私は大変に臆病なので、他人に否定されることが苦手だった。
それを受けて改善できる自信はなく、ただ落ち込むだけなんだと思っている。私はそこまで強い人間にはなれっこないのだから。
自分の部隊を指揮することが一番多いが、時たま依頼を受けて本部の人形に指示を出すこともある。彼女はたまたまその頻度が高くて、うちに来たことも一度だけある。しかしまあ、その一度を失敗したのだけれども。
「指揮官、いつもお世話になってます。WA2000です」
「こちらこそ、会えて嬉しいよ。そうか、ダブリューエーニセンか」
「名前が何か?」
「書面で見たときに『わ』だと思ってて」
この不用意な発言が彼女の地雷を踏み抜いて、
「人の名前を間違えるなんて最低」
吐き捨てるようにそう言われてしまった。
以後、仕事は共にするものの司令部に顔は出さない関係が続いていた。
「大変に失礼なことをしてしまった」
こういった弱音や反省を聞いてもらうのはVectorよりも専らスプリングフィールドである。執務室に報告に来た際に、ついでに、と話を聞いてもらっていた。
「指揮官らしからぬ失敗ですね」
「懐かしくてつい」
「理由をお聞きしても?」
「読み書きを教えてくれた人が日本から来た人だったんだ。だから最初に教わったのがローマ字発音で」
現在、その国はもうない。一度目の崩壊液流出で致命的なダメージを受け、第三次大戦でトドメをさされた。
私に色々教えてくれた人は第三次大戦に参加したけれど、他国へ行っている間に故郷を失い難民になったらしい。そして私の生まれ故郷に暮らしていた。
「なるほどそれで。どうも変わった感覚をお持ちだと思っていましたが」
「変なとこあった?」
「今時無宗教なのも珍しいです」
「言われてみればそうだね。どうも日本人は宗教に対して強い思い入れがなかったらしい」
「信心深くないんでしょうか?」
「いや、土着の宗教が生活に入り込みすぎていて他の宗教が根付かなかったみたい。そのくせお祭はいいとこ取りらしいけど」
「お祭好きの民族だったんですね」
「きっとね」
実際はどうだったのか今では知ることも難しい。
「それで、つい知っているものを目にして口走ってしまったんですね」
「軽率だったよ。いつも世話になってるのに悪いことをした」
机に頭を伏せて後ろ頭をがしがし掻いた。残念ながら机に触れさせたことで頭が冷えることもない。
子供っぽい失敗だったと心底反省しているが、どうやって謝罪しようか。
「謝りたい」
「でしたら手紙でもお書きになられてはいかがでしょう? 手書きで」
「読み辛くないかな?」
「手書きの方が気持ちがこもるとか言いますし」
「なるほど」
悪くない提案だ。
こうして四苦八苦して手紙を書き、完成したものを本部部隊との合同作戦に向かったスプリングフィールドに託した。
書き損じたり推敲したりで破棄した便箋は、完成したものよりもはるかに多い枚数になっていた。こんなに山ほど文字を書いたのはひさびさだった。
これで少しでも気持ちが伝えられるといい。
合同作戦は無事に完了し、スプリングフィールドも帰還した。大きな被害もなく、望ましい勝利だったと言える。
「お疲れ様。いい仕事っぷりだったみたいだね。ヘリアンさんからほめられたよ」
「常にコンディションを整えていただいてるおかげです。手紙、渡せましたよ」
「そうか! ありがとう」
「その場で読んでました」
「作戦中に?」
「ええ。私達は待機時間が長いですから」
そうは言うが、敵が通ればすぐさま撃ち抜かなければならない。そこで手紙を読める余裕があるとはつまり、彼女らはその準備が常にできているというわけで。
「改めて思うけど君たちって優秀だね」
「……なるほど、確かに」
「え? なに?」
急に思案顔になったスプリングフィールドに戸惑う。変なことを言っただろうか?
