私は大変に臆病なので、   作:たぬき0401

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n+1回目の契約

 私は大変に臆病なので、生きること以外に固執することが苦手だった。

 生きるため以外のことに手を出すと身を滅ぼすだけだ。無駄なことはしない。

 だから、意味がないことの繰り返しや瞬く間に消えることなんて決してしてはならない。

 

 「以上、報告終わり」

 執務室に響いたのはVectorの不機嫌な声。報告書のファイルも雑に机に落とされた。

「ありがとうVector。腕の調子はどう?」

「……別に、普通だよ」

「そっか。ごめんねすぐにパーツが用意できなくて。来週には届くからもう少し待って」

 今の言葉には特に返答せず、彼女は部屋を出て行った。

「…………不機嫌でしたね」

「まあそうだね」

 後ろに控えていたカリーナがビクビクしながら声を発した。それに比べたら私なんて能天気なものだ。

「指揮官様は平気そうですね」

「慣れたから」

「はぁ……」

「さて、これから重要な案件のための会議だ、カリーナ」

 思ったより低く出た声は重苦しく響いたのだった。

 

---

 

 最低だ。こんな下らないことで不機嫌になるなんて。

 先日、作戦中に想定外の敵と遭遇。なんとか退けたもののダミーは全て失い、あたし自身も一部破損。

 指揮官がすぐに応援を送ってくれたから誰も失われずに無事に帰還できた。

 本体は無事。でもよりによって破損個所は左の肩から先だった。つまり、指輪を失った。

 探しに行くと言い張ったけれど指揮官はそれを許さなかった。

「その状態で出たらダメだ」

「でも」

「今度は腕だけじゃ済まないよ」

「だって指揮官」

「Vector、わかって」

 そう言われてしまえば逆らえない。指輪と左腕の代わりに、新しい腕が来るまでの代用品が取り付けられた。日常生活に支障はないけれど、しばらくは銃が握れないから報告任務に従事することになった。

 人形なんてそんなもの。きっと指揮官にとっても指輪なんてそんな物だったんだ。

 あんな、大切そうに渡してくれたのに。やっぱりただの予行練習で、何か夢を抱く方が間違いなくらい。

 だったら、どうしてあんなに照れくさそうに笑ったのか。どうしてあんなに余裕のない顔で抱くのか。どうして朝隣にいるだけであんなに穏やかな顔になるのか。

 全て無表情でこなしてくれたらこんなに苦しくならずに済むのに。人間ってのは本当に厄介。

 それら全てを丁寧にバックアップとして保存してしまったからあたしも大概なのだけれども。

 最近は指揮官もカリーナとの方が一緒にいて楽しそうだし、いっそその方がいいんじゃないかと思える。人間同士だし、その方が自然だ。

 カリーナなら指揮官に対して不機嫌になって当たったりもしないし、きっと表情がよく変わるから指揮官もそっちの方がいいだろう。

 あたしのように常に無表情無感動で変化がなく、面白みのない人形に入れ込んでいることがそもそもおかしいんだ。だから普通になってくれたらいい。その方がいいし、自然だし、おかしくない。

 指揮官の部屋の前を通りかかり、ついドアノブに手を伸ばしてしまう。左手はポケットに入れてある合鍵に伸びる。

『これ、今後使うだろうから』

 そうぶっきらぼうに鍵を渡してきた指揮官を思い返して頭を振った。

 ダメだ、部屋に入るとまた指揮官のことばかり考えてしまう。ただでさえ指揮官のことばかりなのだから、少しは離れるように努力しよう。

 指揮官のためにも離れるべきなんだ。

 あたしは指揮官のために一緒に死んでやれるしいざってときは殺してあげられるけれど、指揮官と一緒に生きれるのはきっと、カリーナみたいな人間なのだから。

 

 週末、緊急事態がない限り司令部全体が休暇。

 今までは指揮官の部屋でだらだら過ごして、昼過ぎから散歩に出るような時間を過ごしていたけれど、それより前は何をしてたっけ?

