私は大変に臆病なので、   作:たぬき0401

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本物にはまだなれない僕らだから

 私は大変に臆病なので、自分の矮小さを認識することが苦手だった。

 あらゆるものが二つあれば比較される。比べられて劣っていることを認識したくない。

 自分が他人よりも優れているとは到底思えないから、せめてそれに気づかずに過ごしていけたら、それだけでいい。

 

 時たま弊社の考えていることがわからない。

 PMCがなんでイメージアップのために戦術人形にウェディングドレスなんて着せるんだ? それも武器を持たせて。

 よくわからないけれど上の命令には文句を言わずに従うのが優良社員だ。組織の一部として依頼を受けることにした。

「それじゃあ本部の人形を数体送るから受け入れを頼む。繰り返すが撮影は要人警護のおまけのようなものだから警護の方をメインに頼む」

「承知いたしました」

 事前準備の打ち合わせをヘリアンさんと通信越しに行っている。

「不服そうだな」

「いえそんなことは」

「顔に出ている。不満があるなら言ってくれ」

 しまった。マスクでもすればよかった。けどそうしても心配させるだけだ。

「任務の内容に不満はないのですが、その……なぜうちのVectorが抜擢されたのですか」

 それも警護の方でなく撮影の方に。絶対嫌がる。絶対不機嫌になる。絶対八つ当たりされる。

「私の推薦だ」

「えぇ……ヘリアンさんの……」

「まあ悪いようにはしない。たまには貴官を労わないとな」

「はぁ……」

 この人はどうしてこう、ズレたことをするんだろう。不器用な人だ。

 通信終了後、Vectorに今回の仕事について伝えたところ想定内の反応をされた。

「無駄」

「言うと思った」

 曰わく、本物の新婦ではないのにそんな写真撮る必要はないとかなんとか。いやわかるけど。

「仕事です。諦めて」

「わかってる」

「当日は私も行くからさ」

「来るの?」

「うん。万が一の時は現場指揮だから」

 Vectorは怪訝そうに目を細めた。

「撮影、見に来ないでね」

「なんでさ」

「似合うわけない」

「そうかなぁ」

 本人には言わないけれど、少し見てみたい気持ちもあるのだ。

 

 撮影会当日はとんでもなく忙しかった。なんてったって連れてきた人形が片っ端から、

「こんなにちっちゃかったら花嫁さんに見えません……」

「お腹がすいた!」

「いけません。今日私は世話をしていただいてばかりです」

「私は勉強してきてこの姿勢が最適だと知ってるんです」

 これだ。なんとまあ手のかかることか。どうして今日現場指揮なのかよーくわかった。引率だ。

「やれやれ……ここはキンダーガーデンじゃないんだぞ」

 先日見た映画のセリフをつい口に出してしまった。

 朝から警備のための巡回をしているが特に不審者不審物は見当たらない。これで何もないと依頼人が心配性なのか、それともただの幼稚園教諭役が必要だったかを疑わなければならない。

 最近思う。もしや指揮官に必要なのは指揮能力よりもベビーシッティング能力ではなかろうかと。冗談じゃないよ全く。

 ぶつぶつ文句を言いながら撮影所に併設されているカフェでカプチーノを啜った。今日は関係者として好きなだけ飲んでいいらしい。

 しかしいつも飲んでるのと味が違うのが気になってしょうがない。

「帰りたいなぁ」

 まだ午前中だというのに早くもホームシックだ。

 持ってきた水筒にスプリングフィールドがいつものコーヒーを入れておいてくれたから後で口直ししないと。

 もう少ししたらまた巡回。既に徒労に終わりそうな気配が濃厚だ。

 

