私は大変に臆病なので、他人を定義することが苦手だった。
その行為には責任が伴う。私はそんな責任を負えるほど大層な人間ではない。
他人は他人のまま、曖昧にしておく方がお互いのためによいはずだ。たとえそれがどれだけ親しい相手でも。
珍しく外で夕食をとっている。同期入社の奴に快気祝いと称して誘われたのだ。
彼とは親しい間柄ではなかったのだが、本部の病院へ通っている最中に再会し、それ以来交流がある。要するに彼もまた病人だ。
「今日は飲んで食えよ! 俺の奢りだからな!」
「普通でいいよ。自分の食べた分くらい払えるし」
「遠慮するなって!」
「してない」
正直あまり得意な相手ではない。彼は少々押し付けがましいし、それなりに自分本位だ。おそらく今日の食事も私のためではない。
相手が言い出す前にさっさと聞いてしまった方がよいだろう。
「それで、今日は何か話があるんじゃないかい?」
食事をする彼の手が止まった。
「心の友よ! よくぞ聞いてくれた」
もう一度言うが、彼とは親しい間柄ではない。ただこういう先回りの行動が、彼を甘やかしているんじゃないか、と思うことはある。
彼は周囲を気にするように辺りを見回した。こういうときは少し神経質そうにしそうなものだが、余裕があって楽しんでいるように見えるのは、私が彼の病状について知っているからだ。
周囲の人間がこちらに注意を払っていないことを確認すると、彼は内緒話をするために顔を寄せて小声になった。私も耳を寄せてやる。
「聞いたんだが、お前も戦術人形と誓約してるんだろ?」
何を聞いてくるかと思えば……大方病院で聞いたんだろう。同じく小声で返した。
「うん」
「それで、その、どうだ?」
「別に普通だよ。特に変わったことがあるわけじゃない。単純に信頼が厚いだけで、戦場にも普通に送り出してる」
特段何もないように話すところ、私はVectorに似てきたかもしれないと思った。でも嘘ではないし、取り立てて話すこともないんだ。
「抱いたりしてるか?」
「んぐ」
答えに詰まったのを、喉に食事が詰まったフリをして水を飲み込んだ。こいつなぁ……
「それは、まあ、人並みに」
「そうだよなぁー。お前も人の子でよかったよ」
大きなお世話だ。
「実は俺さ、子供がほしくて」
それは戦術人形との間にということだろうか?
彼が患った病は所謂恋の病だ。彼は自分の誓約相手に過度に入れ込んでいて、問題行動を起こした人物と同じ傾向にある。
そのため定期的に病院でカウンセリングを受けている。幸運にも私はまだ客観的に自己分析できているため問題はないとされている。ヘリアンさんの口添えのおかげでもある。
「君はまたそういうことを。なぜあそこに通っているのか分かってないのか?」
「もちろん分かってる。でもお前はそう思わないのか?」
少し前にVectorに子供化スキンを適応してしまったことを思い出した。同時に、その時スプリングフィールドに言われたことも。
幼い見た目のVectorはまあかわいらしかった。そして世の中には仮想的な家族を持つために人形をそう見立てる人間もいるようだ。
じゃあ私はどうなのか、と言われても、そもそも私には一般的な家族の姿を想像できない。
M4が示してくれた家族に対する役割は何かしら成していると思う。ただ人間の社会で言うところの、両親がいて子供がいて、という家族の姿はいまいち判然としない。私はそういった環境で育ってきていない。
「あまり明確には。大して家庭に憧れを感じないんだ。一般的な家庭で育ってないから理解できない」
「いや、あのその、ごめん。俺そんなつもりじゃ」
「気にしなくていいよ。続けて」
とりあえず彼が普通の家庭で育って、そういったものに憧れがあることは理解した。
「好きな相手と家庭を持つってのは人類普遍の幸福だと俺は思う」
「大きく出たな」
「そうかな? 俺は好きな子と一緒になったら家庭を持ちたくなるのは自然だと思うんだ」
「相手が人間ならそうだろうさ」
彼の相手は人形なんだ。実に盲目的だ。彼はそう長くないかもしれない。近い内に所謂駆け落ちでもしそうだ。
「人形と子供をつくる方法だってあるさ」
「君の願望ではなく?」
「あるに決まってる」
「願望じゃないか」
一抹の恐ろしさを感じる。私も端から見ればこんな狂気じみた様子なんだろうか?
