私は大変に臆病なので、   作:たぬき0401

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それ、やっぱ好きってことなんじゃん

 私は大変に臆病なので、所有することが苦手だった。何かを大切に持っていればそれを失うのが恐ろしくなる。それならば最初から持っていなければいい。そうすれば失うこともない。

 グリフィンに入ったとき最初に確認したことはそれだった。

「戦術人形は私の所有物となるのでしょうか?」

「いや、あくまで貸し付けだ。コアを取り外せばI.O.P.への返却が義務づけられる」

 上官の話を聞いて心底安心し、

「ただし、完全に破損して修復できない場合は返却不可だがな」

 付け加えられた言葉に息を飲んだ。

 

 S05地区での活動にも慣れてきたが一つだけ問題があった。眠れないのだ。

 別に、寝床が変わると眠れなくなる、というわけではなく、単純にここしばらくの想定外に強いストレスを感じているんだ。

 わかってる。単純な話ではない。うまく解消できなくて眠れないのは大問題だ。

 だからストレスのはけ口としてとりあえず酒と煙草をやってみた。案の定酒は無理だった。煙草に至ってはトンプソンに、

「ボスにはこっちの方が似合うぜ」

 とチュッパチャプスを口に突っ込まれ箱ごとブツを没収された。仕方なしにカリーナからチュッパチャプスを購入しては咥えている日々だ。

 ただまあ、棒つきキャンディを舐めているからといって眠れるわけでもなく。先日ついに廊下で寝落ちてスコーピオンに部屋まで引きずられた。

 ありがたいが運び方が、ずるずるずるずる、だったためあちこち擦りむいたり打ち身ができたり。もうああいうのはごめんだ。

 そこで安眠に一役買ってくれたのが、我らが秘書殿だったのだ。

 スコーピオンにずるずるされた翌朝、あっちこっちに絆創膏と湿布を貼って執務室に出向くとVectorが呆れ顔で出迎えた。

「聞いたよ。廊下で寝たんだってね」

「やってしまった。スコーピオンに引きずられた」

「それで少しは眠れた?」

「残念ながら」

 結局あちこち痛くて起きてしまったのだった。ここ数日で最低な夜だった。

「ふぅん。じゃあ今夜眠れるように手伝ってあげようか?」

「子守歌でも歌ってくれるんなら頼みたいかな」

「そういうんじゃないけど、多分引きずるよりマシだよ」

「それなら願ったりかなったり」

 たまにはVectorの厚意に甘えてみてもいいかもしれない。私は彼女の提案を快諾した。

 

 「最近顔色がいいじゃない。眠れるようにはなったのかい?」

「おかげさまで」

 今日はROを引き取ってから行っているペルシカさんとの定例通信だ。ROの状況と、ついでに私の健康状態も確認されているようで。

「そいつは上々だね。人間体が資本だから無理はいけないよ」

「目の下に隈のある人に言われたくないです」

「そう言わないでほしいな。指揮官くんだって少し前までそうだったじゃない」

「ええまあ」

 確かに、死相が見えるんじゃないかというくらいの顔色の悪さだった気がする。夜中に廊下でM9に会ったときに泣かれたんだった。あれは本当に申し訳なかった。

「で、どんな魔法を使ったんだい?」

「黙秘します」

「釣れないね。君のことを心配しているというのに」

「私のことはいいんです。M4やROやSOP2のことを心配してあげてください。M16は元気です」

「一人前に生意気な。そんなに話せないほどいいことだったならいいじゃない少しくらい」

 いいことと言えるんだろうかあれは?

 

 秘書の提案を受理した日、Vectorは夜に訪ねてきた。

「指揮官ちょっとつめて」

「つめてって」

「いいから」

 やって来るや否や彼女は私をベッドの隅に追いやってもそもそ布団に入ってきた。

 なるほど添い寝か。幼い頃にしてもらった記憶がある。確かに引きずられるより随分マシだ。

 しかしこれで私が安眠できると考えているのならVectorにもなかなかかわいいところが、いやいやいやいやちょっと待って、待って。

「あの、なにして」

「じっとしてて」

「おいこら」

「大丈夫だから」

「何が!」

「えーっと、天井のシミを数えてる間に終わるよ」

 ここで、やめろ、と言えばやめたんだろうが、それをしなかったのが私の意志の弱さだ。

 こうしてここしばらく、定期的に恋人の真似事をしている。これが不思議なことに眠れるのだ。

「おはよ。じゃあ執務室で」

 彼女は私より遅く眠り私より早く起きる。そして私が現実を受け止める前にさっさと部屋を出ていく。執務室に向かえばいつも通り何もなかったかのようで。

「今日の秘書はあたしだけど、失望した?」

 いつも通りのやり取りをして仕事が始まる。

 

 「ところでVectorなんだけど」

「…………ど、どうかしましたか」

 考えている存在の名前を突然出されると思考が止まる。

 しまった、と思ったときにはもう遅かった。

 恐る恐る顔を上げると通信映像上の科学者殿はいいおもちゃを見つけた笑顔で。

「へーそうかそうか彼女か。ふーんなるほどねーそっかそっかー」

「何がですか!」

「いやいいよ言わなくて。わかったから。いやー、大人になっちゃったねー指揮官くん」

 悔しいがここで何を言い返しても無駄なことはよく理解している。しばらく好きに言わせてやろう。

「まさか君がお人形遊びするなんてね」

「そんなんじゃ、ないです」

「はは、気に障ったかな? ごめんね」

「い、いえ、すみません」

 思った以上に不機嫌な声が出てしまって自分の方が驚いたくらいだ。今の一言にそんなに気に障ることがあっただろうか?

