名前は本名で記載。【 】はニックネーム。〖 〗は人間界の時の偽名。
○氷山(こおりやま)マイナーレ【マイ】〖小林麻里菜(こばやし まりな)〗・・・主人公。父が施した封印が解け、額の第三の目が開眼する。性格は、普段は謙虚でおとなしいが、いじめなどの悪いことは許せないので、自分から注意することがある。妖怪姿は金髪に空色の渦目。
○氷山レナード【レン】・・・マイの弟。施設で暮らしていた時に病気で死ぬが、転生して妖魔界で暮らしていた。(彼について、詳しくは『トリシアシリーズ』をお読みください。)妖怪姿は金髪に鶸(ひわ)色の渦目。
○氷山パトリシア【ミア、トリシア、パット】・・・マイの妹。レンと同じく施設で暮らしていた時に病気で死ぬが、転生して妖魔界で暮らしていた。(彼女について、詳しくは『トリシアシリーズ』をお読みください。)妖怪姿は金髪に薄紅色の渦目。
○ アンリ・・・宮廷魔法使いと魔法学校『星見の塔』の創立者。レンとミアの魔法の師匠でもあり、恩師でもある。
マイが医師になって間もないある朝、マイは冷蔵庫の中を見て言いました。
「ねぇ、今日買い出しに行かないと、今日の夜ご飯が作れないなぁ。」
「えっ、もう?」
と、レン。
ミアも冷蔵庫の中を見ます。
「じゃあ、昼休みの時間に行こっか。」
ミアの提案に、マイとレンはOKサインをしてから、ニコリと微笑みました。
そこに、ノックせずにいきなり診療所のドアが開いて、ダッシュが現れました。
「おーい、相棒!騎士団から招集されたぞ!西街区で強盗がいるんだってよ!」
レンは、鎧を着て風の双剣を腰にさすと、急いで階段を降ります。
「あのな、ノックくらいしろよ。」
「そうだな。悪ぃ悪ぃ。」
頭をかいたダッシュは、ドラゴン姿に変化しました。
オニキス・ドラゴン(黒竜)のダシールは、白天馬騎士団の新人。人間姿に変化でき、レンは馬ではなく、ダッシュに乗って戦います。
「ごめん、診療所2人で頑張って。行ってくる。」
後を追って診療所の外に出たマイとミアに、レンはダッシュの背中から詫びの言葉を言います。
「こっちは平気。頑張ってね〜!」
ミアが手を振ると、竜騎士とその相棒は旋風を起こして飛び去りました。
「今日も2人だね。まぁ、しょうがないけど。」
小さくなっていく影に、マイはぽつりとつぶやきました。
そして、昼休みの20分くらい前に、レンが帰ってきました。
待合室にいた患者が、一斉にレンの方を向きます。全身泥だらけで、ところどころにすり傷がある状態だったからです。
「あー、失礼しましたー。」
レンは裏口から入ることにしました。
「おかえり、レン。……何か地味に痛そうな怪我してるけど、昼休み入ってからね。自分で応急処置できるでしょ?」
ちょうど1人の診察を終えたマイが、レンに呼びかけました。
「ちょっと、冷たくない?」
「急患じゃない限り、順番を守ってください。」
「……はぁい。」
レンはとぼとぼ階段を登って、自室で着替え、調剤室で応急処置を済ませます。白衣を着て、残っていた1人と3匹の患者さんの薬を処方しました。
午前の診察が終わり、マイはレンの手当てもしてあげました。
「傷口洗って、消毒はしたんだよね?」
右肘と右手に軽く巻かれた包帯を取り、傷の状態を確認します。
「これは……その強盗ってやつに吹っ飛ばされた?レンガ畳に右腕から落っこちた感じだけど。」
「……当たり。」
地面が土だった時、レンガだった時、室内だった時で傷の状態が違うのです。
「優しき光が傷を癒す、ルイト・アン・ルート。」
マイはレンの手の平と肘に手をかざし、治癒魔法をかけました。
「でも、落ちた衝撃を、意図的に転がって分散させたのは正解。ヘタしたら腕折れるよ。」
「分かってる。けど、何で傷見ただけで合ってるんだよ。」
「勘。」
