これから生活が変わるのでせっせ書けなくなりそうかもしれません。
とりあえず自分の生活の方に集中して、何かしらやれる余裕やら気合いやらがあればきっと何かすると思います。
これにてしばらくお休み!
ご愛読ありがとうございました。
この遺書が読まれているのであれば、私は志半ばで倒れたのでしょう。非常に残念でなりませんが、願わくばあなたが遺された私の願いを叶えてくださいますように。
所有している人形ですが、一体を除き一度G&K本部にお返しします。そちらでI.O.P.に戻すか引き続き戦うかを判断していただきたいのですが、彼女たちは皆優秀なので正当な扱いを望みます。もし何らかの費用が必要な場合は私の口座から使用してください。必要な情報は別紙に記載いたします。
AR小隊のことですが、こちらも本部の判断に委ねたいと思います。ですが、可能ならAR-15およびM16の捜索を続けてください。M4は特別な存在ですが、AR-15、M16はもちろん、SOPⅡとRO635も欠かせない存在です。誰も欠けさせることなく手元に戻らせてください。
後方支援のカリーナのこともよろしくお願いします。彼女は非常に優秀で、公私ともに私を支えてくれ、またよき友人でいてくれました。感謝しています。もし彼女が希望する業務があるのなら優遇していただけると幸いです。
最後に、誓約相手のVectorですが、
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私は大変に臆病なので、未練を残すことが苦手だった。
立つ鳥跡を濁さずという言葉がある。それに従って何も残さず消え去りたいと思っている。あと少し、もう少しを積み重ねてみじめったらしく生きるくらいなら何も持たずに潔く死んだほうがましだ。
そう思っているのに、もうそうはできないことを理解している。大切なものが増えすぎた。
タイミングが悪い。私は悪くないんだ。本当に間が悪いだけで、ただその間の悪さが単純ではなくて、複数の要素がかみ合った人生史上最低の間の悪さであって。
要するに運が悪かったためにVectorの機嫌を損ねた。
「この場合、どっちが悪いんだろう」
「うーん、まあ、原因は指揮官様にあるわけですし」
「私かぁ」
副官が機嫌を損ねて出て行ってしまったため、今日の補佐はカリーナにお願いした。申し訳ない。
「またいつもの手を使うか」
「またケーキですか」
「ケーキ買って行って謝れば大抵許してもらえる」
いつもはケーキを購入していって頭を下げれば許してもらえる。このレベルの失態でも体感八割は許されている。
「今回はそれでも許してもらえないやつだと思いますけど」
「……だよね」
今回は最低にタイミングが悪すぎた。ただの機嫌を損ねたのレベルじゃない。大変にまずい時期に大変にまずい物を大変にまずい相手に見られた。
一つ一つは小さなことでも積み重ねでもはや取り返しがつかない。
「ちゃんと説明しましょうよ。指揮官様も今まで黙ってたわけですし」
「そうなんだけどさ、言う必要があることすら認識してなかったんだ」
「そういうとこです」
「はい」
はぁ、と音が聞こえるほどの勢いで溜息を吐いた。カリーナの言うとおりだ。すぐに説明すればよかったのについ言い訳しようとしてしまった。
「そこで、いいものを仕入れたのでお買い物しません?」
「……君ねぇ」
「どうかしましたか?」
「いや、いいよ。買います。ちょっと待ってて、今ダイヤ出すから」
今は通貨代わりに使われているダイヤモンドもかつては一粒で将来を誓うほどのものだったとか。
袋から取り出してデスクの上に並べると光を浴びて星屑のように輝く様は確かにきれいだった。
「何仕入れたの?」
「そういうのを映すものです」
カリーナはデスクの上のダイヤを示した。
「ダイヤを?」
「いえ、星を」
偶然にも同じようなことを考えたのは黙っておこう。笑われそうだ。
「なるほどプラネタリウム」
「を、作るキットです」
「自分で作るのか」
「星座の説明もついてますし、簡単なつくりなので初心者でも安心ですよ」
こういうのは既製品の方がいいんじゃないだろうか? まあでもありがたくいただいておこう。
「あれでしょ、このシートに穴開けて作るんでしょ?」
「いえいえ。これもう星は描いてあるので組み立てればいいんです」
「え?」
「あっ今ペンの先でつついて穴開けちゃいましたね? それ在庫一つしかないんですよ!?」
「あー……」
前途多難だ。
最後の良心か、Vectorは宿舎には戻らずに部屋にいてくれた。
ただこちらを見ようとはせず、ずっと文庫本を読んでいる。最も腹を据えかねているときの行動だ。
「た、ただい、ま」
「……」
返事さえしない。どうにもならないやつだ。
いつもだったらここまでの状況に陥ったら大人しく床で寝ることを選択するのだが、残念ながら最近ストレスで不眠が復活しているので、Vectorは床で寝ることを許してくれない。機嫌を損ねてるくせに一緒に寝ようとするところが余計に面倒なのだ。断ろうとしても力づくで寝かされる。
彼女は彼女なりに私を心配してくれていることはわかっている。しかしそれをある意味昼間裏切ってしまった形になる。なんとかして説明しなければならないのだけれど、そのきっかけをもらえるだろうか?
