お待たせ私、ありがとう私。
私は大変に臆病なので、劣化していくものが苦手だった。
劣化が進めばいつか壊れる。しかしどれだけ立派なものでも大きなものでも劣化は免れない。
常に新しいまま、変わらないものがないことはただひたすらに恐ろしい。
まだ指揮官と呼ばれることに慣れていなくて、毎日がてんやわんやで、深夜近くまで働いて、シャワーも浴びずにベッドで力尽きる生活をしていた頃。
なんとか戦闘指揮には慣れてきたが、これでは仕事が回らない。カリーナに雑務を任せていてこちらの負担も馬鹿にならないため二人そろってへとへとだった。
なので、作戦で良い成績を出した折にヘリアンさんに直談判することにした。
「お願いします。性能のいい人形をいただけますでしょうか」
「そうだな。貴官ならそろそろ使えるだろう。希望はあるか?」
「前線が維持できないことが最近増えてきたので、サブマシンガンを希望します」
「わかった。人形が決まったら情報を渡そう」
「ありがとうございます」
ヘリアンさんから許可が出た後、カリーナとハイタッチした。
「やりましたね指揮官様!」
「これで少し楽になる!」
この頃から私とカリーナは無二の親友だったのだ。最初の激務を共に乗り越えればこうもなる。
何日かして送られてくる人形の情報がメールで届いた。希望通りのサブマシンガン、等級は最上だった。
「ヘリアンさん、奮発してくれたなぁ」
後から聞いてわかったのだが、私の出していた成績は当時所持していた人形ではたどり着けるかどうか怪しい好成績だったそうだ。それは十二分に報酬を与えられてしかるべきだ。
派遣される人形はありがたいことに多少の事務仕事も依頼できるらしい。ありがたい。実にありがたい。猫の手も借りたい状況なのだ。
メールには諸々のスペックシートが添付されていたのでこちらは技術部と工廠へ転送。見た目や装備の情報は画像で添付されていた。
「どんな顔でもいいよ、ついてればいい」
そんなことを言いながら開いた。しっかり働いてくれさえすればなんでもよかったんだ。けど
「……わぁ」
次の反応は感嘆詞だった。ありていに言うと彼女の顔はとても綺麗だった。誰かが『美しくあれ』と念じて作ったような、そんなこだわりを感じられた。
長いまつ毛はずらりと瞼に並び、鉛筆で丁寧に描かれたような眉、くっきりとした二重のつり目は真夜中の月みたいな金色だった。すっと通った鼻筋に小ぶりの鼻、真一文字に結ばれた形のいい唇。おそらく黄金比とやらに従ったであろう完璧なパーツの配置。人間離れした美しさになんと言ったらいいかわからなかった。
お恥ずかしながらもっと楽しみになってしまった。私も現金な奴だ。
それから到着の日をカレンダーに書き込み、指折り数えた。眠って目が覚めたらその日になってないかと心から望んでいた。クリスマス前の子供みたいだ。
そしてその日はやってきた。私はそわそわしながらしゃんと背中を伸ばして座り、彼女を待つ。
やがてコツコツと廊下を歩く音が聞こえ、ドアがノックされる。一度深呼吸、鼻から吸って口から吐く。
「どうぞ」
無言でドアが開けられ、彼女が入ってきた。
思わず息を飲む。画像データの二次元情報から飛び出した奥行きのある彼女は、信じられないくらいきれいだった。
画像なんかよりずっといい。あんなきれいな存在が動いて目の前にいる。奇跡みたいだ。
おっといけない。惚けててあいさつをしてなかった。
「待ってたよ。よろしくね」
「うん? 新しい指揮官?」
