私は大変に臆病なので、   作:たぬき0401

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 これが私の考えた2060年代の技術だ!
間違っててもいいの、SFだから。
深く調べようとすると軽率に論文が出てくる内容ばっかりでわくわくするね!


骨の髄まで

 私は大変に臆病なので、誘惑されることが苦手だった。

 甘美な誘いには裏がある。理由もなくおいしい思いができるはずはない。

 必ず罠が仕掛けられているのだから、易々と騙されてはいけない。

 

 人形は精密機器である。そのため、定期的にソフトウェアやハードウェアのメンテナンスを行わなければならない。

 各司令部でその日程、人形の優先度は厳密に決められかなりセキュリティ性の高い情報として管理されている。

 メンテナンス中の人形は即座に動かせないため、そこが弱点となるからだ。

「鉄血のメンテナンス日もわかればなぁ」

 今日はVectorがハードウェアのフルメンテナンスのため彼女は執務室でなく工廠にいる。要するに私を見張る役目の存在はいなく、際限なく何もしないをできる。

 手持ち無沙汰にボールペンを回しても叱る者がいないのはちょっと気分いい。

 嘘だ、退屈だ。緊急の出撃任務でない何かが起きないかなぁ。そんなことを考えていると吉報が音を立てて執務室のドアを開けた。

「しきかーん!」

「SOP2、ノックしなさい。ドアは優しく開けなさい」

 乱暴に開けられたドアが少したわんでいるのが見えた。あれでは直に壊れる。設備のメンテナンスもしないといけない。

「ねーねー今日ってヒマ?」

「まあね。パトロールも問題なくあと三十分で帰ってくるよ」

 後のタスクは備蓄の確認と次の予定確認。多めに見積もっても小一時間。

「じゃあ工廠行かない?」

「工廠?」

「そろそろVectorのメンテナンス始まるよ」

「そういえばそんな時間だね」

「指揮官さぁ」

 次の言葉はなかなかに甘美な誘いだった。

「Vectorの中身見たくない?」

 

 こんなところにこんなタイミングで来たとバレたら何を言われるか分かったものではない。それでも興味がそそられてしまったので、Vectorのメンテナンス中に工廠へ向かった。

 移動中、SOP2は私の手首をつかんでぐいぐい引っ張る。

「絶対これ怒られるやつでしょ」

「大丈夫だよ! メンテ中は電源落ちてるから」

 そう言われてふと思った。私は電源の落ちたVectorを数えるほどしか見ていない気がする。それも負傷した時限定だ。

 いつも見ているスリープモードは省電力状態であり電源は保たれている。そのため何かあれば即座に起動できる状態下にある。要はちょっかいをかけるとすぐバレる。

 ただ今回は電源が完全に切られているとのことなので、私が見に来たことも知られることはない、と信じている。

「ただいまー。指揮官連れてきたよー」

 SOP2は工廠に入るとまるで自分の家であるようにしはじめた。彼女は日中暇な時間はここで過ごすことが多いらしく、まさに勝手知ったるという様だった。

「お、おいでなさったか」

「こんにちは工廠長」

 出迎えた工廠長は壮年の男性だ。長らく技術者である彼は多くの若手から尊敬されていて、私も仕事面私生活面共によく世話になっている。面倒見がよくてユーモアのある信頼できる存在だ。

