私は大変に臆病なので、   作:たぬき0401

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迷子のお知らせ

 私は大変に臆病なので、物を預かるのが苦手だった。

 それが持ち主にとって大切な物であればあるほど恐ろしい。そんな物を預かるなんて身に余る。

 戦術人形を預かることすら最初は怖くてたまらなかったんだ。

 

 今日の任務は市街地で発生した鉄血によるテロ活動の制圧だった。

 作戦は速やかに実行され制圧は完了。多少の被害は出たが、作戦に関わる範囲内での死者はおらず、重傷者も出なかった。結果としては上々だ。

 こちらの戦術人形が収集してきたデータは後ほど本部に提出し、街の警備強化に活用してもらうことになっている。

 その分だけ追加報酬が出るからこういった任務は得だったりする。市街地は危険だからやめてもらいたいけど。

 人間の被害が少なくて安心している。

 連絡によると人形を一人保護したので連れてくるそうだ。

「多分、アンタこれ見たら驚くけど」

 WA2000がそう言うので少し気になっている。とりあえずヘリの発着場までみんなを迎えにいこう。

 到着するとちょうどヘリが帰ってきたところだった。降りてきていたスコーピオンが駆け寄ってくる。反射的に構えた。

「しきかーん! ただいまー!」

 元気のいい声と共に飛びかかられるので、うまく勢いを殺しながら抱える。

「おかえり。どこか怪我してない?」

「肩に穴あいちった」

「おぉ……直しておいで」

 敵の正面に立つことが多いスコーピオンは怪我をしやすい。Vectorもそうだが、彼女は練度が高いため本体が損傷することは滅多になく、ダミーの破損に留まることが多い。

 まあ、その分本体が損傷すると大変なことになってるのだけども。

 ダミーの修復は本体よりも簡単なのだ。

「そういえば保護した人形がいるって聞いたけど」

「うん。WA2000が連れてくるよ」

 ヘリの方を見るとWA2000がこちらに近付いてきていた。

「お疲れさま、ありがとう」

「大したことない任務だったわよ。はい、この子が保護した子」

「頼りになるよ。はじめまして。私がここの」

 挨拶をしようとして完全に思考が止まってしまった。こんな偶然あり得るのか?

「ね? 驚いたでしょ?」

 なんでWA2000が誇らしげに言うのかさっぱり分からないけれど、ドッキリをしようとしたならこれは大成功だ。

 保護された人形はVectorと瓜二つだったのだから。

 

 保護された彼女の手当てを済ませて執務室で話を聞く。当然だけれど今日の副官もVectorなので、ちょっと不思議な気分だ。

「改めまして、私がここの指揮官です」

「救助ありがとうございますコマンダー」

 分かってはいたけれど音声モジュールも同じだから彼女からはVectorと同じ声がする。

「君の持ち主とは連絡つく?」

「いいえ。マスターの生存は確認していますが、通信機器が故障したため発信受信共に不可能な状態です」

 こいつは困った。持ち主の死亡が確定している場合はI.O.P.へ人形を送り、彼女らが希望すればコアを導入して戦術人形として起用することになっている。

 しかし持ち主が生きているとなれば持ち主へ返却しなければならない。

「カリーナ、彼女の身元は?」

「確認済みなんですけど、どうも旅行で来てたみたいで。ついでに持ち主も通信端末壊れてるみたいです」

「てことは持ち主の家から連絡したけど出ないってことか……客間ってすぐ使える?」

「大丈夫ですよ」

「じゃあ当分保護だね」

 修復担当者から聞いているのだが、彼女の通信モジュールは私達が使っている物とは異なるため取り寄せになるらしい。つまり数日直らない。

 彼女の方に目をやると、服があちこち破れたり傷んだりしているようだ。そりゃそうだろう。戦術人形用の丈夫な物ではないんだ。

「着替え、どうしよっか」

「あたしの貸すから大丈夫」

「Vectorの?」

「うん。製造番号的に同じロットみたいだからサイズは完璧に同じだよ」

 つまり、Vectorと彼女は同じ日に同じ工場の同じラインで製造されたというわけで。

「じゃあ君たち姉妹みたいなもんじゃん」

「人間的に言うと双子かな?」

 再び驚いたのだった。

 

 人間の目というのはいい加減らしく、我々が見分けをつけられなくても人形はそうでなかったりする。人間のスタッフではVectorと彼女、アイリスという名前だそうだ、は区別がつかないが、人形はきっちり区別がつくらしい。

