私は大変に臆病なので、予測不能な行動をしがちな子供は苦手だった。
苦手というよりは扱い方が分からない。すぐ泣くし、いなくなるし、自分よりももっと弱いし。
だから勘弁してくれ、本当に……
カリーナが困ったように笑っている。笑い事ではないのだ。おかげでスケジュールは立て直しだし、部隊編成もやり直しになる。
やや下の方に目を向けると、不満そうに見上げてくる視線とかち合う。文句を言いたいのは私の方だよまったく。
「カリーナ、納得のいく、説明を」
「倉庫の整理をしてまして」
「うん」
「たまたま通りかかった彼女が手伝ってくれまして」
「うん」
「バランスを崩したダンボールが彼女の上に降ってきまして」
「うん」
「その中身が、以前配布された試作スキンだったんです」
「不良があって返却要請が出てた奴だよね」
「すみません、失念してました」
「まあいいよ。怪我がなくてよかった」
はぁ、と音が聞こえるほどの勢いでため息をついて椅子から立ち上がる。そしてカリーナの隣に控えている子の前にしゃがんだ。
「それで、君の名前は?」
聞かなくてもわかるのだ。肩で切りそろえられた少し毛先に癖のある銀髪に、金色の瞳。そしてへの字に結ばれた口元。
問いかけに口が開いた。小さな口のなかに真っ白できれいに並んだ歯と、赤くて柔らかそうな舌が見えた。
「べくた」
「そうだよね……」
本部に問い合わせた結果、スキンは一週間ほどで自動解除されるそうだ。
先日配布されたのは昨今正式にリリースされた子供化スキンの試作品だった。どうも正式版の人気が思ったより高く、他にも適応可能な人形がいないか調査してほしいと配られた。
ところが試作品は正式版と異なり任意に解除ができない上に時間経過で自動的に解除されるため、試験は中止。回収される運びとなっていたのだが、そもそも試験に協力していなかったためその情報に注意を払っていなかったのだ。
結果、倉庫に試作品を放置し、今に至る。
単純な着せ替えと異なり、体格変更を伴うスキンにはリスクを伴うことがわかっている。そのため正式版では体格変更を伴いつつも戦闘ができるように調整されていたが、試作品はそうではなかった。
ただ見た目が変わるだけ、に重点を置いたために銃が持てないのだ。つまりVectorは戦えないし後方支援にも回せない。
おまけに滅茶苦茶な体格変更により内部機能が制限され、処理能力と言語能力、記憶にすら影響が出ている。要するに書類仕事も任せられない。
この試験に踏み切った人物は今すぐ名乗り出てくれ。一発殴らせろ。ふざけるな。
大体人気ってなんなんだよ。うちの会社には少女性愛者ばかりなのか?
「つまり、今のVectorさんは単純に子供なんですね」
「本部からの回答だとそうみたい。耐久性も低下してるから外にも出さない方がいい。とりあえず私はスケジュール変更して部隊編成ずらして任務に当たるよ」
「私は技術部に連絡取って修正パッチか何か出てないか聞いてみます。Vectorさんここに置いていきますね」
「えっなんで?」
「なんでって、副官じゃないですか」
ちらりと小さくなったVectorを見る。余程凝視されてたのか、また目が合ってしまった。困る。
「子供の扱いが、わからないんだ」
「大丈夫です。なんとかなりますから」
「いやあの」
「それじゃあ行ってきます!」
「おーい!」
カリーナは元気よく駆けだしていった。責任感というよりは逃げられたな。
どうしよう。Vectorとはいえ子供だ。いつもよりもうんとめんどくさい。とりあえずデスクの引き出しから棒付きチャンディを取り出した。
「これあげるからしばらく大人しくしてて」
小さいVectorは首を縦に振ってそれを受け取った。差し出された手が妙に小さくて不安になった。
結局部隊編成変更は午後までかかり、仕事もその分遅くなった。昼食を食べ損ねてしまったので、休憩がてらカフェにサンドイッチでも食べに行くことにしよう。もちろんVectorも一緒に。
「別に、構わず食堂に行ってよかったのに」
そう声をかけても口をへの字にしたまま見上げられるだけだった。口数が少ないから余計に何を考えているのかわからない。
廊下は手を引いて歩いた。そうでもしないと歩幅が合わなくて置いていってしまうから。
カフェは相変わらず盛況のようだ。お昼を過ぎても何人か客がいる。いつもの席に腰掛け、Vectorを隣に座らせた。というより、持ち上げて隣の椅子にのせた。
「サンドイッチを二つ。私はカプチーノをつけて。何が飲みたい?」
隣に声をかけると、メニューシートを指さされた。
「あとホットミルクを一つ」
「かしこまりました。あら?」
オーダーをとったスプリングフィールドが私と連れを見て少し目を見開いた。
「……Vectorだよ。ちょっと、説明するのが大変な事故があって」
「そうでしたか。てっきり」
「何?」
「ついに、かと」
