私は大変に臆病なので、   作:たぬき0401

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永い後日談の白地図

 私は大変に臆病なので、何かを待つことが苦手だった。期待して待てどもそれが返ってくることはなく、期待外れのものが返ってくることの方が多い。

 子どもの頃、自分を育ててくれた女性がいなくなり、せめて生きて帰ってくることを期待して待った。結果帰ってきたのは布袋に詰められたお金だった。

 そうじゃない! 自分が返して欲しかったのはこれじゃないんだ! と叫んでも二度と帰ってこない。私にとって待つということは、そういうことなのだ。

 

 朝だ。窓の代わりを勤めるモニタが太陽の光を映し出す。

 汚染地域では外界とガラス一枚なんて危ない境界線はもうこの世にほとんどない。唯一例外である乗り物の窓ガラスは、大変に頑丈に強靭に作られているため高価である。

 身体を起こすと掛け布団がずるりと落ちて肩が冷えた。思わず手のひらで触れて、まあ何も着てないから寒いよな、と納得する。

 そろそろ暖房を入れてもいい季節だろう。念のためリソースを管理しているカリーナに確認しよう。

 隣に目をやると頭まで布団を被った人間サイズの塊が一つ。腕を伸ばしてめくると見慣れた銀髪が枕に半分沈み込んでいる。最近Vectorは朝になってもさっさといなくならないでここにいてくれるのだ。

 早く起こさないといけないかと考えて、今日がオフだったことを思い出した。もう少し物思いにふけれる。

 こわごわ手のひらを頭に乗せてみる。特に動く気配がなかったのに気をよくして、そのままもしゃもしゃと撫でてみた。

 普段はこんなことしない。やったところでアイスよりもひんやりした反応を返されるのが手に取るようにわかる。

『なに? 意味のないことして楽しい?』

 こんなことを言われるんだろう。そう考えただけでため息が出る。

 楽しいに決まってるだろそんなの。私は楽しいのだ。けれどそれを説明するのがなんだか癪で、プライベートの時の余程限られた瞬間にしかしないことにしている。

 つくづく彼女はめんどくさい。疑う気は全くないが時たま、本当にこんな関係になってよかったと思ってるのか、と聞きたくなるくらいにめんどくさい。ともすれば嫌われてると思いそうだ。

 いっそ今度聞いてやろうか。たまには驚かせたいし困らせたい。いつもの綺麗な仏頂面以外に何か私が原因になって変化を与えたい。

 とは、思うのだけれども……うまくいかないものだ。もしかして見逃しているかも、と淡い期待を抱いてみたりもするがその発想が甘いのだ。

 見逃してなんかいない。本当にびっくりするほど変化がないのだ。表情のプログラムどうなってるんだ?

 などなどを考えながらもしゃもしゃと頭をなで続ける。

 触り心地のいい頭だ。ちょっと癖のある毛先に可愛げがある。指先にくるくる巻いてみるとすぐ反発してほどける。これがなかなかどうして……面白い。

 本人もこれくらい反応があれば面白いのだ。そう考えると思わず口から軽い笑い声が漏れた。

「んふふ」

「意味のないことして楽しい?」

 声が聞こえると思っていなかったため、静電気バリバリのドアノブを触ったような勢いで手を離してしまった。

「い、いつから」

「ずっとだよ。なんか珍しいことしてるからそのままにしておこうと思って」

 でもいい加減飽きたからさ、と続けながらVectorは上体を起こす。私の時と同じように布団がずり落ち……おっといけない。私は腕を伸ばして布団を上げさせた。

「隠して」

「夕べあれだけしといて今更だけど」

「いいから」

「そんなに見たくない?」

「いや見たいよ、じゃなくて、目のやり所に困る」

 目がチラチラ胸にいきながら話をするなんてまっぴらだ。

 それにしてもすぐマイナスの意味に捉えるのだから油断も隙もあったものじゃない。

「もっと私から押さないとだめなんだろうか?」

「何を?」

「言葉が足りないと君はすぐマイナスの意味合いに取るだろ」

「困る?」

「困るよ」

「どうして?」

 どうして? どうしてだって? そんなの言わなくても、いや言わないと分かってくれないのか。

 慣れないことをするのには勇気がいるから、少しもったいぶって深呼吸する。

 これがわざとだったら、なんて罪作りな人形なんだろう。ただVectorがそんな器用な奴じゃないことを私はよく心得ている。

「好意的に思ってる存在が自己を否定し続けたら悲しいから」

「ふぅん」

 いつも通りの興味がなさそうな相槌だったが、注意深く見てたおかげで彼女がちらりと左手を見たところをとらえられた。

 Vectorの左の薬指には、私が先日緊張でガタガタ震えながらはめた指輪が眩しく光る。

 あの動作は彼女も私を意識してくれている何よりの証拠なのだから喜んでいい、のだが……悲しいかな、ノミの心臓すぎてのどの奥で鼓動が聞こえてくる。

 首から耳の先まで熱くなっていく気配を感じて、つい両手で覆った。わかってる。時すでに遅し、だ。

「……今の保存しようとしてる?」

「うん。現在進行形で保存するつもり」

「うわぁ恥ずかしい」

 ふっとVectorの表情が緩んだ。珍しく感情が見て取れる。

「指揮官はいじらしいというかなんというか」

「なんだよ……」

「んー、愛おしい、かな」

 ……なんだ、こいつ? 散々興味なさそうにとりつく島もない対応してきたのになんだこの、今なんて、言った?