「WA2000が、指揮官はこの仕事に向いてないと言ったので」
「えー? なんで?」
「けど今のでよくわかりました。確かに人形に対して優しすぎますね」
そうかもしれない。他の司令部や企業ではもっと戦術人形を物質的に扱うことが多いと聞くが、私はどうもそれができない。
「悪いことかな」
「いいえ。そこが指揮官のいいところだと思いますよ」
「……ありがとう」
面と向かって言われると照れるものだ。
「彼女は許してくれるだろうか?」
一番気になっていたのはそこだ。これでもう無理と言われたら元も子もない。
「大丈夫ですよ。単に引っ込みがつかなくなっただけですから。あの子素直じゃないんです」
「それは、難儀だね」
ほっと胸をなでおろす。
そんなことがあってからしばらく時は流れる。
今日はささやかなパーティーを開いている。S05地区の司令部に新人が入ってきたからその歓迎会なのだ。まあ、新人は件のWA2000なのだけれども。
ここしばらくいい結果を残せているので、誰か追加で戦術人形を、と言われたため彼女をお願いしたのだ。何度か仕事をしていて腕前は知っていたし、都合よくフリーなことも知っていた。
「ボスも隅に置けないな」
歓迎会の準備をしている最中にトンプソンがそう言った。
「言い方がおかしいよ」
「そうか? 所帯持っておきながら余所の美人にラブコールなんて女誑しのするもんだぜ」
「だから言い方。彼女が優秀なことはトンプソンも知ってるでしょ? お互いに顔見知りだし、うちの行事にも何度か来てくれてるからいいじゃない」
「そりゃな。でもVectorが納得するかは別さ」
「大丈夫だと思うけど?」
そう返すとトンプソンは鼻で笑った。
「大した信頼だな」
パーティーは食堂にオードブルを並べて、ケーキを出して、それだけのつもりだったのだけれどM16がアルコールを持ってきた結果異様に盛り上がってしまった。
工廠の面々、技術部の面々も酒を飲み始めて大宴会となり果てた。ここまでくると手が着けられない。
考えてみればここしばらくずっと仕事詰めで、こういった大々的な肩の抜き方はみんなでしていなかった気がする。だから仕方ないやと思っていたのだけれども……
「とんだ乱痴気騒ぎね」
「いやぁ、なんかごめんね」
よもや主役と上司がベランダへ退散するほどになるとは思わなんだ。今日が天気もよくて外に出ても平気な日でよかった。
「はいこれ。くすねてきたからあげる」
私はWA2000にチョコアイスのカップとスプーンを渡した。
「好きだったよね」
「よく覚えてたわね」
彼女はそれを受け取って蓋を開けた。ベランダに退散するまで冷凍庫に入っていたから溶けてはいない。
「それはみんなの共有物から取ってきたんだけど、個人的な物を冷凍庫に入れるときは名前貼っておいてね」
「わかった」
本日の主役がアイスを食べ始めるのを確認してからグラスに入れてきたウィスキーを舐めた。久しぶりのアルコールが妙においしく感じる。
「飲んで平気なの? その、大怪我して治療中って聞いたけど」
「あー、本部で聞いてたの? 心配してくれてありがとう。完治しました。これが完治して一発目のアルコールです」
「じゃあ今日の宴会の主役はアンタじゃない」
「なんで?」
「快気祝い」
「いいんだよそんなのしなくて。私が君の歓迎会をしたかったから」
ちらりと隣を見ると険しい顔と目が合った。
「……少し顔つき変わったと思ったけど、やっぱりアンタこの仕事向いてないわ」
「それは、人形に対して優しすぎるから?」
以前スプリングフィールドに聞いたことを確認してみた。
「えぇ。今まで色んな指揮官を見てきたけど、アンタみたいな接し方のは大抵壊れるわ。ましてや、AR小隊の担当なんて。やめておきなさいよ」
耳が痛い話だ。経験則から言われているのが余計に辛い。
「自覚はしてる。でも他に生き方を知らないし、今更帰る場所もないんだ」
「G&K内で配置換えもあるわよ。もしくは人形との接し方を変えることね」
「それも難しいんだよね」
「どうしてよ」
「君たちを生きていると感じてしまうから」