「私達には他に共有されるデータがあるので、そちらを参照しています」

 ROにそう説明されて納得した。そんな目がほしかった。

「Vectorが服を貸してくれてるのは助かったけど、お陰でVectorとアイリスの区別が全くつかない」

「何か目印になるものでもつけられたらどうでしょうか?」

「なるほど。提案してみよう。でもそれで見分けようとしたらVectorは不機嫌になるだろうな」

 そんな物に頼らないとわからないんだ、と露骨に嫌そうな顔をするのが目に浮かんだ。めんどくせえ。

「指揮官には必要ないのでは? 既に区別がついているように思われます」

「さすがROは鋭いね。若干の仕草の違いとかで区別できるよ。あとアイリスの方が表情筋が豊かだよ」

 実際アイリスはよく表情が変わる。だから困ってるんだ。

 Vectorだと思って見ていると目が合った時に微笑まれる。アイリスにとってそれは自然な動作なのだろうけれど、とても心臓によくないんだ。

 この状態は私だけではなく他のスタッフにも影響が出ているそうで、ついさっき食堂で、

『ここんとこVectorがかわいく見えるんだよね』

 なる言葉を小耳に挟んでしまった。困る。

「でもさ、私だけ区別できても意味ないから」

「そうですね。部品の取り違えがあっても困りますし」

 ROは真面目だからこういうときに変な勘ぐりを入れてこなくて助かる。

 アイリスには見えるところにスカーフを巻いてもらうことで区別することにした。もちろんVectorはこれで不機嫌になり、私は丸一日口をきいてもらえなかった。

 こんなもので気が済むのならなんとでもなる。Vectorの不機嫌を受け止めるのは慣れたが、自分の不機嫌を認識するのには慣れない。

 

 結局アイリスの持ち主に連絡がつくまで一週間かかってしまった。なんでも避難先から自宅に帰れるまで色々手続きでトラブルがあったらしい。大変そうだ。

 持ち主は明日迎えに来るそうで、アイリスも出発の準備を始めていた。

「長く待たせてごめんね」

「コマンダーがお気になさることではありません。マスターが通信機器を壊したことが悪いのですから」

「持ち主に対して厳しいね」

「厳しくしなければマスターは調子に乗りますから」

 面白い関係だ。私とVectorとはまた異なる。

 しかしアイリスは危なかったのだ。持ち主との連絡が二週間つかなければ手放したと見なされI.O.P.に送られることになっていたから。それなりに焦った。

「もし、マスターと連絡が取れなければ私もVectorになったのでしょうか?」

「そうだね。君たちは同じ種類の人形だから、間違いなくアイリスにコアを適応させてもVectorになったよ」

「ふむ。その場合、コマンダーは私を引き取ってくださいますか?」

「どうかな? うちにはVectorがいるから、いないところが優先されると思う」

「コマンダーは二人目の彼女を必要としない、と?」

 真意が判然としない。戦力的には十分だし、二人目を迎える理由は特にない。もう一つ理由があるとすれば、

「まあ、うちのVectorが拗ねるからね」

 肩をすくめてそう答えるとアイリスは穏やかに微笑んだ。

「コマンダーが彼女を大切にしているようで安心しました」

「いやぁアイリスが知らないだけでVectorかなりめんどくさいんだよ? 見分けられるようにスカーフしてって頼んだときも、そんなのがないと分からないんだって丸一日口きいてくれなかったもの」

「彼女もコマンダーはスカーフがなくても見分けられると知っていました」

「じゃあ不機嫌にされ損じゃないか……」

 口を尖らせるとアイリスはクスクス笑った。つい顔を凝視してしまう。

「どうかなさいましたかコマンダー?」

「アイリスはよく笑うよね」

「マスターがそうなので」

「やっぱり持ち主が違えば違うか」

「Vectorがあまり笑わないのはコマンダーのせいではありません」

「私の前にも持ち主はいたみたいだからね。ただまぁ、私ももうちょっと笑うか……」

「コマンダーが気になさらずとも彼女は良い影響を受けています」

「本当? 結構話したんだね」

「えぇ。Vectorには大変良くしてもらいました」

「それは、よかった」

 そう言った私はもう少し上手く笑えてただろう? そうだと嬉しい。

 

 アイリスの持ち主の登場はまさに嵐だった。持ち主が女性だと聞いていたのだけれど、歩き方の豪快さと執務室のドアを開けるときの荒々しさはこの司令部の誰よりも激しく感じられた。

