無理でしょあれは?
私は大変に臆病なので、他者に期待されることが苦手だった。
期待されればそれに応えなければならない。それが仕事であるなら苦しくても受け入れよう。
ただそれが私生活だと耐えられない。個人的に親しくしている存在の期待を裏切り、失望されるのが怖くてたまらないのだ。
G&Kは企業であるため、人間人形ともに業績の報告と評価が発生する。私は自身の評価をヘリアンさんから受け、部下の戦術人形を評価する。
今日は四半期に一度の報告なので少し大規模であり、これを期に表彰式があったり全社員向けの報告会があったりとまあそれなりに忙しくて面倒だ。
「指揮官、疲れてるね」
「うぅん」
一日の業務を終えて部屋に戻ってすぐVectorにそう言われるくらいには顔にでている。
「夕食とった後だけどこの前の見舞いでもらった果物出そうか?」
「そうしてくれると助かる」
制服を脱いでハンガーに吊すと肩の力が抜けた。今日は報告会でいつぞや鉄血からジュピターを頂戴してきた件について説明する役割を与えられていたため、結構緊張していた。
Vectorが廊下に併設されているキッチンでリンゴを剥いてくれたのでそれをつまむことにしよう。贈答用だけあってみずみずしくて甘い。
「果物まだあるけど、そろそろ食べないとまずいかも」
「本当? どうしようかな」
「ジャムでも作ってもらったら?」
「ありだな」
そういえば明日、土曜日は約束があったな。いいことを思いついた。
弊司令部のスコーピオンは鉄血の捕虜にされていたところを救出した個体だ。元に所属していた部隊はあったそうだが、彼女が行方不明になった後に手放す手続きを済ませてしまったそうだった。
前の指揮官を責めることはできない。基本的に作戦中行方不明となった人形は損失したと同じ扱いをされる。手続きを踏めばその穴を埋めるための人形が配属される。そのため、前任者の対応は適切だったといえる。行方知れずの人形を手放す手続きを踏めない者はそれこそ私のような臆病者だけだ。
救出したスコーピオンはよく働いてくれている。少し戦闘中に無駄な動きが多いことが玉に瑕だけれど、明るくて元気な彼女はSOP2と並んで部隊のムードメーカーだ。
彼女は私が入隊時に「うちの子になるか」と発言したため私との関係を親子に近い形に設定していると聞く。そのため休日にはよく私とテーブルゲームをして過ごしているが、四半期に一度だけ約束がある。
四半期の評価で前回よりもいい評価を得られたら街のファミレスまでパフェを食べに行く、という約束はいい成果を出している。今期はこれを頑張る、次はこれ、と目標を立てて彼女はそれを着実にこなしてくれた。今期は被弾率を下げることを目標とし、見事にそれをクリアした。
そういうわけで今回もパフェを食べに行く約束なのだが、
「今回は果物が余っているのでパフェを作ろうと思うのだけど、どうだろう?」
「やたー!」
司令部のカフェまで連れてきて提案するとスコーピオンは大喜びで快諾してくれた。これで断られると困るのでとても助かった。ちょっと私とVectorだけで消費できる量の果物ではない。危うく胃の中で砂糖が生成されるところだった。
「それじゃあエプロンつけて手を洗って準備しよう。スプリングフィールドにはキッチン使う許可もらったから」
「了解しましたっ」
スコーピオンはびしっと敬礼すると用意しておいたエプロンに袖を通し始めた。レシピによるとミキサーを使って混ぜるような工程があるようだ。スコーピオンのことだ、エプロンをつけさせないと白い斑点が服にできる。私もエプロンをつけ、しっかり手を洗った。
「どうやって作るの?」
「うん、まず材料なんだけど」
ケーキ用のスポンジ、コーンフレーク、ナッツ、ビスケット、クリームチーズ、ヨーグルト、生クリーム、アザラン、ジュース、ゼラチン、それからアイスクリーム。
「乳製品は合成品しか手に入らなかったけどこれだけあれば十分でしょ」
「これだけあったら足りる足りる」
普段ファミレスに食べに行っているパフェは長くて大きな器にこれでもかというほどクリームと果物の層が構成されているが、今日考えているものは小さめの器に自分で好きなように材料を詰めて食べていいという方式だ。
なのでこれだけ選択肢を用意した。これだけあれば無限に楽しめるだろう。
「最初に何作るの?」
「ゼリー作ろうか。パフェ入れるグラスの一番底に入れるやつ」
「いいね。あたし容器斜めにして作っていい?」
「いいよ」
こういう発想が柔軟なところはスコーピオンの強みだ。彼女はジュースにゼラチンを混ぜたゼリーの素を丸底の容器に入れ、斜めに保つように周りの物で固定しながら冷蔵庫に入れた。
私は平たい容器にゼリーの素を入れ冷蔵庫へ静かに置いた。こちらは四角く切ってパフェの中間に入れるつもりだ。
「次にクリームを作ろうか」