 彼に出迎えられたことで少し罪悪感が薄れた。これは職務、これは職務。

「しかしパートナーの内部構造画みたいだなんて指揮官もなかなかスケベだね」

「ちょ、工廠長!」

 気を抜いてた。この人こういう人だ。だから好かれるんだけれども。

 工廠長は取り乱す私を見て満足そうに笑った。

「なーに責めはしませんよ。好奇心には勝てませんから。それに、知っておいて損はない」

 それでは、と彼はSOP2と私をメンテナンスルームへ案内した。歯科医院に置いてあるような椅子にVectorは目を閉じたままで座っていた。ついでに服も着ていない。

「わぁ」

「おや刺激が強いですかな?」

「指揮官よく見てるでしょ?」

 慌てると二人にからかわれた。面白いのは分かるけどちょっと黙っててくれ、悔しい。

「慌てもしますよ……いえ当たり前なのはわかっているんですが」

「そうだよ。メンテナンスの時はみんなはだかんぼ。お風呂と同じ」

「風呂嫌いのトンプソンは嫌がらない?」

「いや、むしろ一番脱ぎっぷりがいいですな」

「うん。でもいつも脱ぎ捨てるから怒られてるよ」

「潔すぎる……」

 少しVectorから目をそらして話す。今は本当に物言わぬ人形の状態であっても私からすれば十分すぎるほど刺激が強い。

 なるほど、だから夕べ断られたのか。軽く落ち込んでたからこれで立ち直れた。

「その、間違った質問だってわかってますが、平気なんですか?」

「自分たちの商売道具なんでね。でもVectorが指揮官のパートナーになってから彼女は俺が見てますよ」

「工廠長が?」

「若手からそうしてやってくれと頼まれましてね。兄貴分姉貴分としてしのびないところがあるんでしょうよ」

「指揮官愛されてるねー」

「ちょっと照れるな」

 工廠の職員とは他の部署よりも関わりがあるため、個人的にもよくしてもらっている。それがこんな話になるなんて思いもしなかった。

「さーてそれじゃやっちゃいますかね」

 工廠長はVectorのうなじにコードを刺すとタブレット端末を操作し始めた。

「今から分解権限解放用のキー入力しますけど、別の意味で刺激が強いかもしれないんで目閉じてた方がいいですよ」

「どーする指揮官?」

 SOP2と工廠長が私を見つめた。確かにこれからVectorバラバラになるところを見たら……でも何も知らないままなのは嫌だった。

「いえ、見ます。見せてください」

 工廠長は満足げに微笑んだ。

「それは結構」

 キーが入力され、正しいものであったことを示す電子音がする。

 プシュッと空気の入る音が聞こえ、これから起こることを固唾を飲んで見守った。

 

