私は大変に臆病なので、運命と呼ばれるものが苦手だった。
それはまるで自分には及ばない何かから定められているもので、出会ってしまえば己の中で決定的に変えられる部分が出てきてしまう。
自分がサイコロで進められる駒になったような心地がして恐ろしい。生きているのにただ生かされているようで、逆らえないものに脅えるしかない。
一人で輸送ヘリに乗るのは久しぶりだ。
今回許可が下りたのは私だけで、広々としたヘリの中には私とパイロットと本部から護衛によこされた人形だけがいる。
「今回はちゃんと安全なルートを通りますから」
パイロットがそう言うので、
「もうこの前みたいなことはこりごりですよ」
と返した。
AR小隊を乗せたヘリが鉄血に撃墜され、大変なことになったことは記憶に新しい。
「でもその分勲章もらえたんですからいいじゃないですか」
「あんなもの、安全には代えられませんよ」
「おっしゃる通りですな」
中年のパイロットは豪快に笑った。
今日はM4の見舞いに来たのだ。
M4は昏々と眠るか、目覚めても何かを呟く程度だと聞く。
そんな状態が固定されてしまっているらしく、会っても無駄だとM16に言われた。それがわかっててなおこうして会いに来た。
いつもこうだ。M4のことになると冷静になれない。S05地区への異動希望を出したり、こうして会いに来る申請を出したり。
いてもたってもいられない。じっとしていられなくて行動してしまう。私らしくもなく、無理なこともしてしまう。
施設に着いてから三十分ほど。まだ面会の手続きは完了せず待合室で座っている。焦燥感で貧乏揺すりをしてしまっている。普段はこんなこと絶対ない。
待合室には私一人だけで心許ない。もそもそと手をいじっているとふと手元が暗くなった。誰か来たのかと顔を上げて、予想外の存在に目を見開いた。
「お久しぶり」
「45、どうしてここに?」
「仕事で近くを通ったんだけど、あなたが来てるって聞いてね」
「わざわざ顔見せに来てくれたのか。ありがとう」
404の隊長を務めるUMP45には先の作戦で随分世話になった。
彼女が仕事をこなしてくれたから私は誰一人欠けることなく取り戻すことができた。
「それから、この前の作戦どうもありがとう。生憎今日手土産も何も持ってきてないけど」
「いいのよ。ただ仕事をしただけだから」
「そうだけど、君たちが先に来てくれてたから私も落ち着いて行動できた」
お恥ずかしながら、M16達が撃墜されて連絡が途絶えたと聞いたときに大変に取り乱したのだ。
生きているとわかってもなかなか連絡が取れず、残念なことに私は彼女たちからの連絡を一度も直接受け取ることができなかった。
ただ、404が向かってくれたことをヘリアンさんから聞いて大変に落ち着いたのだ。404の強さと仕事に対する正確さは知っている。だから安心した。
「本当に、助かったよ」
「大げさ」
「そうかな? 君たちを信用してるから安心して頼れた」
そう答えると45の目がすっと細められた。先ほどまで感じていた友好的な雰囲気が途端に消し飛ぶ。
何か気に障るようなことを、まあ言ったんだろうな。
「そういうとこだよ」
「信用してはいけない?」
「指揮官は自分の言動が部隊に与える影響を考えたことある?」
「あるけど、今のがいけないこと?」
「無自覚なのが余計に質が悪い」
彼女は目の前の椅子に座りもせずただ立って私を見下ろす。私は圧力に耐えかねて俯いた。
「ROが、自分で指揮をせずにあなたを先行させるよう要請した理由を知ってる?」
首を振った。その理由をROは話さなかった。いや、正確には覚えていなかった。
「M4ならそうするって判断したから。ROは自分で考えて、M4なら指揮官を信じるって結論に至って、そうしたんだよ」
「私はその信頼に応えたよ」
「いつまで応えられるの? これからずっと?」
「そのつもり」
「確約はできるの?」
「それは」
できるとは言い切れない。未来に確実性なんてない。私は精一杯その身に余る信頼に応えるつもりでも、そうはできない瞬間が訪れるかもしれない。
「確約はできない。でもできる限りのことはしたい」
「希望があっていい返答。優等生だね」
ちくちく刺されるような感覚で居心地が悪い。何がこんなに彼女の機嫌を損ねているのかわからない。
「よくあろうとしたいもの。後悔はしたくない」
「ご立派で結構。けど無責任に信用させないで。万が一の時にどうするつもりなの」
万が一。AR-15のことがよぎった。M4のことも。私がどうあがいても手の届かないことだってある。
今回間に合ったのは本当にただただ幸運だっただけで、いつまでそれが続くかなんてわかりはしない。
「ROは、M4の代わりになるつもりみたい」
「そんなの無理だ。ROはROで、あの子にしかできないことがある」