「クリームチーズとヨーグルトと生クリーム混ぜたやつと、あと生クリームに砂糖混ぜるやつだよね?」
「うんそう。容器の中に入れる用と、上に乗せる用」
クリームを混ぜるためのボウルともう一回り大きいボウルを用意し、その中に氷を入れる。冷やすといい感じになるんだとか。
「ボウル抑えとくからスコーピオン混ぜて」
「がってんしょうち!」
スコーピオンは出番だとばかりにミキサーでクリームを混ぜ始めた。案の定傾いていて白いしぶきが飛んでくる。
「わっ傾いてる傾いてる!」
「あわわわ」
「容器に対して垂直に! あ、あと回転速度を下げて!」
「うんっ」
クリームは液体で粘度が低いから飛び散りやすいんだとかなんとか。そのため高速で混ぜないように忍耐力が求められる。あせらず、低速から順番に中速、そして高速へ回転数を上げていき泡立てる。
なんとかかんとか二種類のクリームが完成した。これを冷蔵庫へ入れる。
「ねえ指揮官」
「なに?」
「ホイップクリームさ、ちょっとびっくりするくらい砂糖入ったね」
「レシピ通り作ったんだけどね、思ったより量がすごい」
案外自分たちで作ってみて初めて分かることもある。クリームの泡立てがこんなに大変なことも初めて知った。
「ほかにやることある? ゼリーができるまで待つの?」
「うーんそうだなぁ、あとは果物とスポンジを切って、ビスケットの半分の量を砕いておこうか」
「はぁい」
冷蔵庫の中身が整うまで黙々と手を動かす。イチゴのヘタを取ったり、バナナの皮をむいたり、桃を切ったり。スポンジは手でちぎり、ビスケットは程よい大きさに砕いた。
これで多少は飲食店で提供されているようなパフェに近づける準備はできた、はず。
「指揮官、そろそろ開けていい?」
「いいよ。ほかの器も出して準備しようか」
スコーピオンは冷蔵庫の中からゼリーとクリームを、私はパフェを入れるためのガラスの容器を用意した。さていよいよ盛り付けにかかる。
パフェは容器の中に果物とクリーム、ゼリーが層になるように重ね、最後にホイップクリームと果物、アイスクリームやビスケット、アザランで飾りつけをするといった手順で作ることにした。
「最初にゼリー入れよーっと」
「私はイチゴ使おうかな」
順番に材料を重ねていくとなかなか様になっている気がする。スコーピオンはというと、飾りつけまで工程が進んでいる。彼女のつくったものなら店に並んでてもいいんじゃないのかと思えるくらい見事なものだった。
「スコーピオンは、手先が器用だなぁ」
「ほんと?」
「うん。とても初めてパフェを作っているとは思えないよ」
「うえへへほめられた」
彼女は機嫌よくビスケットを頂上に乗せた。
「かんせーい! 食べちゃうのがもったいない」
「カメラ持ってきてあるから写真撮ってあげるよ」
「やったぁ」
年期物のポラロイドはシャッターを切るとすぐさま写真を現像した。後でアルバムに入れておこう。
程なくして私のパフェも完成した。スコーピオンの物と比べると見栄えは劣るが、悪くない。
「いっただっきまーす」
「いただきます」
食べてみると思ったより素朴な味だった。やはりそこは外で食べる物とは違うか。けど自分で好きなように作っただけあって満足感はある。
「おいふいへひひはん」
「しゃべるか食べるかどっちかにしなさい」
「んぐぐ、おいしいね指揮官!」
「うん。これはなかなか」
「また次もこれがいい」
「果物がなぁ、これだけ手に入ればなぁ」
今回は思いもよらぬ事故のおかげでこうして見舞いの品がたくさんあったのが幸運だっただけで、そうおいそれとできない贅沢だ。
「別に缶詰でもいいよ」
「それならなんとか。次回の目標はどうする?」
「うーん」
パフェの上に添えられたアイスクリームを掬いながらスコーピオンは目を閉じてむむむと考え込んだ。
「後方支援の大成功率の上昇、かな」
「確かに、最近ドローンの作成やらで資材を多く使ってる」
「妖精だよ指揮官」
最近、各司令部に戦闘補助のドローンが配備されることになったのだが、これがなかなか資材を食っていけない。ただのドローンにホログラム映像の頭身が低い少女がついてくるだけのものなのだが、面白いことにこのドローンは妖精と呼ばれている。
妖精が配備されてからは戦闘の幅も広がり、また少し考えることが増えた。私にとっては資材の問題や検討事項で頭が痛くなる案件だが、人形たちにとっては愛でる対象ができたと好評ななのでまあよしとしよう。
「それじゃあスコーピオン、今期はおつかいがんばって」
「まかせてよ! これでたくさん妖精作れるね」
「できるかどうかは運次第だよ。結構作るの大変なんだから」
「ちえー」
後方支援の大成功率は練度に関わりがあるので、私もスコーピオンの練度が上がるように協力しなければならない。どこか効率のいい作戦に入れてやれないだろうか?
