私は大変に憶病なので、命令に逆らうことが苦手だった。
従っていれば少なくとも直後のことは保証される。それを破るのはいささか冒険が過ぎる。
忠実に、安全第一に。それはG&Kで務めるうえで重視されることであるし、私のノミの心臓にも優しいことだった。
たとえその内容に不服があっても、ぐっとこらえられる程度には賢いつもりだ。
今日は珍しくヘリアンさんから連絡があった。普段は定例報告のためにこちらから連絡することの方が多い。
「今日はどうかしましたか?」
「一つ頼みたいことがあってな」
「なんでしょうか」
「小隊を一つそちらに送るから受け入れを頼む」
「短期でしたら問題ないかと」
「大丈夫だ。任務を一つ任せたいだけだからな」
「そういうことであれば。念のためリソースの確認をしておきます」
手元のメモに、後程カリーナに資材の在庫確認の依頼をすることを書いた。客間の空きはあるから、あとは早めに毛布やシーツなどを準備しておこう。
「それで、秘匿無線を使われていることに理由はあるんですよね?」
今日の通信は普段よりもセキュリティ性の高い回線だった。受け入れるとは言ったが、そう簡単な話では無い予感がする。
「貴官に預けたいのは404小隊だ」
「聞き覚えのない名前ですね」
「ああ。普段極秘任務を請け負っているからな。メンバーは四人。UMP45、UMP9、416、G11だ」
その名前なら一部聞き覚えがある。確か以前夜間作戦の時に物資を届けた受取人だった。
「何名かは直接ではありませんが会ったことがありますね。アイスを届けました」
「アイス?」
「はい、確か。でもうちの人形は、彼女たちはいつもふらふら遊んでいる、と言っていましたが」
「あぁ。彼女たちの小隊は秘匿事項なんだ。だから他の人形たちにはそう思わせている」
どおりで部隊名を聞かないわけだ。そもそもの存在も知らされてないんだろう。
「この件は内密に頼む。もし部隊名を名指しで何か聞かれたら知らない、もしくは死んだと答えるように」
この話には笑ってしまった。
「随分と洒落たことを言うんですね」
「それから、一つ忠告したいんだが」
「なんでしょうか?」
「416とM16は近づけないように。酷く仲が悪い」
思わずため息をついた。まったく、あいつは。
「まーたなんかやったんですね……」
三日後、404小隊の人形たちは日が落ちてからやってきた。四人を順番に見て確認する。
「よく来たね。私がここの指揮官だ。君たちはUMP45、UMP9、416、それから」
今にも眠りそうなくらい舟をこいでいる、小さい人形に目をやる。
「G11。疲れてるのかい?」
「気にしないでください。いつもこんな感じなんで」
小隊のリーダー、UMP45がそう説明する。癖のある連中だと聞いていたけれど、これはちょっと骨が折れるかもしれない。まあ、短期だから問題ないか。
「今日はもう暗いから早めに休んで。客間に四人分のベッドと、毛布やらシーツやらを運んであるから使ってもらって構わない。他に必要なものがあったら言って」
「わあいやったぁ! 久しぶりのベッドだ!」
「お布団だぁ」
「ありがとうございます」
UMP9、G11、416は喜んでくれているようだが、UMP45だけはすっと目を細めてこちらを見た。妙な悪寒が背中を走る。
「明日、午前中に作戦の概要確認。そのあと午後になったらすぐに任務開始だから遅れないように頼むよ」
「了解です。よろしくお願いしますね、指揮官」
先ほどの視線とは打って変わってUMP45は友好的に握手を求めてきた。怪しまれても困るので応じよう。
「よろしく、UMP45」
「気軽に45と呼んでください。妹は9で」
「うん、わかったよ45」
なんというか、食えない相手だ。一抹の不安を抱えながら固く手を握り返した。
今回の任務は鉄血に包囲された居住地域からの民間人救出だ。救難信号は今朝届いた。午後一で向かえばまだ間に合う。
部隊は三構成。鉄血の人形を排除する部隊、民間人を誘導する部隊。前者にはVector、後者にはトンプソンを小隊長として任命した。
そして、
「周囲を確認した結果、居住地域近くに小屋が一つ放置されてる。万が一そこに民間人、もしくは鉄血の残党がいた場合の対応を45の部隊に任せる」
「了解」
というのはもちろん建前だ。彼女らの本来の目的はその座標にあるデータの回収。たまたま今朝救難信号を受け取ったので、同時に進めることにした。
「本来小隊は五人で組むものだけれども、申し訳ないが少数精鋭ってことで四人で当たってくれ。もし緊急事態があったら迷わず連絡を。全員ちゃんと帰ってくるように」
「わかりました」
45は文句も言わずに任務へ同行してくれるようで安心した。てっきり文句の一つでも言われるのかと。彼女の視線からは妙に落ち着かない何かを感じる。
ともあれ、無事に作戦は開始された。私は指示を出しながらここで帰りを待つだけだ。
「カリーナは404小隊のこと知ってた?」
「ええまあ、噂には聞いてました」
輸送待機中は暇なのでこうして雑談をする余裕さえある。
「さすが情報通。でも噂程度なんだ」
「それも都市伝説みたいなものでしたから。こうして目の当たりにして、初めて存在するんだって知りました」
「よっぽど内密にされてるんだね。でも人形が知らないのは驚いたな。なんでだろう」
「なんでもうっかり知っちゃうと記憶を削除されるらしいですよ」
「ますます都市伝説じみてるね」
でもまあ、ありえない話でもないとは思った。そうでもしないと誰からも聞いていないという状況が成り立たない。
ふと嫌な予感がした。G&Kの人形より鉄血の方が彼女らに詳しいんじゃないだろうか?
