バニーガールについての情報は全部Wikipediaから持ってきています、便利便利。
私は大変に憶病なので、倫理に背くことが苦手だった。
そんなことをすれば後で非難される可能性がある。いくら荒廃した世界だろうともその一線だけは越えたくない。
清く正しく、人に後ろ指さされることなく、凡庸で目立たなく生きていきたいと常に願っている。
時たま弊社の考えていることがわからない。
PMCがなんでイメージアップのために戦術人形にバニーガールの格好なんてさせるんだ? と、このような疑問を持つのは二度目である。
「方向性が違うと思うんだよね」
「かわいいじゃないですか」
友人のカリーナは肯定的である。
「そりゃかわいい女の子はかわいい格好するべきだよ。でも指定されて着るのはなんかちょっと」
「まあ、指揮官様はお堅い方ですからね、わかりますが。面食いなのにお堅い方ですからわかりますが」
「二度言う必要ある?」
私はどうしても思考が人形寄りなので、着たくない服は拒否できるようにしてあげるべきだと思うのだ。
もちろん人形が自己判断を苦手とすることは知っているが、それでも選択肢は用意してあげるべきだと思っている。
「だってあんな破廉恥な、かわいそうじゃないか」
「確かにそうですが」
「そもそもバニーガールというものが気に食わないよ。元々は成人男性向け雑誌の看板だし」
「よくご存じですね」
「気になって調べたんだ」
曰く、バニーガールはメジャーな成人男性向け雑誌が企画運営していた高級クラブのウェイトレス用のコスチュームであったそうだ。
「なんでもウサギをモチーフにした理由は年中発情期であるイメージからきているらしい」
「あぁそれよく聞きますね」
「実際そんなことはなくて、確かに年間通して繁殖はするけど、きちんとサイクルはあるらしい」
「てことは単純に偏見ですか」
「ひどい話だ。万年発情期なのなんて人間くらいなのに、動物にそんなイメージを押し付けるなんて」
「あはは、指揮官様本当に人間嫌いですね」
「だって自分勝手すぎる」
ふん、と鼻を鳴らして目の前の飲み物を口にした。軽い苦みと豊かな香りが、軽く頭がしびれるような感覚を伴って胃の中に落ちていく。
ウサギのことは図鑑で見て知っているだけだ。その動物は絶滅が危惧され保護対象になって久しい。触ったことも本物を見たこともない。
「一時期、女性を商品として扱ってるとかで裁判沙汰になってたらしい」
「そういうことを考える人もいそうですね」
「某国が訴訟大国で思想家が多かったってこともあるけど」
「ところで、この話わざわざここでする必要あります?」
「ないよ、ないけど、反発したくて」
今日は弊社がイメージアップのために開いているバーに足を運んでいる。私が自ら来たのではない。先輩に招かれたのだ。
先日行われた四半期の報告会での報告内容にえらく感動したとかなんとかでありがたくもこの会員制のバーに紹介してもらい招かれた。ありがたくない。
しかし先輩の厚意を無下にしては今後に差し障りがあるので大人しく出頭することにした。ただし、カリーナとVectorを連れて。カリーナは一人で行くのは恥ずかしいから。Vectorはいろいろ言い訳するのがめんどくさいから。
「とにかくカリーナが来てくれて助かったよ、ありがとう」
「どういたしまして。そういえばVectorさん遅いですね」
「うん。どうしたんだろう?」
彼女はバーに入る時、人形の方はこちら、と別の部屋に通されたっきり戻ってこないのだ。G&Kの施設であるため心配はしていないが、ちょっと気になる。
「まあその内来るよ」
「そうですね」
とにかく、私を招待した先輩に会って礼の一つも言えば帰れるはずだ。当の本人が来るまで耐えよう。
「それにしても露出が多くて目のやりどころに困る」
「だからずっとテーブル見てるんですね」
いつまで耐えられるだろうか。早く帰りたい。職業柄、布面積の少ない服を見ると不安になるのだ。そういうことにしておいてほしい。
「すごいですね。ここで使ってるバニースーツ本物ですよ」
「本物?」
「はい、コスプレ用の衣装じゃないってことです」
トレイを持って歩いている人形たちはそれぞれ色や細かいデザインは違うものの皆一様に、肩出しレオタードのようなボディスーツ、丸いしっぽ飾り、ウサギの耳の形をしたヘアバンド、蝶ネクタイのついたつけ襟、網目模様のタイツ、そしてかかとの高いハイヒールを身に着けている。生憎私には何をもって本物とするのか見当がつかない。
「どのへんで本物だってわかるの?」
「あのボディスーツ、中にしっかりワイヤーが入っててコルセットの役割をしてるんですよ。あれがあると体型がよりきれいに見えるんです」
確かに目を凝らすと服がしっかり身体を支えているように見える。
「本物は見た目をよく作るために結構手間暇かかってお金もかかるらしいですよ」
「さすが情報通。特にお金のことは抜け目ない」
「えへへ、性分ですから」
手元のアルコールをもう一口飲んだ。そろそろ空になるから次はどうするか考えないと。
「あの服を着ていると下着の選び方も大変らしいですよ」
「へ、へぇ」
「例えば、上は紐なしのヌーブラを使う必要があります。コスプレ用の安いのでしたら中にワイヤーがありませんから透明な肩紐のブラを使うらしいのですが」
「そう、そうなんだ」
「下もはみ出す危険のないTバックですとか、股間だけを覆うものだったりしますね」
「……そう」