 三十分ほどかけてVectorは頭、胴体、腕、脚に分けられ、それぞれが蓋を外されて中身のパーツが見える状態になった。

 これを見ると、なるほど彼女は機械だとかみしめられる。

「よく気絶しなかったね指揮官」

「SOP2が鉄血のパーツ持ってくるの見慣れたせいかも」

「私のおかげ!」

「そういうことにしとこう」

 聞くところによると、新人の職員は分解中に失神することがあるそうで。わからないでもない。少し居心地の悪い気分になりはした。

「ネジ、ほとんどないんですね」

「紛失の元ですし、今は電子ロックと空気圧、パーツ同士の噛み合わせの方が強固ですからな。点で留めるより線で固定した方がこういう大きいのはいいんですわ」

 確かに、精密機器と言えども人形はかなり大きい。これだけの大きさがあってしかもそれなりに激しく動くのだから要所要所に合わせた固定方法があるんだろう。

 カバーを開かれた胴体には整然とパーツが並ぶ。私程度では一度取り出したら戻せないと思えるほどにぎっしりだ。

「こんなにたくさんあるんだ」

「なかなか壮観でしょう? これで全部効率よく動かすために並んでるんですから意地を感じますよ」

 SOP2が一つを指差しながら説明し始めた。

「この胸のとこにあるのが冷却水循環用のポンプ。ポンプからの配管は人間の血管をモデルにしてるんだよ。あと神経配線も」

「なるほどなぁ、その方が都合いいんだ」

「うん。生き物の形をしてるものは大抵その生き物を真似て配線するんだー」

 自分の身体とVectorの身体に似ているところがあることに少し安堵した。あまりの光景に少し圧倒されてた。

「身体を動かしてるのは人工筋肉ですか?」

 工廠長に問いかけると彼は頷いた。

「人工筋肉の中には燃料電池が入ってましてな、これのおかげで回生エネルギーを得つつ最低限の電力で動かせるんですわ」

「回生、エネルギー……」

「車のブレーキと同じように動く度に発電するんですよ。要は動くときに使った分のエネルギーからお釣りがくる」

 なるほど、わかるようなわからないような。ただ車と似た機構を使われると聞くと少しVectorを遠く感じる。

「骨格は問題ないが、やっぱり足周りの筋肉は消耗が激しいな。こりゃ全とっかえだ」

 太ももから足首にかけてうねるようにして配置されている人工筋肉は、確かに上半身と比べて損傷しているように見えた。

 理由はわかる。彼女は回避に足をよく使う。激しく動かす箇所は壊れていく。

「普段の生活ではあんまり変わった様子ないんだけどなぁ……」

「他の筋肉で支えられちゃうからなんとかなるんだよ。指揮官も筋肉痛になったからといって普通に歩けはするでしょ?」

 SOP2の話に頷いた。そう言われるとわかる。ただまぁ、私は筋肉痛のときひどくへっぴり腰な歩き方になるけれど。

 私たちが話している間に工廠長は慣れた手つきで足の筋肉を引っ剥がしていた。

 Vectorは痛くないのかとひやりとしたが、電源を切られている彼女に痛みはない。代わりに私の足が何かに耐えかねるようにもぞもぞ動いた。

「ははは、指揮官足が動いてますぞ」

「自分のことではないのについ」

「それだけ大切に感じてるってことでしょ。結構なこって」

 彼は喋りながらも手早く新しい人工筋肉を取り付けた。金属のヘラのようなもので丁寧に位置を整え、足は先ほどと同じような見た目になった。

 それから彼は人工筋肉の損傷具合を確認して、激しいところは交換していった。工廠長が魔法使いに見えた。本当に、魔法みたいだった。

「これで次のメンテまで元気ですよ。まあそれまで大怪我しないでもらえばですが」

「本当だよ。Vectorすーぐ前出ちゃうもん」

「む、気をつけさせないと」

 言ったところで聞くかわからないけど。

 それでも最初よりは捨て身にならないようになってくれている。彼女曰わく、私が困った顔をするかららしい。そんな顔してるのか?

 続けて腹部にあるバッテリーのメンテナンス。こちらは特に問題なさそうだった。

「ずいぶん大きなバッテリーですね」

「この大きさの機械動かすにはかなりの電力が必要でしてね。これだけ大きけりゃ戦場でも一日動けるんですよ」

「でもおなかへるよ! すっごくへる」

「そいつは燃料の話だな」

 工廠長は胃のあたりにある部品を指差した。ぱっと見たところ電動のコーヒーミルに似ている気がする。確かカフェに似たようなのがあった。

「こいつが発電機で、燃料は普通の食べ物なんですよ」

 言われてみれば人形達が燃料らしき物を摂取しているのは見たことなかった。

「この発電機の中で食べ物を原子レベルに分解、融合反応を発生させ、エネルギーを取り出して電力に変換してるんです」

 彼は得意気に話した。おそらくお気に入りのパーツなのだろう。

 詳しい原理は私にはわからないが……いやちょっと、待ってくれ。聞き捨てならない言葉に血の気が引いた。

「融合反応って、核、放射能」

 確かに崩壊液汚染なんていう核汚染もびっくりなもっと危ないものもあるけれど。それでも穏やかじゃない。

「お! ご存知でしたか。大丈夫ですよ、K社のミスター・フュージョンは安全です」

「ミスター・フュージョン」

 このコーヒーミルのような装置は随分とひょうきんな名前なようで。

「放射能漏れのない素材で密封されてますし、おまけに廃棄物も出ないほどまでに分解できる」

「すごいですね……」

「こいつのおかげで人形産業が発達したようなもんですから」

 確かにエネルギーの確保ができれば人形ほど大きな物も動かせる。それも長時間、ごく一般的な燃料で。

 食事をして発電して、バッテリーに充電して、そこから電力を使って、また食事をして発電して。腹が減っては戦はできぬというなら、なんとなく人間のようでおもしろい。

「食品が燃料だからSOP2はおなかが減るんだね」

「うん。作戦中は特に腹ぺこ。たまにおやつ持って行くんだ」

 そういうことなら咎めないでおいてあげた方がいいかもしれない。

「この発電機は第三次大戦の結晶なんですわ」

 さらっと工廠長の口から出てきた言葉に何も返せなかった。

 大戦の最中、私はほんの幼い子供だったけれど、彼は戦場に行っていた可能性がある。

「第三次大戦は早めに核の応酬でしたから、輸送のために小型化、輸送中の事故を防ぐための素材の研究がせわしなくされまして。その結果としてこういった発電機が作られたというわけです」

 人形の中に納められるほど小型で、放射能漏れの起きない素材で覆われ、廃棄物のない発電機。失うものはあまりにも大きかったのに得られたものはこうして使われていく。

「すてきですね」

「指揮官にもこれの良さをわかっていただけましたね。俺のお気に入りですから知っていただきたくて」

「工廠長これ好きだよねぇ。目玉のがきれいなのに」

「SOP2にはミスター・フュージョンのかわいらしさがわからんのか」

 やいやい言い合いを始めた二人に苦笑いしながらもう一度Vectorの中に並んだ部品を眺める。

 これのどれもが誰かが悩み、挑み、敗れ、苦しみ、掴み取った結果であり、まだまだ進化していく過程に過ぎないものばかりで。人の手で作られて無数の想いを抱えた彼女をたまらなく愛おしいと思った。