作戦が開始されて二時間、民間人の救助は無事に完了した。集落の安全が確保されたとのことだったので、私も現地へ向かうことになった。
移動中、トンプソンから通信が入る。
「ボス、ちょっとまずいことになった。鉄血の残党が小屋の方に向かってる」
「数や勢力は?」
「数はそれほど多くない。ただライフルが何体かいるみたいだ」
これは困ったことになった。404小隊の構成ではライフルに弱い。彼女らでは射程が足りないんだ。
「そっちも状況は? 回せる人形はいそう?」
「今回結構手こずってな。損傷が軽微なのはVectorくらいだ」
「それでも挟撃ならいけるかな。Vector、任せていい?」
「おい、指揮官がお前に任せるだとよ」
少し離れたところで了承する声が聞こえる。彼女なら任せても大丈夫だろう。
「念のため途中の飛行場で修復と補給をするように」
それだけ伝えて通信を切った。
案の定、404の認知度はこちらより鉄血の方が高かったようだ。
おそらく交戦した人形から404の存在が鉄血内に伝達され、途中でこちらではなく404の撃破に作戦が変更されたんだ。戦闘は激化しているはずなのに一向に45から通信は入らない。
「信頼されてないんだろうな」
一人ごちる。友好的に見えて45はこちらに心を開こうとはしない。臆病であるがゆえに私は自分に対する敵意には敏感なのだ。きっと他の指揮官なら気にせず受け入れられただろうに。
他人の本質に気づいてしまうのはいいことばかりではないのだ。今回こうして私は45との間に溝を作ってしまっているのだから。せめてわからない顔をして向こうの求めるように振舞ってやればよかったのに、それさえもせずに。
「失敗したなぁ」
輸送時間中一杯、一人反省会は続いた。
現地に到着するころには集落はすっかり空になり、首長を務めていた老人にお礼を言われただけだった。
「いやぁどうも、助かりました。ここいらじゃ正規軍は来てくれないので」
「軍の皆さんは前線でお忙しいでしょうから。こういったことはいつでもG&Kにご連絡ください。まあ二度はないに越したことはありませんけれど」
正規軍は救助にこそ手は回らないが難民キャンプの管理運営くらいはしてくれている。今回はそちらに民間人を送り、報酬を受け取る手はずになっている。
救助でG&Kは報酬が得られるし、軍は難民の受け入れだけして面子を保てるのでお互いに損はしない、と思う。実際あちらがどう思っているかは知らない。
こちらから出していた救助部隊の撤収も完了し、あとは404と応援に向かったVectorだけなのだが。連絡がない。
気がかりなのでこちらから通信を飛ばしてみよう。もしまだなら連絡はつかないだろう。
無線を飛ばしてみると通信は無事に受け取られた。
「指揮官?」
「Vector、そっちはどうなった?」
「ごめん、何も言わずに来てほしい」
……なんだろう、でもろくなことじゃない気がする。老人からバイクを借りて小屋へ向かうことにした。
道すがら、見られるのは鉄血の残骸ばかりだった。小屋に近づくにつれその数は増していき、余程熾烈な争いが繰り広げられたんだと容易に想像できた。
どれもこれも完全に破壊されていて、二度と動くことはない。そのため安心して走行できるのだが、これを成し遂げた存在を恐ろしいと思った。私は404の強さを見誤っていたかもしれない。
小屋に到着する。半開きになっている扉を開けると、お互いに獲物を向けあい相対する45とVectorがいた。
一触即発、触っただけで火が出そうだ。まず状況の確認を。
「誰か説明を」
「鉄血の人形が私たちの情報を指揮官の部下に喋ったので、対応をとろうとしているところです」
淡々と説明する416にぞわっとした。
なるほど彼女たちにとっては当たり前の行動なのか。今回は理解不足だらけだ。大いに反省しないといけない。
「対応とは」
「私たちに関する記録の削除ですよ指揮官」
45の口から苛立ちの混じった声が出る。怒ってるだろう。そりゃそうだろう。
覚悟を決めなければならない。
「……その対応は、規約で決まってるもの?」
「はい」