 相変わらず巡回は特に成果がない。仕方ないので、何もないのは巡回しているからだ、と考えることにした。

 ただでさえG&Kの赤コートは目立つ。そんなのがうろうろしてれば不審者も逃げ出す。何もないのは私のおかげ。

 よし元気出てきた、と角を曲がったところで誰かとぶつかってしまった。前方不注意だ。

「あっすみません」

「こちらこ……なんだ指揮官か」

 そう言われて初めて気付いた。ぶつかったのはVectorだ。

 普段と服装が違うから気付かなかった、というのは間違いで、あまりにも……

「え、Vector?」

「そうだよ。撮影行かないとだからどいて」

「う、うん、ごめん」

 通り過ぎる背中を見送った。あまりにも、いや言葉にできない。

 地上に存在してる形容詞で言うなら

「きれいだ」

 この表現以上のものが見当たらない。ただこれでは足りなくて、言葉の限界を感じさえする。

 そんな姿が見えなくなるまでただただ立ち尽くして見ていることしかできなかった。

 

 その後はもう見回りなんてやる気が起きなくて、撮影室に行くことにした。

 Vectorには見るなと言われていたけどあんなの見てそれは無理だ。後で怒られてもいいから見に来た。

 撮影室の中には簡易的な聖堂が構えられていて、各々の人形が順番に撮影していた。

「お疲れ様です。G&Kの責任者の方ですか?」

「はいそうです。一通り施設内の巡回もしましたので、少し見学させてください」

「ありがとうございます。でしたらこちらにおかけください」

 撮影スタッフに勧められた椅子に腰掛け、様子を見守る。

 時折こちらに気付いたうちの人形達に手を振るが、残り時間はVectorから目が離せない。

「彼女、いい素材ですね」

 私の視線に気付いたスタッフが声をかけてきた。

「以前会った彼女の同型がファッションモデルをしていると聞いたので、こういう場では活躍できるかと」

「なるほど。少し表情が堅いですが実にいい。うちでもほしくなりますよ」

「はは、あいつはひねくれてるので同型の購入をお勧めしますよ……」

 カメラを向けられるVectorの顔は堅い。私がいることに気づいてからは更に堅くなったと思う。

 あれは怒ってるな。覚悟しておこう。

 しかし、他人から見てもそう思われるくらいにVectorは素敵だった。ドレスもよく似合ってる。

 きれい、すてき、にあってる、どれも月並みで陳腐な言葉でしかなくて申し訳なくなる。けど、根元に少しひやりとした恐ろしさがあって。

 あんなに美しい存在が本当に私のなんだろうか?

 あまりにきれいすぎて、素敵すぎて、私とは不釣り合いだ。

 分不相応なものを掴んでいることに今更気付いた。私にはもったいない。

 もっとちゃんと、あれの隣に立ってもいいような存在がいるんじゃないか? あれと釣り合うような、相応しい誰かが。

 こんな弱くて、頼りなくて、駄目な私ではなくてもっといい人が。

 ふと、子供の頃聞いた天女の話を思い出した。この世の物とは思えぬほど美しい天女は、その羽衣を脱がさなければ天へ帰ってしまうという。

 じゃああの純白の羽衣を奪わなければ、と両目でVectorをとらえる。あちらもこちらを見ている気がして、つい目をそらしてしまった。きれいすぎて見てられない。

 途端に自分が惨めになった。何してるんだろ、馬鹿みたいだ。

「ありがとうございます。巡回に戻りますのでもし何かあれば呼んでください」

 そう告げて撮影室を後にした。

 背中からVectorが見ている気がしたけれど、振り返る勇気なんてなかった。

 