レンは額に手を当てて、ため息をつきます。が、ただの勘ではなく、師匠のミアが教えこんだ勘であることは、胸の内に留めておきました。
ミアは先に昼食を作っていました。
「今日も、色んな動物たちから食材もらったなぁ。」
マイが医師になってからは、主に動物の診察をするようになったミア。動物たちは貨幣を持っていないので、診察代の代わりに食べ物を持ってきてくれます。
「前は、動物しかここに来ないから、お金がもらえなくて大赤字って言ってたけど、私は十分に食材でも助かるけどね。」
トマトを切るミアの元に、マイが歩いてきました。
「わっ、マイ!何でそんなこと知ってるの!…………あ。」
「『本』に書いてあったから、ね。」
ニンマリしたマイは、鍋に水を入れ、お湯を沸かします。
しばらくして、円形のテーブルに3人分のパスタとサラダが並びました。
マイとミアが手を合わせようとすると、レンはトレーに何かを乗せて、こちらに来ました。
「紅茶入れたよ。今日はアールグレイ。」
「ありがとー!」
カップから漂う深い香りが、食欲をそそります。
「じゃあ、いただきます!」
3人同時に手を合わせて、3人ともあっさりめのクリームパスタに手をつけました。
食べ終わって食器を片づけると、すぐに買い物の準備に取りかかりました。
「ちょっと急ぎめで行こっか。」
午後の診察は2時半から。あと1時間半しかありません。
「もう行けるよ。」
レンは何枚かの銀貨と買い物袋を持っています。
「マイが皿洗いしてる間に2人で用意したからね。」
ミアのドヤ顔にマイは笑いそうになりながら、「どうも、ありがとね。」と答えました。
三つ子はいつも買い物に行く、東街区に足を運びました。通りに所狭しと並ぶ屋台から、次々に食材を買っていきました。
マイは、丁字路の突き当たりにある時計を見ました。
「あれ、以外と早く終わったね。って、レン?」
レンが足を止め、あるお店の方をじっと見ています。
「武器屋……何で?」
「何かさ、ヴィントール王家のものだったこの双剣を、仕事以外で持ち歩くのはちょっとな、って思ったんだよ。普段使いできるやつが欲しくてさ。」
「なるほど。でもその双剣はレンを選んだんでしょ。常に持ってた方がいいんじゃない?」
「……そっか。じゃあ見るだけ。」
何が何でも見たいらしく、レンは吸い寄せられるように店の中へと入りました。
「私たちは興味ないから、先帰ってるね!」
マイは2つの買い物袋を持ち上げました。
「荷物持ちが行っちゃった。絶対逃げたよ。」
ミアも1つ買い物袋を持って、レンを睨みました。
この時のマイは思ってもいませんでした。
10分もしないうちに、大変なことに巻きこまれることを。
レンがお店の中に入りました。店内は思っていたよりも暗くしてあります。
「いらっしゃいませ。」
店の奥に、ベールを被った女の人がいました。顔は見えませんが、その声は若い人のように聞こえます。
「あのー、短剣はありますか。できればおすすめを聞きたいんですけど。」
「短剣なら、そちらにございます。おすすめは、その緑のラインがある鞘の短剣ですね。」
女の人はショーケースの鍵を開け、その短剣を取り出して、レンに渡しました。
「おぉ、軽くて使いやすそう。」
そう言いながら、レンはチラッと女の人を見ました。
自分よりは7インチ半(約20センチ)くらい低いなぁ……。マイやミアよりも明るい栗色の、腰まで伸びたまっすぐな髪。
この距離・角度からでも、ベールの内側は分かりません。
「お客様は、魔法使いでいらっしゃいますか?」
レンは驚きます。
「は、はい。そうですが。」
「魔力を感じたもので。でしたら、あの商品はいかがですか?」
それを取りに行った女の人を見て、レンにある予感が頭をよぎりました。
(あの人から妖力を感じた……。妖怪……何でアムリオンなんかにいるんだ?)