 指揮官と一緒に過ごすようになってそう日が長いわけでもないけれど、すっかり忘れてしまっている。確か本を読んだり、談話室で他の人形と話したり、そうやって過ごしていたと思う。

 談話室に行くとスコーピオンが一人でジェンガをして遊んでいた。

「何してるの?」

「あれ? Vector指揮官と一緒じゃないの?」

 まあそう聞いてくるか。

「うん、まあ、ちょっとね」

「ふーん、喧嘩でもした?」

「どうだろう」

「そっかぁ。仲直りできるといいねぇ」

 スコーピオンは指揮官が拾ってきた子だ。鉄血の捕虜になっていたところを救出したが、本部に連絡したところ彼女の元指揮官は既に彼女を手放す手続きを取ってしまっていたそうだ。

 それを聞いた指揮官はそう長く考えずにスコーピオンへ、

『じゃあうちの子になるか』

 と声をかけ今に至る。おかげでスコーピオンはかなり指揮官に懐いていると思う。

 作戦後に帰投すると、スコーピオンは指揮官に飛びつく。

 最初のころ指揮官はうまく受け止められず後ろに転がったり、体重をかけ損ねて腰を痛めたり散々だったけど、段々自分から迎えに行くことでうまく抱えられるようになっていった。

 あれが人間の学習能力なんだろう。

「Vectorはさー、指揮官のことすきー?」

「え?」

 スコーピオンは目の前の歯抜けタワーを触りながら問いかけてきた。

「私はねー、大好き! お父さんとかお母さんみたい!」

「うーん、そうか」

 指揮官の提案通り、まさにスコーピオンはうちの子になったわけだ。

 あたしはどうだっけ? なんて言われた?

「Vectorも指揮官のこと大好きなんじゃないの?」

「どうかな? 自分でもよくわからないや」

「好きでもないのに指揮官のこと一生懸命考えてるのは変だよ」

「そんなに考えてる?」

「考えてるよー。ずーっと指揮官のこと見てるもん」

 そうかもしれない。ずっと見てて、いつでも考えてて、離れようとしてみてもメモリが指揮官ばっかりで恥ずかしいくらいだ。

「だから仲直りできるといいね」

「うん。ありがとう」

「Vectorもなー、素直に指揮官にすきーってやればいいのになー」

「スコーピオンみたいに?」

「うん! 指揮官結構しっかり受け止めてくれるよ!」

「そこに至るまで三回くらい腰痛めてたよ」

「うえへへ反省してます」

 思い出した。指揮官は初めて会ったとき、少し目を見開いてから、

『待ってたよ。よろしくね』

 と笑ったのだった。

 何を待ってたのか聞いてはいなかった。確認してもいいかもしれない。

 

 三日後、打って変わって気は重かった。

 この前、スコーピオンと別れた後に指揮官が車に乗って出かけるのが見えた。

 運転席にはカリーナが乗っていたのだ。

 わかっているし、理解しているけれどやっぱり胸は苦しい。

 人形に痛覚はないはずなのになぜか痛みのようなものを感じる。

 こういうのを、心が傷ついた、と言うらしい。

 ばかばかしい。擬似的な物があっても、本物の心なんて人形にはないのに。

 いっそ本当に何もなく、こんなに指揮官のことで思い悩んで苦しまなければどんなに楽か。

 先ほど指揮官に呼び出された。届いた新しい腕は今朝取り付けてもらって動作確認も完了した。

 指揮官にそのことを報告したら、それから、あたしはどうしたいんだろう。どうすればいいんだろう。

 腕はそろったのにいつもより執務室のドアを重たく感じる。

 

---

 

 Vectorが左腕と一緒に指輪をなくしてきた。その話を聞いたのは彼女が帰投するほんの少し前で、それだけでも彼女がどれほど落ち込んでいるか想像に易かった。

 なんて声をかけようか、どうしてやろうかを悶々と考えている間に彼女は帰ってきた。

 激しい音と共に執務室のドアが開き、私が息を飲んだ以外は無音の部屋にカツカツと彼女の靴と床がぶつかる音が響く。

 通信で聞いた通り、Vectorの左肩から先はない。それがあったであろう場所から露出している金属部品が痛々しく、自分のことではないのに左肩がじんわり痛む錯覚を覚えた。