「しかしまあ、そうならこれは朗報だよ。質問なんだけど君この日付に彼女に何かした?」

 画面に映された日付を見ても特に思い出すことはない。首を傾げていると覚えがないことを察してもらえたようだ。

「この日付の直後にとられたVectorのバックアップデータにわざと作られた空白があるんだ」

「空白、ですか?」

「基本的にAIは空白を嫌うからね、こんなものがあるのは不自然なんだ。それで何か心当たりがあるかなと思って」

「いいえ、申し訳ないですが特には」

 その日付は特に何かあったわけじゃないはずだ。いつも通り仕事をこなしただけの何でもない日だったはず。

「ところで指揮官くん、ちょっと前に指輪を買ったろ」

「どうしてそれを……いや、カリーナか」

「そうだよー。あの子とヘリアンさんとは女子会やってるからねー」

「初耳なのですが」

「当たり前だよ大抵君の話だもの」

「たまったもんじゃないですね」

 つまり何を買ったかの話は筒抜けなんだ。用心しよう。

「憶測なんだけど、君その日付にそれ関連の話した?」

「どうしてそう思われます?」

「空白の容量が一言二言用だから」

 するはずがない。だってこれが誰のためのもので、どうするつもりなのか、そもそも持っていることすら人形は誰も知らないのだから。

 ただもしかしたら近い話は……

「あー」

 思い出した。

 

 何の変哲もない日、繰り返すパトロールの仕事。書類仕事中、ふとこんな話を振った。

「Vectorはさ、誓約しなくてもずっと一緒にいてくれそうな気がする」

「は?」

 本当に何の脈絡もなく、ただの独り言みたいなつもりだった。

「なんとなく、理由はないけど」

「ふぅん。逆に誰だったらしないといなくなりそう?」

「んー……しなかったからいなくなったのかなって思ってる奴かな」

「そっか」

 思えばよくこんな意味のない話に付き合ってくれたものだ。

 

 「はい、しました。それっぽい話」

 正直に答えるとペルシカさんは椅子に深く沈み込みながら盛大にため息をついた。

「はあああぁ……指揮官くん、君をそんな罪な奴に育てた覚えはないよ」

「育てられた覚えもないです」

「待ってるよ彼女」

「は?」

「君からの一言二言」

「……は?」

「言わなきゃわかんないかな」

「いえ、いいです、わかってます」

 今度は私がずるずる椅子から崩れ落ちる番だ。そうか待ってたか。興味なさそうな答え方しておきながら待ってるのかあいつは。

「あぁ、もう、めんどくさい奴」

「そうだね」

「いいですもう、そんな容量じゃ足りなくさせてやりますから」

「そう。ん?」

 ペルシカさんは数度瞬きをして、はは、と短く笑った。

「それ、やっぱ好きってことなんじゃん」

 

 誰もいない執務室で指輪の箱を机に置いて眺める。腕組みをして椅子にふんぞり返ればそれなりに悩んでるように見えるだろうか。

 実際悩んでいる。指輪を渡す行為は人間の営みの真似事で、相手を所有したいという意志の表現に他ならないから。所有してしまえばもしもが怖くなる。

 一度人形達を出撃させれば私なんて無力なもので。安全な部屋から指揮をして帰りを祈って待つだけの哀れな子羊だ。

 戦闘指揮である程度彼女らを守ることはできる。しかし戦闘中に起きるもしもには何もできない。身体を張って守ってやることすらできない。

 大切だと思う者を大切だと言いながら危険な場所に送り出すなんて耐えられるのか。無理だ。

 昨日ペルシカさんに啖呵きっておいてなんだが、やっぱりやめよう。

 椅子から立ち上がり箱を手にした。

「よし捨てよう」

「やめなよ」

 突然聞こえた声に床から両足が離れるくらいとびあがった。今さっきまで考えていた存在の声が聞こえるなんて想定してたか?