女の人が戻ってきました。
「こちらでございます。『魔力強化のペンダント』です。」
「魔力強化……。」
短剣を起き、手渡されたペンダントを、レンは怪しげに見つめます。
正五角形の形をしていて、白いフレームに、外側が緑、内側が黄色く、正五角形に塗装されたものがはめこまれています。黒い紐で首から下げられるようになっていて、紐の金具で着脱できるようです。
怪しすぎるから買う気はないけど、つけてみるならいいよね。
「試しにつけてもいいですか。」
「どうぞ。ではつけますね。」
レンはつけやすいように、少し屈みました。
「恐れいります。」
パチッ
金具が留まる音がしました。
女の人はなぜか、そそくさとカウンターの方に行きました。
レンは、ベールがはためいて見えた口元にゾッとしました。微かなほほえみをたたえていたのです。
ハッとしてペンダントを見ました。ペンダントがみるみると変色しています。フレームはカラスのように黒く、緑の塗装は紫色に、黄色の塗装は赤紫色に変わりました。
まずい、そう思って金具に触った瞬間、頭を貫くような痛みに襲われました。
「う……うぅ……。」
頭を抱え、顔を歪ませると、レンはその場に倒れこんでしまいました。
その時、ちょうどダッシュがお店に入ってきました。倒れているレンを見たダッシュはそこに駆け寄ります。
「おいっ!相棒!どうしたん……っ!」
レンに触れた瞬間、指先に激痛が走りました。
「何だ、この真っ黒はやつは。……チッ、これに呪いがかかってるな。」
ダッシュはこちらを見る女の人に気づきます。
「おい、店員!どうなってんだよ!」
女の人はふふっと笑います。
「お前は相棒に何をした!」
「私の手に、まんまと引っかかりましてね。残念ですが、元には戻らないでしょう。そろそろ呪いが効いてくるころですよ。」
「何だって……!」
ダッシュの瞳が怒りの炎の如く、赤く光ります。
すると、レンは目を覚まして起き上がりました。
「相棒、気づいたか!」
ダッシュはサッと黄色の瞳に戻して、レンの肩に触れようとしますが――。
「あぁ?何だよ。そこをどけ!」
「レン?」
「どけって言ってんだよ!さもないと――」
レンはスっと立ち上がって、ダッシュに右手を向けると、ダッシュは見えない力で吹き飛ばされ、陳列棚に激突しました。
「お前をぶちのめす。」
ダッシュはレンと目が合い、震え上がりました。その目は鶸色の渦目をしていたからです。いつの間にか、髪型は金髪になっていました。
「ど、どうしちゃったんだよ、相棒……。」
ダッシュは痛みをこらえて起き上がります。
「ターゲットは、忌まわしきマイナーレとパトリシアだ。」
そう言って、レンは店のドアを開けて去っていきました。
ダッシュはレンを追ってお店を出ますが、もういません。
「くそっ、マイとヤブ医者が危ねぇぞ。早く伝えないと!」
ドラゴン姿に変化しましたが、翼が折れていて飛べません。今になって、左前足(左腕)が痛み出しました。
「走っていくしかねぇ!」
人間姿に変化すると、左腕を押さえて、診療所の方へ走り出します。
ダッシュが行った方向に、ちょうどマイとミアがいました。まだレンは来ていないようです。
「マイ!ヤブ医者!」
「ダッシュ!って、ヤブは余計よ。」
ミアはダッシュの頬をつねります。
「腕、腫れ上がってるけど、大丈夫?」
マイはダッシュの左腕を指さしました。
「相棒が呪いみたいなもんにかかって、暴走してんだよ!それでこのザマだ。」
「「レンが!?」」
ダッシュは抑えていた手を離し、マイとミアに見せました。
「うわ……よく走ってこられたね。骨折してるかも。こっちに来て。」
マイはダッシュを路地裏に連れていき、治癒魔法を使います。
「トゥレン・ファイ・アル・アッシュ!」
7色ブレスレットの玉が黄色く光り、ダッシュの腕が緑色の光で包まれます。強力な治癒魔法とブレスレットで強化され、ダッシュの骨折は一瞬で治りました。
「ありがとよ。レンはお前とヤブ医者を狙ってたな。気をつけろ。」
「私たちを?……分かった。」
と、そこに。
「ここにいたのか。」
妖怪姿に変化したレンが立っていました。
「話は聞いた。」
「どうするつもりなの。」
マイとミアはいつもと声色を変えて尋ねます。
「ミア……いや、まずはお前だ、マイ!ガデル・ラーム!」
