私は臆病者でもなければ後ろ向きでもないので、現状特に苦手だと感じていることはありません。
私の成すことは私のできる範囲内です。そこから出ない限りは不利益を被ることもなければ想定外の出来事もありませんから。
もちろん、時折不意の事故もあります。ただその損失さえも想定内です。だって機械ですもの、人間のように冒険はいたしませんわ。
指揮官は週に三回ほどカフェにいらっしゃいます。カウンターの一番テーブル席側に近い場所が指定席です。
カウンターの奥にいる私と話しやすくて、テーブル席にいる人達とも話しやすい席がお気に入りのようですが、別に常に確保しておいてほしいというわけではないそうです。
その時その時で座った席に適したコミュニケーションがあるんだと主張してらっしゃいましたが、なんとなく皆さん指定席を避けて座るのでいつも決まった席にいるのが指揮官です。
「別に気を遣われるようなことではないのに」
と指揮官は不満そうにおっしゃいました。目の前では先ほど出したカプチーノが湯気を立てています。
「それも指揮官の人望ですよ」
「そうなんだろうか?」
「そういうものです。皆さん指揮官がこの席にいらっしゃることに安心されるんですよ」
洗い物をしながら話していると指揮官はカプチーノに砂糖を入れ始めました。以前ほど山盛り入れたりはしないようですが、それでも少し多めに入れているように見られます。
「あまり入れすぎてはいけませんよ」
「つい。カプチーノの上に砂糖が沈んでいくのを見るのが楽しくて」
「あぁ、なるほど」
確かにフォームミルクの上に乗った砂糖が沈んでいくのはなかなか面白い光景です。
けれどそれを見たいがためにカプチーノを頼んで砂糖を入れてをされていると思うと、どうも……
「指揮官もかわいらしいところがあるのですね」
「どういうこと?」
「だってそんな、雪遊びする子供みたいじゃありませんか」
「言い得て妙だ。スプリングフィールドの前だとどうも気が抜けて」
おかしいなぁ、と指揮官はつぶやきました。
「それは私がご家族に似ているからですか?」
「またその話?」
指揮官は肩をすくめました。
いつだったか風邪をひいた指揮官に『お姉さん』と呼ばれたことを記録していて、ついからかってしまうのは悪い癖です。
「そうかも、いや、そうだね。よくないことだ」
「かまいませんよ。面白いですから」
「上司を面白いとか言うもんじゃないと思う」
こういうときに拗ねて口を尖らせるのも私の前だけでする顔です。余程気が抜けてるのだと思われます。Vectorの前ではもう少しかっこつけてますから。
指揮官の頭に目をやると埃が乗っていることに気づきました。マグカップに落ちる前に取っておきませんと。
「指揮官、頭にゴミがついてます」
「さっき倉庫にいたからきっとそれのせい」
手を伸ばして埃を取り、少し乱れた髪を撫でて整えます。ごくごく普通のことをしたと思っていたのですが、指揮官は飛びすさりました。弾みで倒れた椅子が大きな音を立てます。
「ご、ごめん、こんなつもりじゃ」
私も驚きましたが、指揮官自身もご自分の行動に驚かれたようで。
「すみません。髪が乱れていたので。出過ぎた真似をしました」
「いやいいんだ。ごめん、ごめん」
そうして指揮官はしゃがんで椅子を起こしました。
翌日は任務にあたるためカフェはお休みにしました。
「今回は大型の敵が確認されてるからスプリングフィールドとWA2000の二人を同一部隊に入れる形になる。後ろに抜けられると崩壊する危険があるから前衛のVector、トンプソン、M16はよろしく頼むよ」
軽いブリーフィングの後に各々準備を始めるのですが、私だけ執務室に残るように言われました。
全員が部屋から出るまで待ち、指揮官は口を開きます。
「昨日は、ごめん」
「いえ私こそ」
「お姉さんはよく私の頭を撫でたから、つい思い出してしまって」
「そういうことでしたか。軽率な行動でした。すみません」
「あーいや、そうじゃなくて。私自身は頭を撫でられるのがすごく好きで、もっとしてくれってねだったりもしたんだけども。大人になってから不意に思い出すと妙に恥ずかしくて……いやそれでもなくて、参ったなこんな話するつもりじゃ」
