私は大変に臆病なので、   作:たぬき0401

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金属の

 私は大変に臆病なので、答えのないことについて考えるのが苦手だった。

 それは単なる時間の浪費だ。私は哲学者ではないのだから、それらの事柄について考えるのは無駄でしかない。

 第一、考えても利益になるわけもないのだ。

 

 司令部のヘリ発着所でさっきからうろうろうろうろ歩き回っている。時折上空を気にしながら、何も見えないことがわかるとまた足元に視線を戻してうろうろうろうろ。

 今日は比較的鉄血の活動が活発な地域から他の司令部の救援要請を受けて、それのための部隊を派遣した。それなりに強力な鉄血の人形がいるらしいので、念のため余計な情報の流出を危惧してAR小隊のメンバーは省いた。

 作戦はそれなりの被害を出したものの、こちらの勝利で完了。後はいつも通り帰りを待つだけになっていた、のだが……どうもあちらの指揮官が捕虜にするようにと指示した人形が自爆したそうなのだ。

 おかげで被害はそれなり、から甚大へ。うちの人形も被害を受けた。捕虜の扱いには本当に気をつけてほしい。

 その後トンプソンから通信がきたのだが、

「ボス、Vectorなんだが……愛故にちょっとアレなことになってるが許してやってくれ」

 そんなことを言われたから気が気でなくて執務室を飛び出してここまで迎えに来てしまったのだった。

 とにかく修復は各々すぐに受けられるようにパーツのストック確認と修復枠の確保は行った。

 やがて空に点のようなヘリが見え、ゆっくりと近づいてきた。相変わらず焦ってはいるが、帰還が確認されるだけで心底安心する。

 程なくしてヘリは着陸。ドアが開くと同時にスコーピオンが飛びついてきた。

「ただいま! 爆発してびっくりした!」

「おかえり。どこか怪我した?」

「足片っぽなくしてきちゃった」

 見下ろすと左足の膝から下がきれいになくなっていた。スコーピオンの足なら換えのパーツがある。

「そこならすぐに直せるから修復いっておいで」

「はぁい」

 後から降りてきたトンプソンがスコーピオンを担ぎ上げた。

「こいつは連れて行く」

「ありがとう。トンプソンはどこを?」

「頭に瓦礫が当たって、ちょいとセンサー類を。あとこれ。落とすなよ」

 彼女は立方体の機械を手渡してきた。上にVectorに渡してあった指輪が乗せられている。

「…………これ、Vector?」

「ご名答だボス。正確には中枢器官だ。やっこさん爆発のときに顔を激しく損傷してな。コアと指輪と中枢器官だけよこして本体は破棄しろってよ」

「そんなの」

「惚れた相手にみっともないとこ見せたくないってこった。女心分かってやれって」

「む」

 そう言われると返す言葉もない。

 しかし全身ときたか。パーツは組み合わせればなんとかなるけれど、時間がかかりそうだ。とりあえず、工廠から人を回してもらえるようお願いしておこう。

「コアは持って行くからしばらくそいつと話しててやんな」

 トンプソンは手のひらに乗った中枢器官を示したが、どう会話するんだ?

 

 手のひらサイズになってしまったVectorをデスクに置いて眺める。

 先ほど連絡があり、六時間程で本体の再構築ができるらしい。中枢器官の話を出したところ、これは最後にはめ込むものだそうなのでまだ持っていていいらしい。後で取りに来てくれるそうだ。