「お、音もなくドアを開けるのやめてよ」

「真剣な顔してたから邪魔したらいけないかなって」

「気持ちはありがたいけど……はぁ」

 息を吐いたら幾分か動悸はおさまった。

「それ捨てるの?」

「なんのこと?」

「指揮官が指輪買ったことくらいみんな知ってるよ。カリーナが言ってたし」

 うっそだろ、と小声でつぶやく。なにしてんだ本当に……

「でも渡さない物持っててもしょうがないし」

「彼女は戻ってくるって。だから持っておきなよ」

「……ん?」

「だから気を落とさないで」

「なんの話を」

 いや、いい、わかった。つまりその、Vectorはこの小物が誰のための物なのかすっかり勘違いしているんだ。それも持ち前の自己評価の低さ故に。あんな領域を作っておきながらそれを諦めていたのか。

 気が変わった。

「捨てるのはやめだ」

 めまいがするほどめんどくさい奴だ。

「これ、君のだよ」

「だって指揮官前にこんなものなくてもいてくれるって思ってるって」

「言った。けどそれとこれとはまた別」

 思っててもなおこうして物質に頼ろうとするっていう矛盾が人間なんだろう。けどそこで理解しつつ待ってる方も待ってる方だ。

「本当にあたしなの?」

「……何とも思ってなければあんなことしない」

「あんなこと」

「夜にわざわざ部屋に入れたりしない」

「もしかしてあんなことしたせい?」

「違う。もっと前からこれは買ってたしその気はあった。ただ」

 落ち着こう。一度深呼吸だ。大きく吸って大きく吐いて、そこに肺があることを意識する。

「愛着を持つこととなくすことに怯えるのが怖いからタイミングを失ってた」

「指揮官って、めんどくさいね」

「Vectorに言われたくないよ! 興味ない顔して待ってたなんて知らなかった!」

「あーバレちゃったか」

 そこは取り繕ったりしないのか……つくづく人形は効率的だ。

「でも指揮官は怖いことを乗り越えちゃうんだ」

「後悔したくない。やってみたら後悔しないかもしれない」

「ふぅん、そっか」

 また興味なさそうに言われる。けれど別にそんなことはなくて、何かをどこかに保存してて、彼女は単に表面にあまり出さないだけで。よくよく注意を払わないとまた何かを見落とす。

「なんか指揮官は、成長したね」

「そうかな」

「変わった。少し向こう見ずになった」

「もっと慎重になってほしい?」

「ううん。このままでいいよ」

 私はよく見ておかないといけないけどあちらは私をよく見ていて、それがなんだか申し訳ない。

 Vectorは近寄ってきて机に腰掛けた。普段は行儀が悪いと叱るが今日はしない。余裕がない。

「まあ、そうだなぁ……今までたくさんいじめたから、たまにはいじめられてもいいかな」

「いじめられた覚えはないけれど」

「足りなかった? もっといじめられたい?」

「足りない? 何が?」

「夜の」

「いやその……なんで突然そんな話をするかな……悪かったよ下手くそで。がんばるから」

 突然じゃなくて多分彼女の中で何らかのロジックは繋がってる。それを説明してくれないっていう、ただそれだけ。

 理解できるようになるんだろうか。

「ともかく、誓約は両者の合意の上で行いたいから、Vectorがこの指輪は自分が貰うものって認識してくれないとその、困る」

「指揮官がそれをあたしにくれる理由は?」

「伝わらないかな……渡すって行いだけでも十分だと思ってるんだけど」

「好きってこと?」

「なんというか、大切っていうか、こう、意味を与えたいっていうか」

 具体的に言葉にしたくないのは単純に恥ずかしいから。人間ってのも面倒だ。感情に振り回されて最短ルートが歩けやしない。

「それ、やっぱ好きってことなんじゃん」

「それだと君が用意してた一言二言の領域に収まってしまう。それじゃダメなんだ」

 意固地になってるってことはわかってる。誰がこんなこと聞いても笑う。

 案の定Vectorも表情が緩んだ。でもそれはおかしいから笑うとかそういうとのはもっと何かが違った。

 瞬きすれば彼女らのように定量的でない記憶領域には収められそうになくて、目の表面が乾きそうだ。

「めんどくさいね指揮官」

「悪かったな」

 机に手をついて身を乗り出す。随分とまあきれいな顔に作られたものだと感心する。

 作り物の存在にどうしてこうも心穏やかにいられないのかさっぱり分からないけれど、悪くない。悪くないのだ。

「行動で示せば容量大きくなる?」

「うん」

 その言葉を信じることにしよう。

 ……何を緊張してるんだ、もっとすごいことしてるじゃないか。いいからここまできたなら腹をくくって、

「失礼しまーす。指揮官様に物資のほうこ……」

「はぁー……カリーナ……ノックしてって何度も言ってる」

「すみません……お邪魔ですか?」

 そんなの見れば分かるじゃないか、と言いたいところだけど肩の力が抜けたから責めはしない。いいんだよVectorも笑ってるから。

「うん。でもカリーナには後でちょっと購入した物資の情報について色々聞きたいから呼んだら来て」

「うっかしこまりました」

 カリーナが慌ててドアを閉じた。鍵はかかってないけど、もうそんなのどうでもいいのだ。

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