指揮官は懸命に取り繕うとしてよく墓穴を掘るのです。それをいちいちつつくほど無粋ではないので、次の言葉が出るまで待ちます。
「……お願いだからちゃんと帰ってきて」
真意を計りかねて指揮官とのログをたどり始めました。
えぇ、確か、指揮官のご家族は仕事に行ったきり帰ってこられなかったそうです。なるほど、そういうことですか。
「ご家族と重ねて不安に思われているのですね」
「そうです。面目ない」
「でしたら、そうですね。指揮官はハンカチかスカーフをお持ちですか?」
「ハンカチならポケットに」
「貸していただけます? 単純な、帰ってこれるおまじないですわ」
はは、と指揮官は笑われました。
「なんか、子供扱いされてる気分」
「昨日の今日ですし」
「その通りでした。はいこれ」
指揮官からハンカチを受け取り、手首に巻いて袖の内側に折り込みます。
「これでもう安心ですよ」
「それを盤石にするために私もがんばらないとね。今日はよろしく」
「はい」
私も準備に取りかかることにしましょう。
作戦は順調でした。橋を挟んで鉄血と対面し、前線を橋の反対側まで押し上げ、私達ライフルは欄干を遮蔽にしながら狙撃を続けています。
身のこなしが軽いVectorと、体力自慢のトンプソン、それから防弾ベストを着込んだM16がいてくれるので特に問題はないでしょう。
前線でM16が閃光手榴弾を投擲するのが見えました。同じタイミングでVectorが火炎瓶を投げ込み、更に前線は前へ。こちらの勝利は時間の問題です。
指揮官からの通信が入りました。
「前方から大型の兵器が接近中。装甲があると見られる」
徹甲弾を装備しない前衛には不利な相手なので、後衛が倒すべきでしょう。
「了解」
ちょうど大型の兵器、多脚戦車が見えたところでした。
「シールド張るか?」
「もう少し引きつけてください」
「はいよ」
トンプソンからの申し出にそう答え、狙いをつけます。WA2000は撃つのが速い人形ですが、私は正確に狙うのが得意な人形なのです。
十分な距離に達したとき、トンプソンがシールドを展開しました。今が攻め時です。
狙って、引き金を引こうとした時と戦車が発砲した時は同時でした。
凄まじい轟音が響き、トンプソンが砲弾を弾きます。しかし弾ききれず体勢を崩したところで運悪く鉄血の人形が駆け抜けてきました。
慌ててM16が仕留めにかかりましたが致命傷には至らず真っ直ぐこちら、私の方へ黒い人形は迫ります。
人形の足では橋を渡りきるのに何秒もかかりません。対して私は一度狙いを定めてしまったためそれを変更するのに手間取ります。隣のWA2000が応戦してくれましたが相手の歩みを止めるには至りませんでした。万事休すというやつです。
目を見開いて眼前の鉄血をとらえます。回路が焼け焦げるような気配がして何かを思い出しました。こういうのを人間は走馬灯と言うらしいです。
思い出された記録は前の持ち主のこと。あの子は頭を撫でると照れくさそうに笑うのです。もっともっととせがませることもありました。あれは幸せな時期でした。
呑気に思い出している場合ではありません。私には帰る理由があるのです。
銃をひっくり返して振りかぶり、身体をひねりながら全身を使ってストックを鉄血人形のこめかみに叩きつけました。本来これはこういう使い方をするものではありませんが、今はそんなことを言っている場合でもないのです。
勢い余って転倒した鉄血人形に銃口を突きつけて発砲します。びくりと四肢が跳ねましたがそれだけでした。もう動くことはありません。
再び多脚戦車を狙います。先ほどまで呆気にとられていたWA2000も攻撃に移る姿勢です。
「二秒稼いでください」
「わかったわ」
それだけあれば十分狙えるのです。今度は正しい標的のために引き金に指をかけました。
幸運にも銃身は曲がらなかったことに、弾が飛び出してから気付きました。柄にもなく慌てていたのですね、私も。
多少の想定外もありましたが作戦は無事に成功し、私達は輸送ヘリに乗り込みました。今回は多脚戦車のデータも取れたのでそれなりにいい成果だったと思います。