ついに、なんだろう? わからなくて隣のVectorを見てしまう。私は知っているからVectorに見えるけれど、知らない人からすればVectorによく似た子供に見える。つまり、
「ない、ない。そもそも人形には引き継げる遺伝子がない」
「指揮官は真面目な方ですからご存知ないと思いますけれど、人形は目的も意図も様々ですわ。外見もオーダーメイド可能ですし、人間側のDNA情報くらいなら簡単に保存できます」
「勘弁して」
手を振って話を終わりにさせたい意志を伝えた。そんな、だって、考えたこともなかった。そんなことを考える人間もいるんだな。
つまり今のVectorといるとあらぬ誤解を受けることになる。用心しよう。
からかったお詫びに、と野菜スープもつけてもらった。今日は玉ねぎのみじん切りとさいの目に切られたにんじん、大根、あと千切りキャベツが入ったコンソメスープだった。私は少しコショウを振った方が好きだから手元のカップにコショウを振った。
ふとVectorがじっとこちらを見ていることに気づいた。
「コショウいる?」
無言で首を縦に振られた。しゃべってくれ頼むから。
手を伸ばしてコショウを振ろうとしたのをスプリングフィールドに制止された。
「辛いかもしれませんから、指揮官のを一口試させてあげては?」
「確かに。機能が制限されてるから味覚にも影響が出てるかもしれない」
私のカップを寄せてやるとVectorはスプーンを握りしめて底の方から液体を掬った。そして、案の定熱さに驚いてカップをひっくり返した。
慌ててカップを立て直し、お手拭きと紙ナフキンでスープを拭いた。幸い落としたりはしてないのでカップは割れたりしていない。
「火傷してない?」
Vectorはこくこく頷いた。こぼしたことに驚いているようで、動きがぎこちない。
「底の方から掬ってはだめだよ。上を掬って、よく吹いて冷ましてから飲みなさい」
私は二杯目のスープを受け取りながらVectorに教えた。機能が制限された影響がこんなところに出るなんて思いもしなかった。もっと気をつけてあげないと。
目の前でスープの表面を掬って吹くのを見せてやると、彼女も理解したようで真似しだした。
「親子みたいですよ」
そうスプリングフィールドが笑った。
夕方、そろそろ切り上げようというタイミングで任務を終えたSOP2が報告にやってきた。
「おわったー疲れたよぉ」
「お疲れ様。突然頼んでごめんね」
「いいよー別に。指揮官だっこだっこ」
「はいはいどうぞ」
座ったまま腕を広げると膝の上にSOP2が乗った。彼女は首元にしがみついて肩にあごを乗せてくるので、そのまま背中に腕を回して軽く背中を叩いてやるのがいつもの流れだ。
最近彼女は大きく取り乱すこともないので、軽いパトロールを中心に戦場に出てもらっている。
「あれ? あのちっちゃいのは?」
「Vectorだよ。昼間ちょっと色々あってさ。しばらくあれなんだ」
ね? と言いながら目をやると子供はじーっとこっちを見ていた。何か言いたいことがあるんだろうか?
「そうなんだぁ。ちっちゃすぎてへし折れちゃいそう」
「SOP2が言うと冗談に聞こえないな。怪我させないように用心してるよ」
「指揮官かほご!」
「そんなことはない」
SOP2は膝からぴょんと降りてVectorの前にしゃがんだ。
「これ、おちびさんにプレゼント」
そしてポケットに手を入れて、何かを取り出そうとして、私が腕を掴んでやめさせた。
「今日はどこ持ってきたの……」
「目玉」
「トラウマになるからやめなさい」
「えー、きれいなのに」
「後でどんなのか見てあげるから」
「やっぱり指揮官過保護だよ」
「もうそれでいいです」
大人しく認めるとSOP2はケラケラ笑った。そして報告書を放って、スキップしながら部屋を出ていった。間一髪だった。
今日の業務は以上になる。
「Vector、もう自由にしていい時間だよ。建物の外に出ない限り好きなところに遊びに行っていいし、疲れたのなら部屋で休んでてもいい」
相変わらず声をかけてもじっとこちらを見られるだけだ。でも今回は目の前まで歩み寄られた。いつもよりも狭い歩幅で、足音も軽い。
「しきかんは」
「私はもう少しここにいるよ。今の報告書の処理しないといけないから」
「べくたもここにいる」
「退屈しちゃうよ?」
「いい」
「飴いる?」
「いらない」
やっとしゃべったと思ったらこれだ。彼女の視線はじっと私の手元に向けられている。いや、違う、膝だ。
ついに彼女の意図を理解した。膝を軽くたたいて見せた。
「ほらおいで」
待ってたと言わんばかりに彼女はそこに飛び乗る。実にめんどくさいのは腐ってもVectorだ。
抱えてしまうと小さすぎる身体だった。確かに変に力を入れたらへし折れそうで、どこにどう触ったらいいのかわからない。
とりあえずSOP2にやるように背中を軽くたたいてやったが、力が強くないだろうか?