「そう、だけども……」
彼女は私を頭の先からつま先まで順番に見る。そりゃ確かに私は頼りなく見えるけれども。気になるなら存分に見てくれて構わない。
「まぁ、仲良くやろ」
とりあえずなんとか受け入れてもらえたようだ。たったこれだけのことが嬉しくてたまらなかった。
第一印象は最高だった。
第一印象は、ということは、その後はまあよくなかった。
彼女は仕事に関しては事務戦闘共に大変戦力になるのだけれど、コミュニケーションが、ちょっと。あまりにもとりつく島がなくてどう接したらいいか皆目見当がつかない。
これが指揮官である私だけに対する態度ならいいのだけれど、他の人形にも同様だからどうしたものやら。
「事務仕事終わったよ」
「ありがとう、とても助かったよ」
「別に。それにしても戦術人形に事務仕事やらせるなんて」
「あー、うん、ごめん」
いつもこれだ。わかってる、彼女の言うことも一理あるから。なので、ここから何か一言付け加えようとするとその前に、
「製品としては当たり前の扱いだからいいけど」
これがくる。
何も間違ってない。彼女は人形で、それもとびきり性能がいいやつで、だから戦闘も事務仕事も安心して任せられて。
便利な道具であるなら便利に利用するべきだ。人間はそうやって進化してきたし、人形だって本来そのために作られた。
そのはずだから何も間違ってない。間違ってないけどなんだか納得できなくて。噛み潰せない感情を抱えたまま彼女の一言に何も言い返せない。
おそらく私は彼女を単なる人形だと感じていないんだろう。けど、じゃあなんだと思ってるのかと言われるとわからない。自分でも答えが出せていない。
もしかしたら人形が増えていったら他の人形との比較でわかるかもしれない。だからしばらくは人形を増やす方針で仕事をこなそう、そうしよう。
それから、トンプソンやスプリングフィールドがきて、スコーピオンを拾って、M4を見つけて。次々仲間が増えていった。
私はそれぞれの人形に対してそれぞれ別の感情を抱いた。トンプソンは頼りにしているしスプリングフィールドは慕っている。スコーピオンは保護対象だしM4は私の半身だった。
ここまで様々な感情を抱いたのに、彼女に対する感情は名前が見つけられない。
彼女を大切にしたい一方で何かしらの爪跡を刻みたい。私から何か影響を受けてほしい。あの空虚で達観した奴に何でもいいから私を残したい。彼女に対する感情の中身はひどいエゴの塊だった。
「私はどうしたいんだろうか?」
この話をして喜んだのがカリーナだった。喜んだというのか、色めき立ったというのか。
「それは指揮官様、あれですよ!」
「あれってどれ?」
「恋ですよ」
「いやいやないでしょ」
そんな甘ったるい感情ではないのだ。もっと汚くて尊重されるべきでない淀みのようなものだ。
「まあまあ副官になってもらって話す時間増やしましょうよ」
「うーんまあそうするか……」
とりあえずカリーナの助言に従って当分副官になってもらうことにした。他のメンバーとのコミュニケーションに不安を感じてもいるからちょうどいい機会だろう。
そうして二週間ほど過ごしたのだが、特に進展はない。私の感情も特に変わらなければ、彼女の人当たりの悪さも変わらない。
「最近他のメンバーと話した?」
「別に。必要ある?」
「必要あるないの問題じゃないと思うんだけどなぁ」
こんな様子だ。
こんなので本当に何か変わるのだろうか? それとも期待するだけ無駄なのだろうか?