とにかく、カリーナの作戦に従ってみよう。普段は私が作戦を立てる方だからこういうのは新鮮だ。
私はわざとらしく音を立てて机の上になんとか組み立てた手製のプラネタリウムを置いてみた。あとはこれでVectorが興味を示すまで待てばいい、というのがカリーナの作戦なのだけど、うまくいくのかこれ? いやこれはカリーナのことを信じよう。
Vectorに構ってもらえないので一人寂しく夕食をとってシャワーを浴びに行き、寝間着に着替えて部屋に戻ると部屋の照明は既に落とされていた。
今まで先に就寝されたことはなかったので、それだったら史上最低の機嫌の悪さを更新する、と背中を嫌な汗が流れたがそうではなかった。ベッドの周りにぽつぽつと光の点が見える。
足元に気を付けてそろりそろりと近寄ったところ、Vectorは顔を上げた。
「これ」
「あ、あぁ、カリーナから買ってきた」
意外や意外、カリーナの作戦が功を奏してVectorは私の撒いた餌にかかってくれたのだった。これは後でお礼を伝えておかないと。しかしVectorが興味を示すものをカリーナに先に抑えられるのもなんだか釈然としない。
「あたしが注文してたやつなんだけど」
「……あいつめ」
前言撤回。そりゃ興味を示すのも当たり前だ。
「別にいいよ。それについてる本が欲しかっただけだから、おまけは必要ないし」
「そっか」
Vectorは暗い所でも本が読めるのだが、電力効率が良くないことと私もそれは気になるのでベッドサイドの読書灯をつけてやった。
「後で半分払う」
「いいよ別に。その代わりその本後で見せて」
「まぁ、いいけど」
それにしてもこのプラネタリウムの出来はよかった。天の川まで再現できているのはなかなか壮観だ。現実で見たことはないが、天の川というものがあるという知識はもっていた。写真で見たものは確かこんなだった。
「どうしてこれ買ってきたの」
「話すきっかけを、作りたくて……口きいてくれないと思ったから」
Vectorはちらりとこちらを見て心底嫌そうな顔をした。自分が機嫌を損ねていたことを一瞬忘れて話しかけてしまったことを後悔してるんだろう。
「昼間の言い訳なら聞かないよ」
「聞いてよ」
「イヤ」
「困ったなぁ」
機嫌が悪いことを思い出されてしまったのでちょっと後退。でも大分状態はいい。
「あー……その本に何か面白いこと書いてあった?」
「オリオン座の右肩に当たる星はもう消滅してて、速度の問題で消滅が地球から確認されてないだけらしい」
「へぇ」
「あと、星座はたまたまここから見て都合よく並んでるように見えるけど、実際は距離も位置もバラバラなんだって」
「なるほどな、確かにその方が自然だ」
「なんか人間みたい」
「ん?」
「都合よく仲良くしてるように見えて実はそんな近しくなかったりする」
「なーる」
人形も似たようなものだとは思ったけれど、人形の関係性は人間を模倣しているらしいので、その点を考慮すると人間っぽいとVectorが言うのもわかる。
「そのオリオン座の右肩ってのは近いうちに消滅が確認されるの?」
「さあ? 消滅したところで640光年は離れてるから観測は無理」
「一光年が光が一年に進む距離だっけ」
「そう」
「生きてる間に見るのは無理だな」
口に出してから悪い言葉を口から出したことに気づいてつい口をつぐんだ。私が踏み抜いた彼女の地雷はそこだ。
私が反応してしまったことに気づいてか、Vectorはため息をついた。
「知ってるよ。あれってG&Kにいて戦場に関わる人間はみんな書いてるんでしょ」
「うんまあ、そうなんだけどさ、あるってことを伝えてなかった。ごめん」
「いいよ。言う必要ないって思ったんでしょ」
「そうなのだけど、でもそれは間違いだよ。私のことを心配してくれてるVectorには話しておくべきだった」
昼間、Vectorは私が書きかけでデスクの上に置きっぱなしにした遺書を見てしまったのだ。