どうにもこういう話は想像が先に働いてしまって恥ずかしくなる。カリーナは友人として雑談の一環でこういう話をしてくれているのだからいささか申し訳ない。
一気にグラスの中身をあおってごまかした。
「ようルーキー! いい飲みっぷりだな」
ちょうどその時件の先輩が現れた。
「あ、どうも先輩、本日はお招きいただき」
「今日はそういうかたっ苦しいことはいいから好きなだけ飲めよ。俺のおごりだから。グラス空になったな、次何にする?」
「えーっと」
「せっかくだから俺のおすすめ飲んでけよ」
「あーえーはいそうします」
目上の人を前にすると途端にこれだ。断れないし弱気になってしまう。
こうして目の前には再びアルコールの入ったグラスが現れた。そろそろソフトドリンクがほしいのに。
「いやーこの前の報告よかったぞ。鉄血の連中に一泡吹かせて兵器せしめてきたんだろ? 俺もそういうでっかい仕事したいなー」
「先輩の部隊でしたら平時の成績はうちよりも格段にいいですし、何かしらの大規模作戦の機会があれば大活躍間違いなしですよ」
「お、うれしいこと言ってくれるじゃないの。ただなー、その機会がなー」
「私が前回参加した任務はもらい事故からのとばっちりみたいなものでしたから……」
「あははそういえばそうだったな。あ、これこれ、入り口でもらうの忘れてただろ」
彼はそう言って黒いカードを渡してきた。
「なんですかこれ?」
「ブラックカードだよ。ウェイトレスに渡すといいことがある。じゃあ楽しんで行けよ」
そして手を振って自分の席へと戻っていった。これで無事に帰れるのだが、
「せっかくもらいましたし、使ってみます?」
「うーんそうだなぁ」
気になるのでもらったカードをすぐ使うことにした。
先輩に言われたとおりにウェイトレスにカードを渡すと、彼女はそれを持ってスタッフルームへ下がった。どうなるのかと待っていると、店内の照明が二段階ほど落ちてBGMが一旦止まった。つい、誰かの誕生日でも祝うのかなと思ってしまった。そういうのをレストランで見たことはあったから。
再び入ったBGMはやたらリズミカルで、どちらかというと誕生日よりもダンスホールやディスコなどで流れるような音楽だった。そしてスポットライトが壁にかかったカーテンに当たり、そこが左右に分かれた。
あ、そこ開いたんだ、と気づくと同時に危うく握ったグラスを落としそうになった。だって、
「は? Vector?」
「え?」
これには私もカリーナも開いた口が塞がらない。カーテンの後ろにいたのは周りの戦術人形たち同様の格好をしたVectorだったのだから。いや全く同じではない。彼女はウサギではなくネコのカチューシャと尻尾をつけていた。さしずめキャットガールか。
彼女はすまし顔でこちらに向かって歩いてくる。誰に指導されたのか、高いヒールで映えるような歩き方をしている。周りからは拍手と歓声が上がり、彼女はそれを浴びながら私たちのテーブルへ。そして何のパフォーマンスなのか私の膝に腰かけた。同時にひときわ大きな拍手が巻き起こり、それが収まるころに再び店内は通常運転に戻った。
「……様になってたね」
やっと口から出せたのはこの一言だった。
「うん、裏でいろいろ教えられたから」
「なるほど、だからなかなか戻ってこれなかったんですね」
「そうだよ。客じゃなくて指揮官が連れてきたウェイトレス参加用の戦術人形と間違えられたみたい」
「それは苦労かけた」
「本当だよ。着慣れない服着せられてワイヤーが窮屈だし下着もなんか妙な感じだし」
唐突に先ほどカリーナがしていた話がフラッシュバックする。かっと顔に血液が集まってきたので慌ててグラスの中身を飲んだ、が、想像以上に度数が高くて頭が痛くなってきた。
「あの、Vector、もう膝から降りていいから」
先ほどから太ももに感じる彼女の尻の感覚が妙に気になるのだ。恥ずかしい。カリーナの目の前だし。当の見てる本人は心底楽しそうだが。
普段のVectorならすぐ降りてくれると信じていた。しかし今日はなぜか降りてくれない。どうしよう。
「裏で言われたんだ、今日は体験入店だけど一日プロとして働けって。つまりこれは製品としての仕事だよね?」
「は、はぁ、まあG&Kの施設だし、そうなる、かな」
よく理解した。彼女は勘違いされて不機嫌なのだ。だからこんな当てつけを。わかったから早く謝って許してもらおう。心臓が持たない。香水でもつけられたのか、髪から甘い香りが漂ってきて心拍数が上がっている。口から飛び出しそうだ。
「Vectorごめ」
私の謝罪は彼女の人差し指で遮られた。振り向きざまに唇に指を当てられつい口をつぐんでしまった。いつもより指を柔らかく感じる。
Vectorはそのまま私と対面するように膝の上で座り直し、するりと腕を首の後ろに回してきた。
「ひ」
口から情けない悲鳴が出るとともに背中がぞわぞわ粟立った。視界の隅でカリーナが面白そうに携帯端末で撮影しているのが確認できた。あぁこの様子はペルシカさんやヘリアンさんに伝えられるのだと気づくのはもっと後になりそうだ。目の前のVectorに全神経を持っていかれている。
「そういうわけだから」
彼女はぐいと耳元に口を近づけた。先ほどの甘い香りが強くなって反射的に身体が跳ねる。外だってのに、友人の目の前だってのに、先輩だっているのに、情けないったらない。けど、どうにも逆らえなくて。
「お楽しみくださいね。お客サマ」
「は、はひ」
私の完敗である。
弊社の企画が合っているのか間違っているのかはわからないけれど、少なくとも人形へのイメージは変わるかもしれない。