しかし私のためにも彼女のためにもここであきらめるわけにはいかない。私はまだ自分の感情に答えを得ていないのだから。
数日後、私はダイヤを持ってカリーナの元へ向かった。
「カリーナ、指輪買いに来たよ」
彼女の目が輝いたのは物資が売れるからだけではなさそうだった。
「指揮官様! ついに!」
「AR-15に渡すんだ」
カリーナの肩ががっくり下がった。
「いや、なんでそうなるんですか」
「AR-15には世話になってる。でもあの子は優秀なのに特別を求めていて、AR小隊に対するコンプレックスが強すぎて苦しそうだ」
「だから指揮官様から特別を与えるって言うんですか?」
「うん」
「そうですかそうですか。ちょっとがっかりです」
カリーナの目論見とは違う方向に動いたことは自覚している。だから失望されるのももっともだ。
「代金をいただく以上、私から物資の受け渡しを拒否することはできませんけど、指揮官様多分めちゃくちゃ叱られますよ」
「はは、まさか」
と指輪を受け取った私は直後に執務室で正座させられることになった。頭上からAR-15が睨みつけている。
AR-15の名誉のために言うが、こんなことをされるのは初めてだ。
「なんでだ」
耐えかねて呟くと声が降ってきた。
「ご自分の気持ちに正直になることすらできない人からの特別なんてこちらから願い下げです。私達が気づいてないとでもお思いですか?」
「……え?」
言われたことの意味が理解できなかった。気持ち? 私の? 何の?
「指揮官もしかして自覚してらっしゃらないのですか?」
「何を?」
皆目見当がつかない。床が痛いから正座をやめたい。
「副官を好いてらっしゃるのでは?」
「あれはそんな純粋な感情じゃないよ」
自分ではっきりとわかっている。カリーナに言われるような恋だとか、AR-15に言われるような好きだとか、そんな綺麗な感情なんかじゃない。
もっと背徳的で恥ずべきものだってはっきりとわかっている。
「失礼ですが、指揮官は今まで恋をなさったことは」
「ない。でも本や映画で知ってる」
はぁ、と大きなため息が聞こえた。足がしびれてきたからそろそろ許してほしい。
「私は人形ですので、恋などしませんから完全に理解しているわけではありませんが」
そう前置きしてからAR-15は続けた。
「それは指揮官が思うほど崇高なものではないはずです」
「そうかな? そうだろうか? ところで指輪は受け取ってもらえない?」
「いりませんよ。私のほしい特別はAR小隊からの特別です」
こうして私は袖にされ、手元に誰にも渡せない指輪としびれて立てない足が残った。この後もちろん転んだ。
カリーナへの敗戦報告はすぐにした。
「ほーらやっぱり」
「そういうわけで指輪は返品するよ。さすがに使い回しは良心が咎める」
「それがわかってどうして指輪を渡したい相手がわかりませんかね。代金はお返しできませんよ」
「わからないものはわからないんだって。受け入れがたい。まあうん、ある意味それ使用済みだからね」
用途のなくなった小箱はカリーナの元に戻った。きっとこの後廃棄される。
少し身軽になって執務室に戻ると副官を頼んでいる彼女がいた。先ほどは席を外してもらってたのだが、頃合いを見計らって戻ってきたのだろう。
「ごめんね突然席外してもらって」
「別に」
「外で何かあった?」
「何も」
「その、他のメンバーと話したりは」
「してないよ。いつもそれ聞くね」
「円滑なコミュニケーションをとってもらいたいので」
とは自分で言うものの、彼女が他のメンバーから報告書を受け取るとき特におかしいことはない。それどころか一言相手を労うことすらあるし、そういうシーンは何度も見てきた。
また、彼女は話しかけられて無視をするようなことはしない。単に積極的でないだけであって、相手を避けるようなことはしていない。
彼女には彼女なりのコミュニケーションのやり方があり、私だってそれを認めている。なのにどうして同じ質問を懲りずにするのか。
「これは、ただ話したいだけだな」
「何が?」
しまった、口から出てた。今日はきっと気が抜けてるんだ。
「同じ質問を繰り返すのは、ただ何か会話がしたいだけなんだと思って」
「物好きだね」
「そうだね。なんでかなぁ」
「好きなんじゃない?」
「ふぁ?」
近年稀に聞く間抜けな声が出た。好き? 私が?