「Vectorは、考えてることが読みづらいな」

「指揮官はわかりやすいよ。割と顔に出る方だし」

「あまりそんなことは言われないけれど」

「よく見てると細かい変化は多いよ」

「例えば?」

「鎖骨噛まれるの弱いよね? 変な顔する」

「そういう話!? あけすけに言わないでくれよ」

 それに変な顔ってなんだよ……いや細かく言われるのも困るけれど。

 彼女の歴代オーナー達も扱いに困ったんだろうか? 考えるだけでその苦労が手に取るように分かる。きっと何人かは手に負えなくて投げ出しただろう。

「今は何か苦そうなこと考えてる顔してるね」

「んー、まあ、今までの君の持ち主は苦労しただろうな、と」

「どうだろう? 覚えてないよ」

「薄情だ」

「そうじゃなくて、データが初期化されるんだよ」

 へえ、それは知らなかった。けれど考えてみれば当たり前だ。プライバシーや機密の保持のためにその方が安心だろう。

「だから指揮官とこういうことしてたのもG&Kを抜けたら忘れるよ。バックアップごとね」

「確かに。買い取ればいいのか」

「やめておきなよ、そんなお金ないでしょ?」

「稼ぐし、なんなら退職金全部使ってもいい」

「そのあとの生活はどうするの」

「考えてないけどなんとかなるよ」

 別に地元に帰って読み書きでも教えてたりしたっていい。

 特にやりたいことがあるわけではなく、漠然と彼女を手放したくないだけなのだ。それさえ叶えば別に朽ちてもいいや、なんて退廃的なことを考えたりもする。

「名前どうする?」

 唐突に聞かれてしばし思考が停止する。またどうしてこう、説明なしに質問してくるかな。

「そうか、銃を手放したらVectorではなくなるか」

「うん。だから新しくつけてよ」

 それはなかなかに魅力的な申し出だ。同時に責任感のあることで、また随分と気の長い話だ。

 その日がいつ来るともわからない。少なくとも明日ではない。でももしかしたら来週かもしれないし来月かもしれない。

 ことによると十年よりもっと先かもしれない。

「申し訳ないけど私には無理だ」

「……そっか」

 あ、少し残念そうな声。違う違う今のでは説明が足りない。

「私さ、ネーミングセンスが」

「あーこの前拾ってきた柴犬に田子作って名前つけた」

「百式だけが、やりますねぇって喜んだよ。あとは非難囂々」

「あれはダメだよ」

「傑作だと思ったんだけどなぁ。たくましそうで」

 壊滅的なセンスは二十年かけても直らないと思われる。

「君の生涯にそんな汚点を残したくないんだよ」

「うん。よくわかった。あたしもそんな名前はいやだ」

「はっきり言ってもらえてありがたい。だから名前はVectorが決めて」

「あたしが?」

「うん。君が」

 待つのは大変に苦手だ。任せて待ったところで、この気の長い未来の白地図に何か書き足される確約はない。

 もしかしたら明日彼女は帰って来ないかもしれない。その日は来週かもしれないし来月かもしれない。

 十年後、果たしてここに彼女はいるのだろうか? 私もいるのだろうか? 司令部は? G&Kは? 世界は? わからない。

 それらしいことをしたくなってVectorを抱き寄せる。首元に当たる髪の毛先が少しくすぐったくて、素肌に触れる人工皮膚の温度は大気よりは暖かい。

 今現在言えることは、とりあえずここに彼女はいるという、それだけだ。

 それが積み重なって、明日、来週、来月、十年後になればいい。

 長い睫毛を抱えたまぶたが数度瞬きして、鎖骨の上に左手が添えられた。

 だからそこ弱いって知ってるだろ……いや知ってるからか。

 そこにはめられた指輪は誰かに作られたVectorに唯一私が与えたものだ。ならば彼女にも自分に何かを与えてほしい。

「君がその時が来たときに、ずーっと私に呼ばれたい名前を考えてよ」

「指揮官てさ」

「なにさ」

 見下ろすと彼女は上目遣いで笑った。その顔がどれだけ魅力的かなんて、知ってるのは私だけで十分だ。

「結構ロマンチストだね」

「うるせえやい」

 だから私がロマンチストなことも、彼女だけが知っていればよい。

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