「アイリス! 私の天使! 待たせたわね」

「お久しぶりですマスター」

 再会に熱烈なハグをする持ち主にアイリスは冷静に答えた。なるほど……厳しくしなければ調子に乗りそうだ。

「あー、その、長旅お疲れさまです」

「あなたがここの責任者? もっと年寄りかと思った」

「すみませんね若造で。とりあえず引き取り確認のために身分証の確認とサインいただけますか?」

「はいはい」

 全方位に対してパワフルな人なのかもしれない。そりゃこれだけエネルギーに満ち溢れてる持ち主ならアイリスも表情豊かになるだろう。

 持ち主の名前はメアリーさんというそうだ。職業はカメラマン。

「いやー避難するときカバン落としちゃってね。パスポートも通信機器もそこに入ってたから大変でさ。無事だったのカメラだけ」

「それは大変でしたね。アイリスの修理は済ませています。いくつか部品の交換もしましたけど、型番は変えてないです」

「ありがと。修理費の請求は家に送って」

「分かりました」

 これで一連の手続きは完了。アイリスともお別れだ。ちょうどVectorが荷物を持ってきた。

 途端にメアリーさんの目が輝く。

「荷物持ってきたよ」

「え? うっそこんな偶然あり得るの?」

「なに?」

 遠慮も何もなしに頭のてっぺんからつま先までVectorに視線を浴びせるメアリーさん。そして不快そうに眉をひそめるVector。止めた方がいいんだろうけど、面白い。

「マスター、彼女は私と同じロットです」

「てことはあなた達双子なのね! 素敵じゃない」

 メアリーさんはカメラを取り出してVectorを撮り始めた。さすがに耐えかねてVectorが視線で助けを求めてくる。

「メアリーさんそれくらいで。うちの秘書が困ってます」

「あらやだ、ごめんなさいね。あなたちっとも顔が変わらないから面白くてつい」

「指揮官、もっと早く止めてよ」

「ごめんごめん」

 私もつい調子に乗ってしまった。後でまた不機嫌を受け止めるしかなさそうだ。どこかで機嫌を取っておかないと。

「マスター、Vectorはここに滞在している間に大変良くしてくれました。失礼なことは控えてください」

「そうなの? じゃあお礼しないとね。それにしても不思議ね。モデルやってるアイリスと同じ人形が兵隊さんだなんて」

 アイリスの職業は聞いていなかったのでこれは初耳だ。Vectorの方を見ると、

「あたしは聞いてたよ」

 と言われた。なんだよ知らなかったのは私だけか。

「どう、指揮官サン? この型の人形は優秀でしょ」

「そうですね。頼りにしてます」

「一緒に過ごす甲斐があるわ。私ったら気に入ってアイリスには専属のモデルになってもらってるくらいだから」

 専属のモデルがどれだけすごいのか世間知らずな私にはピンとこないが、それだけ手元に置いておきたくなるという気持ちはよく理解できた。

「とにかくその子、Vectorちゃんだっけ? 大事にしてあげてね」

「もちろん」

 彼女が手を差し出してきたので握手で返した。同じ様に彼女はVectorにも握手を求めて、Vectorもそれに困った顔をしながら応えた。

 うーんまずいかな、あれ左手だ。つい目をそらしてしまうとくるりとメアリーさんの顔がこちらを向いた。そりゃ、うん、分かるよね、指輪。

「私ひょっとしてお節介言った?」

「……少し」

「戻ったらお詫びするから許して。私達きっと気が合うから」

 へへへ、と笑うメアリーさんをどうも嫌いにはなれそうにない。

「アイリスと、もうはぐれないようにしてくださいね」

 そろそろ見送りであるためよっこらと椅子から立ち上がると熱烈なハグを受けた。

「ありがとう指揮官サン! さーてアイリス帰るわよ」

「ちょっとマスター……コマンダー、大変お世話になりました」

 そしてアイリスの手を引いてさっさと執務室を出て行ってしまった。また荷物忘れてる。

「……強烈だった」

「仲良くなれそうでよかったじゃん」

「好意的には思ってるけど」

 Vectorの方を見る。目が合っても彼女はアイリスのように微笑まない。

「Vectorももう少し笑ってみる?」

「そうしてほしい?」

 自分がアイリスとVectorの区別をつけやすくした理由を思い出した。他人においそれと見せられる笑顔ではない。

「いや、いい。君は君のままでいて」

「はいはい。荷物持って行こう」

「そうだね。見送り行かないと」

 荷物に手をかけながらVectorが言った。

「指揮官も妬くんだね」

 その言い方は明らかに笑っていた。

 

 後日、メアリーさんからメールが届いた。

 添付されているのはアイリスがモデルをつとめたカタログらしく、メールには

『この中から好きなもの選んで!』

 と書かれていた。

 カタログのファイルを開いて、慌てて閉じた。

 落ち着くためにもう一度メールを読む。

『Vectorちゃんのサイズなら分かるから』

 と文末に添えられていた。

 そんな、確かにモデルだとは聞いたけどここまでは聞いてない。下着のモデルだなんて聞いてない!

 しばらく悶々としそうだ……それにしてもどれが似合うだろうか?

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