 見るからに不機嫌な仏頂面は左頬に少し煤がついている。到着してすぐここに来たんだろう。

 表情からは読み取れないけれどVectorの中には苛立ちやら後悔やら悲しみやら私に対する申し訳なさやらがごちゃごちゃになっているに違いない。それくらいは分かる。

 私が何かかける言葉を見つける前に彼女は目の前に到着し、残っている方の腕で胸倉をつかんできた。

「Vectorなにを」

 真意を問おうとしたが全部言うことはできず、彼女は答えの代わりに乱暴に唇を重ねてきた。

 驚いて右肩を押し返そうとしたが、今それをしたら傷つけることを察して手をのせるにとどめた。手先にわずかながら震えを感じて親指で肩をなぞってやる。

 怖かっただろう、かわいそうに。これだけ弱ったVectorを見るのは久しぶりだ。誓約してからは初めてだと思う。

 だがそれだけでは止まらずに口の中に舌を侵入させられた瞬間に思わず制止をかけた。

「何をしてるんだ!」

「抱いて」

「馬鹿! 修復を受けろ!」

「いいから。痛くなんてない」

「そういう問題じゃ」

「二度も言わせないで。それとも、綺麗な体でないと無理?」

 自虐的に笑う顔は皮肉なほどに美しい。

 どうしよう。ここまで弱るなんて思わなかった。もう一度何か言葉を往復させたらきっとVectorは泣く。それだけは本当にごめんだ。

 泣きそうなのに気丈に見つめてくる金色の瞳に、ついに折れてしまった。

「鍵は?」

「入ってくるときかけた」

「わかった」

 これだけで了承したことは伝わっただろう。

 立ち上がって机の上を雑に払って物をどかし、脱いだコートをそこにかけた。

 机に押し付けた重さが片腕分軽いのが妙に悲しく、左肩に触れた手のひらにひっかかる機械部品がそれをなお重たくした。

 

 「いやー、指揮官様も若いですねー」

 非汚染地域へ向かう車を運転しながらカリーナが笑う。私は助手席で甘んじてそのからかいを受けることにした。

「カリーナとそう年は変わらない」

「いえいえ、今のは修復担当の方の言葉を借りたのです」

「やっぱりバレるか」

「それはさすがに」

 そうだよなー、と言いながら後ろ頭をがしがし掻く。あの後一応洗浄して着衣は整えたのに。いや逆にそれでバレるのか。

「あと、さすがに執務室はいけないかと」

「その点に関しては本当に申し訳ない」

「いえいえ。気づいたのが私でよかったです。人払いも通信の対応もできましたし」

「助かったよ。ありがとう」

 鍵はかけてあったけれどさすがに隠し通せなかったらしい。今月の給与にはカリーナに少し上乗せをしておいた。

「指揮官様と私はお互い持ちつ持たれつですから」

「助けてもらってばっかりな気がする。報告書も頼んでるし」

「その分話題を提供してくださってるからいいんですよ」

 こうやって秘密の片棒も担がせてもらえますし、とカリーナは上機嫌だ。

 私とカリーナは上司と部下という間柄に加えて良き友人である。年が近いこともあって、お互いにいい相談相手で気軽に頼れる距離感にいる。

 私は業務の上でかなりカリーナに頼っているが、カリーナからすれば娯楽の少ない環境で私の、特にVectorとの話は最高にいいものだそうだ。

「お友達の恋愛話なんて女の子にとったら最高の楽しみなんですよ!」

「よくわかんないなぁ」

「指揮官様はそういうタイプじゃないですものね」

「そもそも友達って概念自体カリーナが初めてだからね」

「それは光栄です」

 子どものころに過ごしていた場所では友達はいなかったし、そもそも学校に通っていなかったからそういう存在ができる環境にいなかった。

 ただまあ、友人との正しい付き合いについては教わっていたので、適切な関係は築けた。そこは教育の賜物だ。

「ところでVectorさんとは最近どうですか?」

「話題を提供してあげたいのだけれど、最近よろしくない」

 

 Vectorが重傷を負った翌日、彼女の左腕は複製まで数日時間を要することが判明した。なるべく急いでもらうよう要請したが早くて来週になるそうだ。

 片腕を探しに行くと言ってきたVectorにそれだけはやめろと言い聞かせ、当分報告任務にあたらせた。しばらく不機嫌は続くだろうがそれくらい受け止めてやろう。

 問題は腕が直ったところで機嫌は直らないであろうことだ。どうしたものかと考えて頼れるカリーナに相談してみた。

 その結果が今日の外出なのだが……

 

 「Vector、最近部屋に来てくれない」

「えーっと、指揮官様それで寝不足ですか?」

「お恥ずかしながら」

 本来なら私が運転するべきなのだが、寝不足につきカリーナに運転を任せたのだった。

 自動運転が当たり前になった世の中だが、一応緊急時の運転手は必要なのだ。

「何か他に機嫌を損ねる要因はあります?」

「いや、心当たりは」

「もしかしてなんですけど、最近私たち仲良くしすぎましたかね?」

 そうかもしれない。でもそれが原因だとしたらめんどくさいこの上ない。だが確信できる。

「それだ」

「……指揮官様、私が言うのもなんですが、Vectorさんめんどくさいですね」

「うん。この上なく」

 少しは運転手にサービスしてやろう。本人もここにはいないことだし。

「でもそこが好き」

 こうやって言ってやるだけでカリーナは上機嫌になるからちょろいものだ。私はゆでだこになるが。

 おそるおそる横を見ると運転手はニヤニヤ笑顔でこちらを見ている。

「それ本人に言わなきゃ意味ないですよー」

「わかってるよ! そのための買い物なんだから前見てくれ!」

「やっぱり指揮官様は最高ですね!」

 カリーナの明るい笑い声が車内を満たす。

 

 Vectorの腕が届いたらしい。私は朝一で彼女を工廠へ向かわせ、取り付けと動作確認を依頼した。

 一連の確認が完了したと連絡を受けたので、深呼吸してからVectorを執務室に呼んだ。

 これからが肝心なんだ、しっかりするのだ、と自分に何度も言い聞かす。

 ドアが数度ノックされる。

「どうぞ」

 今発した声は上擦ってなかっただろうか?