これは先ほど彼女が言ったようにG&Kに所属していて戦場に関わる役職についている者は必ず書くことになっている。戦場に関わる以上、いつ命を失うかはわからないのできちんと備えておけ、というのが研修で聞いた言葉だ。
大抵の人が家族へのメッセージを残すのだが、私は残してきた家族というものがないので自分の部下のことばかりになってしまった。
「あれは定期的に内容を確認して、更新するべき箇所があったら書き直さないといけないんだ。だから別に今になって書いたわけじゃない」
「じゃあなんで今になって書き直そうと思ったの」
「前に書いたのがVectorと誓約する前だったからさ」
書き直そうと思った箇所はそこなのはあってるのだが、書き直そうと思った理由についてはついはぐらかしてしまった。バレているだろうか?
「それは読み返して書き直そうと思って場所でしょ。あたしが聞いてるのは読み直した理由だよ」
バレていた。素直に白状しよう。
「今回のことが関わってる。きっとまた一波乱あるし、おそらく今までと同じようにはいられない。また場所を移すかもしれない」
もしかしたらまた異動願を出すかもしれない事態がやってきたのだ。それはVectorも知っている。
単純な話だ、ペルシカさんからM4が目を覚ましたと連絡があった。再びM4と歩き出す時がやってきた。
「そうだろうなとは思ったけど」
「けど?」
「どうしてあたしのとこを書き直そうと思ったの」
「そりゃ万一君を遺してしまったらどうしようって思ったから」
「てっきり一緒に死んでほしいって言うかと。人間ってそうなんでしょ?」
そうきたか。割と驚いた。彼女の方からそんなことを言われるとは思ってもいなかった。
おそらく彼女がそう考えるのはよくある映画や小説なんかではそういう話が出てくるからだ。もちろん私が真人間だったら、もっと情に厚い人間らしい人間だったらそう言ったのだろう。愛する存在とともに死ねたらどれだけ幸せだろう、と考えないことはない。
だが私はそうじゃない。そうはなれないのだ。
「言わないよ」
「言わないんだ」
「Vectorは戦術人形だから」
「今更それを言うの? こんな人間の真似事の指輪渡しといて、人間みたいに一緒に生活して、散々人間扱いしたくせに?」
「うん。生きてる間は私のわがままを押し付けたからね。死んだあとはVectorの好きにしてほしい」
私が死んでしまえば彼女は自由だ。だからあんな紙切れ一枚でそれから先のことまで縛りたくない。
縛りたくない、なんて考えが人間様のエゴの押し付けだってことはわかってる。結局私はあの手紙にまたひどいことを書くんだ。
「Vectorは戦術人形としてのプライドもある。私はそれがいいなって思うから、戦場で終わるのがVectorにとって一番いいのかなって思ったりもするんだ」
「大抵の戦術人形はそうだよ」
「そうだけど、やっぱり戦ってるVectorは一番生き生きしてるっていうか、きれいっていうかなんて言うか」
いかん段々恥ずかしくなってきた。要するに私は戦場にいる彼女も好きなのだ。
大げさに咳払いして話を続ける。
「そういうことだから、Vectorのいい方を選んでくれたら」
「指揮官が一言その時も隣にいてって言えばそうしてあげるのに?」
「言うもんか。隣にいてもいなくてもいいよ」
「人形は自己決定が苦手なのに無茶言うね」
「せいぜい時間かけて悩んで」
「また意味のないことやらせて」
「大丈夫できるできる」
「いい加減」
そう言いつつどうしたいのか考えてくれると信じている。これであの手紙の更新内容は決まった。
なんとなく先日見た銀河鉄道の夜という映画を思い出した。
私は途中下車するつもりはないけれど、銀河の果てまでいける切符を持つ相棒に一緒にここで降りようと言ってやる度胸も傲慢さもないのだ。行けるならどこまででも行ってほしい。一緒に降りたいなら降りてくれて構わない。
どっちを選んだって彼女の出した答えなら正解なのだ。
「念のため伝えておくけど、遺書を更新するってのは仕事であって、死ぬつもりとか死んでもいいとかそういうわけじゃないから」
「わかってる」