言い返されそうなものだが、案の定WA2000は口を閉じた。そうなる確信はあった。
「Vectorにそう言ったのは君でしょ?」
「違う」
「違わないよ。今本人を呼んで確認したっていい」
「だったらなんだっていうの」
「別に。ただ人形にも私と同じように感じてる存在がいることが嬉しかった」
「変な人」
「WA2000だって変だよ。そんなに優しいのに隠そうとするし」
言ってやると彼女の顔は面白いほど赤くなった。
「優しくなんてっないわよっ」
「うわぁ声が大きい」
「あっ」
しまったという顔をして口に手をやるWA2000。気を遣われているんだろうか。
「ほらそういうとこ」
「からかってんの?」
「そんなんじゃないって」
思わず笑ってしまった。普段相手にしてるのの何倍も素直で扱いやすい子だ。ゼロを何倍してもゼロだしマイナスに何倍してもマイナスだけれど。
少し真面目な話をしようと深呼吸する。アルコールのおかげで饒舌になってるからスラスラ話せそうだ。
「WA2000について少し調べたよ。大きな事件をきっかけに、人助けのために作られたんだってね」
「まあそうね。結局採用されなかったり、製造数が少なかったりしたけど」
「誰かを守るためにって願われて生まれたことには変わりないよ」
「甘いわね。守るために殺せと作られたのよ」
殺しのために生まれてきた、と彼女は自称するらしい。
しかし本質を見ればあらゆる銃は殺すために生まれてきている。わざわざ口に出しているのは、私からはどうも自分に言い聞かせているように見えてならない。
だからこそ彼女は優しいと思ってしまう。
彼女もまた、戦術人形に向いてないんじゃないかと思ってしまう。
「それでも、守るための存在なら、私のことも守ってくれるでしょ?」
「それは」
「指揮官、向いてないなんて正直に言ってきたのは君が初めてだった。そこまで理解してるなら味方になってほしいって思って、うちに来てもらったんだよ」
アルコールの力は偉大だ。こんなに饒舌になれるなんて思ってなかった。もしかしたら常に酔ってる方がいいのかもしれない。
「訂正する。アンタ指揮官には向いてないかもしれないけど、自分の身の回りを固めることに関しては一級品ね」
「味方は多い方がいい。君は特に優秀なのだから、君がいることで多少はうちに対する評価も変わるでしょ」
「案外打算的」
「君たちも不当に扱われる確率が低くなる。そういうわけだから」
グラスに目を移す。少し量はあるけど、もうこのウィスキーの舐める程の多さではない。一気にあおってしまおう。
でもこの判断は甘かった。久々なことを想定に入れてなくて、ガツンと内臓に響いた。
「うあ」
「ちょっと大丈夫?」
「うむ……そういうわけだから、期待してる、よろしく」
しまった。ちょっと眠たくなってきた。室内に戻ろう。
窓に手をかけるとつるりと滑ってしまった。これは、調子よく飲んでる内に結構効いてしまっている。
「大丈夫じゃないわよねそれ?」
「よく効いた」
「しっかりしなさいよったく……」
WA2000が肩を支えながら窓を開いてくれた。室内の熱気と若干のアルコール臭さを浴びる。
「あ、指揮官いたいた。WAさんも」
こちらを見つけたVectorが近寄ってくる、が、近寄るに連れて早足はゆっくりに、無表情はしかめっ面になっていく。いかんぞこれは。
「指揮官、飲んだ?」
「はい」
「完治したばっかりで浮かれすぎ」
「はい」
「まったく」
Vectorがもう片方の肩を支えた。タイミングよく、私にとっては最低のタイミングで、目の前をスプリングフィールド、M16、トンプソンの三人が通った。
三人して目の前で立ち止まり、面白そうに眺められる。
「あの、なんですか」
「仲がよろしいですね」
「捕獲されたエイリアン」
「両手に花だなボス」
そして各々感想を述べると笑いながら通り過ぎていった。
「私の見当違いね。アンタ指揮官向いてるわ。愛されてる」
「そいつはどーも」
「何の話?」
片方から新入りの生暖かい視線を、もう片方からパートナーの突き刺さる視線を感じながら、印象を変えられたからよしとするか、なんて思うしかなかった。