっと聞きたいのはそのことではない。
会話をしながら真意を探ってみよう。
「もちろん好意的に見ているし、評価もしているよ。ROが最近いい成績を出してくれてるのも助かってる」
「恐縮です」
「M16、SOP2、もちろんM4にも感謝してる。私自身の評価は君や彼女たちのおかげでもあるから」
実際、私が評価されているのはAR小隊を任されているからのようなものだ。他の作戦における成績はもっと優れてる指揮官がたくさんいる。
「AR-15は」
「もちろん。彼女には格別に感謝してるよ」
そう答えながらじっと見据えてみるとROはばつが悪そうに目をそらした。うん当たりだ。
「ROは、AR小隊というよりAR-15のことが聞きたいんだね」
「ごめんなさい。聞いていいのかわからなくて」
「別にいいのに」
「指揮官は、AR-15のことがあってから眠れなくなったとお聞きしました」
「たまたま時期が被ってただけだよ」
人形に気を遣われるようではまだまだだ。
私は前々からROに見せようと思ってた4冊のスクラップブックをデスクから引っ張り出した。
「なんですかこれ?」
「私なりにまとめたAR小隊の研究ノートだよ。作り出したのS09地区を出るちょっと前だけどね」
最初に手渡したのはSOP2について書いたノートだ。ROはそれをそっと受け取り中身を確認して、首を傾げて私を見た。
「鉄血のパーツリストなのですが」
「うん。SOP2が集めてきたやつ」
ROはそれを聞くと少し嫌そうにノートを自身から離して、それでもページをめくった。
しかしそれなりにグロテスクなページの連続にさすがに参ったのか、渋い顔をしながらノートを閉じた。
「ごめんね。私も作るときはそれなりに気が滅入った」
「いえ……結構丁寧にまとめられてますね。写真と、大きさと、何のパーツだったかと」
「実物は処分せざるを得ないものもいくつかあるけど、書面に記録する分は許されるからさ」
「こちらのノートは?」
「こっちはM16の。行きつけのバーと行ったときに頼んだメニューの記録だよ」
今度のノートは先ほどよりは読みやすいはずだ。
ROはページをめくりながらため息をついた。
「M16、毎回かなり飲んでますね」
「ROも知ってると思うけど、すごいよ」
「指揮官何か困ったことありませんか?」
「あいつ酔うと私の尻を触ってくる」
「指揮官もですか」
「ROもか」
こんな近くに共通の被害者がいたなんて。
「今度抗議しよう、強く」
「しましょう。こっちはM4のですか?」
「うん。中身はM4が読んでた本のこと」
「拝見します」
ROはページをめくりながらふと顔を上げた。
「どうしてこのようなものを作られたのですか?」
「君たちはさ、バックアップを残さないじゃない?」
「はい」
AR小隊は機密の都合上バックアップを作らない。つまり彼女たちは致命的に破損すればもうそれまでだ。
「なので私が代わりに記録とっておこうと思ってさ」
「AR-15のもあるのですか?」
「写真が、一枚だけ。スクラップブックは帰ってきたら作るよ」
「彼女が帰ってくると信じてるんですね」
「家族だから」
ROがそれを聞いて首を傾げる。そうだ彼女は知らないんだった。
「M4が私は家族だって言ったんだよ。でも私は家族ってのがいまいちわからなくてさ」
「指揮官、確かもうご家族はいらっしゃらないのでしたね」
「うん。でも私の家族はいつでも帰るとおかえりって言ってくれたから。少なくとも君たちの帰る場所にはなろうと思ってて」
「だから信じて待っててくださるんですね」
照れくさくなってきてお茶を口に含みながら頷いた。
私はすっかり変わってしまったのだ。M4に家族と言われて変わってしまった。
現状維持でずっとS09地区にいてよかったのにM4達を追って異動願いを出したり、彼女たちを救出するために無茶な作戦を決行したり。今までの私だったらそんなことはしなかった。
M4は特別だった。人間を変えてしまうのだから。
「AR-15がいなくなったとき、探しに行こうとしてスプリングフィールドにめちゃくちゃ怒られたんだ」
「あの人怒るんですか」
「大変に怖かった。人間が行っても無駄だって叱られた。でも結局あのビルは立ち入り禁止になって、後から捜索にも行けてない」
本当は探したくてたまらない。でも彼女が死んだことを明らかにするものが見つかってしまうのも恐ろしい。
何も見つからないから盲目的に信じているのかもしれない。わからないことはある種の救いだ。
「AR-15はどんな人形でした?」
「強い子だ。努力家で、誰よりも仲間想いで、誠実で、貪欲で。かっこいいし素敵だよ。あと美人」
「指揮官結構面食いですね」
「あはは、そうかも。でも面食いの私から見てもつい振り返るくらいの美人だよ」
「会ってみたいです」
「会って直接色々聞いてみな。教えてくれるよ」
AR-15は面倒見もいいから後輩が来たらなんでも教えるだろう。それで誰よりもROに甘くするだろう。あれで結構SOP2にも甘いのだから。
そろそろいい時間だ。最後に一つだけ秘密を教えてあげよう。
「最初はさ、AR-15と誓約しようと思ってたんだ」
えっと小さく声を発してROはドアの方を見た。誰も来ていないし足音も聞こえない。
「もしかしなくても重要機密ですね」
「そうだよ。Vectorには絶対言わないでね」
「そんなに親しかったのですか?」
「少し、ひどい話だから幻滅されるかもしれないのだけれど」
前置きしてからお茶を一口飲んだ。緊張するな。
「AR-15は何か特別なものを得たがってた。でも渇望しすぎてて苦しそうに見えることがあったから、何か力になれないかなって」
「それで誓約ですか」
「私から与えられる特別ってそれだからさ。でもフられちゃったよ。欲しいのはAR小隊のメンバーからの特別だってさ」
あの時は心底呆れられて堅い床に正座させられて説教された。ちょうどROの椅子があるあたりだ。
『ご自分の気持ちに正直になることすらできない人からの特別なんてこちらから願い下げです。私達が気づいてないとでもお思いですか?』
なんて言われて発破かけられたことはさすがにROにも黙っておこう。
「上官にも自己を曲げずに主張できる方なんですね」
「そうだよ。かっこいいでしょ」
「はい。とても。尊敬できる特別な先輩になりそうです」
AR-15のことを少しでも伝えられただろうか。本当は会って話してほしいし、みんなでS09地区に帰りたい。
でもM4が目覚めるまで、AR-15が帰ってくるまで、それは叶わない。
「ROはROのまま、AR-15の代わりになろうとなんてしなくていいからね」
「……はい」
「AR-15にしかできなかったことはあるけど、ROにしかできないこともある。それをうまく組み合わせるのは私の仕事だから」
「わかりました」
ちょうど通信が入った。夜戦部隊が間もなく到着するらしい。
「せっかくだから出迎えについてくる? 帰りを待つのも悪くないのがわかるよ」
「ご一緒します」
立ち上がり、椅子を片付ける。執務室のドアをきっちり施錠した。
「今度ROの記録も作ろう。何に関することがいいか考えておいて」
「はい」
隣を歩く新入りが心なしか楽しそうに見えた。