「わかってないから怒ったんでしょ」
「怒ってなんかない」
「じゃあなんで部屋に戻ったのさ」
「指揮官の顔見たくなかったから」
「それは一般的に怒ってるっていうんだ」
「ふーんそう」
「こいつ……」
私だってわかってる。ただ怒ってたんじゃなくてもっと色々あったんだろう。それでVectorともあろうものが衝動的に仕事を放棄するまでに乱してしまった。悪いことをした。
「私も反省してる。可能な限り話すようにするよ」
「無理する必要ないから」
「私がそうしたいんです」
Vectorにも少しでも伝わっててくれればいいけれど、どれくらいお互いに理解できているかはわからない。
けどわかってしまうとそれはそれでつまらないので、これでいいんじゃないかなとも思う。
わからないから話す。わからないから機嫌を損ねる。でも機嫌を損ねられるとこれはダメだったということがわかる。今回だってそうだ。
私がVectorについて理解してることなんてほんの少ししかなくて、もしかしたら全然何もつかんでなくて、これからもっとよく知っていきたいのに途中でくたばるのなんてごめんだ。意地でも生き延びてやる。
以前はいつ死んでもいいように生きていたのに、自分も随分変わってしまった。
「指揮官も自分が死んだら、なんてこと考えるんだね」
「そりゃ、ね。生きてる限り必ず死ぬ。映画が終わるのと一緒」
「まあ幸せに暮らしましたとさめでたしめでたし、で終わることなんてないもの。終わりがないものなんて本物ではないし」
「うん。残念ながら終わりだけは全てに等しく訪れるよ」
この地球ですらいつか終わると言われている。まあ地球が終わる前に人類の歴史が終わりそうだけど。
「そうだ、Vectorが先に死ぬのもだめだからね。こまめにバックアップとってよ」
「わかってるって。ちゃんとさっきとったから。指揮官がこそこそ手紙書いてたことも保存した」
「一言余計だって。万が一のことがあったら生きていけない」
「自分は好きにしろっていうのに」
「そりゃやるべきことがあれば死にはしないさ。でもそんなのただ死んでないだけになる」
「なにそれ?」
「なんというか、生きる意味を失うというか」
「その内また見つかるって」
「やだなぁ」
口にはとても出せないけれど、私はVectorがいい。自分の生きている意味を彼女にしたい。
「指揮官にはAR小隊の指揮官ってものがあるじゃん」
「それは、多分違うんだと思う」
「どうして? M4を助けてきたのは指揮官でしょ?」
「きっと私でなくてもM4のことは助けたし、AR小隊の指揮官は私でなくてもよかったんだと思う。そこにいたのが誰でも物語は進んだ」
物語、なんて大げさなことを言っても私たちがやっていることなんてのは新聞の片隅に載るか載らないかのごくごく小さなことで、むしろ何もしなかったとして何かが大きく変わるはずもないような、世界規模で見たらそよ風のようなことばかりだけれども。
「たまたま私だったってだけで、特別なことは何もない。ただ指揮官だったってだけで私である必要はない」
「ふぅん、そんなもんか。その割には頑張ってるけど」
「そりゃ仕事だもの。それに一度関わってしまったものを無下にはできない」
「それはわかるかも。仕事を半端にするのはよくない」
会話が続くようになってきたからVectorの機嫌もすっかり直ったようだ。よかったよかった。
「私を私たらしめてるのはVectorだよ」
なので気が緩んでついこんなことを口走ってしまった。口から出た言葉は戻らない。もう遅い。
「あたし?」
「いや、その、言うつもりなかったけど」
「言いなよ」
「ちょっと待ってね、ちょっとだけ待って……ふぅ」
いや、もういい。全部言ってしまおう。私だけ慌てたり恥ずかしかったりなんてのは不公平だ。Vectorだって同じ気持ちを味わえ。
「私が、私だったから、数ある人形の中からVectorを、それも君を選んだんだろうなって思う」
「ふーんそっか」
「そっかって」