次の瞬間、マイに向かって青白い光球が飛んでいました。
「クリス・グルー・アッシュ!」
マイはすぐさま応じ、瞬間移動で光球を避けます。
「チッ。」
レンは舌打ちすると、その姿が消えました。
「レン、待って!」
「……どこ行った?」
路地裏から飛び出したダッシュは、辺りを見渡します。
「ダッシュ、いた?」
「この通りにはいないみたいだな。なぁ、マイ。」
ダッシュは怯えたような顔をして、マイを見ました。
「何で相棒の髪が金髪になってて、あんな目をしてたんだ?」
その質問に、なぜかミアが答えます。
「それは、マイとダッシュが初めて会った時に言ったはず。」
初対面は、『三本足のアライグマ』亭。そこで話はしましたが、妖怪姿には変化していません。そもそも、ポムに見せた時以来、変化していなかったのです。
「私たちが、魔法使いと妖怪のハーフだってことは知ってるよね。額にある第3の目のことも。」
「そんなこと言ってたな。」
マイの確認にうなずくダッシュ。
「その第3の目の封印を解くと、金髪になって、渦目という特殊な目になるの。」
「アムリオンは平和だから、変化して妖力を使う時なんてなかったんだけど。あと、見た目怖いでしょ?」
ミアの問いかけに、ダッシュは再び怯えた顔をしました。
「怖いってもんじゃないぜ。レンに気づいたら吹っ飛ばされたから、その妖力ってやつを使ったのかもな。魔旋律は唱えてなかったぞ。」
その時。
「何だ、あの雲は!」
「キャー!何あれ!」
急に空が暗くなりました。
通りの真ん中に集まっている人が、その雲を指さしています。
マイは目を見張りました。
空全体を覆う真っ黒な雲が、渦を巻いていたからです。
「もしかして、あの中心にレンが?」
「そうかもしれねぇ。相棒を頼む!」
「絶対助けるから!荷物お願い!」
ミアは強くうなずくと、3つの買い物袋をダッシュに任せ、マイの手を引きました。
「早く、レンを助けに行くよ!」
渦の中心に向かって走るミアの目がうるんでいます。
「ああ、もう、あいつってば!心配ばかりさせるんだから!」
「前にもあったよね?似たようなこと。ベルが『性格を真逆にする首輪』をレンにつけちゃって、レンが王都を巻きこんだこと。」
「だから嫌なの!レンの身に何か起こったら、気が済まないから!」
うるんでいるその瞳は、キッと前を見すえています。
「ちょっと待って、星見の塔!?」
一度も休むことなく全力疾走だったマイとミアは、思わず急ブレーキ。渦を巻く雲の中心は三つ子の学び舎、星見の塔でした。
「レン、今すぐ降りてきなさい!」
生徒を全員避難させた、星見の塔の先生のアンリは、星見の塔の屋根に向かって叫んでいます。
「「先生!」」
マイとミアがアンリの元へと駆けつけました。
「僕が行こうにも、結界が張られていて入れない。僕の魔法では太刀打ちできない。」
「そんな!先生でさえ!?」
アンリは、他の魔法使いからも一目置かれる存在。アンリとは何年ものつきあいのミアだからこそ、驚きは尋常ではありません。
「どうやら、その結界は魔法で作ったものではないみたいだ。おそらく、妖力だ。」
そう言うと、アンリはマイとミアを射るような目で見ます。
「君たちならあの中に入れるだろう。奇跡の子たち。」
こうなると、久しぶりに妖力を使わなければいけません。
「なるべく開眼してる時間は短くいこう。ミア。」
第3の目を開眼すると妖力を得る代償に、体力をかなり消耗するのです。
「分かった。あの中に入る時は?」
「結界までは風の魔法で飛んで行って、入る瞬間だけ開眼する。他の人が見てるから。」
「了解。」
マイとミアは同時に、風で物を吹き上げる呪文を唱えます。
「「ルフト・ビハーカ!」」
7色ブレスレットの玉は緑色に光り、風を切る音とともに、2人は屋根の近くまで飛びました。
2人は阿吽の呼吸で、ほぼ一緒に額の第3の目を開眼させました。入るときに凄まじい爆風を受けましたが、無事に結界の中に入りました。
2人は第3の目を封印して、屋根に降り立ちます。
マイがレンの姿をとらえた瞬間、レンは片手をまっすぐ上に挙げ稲妻を放ちました。すると、結界の中も外も、土砂降りの雨が降り始めます。
マイの髪からは早くも水が滴り落ちました。
「レン!あなたの望みは何?何のために黒い渦の雲を作って、結界を張って、私たちを呼び寄せたの?」