「指揮官がそう思ってたって、ROはそのためにいるんだよ」
薄々感づいてはいたことだ。M4が特別なことは理解しているしよく知ってもいる。今後彼女が必要なことだって。
「い、いやだ」
けどそんなこと受け入れたくない。M4はM4でROはROで、どちらも私にとっては必要な存在だ。どちらかの代わりにどちらかがなれるはずもない。
「そこまで人形に入れ込まずに、他の指揮官みたいに適切に接すれば辛くないよ」
「無理だよ。家族なんだ」
「家族ねぇ」
俯いていた顎を掴まれた。痛みを感じるくらいの強さで45と目を合わすように押し上げられる。
ひどい憤りを向けられていると思った。どうも45とはうまくコミュニケーションが取れない。
「人形を家族だと思って、人形に恋して、人形を信頼して、人形からの信頼に必死になって応えて、あなたはなんなの?」
「なんなの、て」
「人間やめて人形にでもなるつもり?」
「そんなつもりでは……ただもう失いたくないだけで」
盛大につかれたため息で私の前髪まで揺れた。指は離されたが解放された顎がまだ少し痛い。
「指揮官そんなんだと死んじゃうよ。AR小隊やら自分の部隊やらと心中でもしたいってなら止めないけど」
「殴られるかと思った……」
「指揮官が人間でなけりゃ殴ってた。でも、まあ、指揮官のとこの人形がうらやましいよ」
「君たちもうちの子になる?」
私の提案は軽く鼻で笑われた。
「はっ冗談よしてよ。指揮官はただのビジネスパートナー」
「そうだね」
「とりあえず、全員生還おめでとう。私そろそろ行くわ」
「ありがとう。またどこかで」
45は踵を返して受付へ向かい、スタッフをつとめる人形に何かを取り付けた。突如スタッフはかくりと脱力し、目を閉じる。
「何したの?」
「私に関する記憶を消したのよ」
「……そんな便利な物があるならこの前Vectorの頭を吹っ飛ばす必要なかったじゃないか」
「あれはただの腹いせ。じゃあね指揮官」
背中を向けて手を振られた。なんというか、食えない奴だ。私のことが嫌いなんだろうか?
「いや、多分人間が嫌いなんだろな」
独り言が待合室に溶けた。
程なくして通されたM4の部屋は、ひんやりとしていて耳が痛くなりそうなほど無音だった。
今日の彼女は眠っているらしく、目を閉じたまま動かない。
「M4」
声をかけても反応はない。
ベッドの隣に腰掛け、鼻の前に手をかざす。
手のひらに感じる呼気で、彼女が何かの器官を動かすために稼働していることを理解した。大丈夫、死んでない、生きてる。
「M4」
ただ眠るだけ。彼女は夢を見るという。何を見ているのか、せめて悪夢でなければいい。
もしかしたらこのままの方がM4は幸せなんじゃないか。ここにいればもっとひどい目には遭わずに済む。
けどきっと彼女はそんなの望まない。起きてまた動き始める。
「M4」
彼女は私を家族といった。罪深い話だ。その一言で私は決定的に変えられてしまった。
愚かにも、もっと必要とされたいと願ってしまった。だからROの信頼に全力で応えた。これからも応え続ける。
家族という甘美な響きに耐えられなかった。だからここまで追ってきた。これからも追い続ける。
人形にでもなるつもりかと45に言われたことを思い出した。
そのつもりはないけれど、時たまM4を自分の半身のように感じることがある。
戦闘指揮の責任も恐怖も快感も、M4は分かち合えた。彼女は私の理解者だから近く感じる。
困難な作戦から逃げ出したくなったときでも、M4が一緒に戦闘指揮を行ってくれたから歯を食いしばれた。
私が逃げ出したいとき、M4も逃げ出したかった。私が泣きたいとき、M4も泣きたかった。M4が怒るとき、私も怒った。M4が歓喜するとき、私も歓喜した。
AR-15が帰ってこなかったとき、私は耐えられなくて壊れたかった。あれ以来M4と話せてない。私はたった一言、M4に「辛い」と言いたいだけで、M4からも「辛い」と返されたいだけで。
その一言のためだけにここまで来て。頭がおかしい。気が狂ってる。
M4は特別だ。彼女には依存しているわけでなく、Vectorのように自分のものにしたいわけでなく、もっと言葉にできない妙な感覚で。自分でもよくわかっていない。
けどこの感覚で、M4と一緒に地獄におちてもかまいやしないと、そう思ってしまう。
稚拙な言葉だけれどM4は運命というやつなのかもしれない。
「また今度ね」
指先で額に触れた。滑らかだけど外気にさらされてひやりとした。
手のひら全体を乗せてやるとじんわりと私の体温が移っていった。それでも目は閉じられたまま。
面会時間も終わる。帰りたくないけど帰らなければ。
M4が帰ってきたら、ROを紹介して、SOP2とM16とお祝いして、AR-15を見つけて、みんなでS09地区に帰るんだ。
みんなで、一緒に……