 終わったら抱きしめてやってもいい。きっと何事かと聞かれるけれど、そうしたいからそうする。こんなことを知ってしまってじっとしていられるほど出来た人間ではないのだ。

 目を滑らせていくと、あれだけぎっしり詰まっていたパーツ群の中にぽっかりとスペースがあいている部分を見つけた。

「工廠長、ここの隙間ってなんであるんですか?」

 二人はぴたりと言い合いをやめてお互いに顔を見合わせた。

 妙に居心地の悪い沈黙が流れる。聞いてはいけないことだったろうか?

 最初に口を開いたのはSOP2だった。

「指揮官のエッチ」

「え?」

 困って工廠長の方に目を向けると困ったように笑われた。

「いやー、あはは、ここはこの子が指揮官のためにパーツを選ぶとこですよ」

「あ、あー……あぁ」

 そうか、そこか……

 

 こうして一通りメンテナンスをして、最後に頭部の確認をして、ここも特に問題はなかった。

 以前私が端末を通して会話した中枢器官は頭部に納められているパーツだった。

「こうやって見ると人間の急所と人形の急所は同じなんですね」

「万が一人形が暴走したときにその方が制圧しやすいですから」

 工廠長の答えには納得したけれど、少しもやっとした。どうも人間が人形に危害を加える系統の話が苦手だ。

 私が口を閉じてしまったので工廠長は再び口を開いた。

「そんな顔なさらんでください。機械は人間の道具ですからある程度の割り切りは必要になるもんです」

「わかっているつもりなんですが」

 腑に落ちないこともある。

「ただ今日、Vectorは機械なんだってよく理解しました。人の手で作られたものだけで動いてる」

 蓋の開いたままのVectorは部品をむき出しにした状態で横たわる。

 これを私はパートナーだと、恋人だと言い張れるのか。

「指揮官はこの状態のVectorが怖くなったり嫌になったりする?」

 SOP2の質問にノータイムで首を横に振った。

「しない。人の手で作られたVectorが、私にとって大切」

 人間でなくとも量産品でも人の手によって整備されなければ生きていられなくても、彼女を大切だと感じることに何ら変わりはない。

「それに、中身もきれいだよ」

「うへぇ指揮官ヘンタイっぽい」

「SOP2に言われたくないよ」

 私とSOP2は顔を見合わせてケラケラ笑った。

 

---

 

 彼女が頼み事なんて明日はミサイルでも降ってくるんじゃないかと思った。

「頼みがあるんだけど」

「え?」

 工廠にある作業台の側にいた私はびっくりしすぎて目をまんまるに見開いた。

「メンテ中に指揮官ここ連れてきてよ」

「なんで?」

「指揮官、あたしのこと人間だと思ってる節あるから」

「あー」

 あまりに珍しかったからつい受け入れてしまった。

 指揮官は誘ったらすぐに工廠に来てくれて、工廠長の協力もあって彼女の中身は見せられた。

 彼女の目論見通り指揮官は機械であることを認識して、それでも大切だと言ってのけた。よかったねVector、指揮官は大丈夫だよ。

 それから、また三十分ほどかけてふたを閉じて、Vectorは人の形に戻った。

 帰り際に指揮官はVectorの手に触れた。電源の入っていないVectorはそれに反応しないし、稼働していないから温かくもない。

 それでも指揮官は満足げに頷いて背中を向けた。

「ありがとうSOP2、工廠長。私は執務室に残してきた仕事があるので、また」

「ほいほいお疲れさん」

「指揮官またねー」

 指揮官に手を振って別れてからVectorに服を着せて電源を入れる。

 メンテ後のチェックプログラムが終了して、目を開けるまで待つ。ぴったり三分してから目が開いた。

「終わったよ」

「そっか」

「指揮官大丈夫だった」

「そっか。ありがとう」

「んーん」

「今度カフェで何かおごるよ」

 本当に、今日はミサイルでも降ってくるんじゃないかと思った。それと同時に、この二人がいてくれたらこれから先どれだけ辛いことがあってもがんばれる気がした。

 指揮官とVectorを大切にしたいから、きっとがんばれる。

「あまーいカフェオレがいいな」

「じゃあそれで」

 早くカフェに行ける日が来てくれないか、今から楽しみでしょうがない。

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