などなど考えていると早くもスコーピオンは一つ目のパフェをたいらげていた。
「おかわりしていい?」
「もちろんどうぞ」
「へへへ。今度はあたしもイチゴ入れちゃお」
次にスコーピオンはイチゴの切り口がガラス容器の表面に張り付くように配置してパフェを作り始めた。
「おぉ、きれいだ」
「いいでしょ」
「センスあるね」
これも完成したら写真を撮ってあげよう。
スコーピオンが二つ目のパフェを作っている間に私も一つ目を食べ終えた。次はどうしよう?
「んー、チョコレートとバナナかな」
「おいしそう」
「定番だけど私は結構好きなんだ」
「あたしもすきー」
私もスコーピオンみたいにおしゃれに作ってみたいのだが、なかなか思い浮かばない。苦し紛れに頂上にチョコレートアイス、そこに斜めに切ったバナナを刺してみることにした。
「む、思ったより難しい」
「バナナのほうがアイスより柔らかいから難しいよそれ」
「ぐぬぬくやしい」
付け焼刃ではどうにもならない。ともあれ、味は期待できるのだからまあいいだろう。
私はそれぞれのパフェを写真におさめて二つ目を食べにかかった、が、これがなかなか甘くて食べづらい。
「おなかいっぱいかもしれない」
「指揮官いつもあたしがパフェ食べてる間にコーヒー飲んでるもんね」
「うん。珍しくはしゃいでしまった」
どうしたものかと持て余していると、カフェに来客があった。
「今日休みだと思ってたんだけど、マスター不在で何やってんの?」
「WA2000」
「わーちゃん」
「わーちゃんっていうな」
土日はカフェが休みなのだが、今日は貸してもらっているためドアが開いていたのだ。私はテーブルの上を見せて状況を説明した。
「ふーん、わかったけどそれだけの量二人で食べるつもりなの?」
「うえへへ、それなんだよね」
「ちょっとね、二人してはしゃぎすぎて作りすぎたんだよね」
「はぁ……」
計画性のなさについては自覚しているが、案外分量が読めないのだ。
「とりあえず、私は早くもギブアップなので、WA2000これ食べる? 食べかけで悪いけど」
「いらないわよ」
「ですよね」
「間接キスじゃない」
この言葉にスコーピオンが噴出した。
「え? そんなティーンエイジャーみたいなこと気にするの?」
「あんたやVectorみたいにこいつとべたべたしてる奴ばっかじゃないのよ」
「そうかなぁ。基本的に指揮官が好きな人形のが多数だけど」
「好きなことと食べかけをもらうのとは話が違うでしょ」
「じゃあわーちゃんも指揮官好き?」
「嫌いじゃないわよ。だからわーちゃんっていうなってば」
本人の目の前で好きだの嫌いじゃないだのの話をされると気恥ずかしい。ちょっと奥に引っ込むか。
「私コーヒー飲みながらこのパフェ片付けるから、せっかくだしWA2000もパフェ作って食べていきなよ。入れ物持ってくるね」
そう声をかけながらテーブルに追加の椅子を用意した。こうすればさしものWA2000も断れまい。
「ま、まあ、そんなに食べてほしいなら食べるけど」
「ねえ指揮官、こういうのなんて言うんだっけ」
「ホットアンドコールド。半世紀前だとツンデレで通じたらしい」
「二人そろって一言二言余計なのよ!」
「わぁ、怒るな怒るな」
私は笑いながらキッチンへ退散した。
コーヒーで苦みを得ながら四苦八苦しながらパフェを平らげている間にスコーピオンは早くも三つ目に入っていた。女の子は甘いものが別腹という話を聞いたことがあるが、本当のようだ。
WA2000も一つ目のパフェを作り終えて食べ始めている。彼女もなかなかきれいな見た目の物を作る。
「私にも君らみたいなセンスが少しでもあればな」
「じゃあ今期の指揮官の目標はセンスにしようよ」
「難しいことを言うねぇ」
もうすっかりコーヒータイムに入ってしまって私は見学する一方だ。
「そんなに難しいことじゃないわよ。私たちはデータ参照しながら見栄えがいい取り合わせにしてるだけだもの」