「とにかく、変な気を起こすんじゃない。自分の責任を全うできる範囲に留めてくれ」
「そうだよな。不安にさせて悪かったな心の友よ」
再三言うが、彼とは親しい間柄ではない。
同期のことばかり気にしているわけにはいかない。翌日から普通に業務に取り組んでいる。しかしあんな話をしたせいか、妙にVectorが気になってならない。
「何?」
「なんでも」
「今日やたらじろじろ見てくるけど」
「スカートずれてるよ」
「馬鹿。どこ見てるの」
こうやってつまらないごまかしを重ねるばかりだ。
好いている相手と家庭を持つことが人間の幸福なら、人形は、Vectorはどう考えているんだろう?
彼女も私と家庭を持つことを望むのだろうか?
二人で共同生活をすることは想像に易い。ただそこに、人数が増えるとなると話は別だ。そんなこと考えてみたこともなかった。
身近な人間に聞いてみればいいのだが、カリーナは私と同じような境遇で、状況的にヘリアンさんに聞くのは間違ってる。やはり人形のことについて聞くならペルシカさんか……もう少ししたら連絡してみよう。
夕方、粗方の仕事は片付き、Vectorにも先に上がってもらった。今からしようとしてることを聞かれると困るし。
通信でペルシカさんを呼び出す。夕方に連絡することは事前にメールで伝えたから知ってるはず。読んでてくれ。
三度目のかけ直しでやっと通信が繋がった。いつも通りの不健康そうな顔が画面に映る。
「いやーごめんごめん、メールさっき見たよ」
「お忙しいところ申し訳ないです」
「特に忙しくはなかったけど別の作業にはまっちゃっててさ」
「そんなことかなと思ってました」
「それで、呼び出しておいて何の話?」
「人間と人形で子供つくれるんですか?」
「なんだって?」
画面の向こうのペルシカさんがコーヒーをこぼした。あれはインスタントではなく本物らしい。もったいない。
でも顔は面白いものを見つけたときのに変わっているから、掴みは完璧だ。
「ですから、人間と人形で」
「落ち着こう指揮官くん、まず初歩的な生物学の話からしようか」
「仕組みは分かってますから大丈夫です」
「そっか、よかった。学校通ってなかったって聞いたからてっきり」
「なので人間でいうところのそれじゃないってことは分かってます」
「そうだね。確かにそのものは無理だよ。人形には遺伝子がないからね」
「人間と人形の情報を両方保存したモノをオーダーメイドで作れるっていうのは聞いたことあります」
「それも手段の一つ。あとは人形を利用した代理母出産があるよ」
「できるんですね……」
「それ用のモジュールがあるよ。試験管でできるからわざわざそんなことする必要ないんだけど、色んなとこが色々うるさいから」
ペルシカさんは、宗教家は科学に対して口出ししてくるからね、とぶつぶつ続けた。
「そのモジュールの入手って簡単ではないですよね」
「もちろん。人間の尊厳にも関わるから禁止されてる地域もあるよ。まあ欲しかったらこのあたりに行くんだね」
彼女は地図上にいくつかのポイントを示した。確かに広いエリアとは言い難いしポイントの数も少ない。
「メジャーなのは子供型の人形のオーダーメイドかな。家族を失った人向けのケアロボットもあるし」
「へぇ。ありがとうございます」
聞きたいことは以上だ。私がやるべき任務は終わった。ここからは追加任務だ。やり過ごせ、逃げろ。
「なんでこんなこと聞くの?」
「いえ、ちょっと、気になって」
「へーふーんほー」
「なんですか……」
「いやー? いつの間にか大人になっちゃって」
「そんなんじゃないです」
「この前のVectorが小さくなった事件が効いてる?」
「あれは、関係ないです」