「俺の望みは、俺の人生をめちゃくちゃにしたお前を倒すことだ。マイ。」
渦目のつり上がった目でマイを睨みつけます。
「て言うか、気づいてないんだな。」
その言葉にハッとして隣を見ます。
「ミアをどうしたの!」
「ふっ、ここにいるさ。」
レンの隣に、ミアがフワッと浮き上がるように現れました。両手両足をイバラのようなもので縛られ、トゲが食いこみ、そこから血が流れています。
「俺に攻撃すれば、ミアを身代わりにするよ。さあ、俺とどうやって戦うのかなぁ。」
マイは歯をくいしばります。ミアを人質に取られた瞬間を見ることができませんでした。やはり、渦目の超動体視力ではないと見えないようです。
「動かないなら俺から行くぞ。吹き飛べ、ブラス・エア・ファルヴ!」
あまりの竜巻の大きさに、マイは目を見開きました。
星見の塔で習った初級の魔法ですが、レンほどの魔力ではここまでにはならないはずです。
ただでさえ足場が悪い屋根の上。それにこの雨。瞬間移動の魔法でも、超動体視力では見破られてしまうでしょう。
気づいた時には遅すぎました。
マイは竜巻にのまれ、上空高くまで吹き上げられました。洗濯機の中のような状況で呼吸もできず、意識を失います。
「「「マイ!」」」
結界の外の人たちが悲鳴をあげました。
「ふん。チョロいんだよ。」
レンが瞬時に竜巻を消すと、マイは頭を下にして真っ逆さまに落ち、激しく屋根に打ちつけられました。
この衝撃で意識を取り戻したマイは、あごに手を当てます。その手はすぐに赤く染まりました。
「レン、私を倒して何になるの。過ぎたものは戻ってこないのに……。」
ふらつきながら、マイは立ち上がりました。
「俺はこの手に入れた能力で、この世界を滅ぼし、新しい世界を創る。お前を殺せば、その能力はより強化されるんだ。」
レンは胸の黒ずんだ正五角形のペンダントを、爪で弾きました。
「なるほどね。私だけでなく、この世界に住む全ての人を手にかけようと。それなら仕方がない。」
マイは額に貼ってあるシートをつまみます。
「姿を見られる覚悟で。」
そう言って、マイは再び第3の目を開眼させました。茶髪が根元からスっと金髪に変わり、右サイドに編み込みがされ、空色の渦目になりました。
「変化したところで、お前が攻撃できないのに変わりはないんだよ!」
不気味な笑みを浮かべると、レンは腕を上に伸ばします。
「まずはお前に消えてもらう!いでよ、邪悪な妖獣!」
すると、レンの前に黒い犬のような獣が現れました。
ガルルルル……
獣は牙をむき出しにしてうなっています。
「あいつを引きちぎろ!」
レンの指示と同時に、マイに襲いかかりました。
マイの渦目にも速い動きです。
次の瞬間、マイの左上腕が燃えるように熱くなりました。
「う"う"う"っっ!!」
妖獣はマイの腕をかじりとったのです。激痛にマイは膝をつきました。意識がもうろうとして立つことができません。
「もう終わりか?避けるだけじゃ大したことねぇな。」
レンが高笑いしたその時。
「ルーイ・フィース。」
マイは血の着いた右手で、禁術である、植物を枯らす魔法をかけました。ミアに絡みついたイバラが瞬く間に枯れ、ミアは脱出しました。
「なにっ!」
レンに隙が生まれます。
「あのペンダントさえ壊せば……!クリオン・ティィィィィィィィィィィィィィィィィィィィル!!」
マイは右手に炎の矢を宿らせ、ありったけの魔力と妖力を注ぎこんで、正五角形のペンダントに向かって放ちました。
パキーン!
炎の矢はど真ん中に命中しました。少しでもずれていれば、レンに致命傷を負わせることとなったでしょう。
ペンダントは粉々に砕け散りました。
「マ……イ……。」
レンの瞳に光が宿るものの、気を失って屋根を転がり落ちていきます。
「レン!」
マイは力を振り絞ってレンを受け止めますが、妖力も魔力も使い果たし、支え続ける力は残っていません。
「もう……だめ……。」
マイはレンを抱いたまま、一緒になって転がり落ちます。
ミアは屋根を滑りながら第3の目を開眼し、転がる2人が投げ出されるのと同じタイミングで、屋根から飛び降ります。空中で2人を受け止め、三つ子は地上に戻ってきました。
「ありがとう、マイ。何もできなくてごめんね。」
ミアの桃色の渦目には涙がありました。
「レン……おかえり。」