「痛くない?」
聞いてみるとしがみつかれたまま首を横に振られた。頭を胸に押しつけられているので、こすりつけられてるような感覚がする。確か救護室にいる犬とか猫がこんなことをしてきていた気がする。
「しつぼうしないで」
胸元からいつもと似たような言葉をいつもより高い声で聞いた。もしも仮に彼女に幼少期があったとして、いくつの頃からこんなにめんどくさい性格だったのだろう?
「しないよ」
「なにもできない」
「サボらないように見張ってるのも副官の仕事だよ。立派に務めを果たした」
「めいわくかけてる」
「欠員に対処するのが私の仕事です」
しゃべり出したらいつもよりも素直だ。なるほどこれが子供なのか。かといってこんな会話がしたいわけじゃないんだ。
背中を撫でてあやしながら会話を続ける。
「子供になるってどんな気持ち?」
「みんなおっきくみえる」
「カフェの椅子も座れなかったもんね」
「ふつうのいすならすわれる」
「まあ、カウンターの椅子は背が高いから」
話しながらVectorの足がぷらぷら振り子のように揺られているのに気づいた。行動の端々から子供っぽさが見えて妙に面白い。
「しきかんこどもにがて?」
「そうだなぁ。小さすぎて。私も子供だったことがあるのに」
「べくたのこともきらい?」
「ないよ。小さくなってもVectorはVectorだ。いつも通りめんどくさい」
からかってやると腕が伸びてきて頬を抓られた。遠慮なしに力が加えられて小さい爪が食い込んでくる。
「いててててて」
「しきかんきらい」
「悪かったって」
跡が残ったりしないだろうかと思いながら頬をさすった。見下ろすと至近距離で目が合う。今日は随分目が合う日だとつくづく思う。
小さくなってもVectorはVectorだ。成長すればああなるなという片鱗が見える顔つきだ。つまり、美人寄りのかわいい顔をしている。もっと言うと好みの顔をしている。
金色の目ははっきりした二重な上に既に長い睫毛が並んでいる。鼻は子供らしく愛らしい丸みを帯びていて、いつもは横一文字の口元は力が入りすぎてへの字になっている。かわいい。
なるほど、そうか。子供化スキンが人気なわけだ。かわいいものがかわいくなれば余計にかわいい。
いかん、邪なことを考えそうだ。私は少女性愛者じゃないんだ。ないはずなんだ。目覚めてはいけない。
わざとらしくせき払いをした。
「報告書の整理しちゃうからこのまま一休みしてな」
「うん」
椅子を回転させて端末に向き合うと、小さいVectorは服を握りしめてしがみつき、頭をぐりぐり押しつけてきた。
あーかわいい、しんどい、早く仕事片付けよう。心なしかいい匂いがする気がする。目覚めてはいけない。戒めよう。
報告書の整理を終わらせて一息。Vectorはすっかり寝息を立てている。夕食のために起こさなければならないけど……もう少し、あと少しこのままで。
子供特有と聞く高い体温と、無防備な寝息に妙な安心感がある。求められて必要とされている感覚がする。かわいいし。いかん目覚めそう。
廊下からドタバタ走る音が聞こえてきてノックもなしにドアが開け放たれる。
「指揮官様! 技術部の方が修正プログラムを作ってくださいました!」
「カリーナ、静かに。あとノックしてノック」
「あっすみません」
カリーナを見て、握られている記録デバイスを見て、それから腕の中で眠るVectorを見た。深く考える必要なんてなかった。
「それ、使うの、もうちょっと後でいい?」
もう少し、あと少しこのままで。