「……なるほど」
つい彼女らが人間ではないことを失念していた。言われてみればその通りだ。つまり私も参照できるデータを増やせばいいのだ。
「たまにはファッション雑誌でも読みますか」
「大丈夫? Vecotorにやばいもの見る目で見られない?」
「まず確実に、頭大丈夫って聞かれる」
それだけじゃない。M16やトンプソンには笑われて、スプリングフィールドには曖昧な笑顔を向けられるだろう。カリーナは嬉々として雑誌を売ってくれそうだし、SOP2とROは興味を示してくれそうだが。
考えるだけで苦々しい気持ちになってコーヒーが進んだ。
「あ、そろそろ冷蔵庫に入れてあった斜めゼリーとってこよーっと」
「そういえばそんなの作ってたね」
いつの間にか三つ目の器を空にしたスコーピオンは椅子から降りてキッチンへ向かった。
「あんた、毎期こんなことしてるの?」
「いや、こういうのは今回が初めてだよ。普段は街のファミレスまで行ってるんだ」
この前思わぬ贈り物をたくさんもらったからね、と続けるとWA2000は苦笑いした。肋骨が治るまでは彼女に多大な心配をかけたのだった。
「まあ確かにスコーピオンはこういう報酬があるほうが頑張れるほうだと思うけど。それにしてもなんでパフェなの?」
「なんでって……」
改めて聞かれるとなかなか難しい。どうしてこれを選んだのか自分でも理解していないが、報酬として与えるのにはこれが一番いいと感じたのだ。その理由はいったいなんだ?
「別に私たちに好かれようとしなくてもいいのよ。元々上位者に設定されてる人間には好意的にするようになってるんだから」
「それは、うん、心得てるんだけどさ。けど好意や頑張り、誠意を向けられてそれに反応しないほどつまらない人間でもいないつもりだよ」
「たとえそれが人間じゃなくても?」
「当たり前じゃん。私は君たちが生きていると感じてしまってるんだから」
空になったマグカップにコーヒーを注ぎながら答えた。自分に何かが向けられていたらそれに対して応答したい。したいというより、そうせずにはいられないのだ。
「できてたー! 指揮官みてみて」
スコーピオンが完成したものを持ってキッチンから戻ってきた。手の中にはきれいに斜めのまま固まったゼリー入りの透明なガラス容器がおさめられている。
「おぉ、きれいだ」
「ここに指揮官が作ってくれた別の色のゼリーと果物入れるんだ」
「いいね」
「二つ作ってあるからわーちゃんにもやらせてあげるね」
「だから! わーちゃんいうなって!」
そうは言いつつちゃんと受け取るのがWA2000だ。少し遅れて部隊に合流したため気にはしていたが、無事に溶け込めていてよかった。
目の前で二層ゼリーが出来上がっていくのを眺めているとなかなか気分が良かった。きれいなものを見るのは実にいい。
「うまいもんだなぁ」
「でしょでしょ」
「やっぱり私も君らに負けないようにセンスを磨こうかな」
「それより次回もこれやろうよ!」
「うーんお金かかるけど、いいでしょう。その分働いて」
「やたー!」
喜ぶスコーピオンに頬が緩んだ。なんとなくこの光景に既視感がある。先ほどWA2000に聞かれたことだ。
車に乗って街まで出かけて、ファミレスでパフェを食べている様子を穏やかにコーヒーをすすりながら眺める。しかしこれは私が眺める側ではなく眺められる側で、確かこう聞かれたのだ。
「おいしい?」
思わず口から出てしまっていた思い出は完成した四つ目を食べるスコーピオンに届いた。かけすぎたホイップクリームを口のわきにつけながら彼女は満面の笑みで答える。
「うん!」
そうか、思い出した。
「あのねWA2000、これ私がやりたかったことじゃなくて」
腕を伸ばしてスコーピオンの口元をぬぐってやる。
「幼少期に父にしてもらってたことなんだ」
案外覚えているものだった。