「嘘だぁ。指揮官くんのお友達から聞いたよ。結局修正プログラム使うの一日渋ったんだってね」
「カリーナめ」
「まあ、この話を上司にしなかったことはほめてあげるよ。他に聞きたいことない?」
他に聞きたいこと。あるにはあるけれども。いっそそれも聞いてみるか。これを聞く相手としては適任ではないけど。
「好いている相手と家庭を持つことは、人間の幸福なんでしょうか?」
「分かんないな。私は人形に人生を捧げるから」
「ですよね」
「幸福の形なんて人それぞれだけど、君が望むのなら彼女にそう求めればいいだけだよ」
その理由は単純に、Vectorが機械だからだ。私がそうしてくれと入力すれば彼女は応じる。人間と人形の関係はそうなっているから。
「でも君はそうしたくないよね?」
「やです。Vectorの幸福の形は彼女自身が見つけるべきですから」
ペルシカさんは肩をすくめた。
「指揮官くんはそれが大層な無理難題だって理解してる? 機械が新しい概念を見出すのは尋常じゃない演算が必要だし、そのためには途方もない時間がかかる。君はそれに付き合いきれるかな?」
意外だった。そんなこと聞かなくても分かるはずなのに。
「ペルシカさんともあろう人が、簡単な問答を仕掛けてくることもあるんですね」
「たまにはね。あまりいじめたら嫌われる」
「気にしなさそうなのに。私はVectorが何かしらを見つけるまでずっと付き合いますよ」
「もしもその答えが戦場で死ぬことだったら?」
「応えます」
「そっか。愛が重いね」
「軽い愛情って多分ないです」
「大人になったねー。とりあえず、もう少し大人からの助言だよ。録音したものを送るときはちゃんとバレないルートを使いなさい」
背中に氷をぶち込まれた心地だった。気付かれてないと思ってたのに。
「う……ごめんなさい。ありがとうございます」
ペルシカさんは再び肩をすくめた。
「君は万人に対して愛が重いね」
それから少し後の話。私の同期は結局いなくなり、彼の置き手紙によって私の手元に数人の戦術人形が配属されることになった。
「はぁ……すまないな手間をとらせて」
「いえ、マシンガンとショットガンはいなかったので助かります」
「貴官がそう言ってくれて助かる」
今日の通信はヘリアンさんからの配属関連の連絡と、愚痴だ。
「手を尽くしたが健闘空しく、また部下を失ってしまった。全く盲目的過ぎる」
「恋の病は治せないとか言いますから」
「頼む、貴官は持ちこたえてくれ」
「大丈夫です。ここでの暮らしは気に入ってます。手放す気はないですよ」
「そうか……しかしなぁ……やっぱり人間より人形の方が魅力的なんだろうか……」
大分参ってるな。
画面に隠れて今朝届いた手紙をちらりと盗み見る。彼らしい豪快な文字が綴られていた。
内容を要約すると、
『お前が教えてくれた街にたどり着いたよ。悪いがうちの人形のことを頼む。俺があいつらにできるのはこれぐらいだ。また落ち着いたら手紙出すよ。ありがとう心の友よ』
最後に彼の背中を押してしまったことをヘリアンさんに申し訳なく思う。けど、そうせずにいられないほどに彼は幸福を追い求めていて、つい魔が差したんだ。
私がまだ探しているものをいとも簡単に見つけている彼がうらやましく妬ましくもあり、祝福せざるを得なかった。
あばよ馬鹿野郎。きっとその未来は幸福だが挑戦に満ちあふれて苦しい。臆病者の私にはおいそれと手を伸ばせない。
「貴官は寂しかったりしないか? 親しい間柄だと聞いていたから」
ははは、と乾いた笑いが口から出た。どうも彼は置き手紙に私のことを「心の友」と書いたらしい。余計なことを。
「そうですね。友人でしたから」
考えてみれば私を夕食に誘うのなんて、Vectorと彼しかいなかったのだった。