「具体的には」
「頭を撃てばバックアップ前の記録は飛びますから」
「そうか。そうかぁー」
盛大にため息をついてがしがし頭を掻く。しばらくの不機嫌は受け止めるしかない。
「Vector、いい?」
「指揮官失敗したね」
「うん、面目ない。最後に取ったのいつ?」
「夕べだからなくなるのは今朝のから」
「何かとっておきたいものある?」
「ないけど、当分指揮官が朝食係で」
「わかった。ごめん」
「あーでも今朝の寝ぼけた顔は面白かったから惜しい」
「即刻、忘れて」
「それじゃあ指揮官」
Vectorは私に近寄り、軽く頬にキスした。ちゅ、と音を立てて唇が離れていく。
「愛してるよ」
そして呆気にとられる私の腰から護身用のハンドガンを抜き取り、自ら綺麗にこめかみを撃ち抜いた。
かくりと力の抜けた身体を抱き止めながら、耳は発砲音でキーンと鳴っていた。
「や、やられた、やられた」
二重、いや三重くらいの意味で。これは史上最低の機嫌の悪さだろう。
残された404からの視線が冷たいのなんのって。耐えかねて45が切り出した。
「…………なんですか、今の」
「もしかしてだけど君たちVectorと喧嘩した?」
「ええまあ」
「多分それだ」
「仕返しのつもりですかね」
「うん。申し訳ない」
「いえ、もう、なんかいいです。見せつけられて怒る気もなくしましたから」
「は、はは、とりあえず帰ろうか」
私はVectorを背負って、416は飽きて寝こけたG11を背負ってそれぞれ最寄りの飛行場まで歩き出す。
そして私は右から45の恨み言を、左から9の好奇心を受ける。
「元々四人で十分な戦力なのによくも応援なんて寄越したわね」
「ねえねえ指揮官はこの子と誓約してるの?」
「そりゃ確かにライフル相手には分が悪いけど、それでも余裕で対応できてたわよ」
「誓約したら本当の家族になるの?」
「いっぺんに喋らないでくれ頼むから!」
ステレオで喋られても偉人ではないから無理なのだ。
「指揮官、懐かれてよかったですね」
と、前を歩く416が笑った。
翌朝、夜明け前に404の四人は司令部を離れることとなった。彼女らは存外忙しい。
「もっとゆっくりしていけばいいのに」
「拾ったデータの解析があるので」
「二日もベッドで寝れた!」
「お布団気持ちよかった」
「G11、その毛布はここの備品だから返しなさい」
一癖ある連中だったけど悪くはなかった。
「また来てくれてかまわないよ。今度はもっとうまくやるから」
「そうしてください。でも」
45がちらりとこちらを見た。その視線は隠し事がなくて、最初に見たのとは全く違っていた。
「帰ってこいと言われたのも、身を案じて応援を寄越されたのも初めてでした」
「そっか。あぁこれ、キッチンからくすねてきたから道中で食べて」
「おやつですか?」
「なになに?」
「こら、勝手に包みを開けようとしない」
「スコーンと、あとこっちのボトルは紅茶。冷ましてあるから、飲むときに温めなおして」
レーションだけじゃ味気ないからね、と言いながら渡すと45は少し不服そうながらも受け取ってくれた。
変にマイナスの態度を隠されるよりはうんといいと思う。
こうして少しずつでも信頼関係が構築できれば作戦もうまくいくのだ。今回の反省はそれ。
車両で去っていく彼女らを手を振って見送る。願わくば挽回のチャンスを得たいところだ。
ヘリアンさんへの定例報告の時間だ。通信を投げて受け取られるのを待つ。
「任務ご苦労様。難民キャンプから連絡があった。報酬はすぐそちらに渡す」
「ありがとうございます」
「もう一つの方はどうだ?」
「首尾良く終わりました。個人的な課題はありますが」
「貴官がか。珍しいな」
「可能なら挽回の機会がほしいです」
「そうか、それは、クルーガーさんが聞いたら喜ぶ」
「あー今回の任務ってクルーガーさんからのなんですね」
「あぁそうだ」
「うーん試されてますねこれ」
「いい経験になったか?」
「大変に。当分朝食係ですけど」
「んん? そうか。それで、404はどうだ?」
はは、と短く笑う。そしてこう答えた。
「いいえ。残念ながら」