 一日中巡回して結局足はくたくただった。やけっぱちになってやるからこうなる。

 報告書をまとめつつ写真を選るのを手伝い、帰還してから本部の人形を見送って、部屋に戻ると既にVectorがいた。

 いつも通りベッドに腰掛け本を読んでいて、いつもの服を着ている彼女に幾分か安堵する。

 ただ彼女は不機嫌だ。

「見に来るなって言ったのに」

「ごめん」

「似合ってなかったでしょ」

「様になってたよ」

「どうだか」

 Vectorは読んでた文庫本を本棚に戻した。今日は妙な気分だ。本を本棚に戻す、その当たり前の動作を指先まで追ってしまう。

 何気ない動作のきれいさに気づき、身震いした。私が気づいてなかっただけでこいつはうんときれいだ。私にはもったいないほどにきれいだ。

「あのドレス、本物なんだってさ」

「へぇ」

「あたし本物の花嫁じゃないのに。変なの」

「そんなことない。似合ってた」

 これ以上続けるとまたVectorは不機嫌になるだろう。けどそれに合わせる余裕は私にはなくて、つい心の内を吐露してしまった。

「すごくきれいだった。誰より素敵だった。こんなありきたりな言い方しかできないけど」

「指揮官なんか変だよ」

「ごめん、あまりにきれいすぎて、怖くなった」

「なんで?」

「こんな素敵な子を自分のだって、言い張れる自信がなくて」

 はぁ、と音が聞こえる勢いでため息をつかれた。

「指揮官は、馬鹿だなぁ」

「だって不釣り合いだ」

「そもそも人間と人形だよ? 今更何言ってるの」

「Vectorつい見とれるくらい似合ってて」

「大げさ。あたしだって、あんなすごいの着ていい存在じゃない。あたしは戦術人形で、戦うための物で、花嫁じゃない。だからウェディングドレスなんて不釣り合いなんだよ」

 そうか、と今になって理解する。Vectorが今回の仕事を嫌がったのはそういう理由だったのか。

「包装に対して中身が伴ってないなんて、最低でしょ」

「そんなこと」

「いくら見た目をよく取り繕っても、本物の中に偽物を入れたら意味なんてない。どれだけ綺麗に化粧をしてもらっても、時間をかけて髪を整えても、花束を持たされても、あたし自身が偽物なんだから無駄なんだよ」

 これがVectorの抱えてた不満。私はそれを汲み取れなくて、自分のことばっかりで。なんて惨めだ。

 こいつは自分のですと言う自信がないのではなく、そんな有り様ではそもそも資格がない。あまりに未熟だ。

 とっさの思いつきで、シーツをひっぺがしてVectorの頭から被せる。当然彼女は怒った。

「ちょっと、何考えてるの」

「はいこれ。偽物のウェディングドレス」

「は?」

「中身が偽物なら、包装も偽物でいいじゃん。私だってこの方が安心できる」

 首のところでシーツを束ねてやる。さしずめ大きいてるてるぼうずだ。

 これでいい。これで十分。

「今日のことは、私たちには刺激が強すぎたよ。まだお互い未熟だから、たかが撮影会って割り切れなくて二人して悩んで。こんなの馬鹿みたいじゃないか」

「まあ、うん、そうかも」

「これから中身も伴っていけるように積み重ねようよ。私も変なことでショック受けたりしないようにがんばるから」

「指揮官のが前途多難」

「そうだね……」

 お恥ずかしながらごもっともだ。冷静に考えると、綺麗すぎて怖いってなんだよそれは。この羞恥心をなんとかごまかしたい。

 Vectorの頭でフード状になっているシーツを後ろへとずらした。特に整えられてない、見慣れた銀髪が現れる。

「なに?」

「予行練習」

 少し屈んで唇を重ねる。いつも通り柔らかい感触に安心した。

 ここは聖堂でもなければ参列者もなく、誓いの言葉なんて知りもしないけど、今はこれでいい。十分なんだ。

 

 「任務お疲れ様。報告書受け取ったぞ。何事もなくてよかった」

「不審者不審物共にありませんでした。写真の方は届きましたか?」

「あぁ、I.O.P.から後ほど謝礼が振り込まれるはずだ」

「わかりました。確認しておきます」

「それで、どうだった?」

「なにがですか?」

「本来なら結婚した社員に祝い金やら休暇やらを与えるものなのだが、その」

「…………あぁなるほど。気にしないでいいですよ。相手が人形ですし、まだそういうのは早いです」

「そうか」

「えぇ。でも、ありがとうございます」




3/11時点でpixivに投稿してあるのはR-18的な表現を含む物を除いてここまで。
移動させるのに手が疲れた、疲れたよ。
なんで24本もたまってから一念発起してハーメルンにアカウント作ったのか小一時間自分を問い詰めたい。
手が疲れた。
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