「話していたいでしょうから、取りに行く前に連絡入れますね」

 と、担当者は言っていた。周りの人形だけでなく人間にも多大に気を遣われている。

 Vectorの中枢器官をよく調べると、端子がいくつかあることに気づいた。試しに端末と繋いでみると、どうにかアクセスできるようだ。

 テキストツールを立ち上げて入力してみる。

「これで話せる?」

『うん』

 しばらくして返答が書き込まれた。よしよしこれでいける。

 会話をしている感覚を味わいたくて、中枢器官にカメラとスピーカーの権限を与えた。それから自分の入力は音声入力にしてみた。

「災難だったね。一応捕虜の扱いに関してはクレーム入れといたから」

「うん」

「指輪はトンプソンから受け取ってるから大丈夫だよ」

「うん」

「とりあえず六時間くらいはこの状態だから。不自由だろうけど我慢して」

「あのさ」

「うん?」

「この状態でもあたしって言える?」

 形は立方体。材質は金属。仕事用の端末にコードで繋がれていて、声はいつもと違う合成音声ときた。

 目の前のこれはなんなのか。

「不思議なことに、これはVectorだって認識できてる」

「そっか」

 しばらく間が空いて再び問いかけられる。

「指揮官にとってあたしって何?」

「それは、こっちとこっちどっちが似合う問題と、仕事と私どっちが大事なの問題に並んで、人間が聞かれたくないことなのだけれど」

「そうじゃなくてさ、前にあたしという個が失われたら死だって言ってたよね」

「言ったね」

「それはどこに宿るんだろう」

「うーん」

 なかなか難しい質問だ。以前読んだ本に似たような話があった気がする。

「例えば、私の髪は私の一部だ。でも抜けたからといって私が消失することはないよね」

「ないね」

「私をさいの目に切ったとして、その切れ端の一つ一つは私ではない。でも全て切り刻んだら私は消失する。一方でどの切れ端を取り上げてもそこに私はない」

「あまり気持ちのいい例えじゃないよ」

「ごめん。けど人間においてはそうだってわかってもらえた?」

「まあうん、なんとなく」

 人間における個は限りなく概念的なもので、各々によって解釈は異なる。だからこそそこについて時たま論争になるのだ。

「人間のことはわかった。じゃあ、あたしはどこに宿るの?」

「そうだなぁ」

 椅子に寄りかかって左右に回しながら考える。椅子と同じように思考もぐるんぐるん。

「私は今、中枢器官に対して『これはVectorだ』と思ってる」

「じゃあ今再構築中の身体はどうなるの?」

「見ても『これはVectorの身体』って思うんだろうね」

「てことは、あたしは中枢器官に集約される?」

「そんなことはない。多分、この状態でVectorと会話できてると思えるのは意志疎通ができてて、トンプソンにこれはVectorだって伝えられたからだ」

「何も言われなければ?」

「Vectorの部品だと思ったろうね。つまり、割と気まぐれなんだよ」

「いい加減だね」

「その方が君も傷つかないでしょ。私も無闇に傷つけたくない」

 指で金属の立方体を指先でなぞる。これは部品だ。でもVectorだと思えばVectorだ。けれどやっぱり部品だ。

 もしも、彼女が直らなくて、ずっとこの状態になったとして、私はいつまでこの立方体を自分のパートナーだと思ってられるんだろう。

 六時間というリミットに救われている気がする。平気な顔をしているけれどこれでもかなり動揺してるんだ。

 でも、みっともないところを見せたくないとしながらも帰ってきたVectorに、そんな情けない姿を見せたくもない。

「再構築された身体はあたしなのかな」

「間違いなく君だから安心して」

「でも元のあたしのパーツは何も使われてないわけでしょ?」

「そりゃそうだよ。君が破棄してきたからね」

「ごめん」

「大丈夫。怒ってない。でもパーツの話をされると、今現在Vectorに使われてるパーツで、最初期から変わってない物は一つもないはずだよ」

「そうだね。この中枢器官も何度か取り替えてる」

「そういう意味では君は君でなくなるはず。でもそうではないでしょ?」

「パーツのIDとかを見れば確実に違うけれど、変わってはいなさそう」

「ね? だから大丈夫だよ」

 半ば言い聞かせているようだった。彼女ではなく自分自身に言い聞かせている。

 変わるはずないんだ。Vectorは変わらずVectorで、もうしばらくして新規に身体が構築されれば元通り今までのままで、もらい事故とはいえ危ないものからは離れて、なんて軽い説教こそするけれど、仕事が終わればいつも通り部屋に来てくれて。変わるはずなんてない。

 すぐに元通りだってわかっているのに、怖くて怖くてたまらない。私はいつまで彼女を彼女だと思っていられる?

「指揮官、具合悪い?」

「別に」

「ひどい顔してるよ」

「君が目の代わりにしてるカメラの性能が悪いんだよ。仕事用端末の付属品だからさ」

「ねえ怖い?」

 図星を突かれて閉口してしまった。これでは答えてるようなものだ。

「大丈夫だよ。聞いてあげるから」

「……怖い」

「こんなことになってごめん」

「そうじゃないんだ。これはVectorなんだって意識しないとわからなくなりそうで。トンプソンから君を受け取ったとき、上に指輪が乗っていなければそうだと気づけなかった」

 もしもトンプソンが先に、この部品はVectorだ、と言っていたらもっと落ち込んでいただろう。

「仕方ないよ。見た目が全然違う」

「今回はさすがにそうかもしれない。でも、もしも人の形をしていても、顔が違ったら、声が違ったら、君だってわかるんだろうか? 気づけずにすれ違いでもしたら私は自分を見損なう」

「どうして? それも仕方のないことだよ」

「何も変わらないなんて偉そうなことを言っておきながら、何かが変わると判別できなくなりそうなのが怖い」

「そりゃ人形だから、人間よりも急激に変わることだってある。でも指揮官は人間でしょ?」

「残念ながら人間です」

「人形よりは急激に変わらないんだから、そういうときはあたしが指揮官を見つけてあげる」

「私がちゃんと君だってわかるだろうか?」

「真っ直ぐ指揮官の方見て近付いてく」

 その光景を想像してみた。私を真っ直ぐ見据えて歩いてくる、見た目の変わってしまったVector。それはとても、救いのある光景なんじゃないかと思えた。

「それなら、うん、大丈夫」

「再構築されたあたしもあたしだってはっきり言い切ったのに随分怖がりだね」

「そりゃ、言い切って考えない方が楽だもの」

 はぁ、とため息をつく音声が聞こえた。目の前にあるのは立方体なのに、心底呆れた顔まで目に浮かんだ。

「楽な方に逃げないでよ。製品じゃない生きてる人間なんだから考え続けないと」

「返す言葉もない」

「あんまり人形に寄らないこと」

「気をつける」

「別に悩んだっていいわけだし」

「悩んだらVectorに話すよ」

「うん。そうして」

 つくづく、私は一人で生きていけなくなったと感じる。前はこんなに悩まずに決めてしまったらそれを信じるだけでよかった。今ではそれが誤りだと指摘してくれる存在がいる。

 誤りだと指摘してくれるから終わりのない議題でも考え続けられる。それは正しいと言われるよりも、それは間違ってると言われることの方が答えを見つける上で力になる。

「頼りにしてるよ相棒」

「頼りない指揮官を持つと手がかかる」

「素直に受け取ってよ」

「無理」

 生意気な奴め。ただこうした反応に安心するのだから私もそれなりに重症に違いない。

 こんな状態なのについつい口元が緩むのだから。

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