 無言で入ってきたVectorはやっぱり不機嫌そうな顔で、ほらだから腕が戻ってきても機嫌なんて直らないんだ、と最初の想定の正しさを認識した。

 ただちょっと思いつめた顔で来られるのは想定外だった。三行半でも突き付けるつもりかこいつは。

「腕、どう?」

「悪くないよ」

「よかった。待たせてごめん」

「別に」

 この取り付く島もない感じがなんとも。強いて言うならここしばらくで少しきつくなった気がする。

 次の話、本題に入る前に少しわざとらしく咳払いをした。途端にびくっとVectorの肩が跳ねる。

 そうか、三行半を突き付けに来たのは彼女ではない。私がそうすると思い込んでいるのか。まったく、めんどくさく愛おしい奴め。

 少し肩の力が抜けた。大丈夫そうだ。本当に?

「その、大事な話があって」

「早くして。忙しいから」

「わかってる」

 私はコートのポケットに手を突っ込みながらVectorに歩み寄った。物理的な距離と同じように精神的な距離もすぐ近くできれば苦労しないのに。

 ただ、近寄れば近寄るほどVectorは堅い表情になって。そこは精神的距離と同じか。

 本当にめんどくさくてかわいそうで、かわいい。

 私はさっきから指先にひっかかる箱を取り出した。

「はいこれ」

 もったいぶる必要もないので、ふたを開けて中身を見せてやる。中身は以前渡したより幾分かシンプルなデザインの指輪だ。

 それを前にしてVectorはたじろぐ。

「えっなんで? もう誓約はしたでしょ?」

「したよ」

「なら意味がない」

「意味ってそんなに必要?」

「こんなの、もらったって」

「なんか色々勘違いされると困るんだけどさ」

 私はしゃべりながら、椅子の脇から持ってきた紙袋の中身を引っ張り出す。うまくできてる? 不安だ。

「別に強くなってほしいって理由だけで誓約したわけじゃないんだ。いい加減これでわかってよ」

 右手で指輪、左手でわざわざ注文して届けてもらった真っ赤な花束を突き出してやる。

 本数は一年の月と同じ数。我ながら気障なことをしている自覚はある。

「これ本物の花?」

「おうとも。高かった」

「指輪は?」

「前のはちょっと派手だったし、街まで選びに行った。悩みすぎて一日かかった」

「どうして……」

 結局言わないといけないんだ。今まで逃げてきた年貢の納め時か。

 深呼吸をする。肩が上下した。

「好きだから。幸せにしててもらいたいから」

 目が合う。ぽかんとした顔をされた。

 そりゃ言うとは思わなかったろう。でも言わせたのは彼女だ。

「こんな結果になるなんて、思ってもいなかった」

「そうか」

「うん、あたしも好き、だから、受け取ってもいいかな?」

 ここまできてやっと一息つける。けど断られることは最初から考えてない。

「受け取ってよ。全部君のだ」

 言うや否やVectorが一歩踏み出す。瞬間的にスコーピオンが飛びかかってくる映像が脳内をよぎり、前に踏み出しながら構えた。

 案の定Vectorは飛びついてきた。しっかり抱き止めてスコーピオンにするみたいにぐるっと回る。こうするとうまく勢いが殺せるんだ。

 回ったときに少し花びらが散った。後で掃除しないとな。

 でもそんなのどうだっていいんだ。飛びついてくる瞬間に珍しく笑ってたのが見えたから。久しく見てなかった。

「部屋、また来てよ。いないと眠れない」

「うん」

「カリーナに色々協力してもらった。後でお礼言っといて」

「うん、あと、ごめん」

「なにが?」

「誤解してた」

「だろうと思った」

 さてどうしようか。この後仕事って気持ちにもならない。なんならこのまま過ごしたい。

 ドアの方に向かって声を張る。

「カリーナ! 今日は一日休みにしよう!」

 返事はなかったけれどバタバタ駆け出す足音が聞こえた。

「あとね、執務室は本当にヤバいからやめて……」

「ふふ、善処する」

 耳元で笑われる吐息がくすぐったく、腕一本分増えた重さが妙に幸せだ。

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