自分で聞いておいてすぐこういう興味なさそうな反応をする。けどそれでさえ腹を立てない私がいる。もうどうにもならない。
「だから自分が生きてる意味を君に求めたいし、君がいなけりゃ生きていけないし、もしものときは一番気にかけちゃう」
「そういうことなら、あたしがあたしであるのも指揮官がいるからかな」
「…………どうしてそういうこと真顔で言うかなぁ」
「だってあたしに『あたし』っていう個の概念を与えたのは指揮官じゃない」
「そうだけどさ、口に出されると恥ずかしいよ」
「その分の責任は取ってよね」
「あ、はい、お任せください」
割ととんでもない会話をしたような気がする。
のどが渇いたから水でも飲もうと段ボールから飲料水のペットボトルを引っ張り出した。一本は自分用に、もう一本はVector用に。いつの間にかこうして二人分用意するのが当たり前になっていることに気づいた。
「それにしても指揮官プラネタリウム作るの下手だね。ところどころ隙間が空いて線になってるよ」
「手先が器用じゃないんだ」
「無理して作るから」
「でも楽しかったよ」
「こんなの偽物なのにね」
「まあほら、きれいだよ。誰かがきれいに見えるようにって作られたものがきれいに見えるのはいいことだと思うけどな」
こうでもされなければ見れない星だってたくさんあるはずなのだ。天の川なんてどうやったら見れるのか私は知らない。
「偽物なら意味ないんじゃない?」
「そもそもこの雑誌とプラネタリウムの組み合わせが模型から天体を学ぼうって意図なら十分意味はあるよ」
「そんなものか……あれ、あの星はこの雑誌には載ってないんだけど」
「あ」
それは私が誤って開けてしまった穴だった。
「あれは、その、手が滑って」
「台無しにしたんだね」
「悪気はなかったんだ。作り方がわからなくて」
「説明書見ずにいじるから」
「あーほら、君が第一発見者なんだから名前を付ける権利があるよ。アレンジだと思えば偽物だって価値が生まれてくると思うよ」
「それ人形にやらせること?」
「いいじゃん。君だけの世界に一つしかない価値あるものになるんだし」
「自分で穴開けたくせに調子いいことばっかり」
「ごめん」
Vectorと天井を眺めながら少し考えた。S09地区に初めて来た頃から自分は大きく変わってしまった。大切なものが増えたし、立ち向かわなければならないものも見えたし、譲れない使命も抱えた。
もう元には戻れない。ただ生きていくためだけに何かを求めていたころには戻れなくて、生きるために抱えたものを必死に手放さないようにすることしかできない。
私はただ家出娘たちの首根っこをつかんで元居た場所に帰りたいだけなのに、どうもあいつらは素直に帰る気はないみたいで。実に手が焼ける。
これからはもっと難しい仕事が待っているだろう。もしかしたら私自身が物理的に痛い目に遭うこともあるかもしれない。今までとは同じでいられない、何かが変わっていく経験を何度も重ねるかもしれない。
ただそこに、Vectorがいてくれたらなんだって乗り越えていける気がする。彼女は私がどんな目に遭おうともどう変わっていこうともこっちを見ていてくれるから。
だから私も変わっていくVectorを片時も見落とさないようにしていかないといけない。
「じゃああの指揮官が開けた穴の名前は」
「星って言ってよ」
抗議するために彼女を見た。暗い部屋の中薄明かりでぼんやり見える顔がきれいだった。
それから彼女は私がうっかり開けた穴の名前を言う。つい瞬きを忘れて唇の動きを追ってしまった。
それは紛れもなく、私の名前だった。
「穴開けて一点物にしちゃったなら責任は取らないと」
彼女は軽く微笑みながら言う。つられて口角が上がった。
「仕方ないなぁ」
今日は私の負けだ。
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最後に、誓約相手のVectorですが、どうしたいかは彼女の判断に委ねてください。それを見られないことだけが私の唯一の未練であり、私が成し遂げられたことです。