「スプリングフィールド、大丈夫だった?」
近寄ってきたVectorが小声で訪ねてきました。彼女は大変に仲間想いなのですが、表現するのが下手なのです。この会話も別に小声でする必要なんてありません。
「えぇ。後で銃のメンテナンスが必要かと思いますが、私は大事ないですよ」
「そっか。よかった。あれ、手首のそれは?」
「指揮官のハンカチです。帰ってこれるおまじないに」
「……なにそれ」
彼女の顔からすっと表情が消えました。
指揮官のことになるとすぐ不機嫌になるところは面白くもかわいらしく感じてしまいます。きっと指揮官からすれば面倒なのでしょうが。
「出がけにやたらと不安がられたのでなだめただけですよ」
「ふぅん。例の家族に似てるからって話?」
「それです。昨日不用意に頭に触ったせいで少し強めにフラッシュバックしたようです」
「指揮官もめんどくさいなぁ」
「仕方ありませんよ。人間ですもの」
そういえば、さっき思い出したことをせっかくなのでVectorに伝えておきましょう。
「例の、指揮官のご家族に似ているという話ですが」
「うん」
「似ている、のではなくあれは私なんです」
「どういうこと?」
「正確には同型の人形、それもプロトタイプでした。指揮官のお父様は人形技師だったのです。私の見た目は亡くなった奥様に似せたそうですよ」
「てことは同じ人形であってスプリングフィールド自身ではないんだ」
「えぇ。同じなのは見た目と、一部のパーツだけです。I.O.P.からG&Kに派遣されるときに受けたメンテナンスで、たまたま指揮官のご家族のパーツを使ったんです」
私はその時メモリーを引き継いだんです、と続けた。
搭載されていたメモリーによると、指揮官のお父様は何らかの理由で『彼女』に指揮官を預けて失踪し、『彼女』はそのまま指揮官を育てたようです。
指揮官の話によるとやがて『彼女』は帰ってこなくなったそうですが、『彼女』はしかるべき所に身売りしたようです。
なんせ貴重なプロトタイプですから、場所を選べば高値がつきます。
その結果パーツが巡り巡って今私の中にあるのです。
「なるほどね。母親に似せて作られたなら指揮官とも似てるのか」
「似てるでしょうか?」
「少しだけ。目のあたりかな。あとは父親似なんじゃない? それにしても死んだ奥さんに似せて作るなんて悪趣味だね」
「人間ですもの。そういうこともしますよ」
「あたしにはわかんないや。似せたところで会えないのに」
「そうですね」
ヘリが司令部の発着場へ降下し始めました。下で米粒くらいの大きさに見える人が手を振っています。
「人間も人形も、生きているものにしか関われないのが限界ですわ」
手を振っているのは間違いなく、私達の生存を喜んでいる指揮官です。
今日はカフェに立っています。メンテナンスに出した銃は特に問題はなかったものの、ストックは交換されることになりました。
「いらっしゃいませ。カプチーノですか?」
「うん。お願いします」
いつもの席にいつものように指揮官が座りました。
「特に怪我がなくてよかったよ。危ないところだった。ちょっと前線を押し上げすぎたね」
「油断しなければ対応できるものですよ」
「あれはさすがだった。かっこよかった」
昨日、指揮官は私がヘリから降りるや否や大急ぎで修復に担ぎ込もうとしたのですが特に大事ないとわかるとその場にへたり込むほど安心していました。
余程肝を冷やしたようです。
「おまじないが効きましたよ」
「あ、それのことなんだけど、調べたよ。あれ中世の騎士が遠征のときに女性の物を持って行くやつでしょ」
「はい。お姫様相手にやるものですね」
「誰がお姫様だ誰が!」
「でも指揮官は私達より力も弱いですし帰りを待つ方ですし」
何かを言い返そうとして、指揮官は押し黙りました。返す言葉もないそうです。
「気を取り直してこれでも飲んでください」
目の前にカプチーノを出すと少し表情が柔らかくなりました。
「なんかさ、スプリングフィールドがそこにいてこれを出してくれるのは安心する」
指揮官はご存知ないのです。その変わらない照れくさそうに笑う顔で、私の中の何かが安心していることを。