「会話することが」
「あぁ、うん、そうか、うん、そうだね」
なんだ会話することか。びっくりした。大変に驚いた。心臓に悪い。まだドキドキしてる。
カリーナやAR-15に言われたときは即座に反応できたのに、本人に何か言われるとどうしてこんなにも穏やかでいられないのか。
今日はちょっといつもと違う。だからこんなことを聞いたのは気の迷いだし魔が差したんだ。
「君は私のこと好き?」
「は?」
「嫌い?」
「は?」
いや、いい、わかりきってた答えだ。なんで一瞬期待したかなぁ。そもそも何を期待したのかなぁ。
忘れてもらうよう伝えようとしたとき、彼女は口を開いた。
「指揮官はあたしのこと好き?」
椅子から、転げ落ちるかと思った。なんでそんなことを聞いた?
だめだ答えられない。何か無難に返さないといけないのに。のどの奥から声を絞り出した。
「きらいじゃないよ」
「そう」
さもどうでもいいといった様子で彼女は返した。実際どうでもいいんだろうけど。
「指揮官いつもと様子が違うけど、具合悪い?」
「そうかもしれない」
「早めに切り上げなよ。今日もうやることないし」
「うん」
いつもか。当たり前のことだけど彼女も私のことをいつも見ていたのだ。それを理解してしまうといてもたってもいられなくて。
妙なことになる前に自室に引っ込んでしまおう。これがそうなのだと受け入れる覚悟をしよう。
恋心とはかくも自己中心的な欲求の塊なのだと認めよう。
「つまり?」
「つまり顔だね」
きっぱり言い切るとROは目に見えて落胆した。
「指揮官が面食いだとは知っていましたがこれではあまりにも」
「仕方ないじゃない、事実だもの」
ROがVectorのどこに惚れてるのか聞きたがるから話したのに。
「大体これはAR-15のことが含まれてるからROにだけ話せる完全版なのに」
「それはわかりますが納得いかないです」
「納得できなくても事実です」
大方もっとロマンチックなことがあったりしてほしかったんだろう。
「現実は映画や小説のようにはいかないんだよ」
「悲しいですね」
「そりゃ私もさ。でも蓋を開ければこんなもの」
「結局一目惚れで、積み重ねで認識が変化していっただけなんですね」
「そうです。だから日々の積み重ねは大切だよ」
「訓練や備蓄と同じですね」
「その通り」
私にとっては青天の霹靂であっても振り返ってみるとそうでもないことは多々ある。
もしかすると多くのことが後々になって振り返るとなんてことないことになるのかもしれない。
「でも怖くないんですか? 好きになった理由がなくなってしまえば変わってしまうとか考えないんですか?」
「そりゃね。でも多分今更何か変わられても、ね」
どうしようもないところまで来てしまってどうにもできそうにない。
「さて、そろそろ仕事に戻ろうか。あんまりサボって雑談にふけってると怒られる」
「誰に」
「……いたの」
いつの間にか開け放たれたドアにVectorが寄りかかっていた。
「聞いてた?」
「何も。そんなことより明日支援要請の書類来たから見て」
「今日きて明日? 無茶言うなぁ」
どうしてこういう要請はいつもギリギリなのか。書類を受け取りつつ文句も言いたくなる。
「ところで何話してたの?」
「RO」
「指揮官がVectorには一目惚れだと言い張るので真偽を問いただしていました」
「RO!」
「だって」
「なんで言っちゃうかなぁ」
びくびくしながらVectorを見るとため息を一つつかれた。
「それ本当にただの一目惚れだから期待しなくていいよ」
「えぇ……」
「だって指揮官だし」
「そうでした」
なんなんだその私に対する絶対の信頼は。
「でも一目惚れでは理由が不確かすぎて怖くなりませんか?」
Vectorは少し考えた。私はそれを黙って見守る。なんて言われるかはなんとなく察している。
「大丈夫。指揮官に諦める勇気はないから」
「もっと他に言い方あるよね?」
「ない」
あんまりだ。あんまりだけど、反論もできない。
「これが惚れた方の負けというものですか?」
「ROは賢いなぁ」
その通りすぎて何も言い返せない。悔しいが、これでいいんだと思う。