冒険者ギルドの裏手の広場。
そこに、僕たちは移動していた。
「まずは、お互い自己紹介しとこうか。あたしはクリス。見ての通り盗賊だよ。で、こっちの無愛想なのがダクネス。そっちの君は昨日ちょっと話してたんだっけ? ダクネスの職業はクルセイダーだから、君たちに有用そうなスキルはないと思うよ」
「ご丁寧にどうも。僕はライ。知っていると思うけど、職業は冒険者。よろしく頼む」
「えー、俺はカズマって言います。よろしくお願いします!」
クリス、と名乗った銀髪の女とダクネス、と言うらしい金髪の女騎士。そして僕とカズマの四人が人気のない広場に立っていた。
アクアはいじけていてめぐみんは恍惚として話を聞いていなかったので置いて来た。
「ではまずは手始めに《敵感知》と《潜伏》をいってみようか。《罠感知》とかは、こんな街中に罠なんてないからまた今度ね。……ダクネス、ちょっとむこう向いてて」
「……ん? ……分かった」
言われた通りダクネスが反対を向き、その間にクリスは少し離れた場所にある樽の中へ入り、上半身だけを出す。
そして、事前に拾っていたらしい小石を何を思ったかダクネスの頭に投げつけ樽の中に身を隠す。
「…………」
石をぶつけられたダクネスは無言のままクリスが隠れた一つしかない樽へと歩いて行く。
「敵感知……敵感知……! ダクネスが怒っている気配をピリピリ感じるよ! ねえダクネス!? 分かってると思うけどこれはスキルを教えるために仕方なくやってる事だからね!? ちょっ、まっ、ああああああああああっ!? やめてええええええええええっ!」
クリスが中に入ったまま樽を倒されそのままゴロゴロと転がされる。
中から憐みを誘う悲痛な叫びが響き渡る……一連の流れを見ているとただ芸人のコントを見ている気にしかならないのだが。
これで本当にスキルを覚えられるのだろうか……?
「さ、さて、じゃあ次はあたし一押しのスキル、窃盗をやってみようか! これは、対象の持ち物を何でも一つ、ランダムで奪い取るスキルだよ。相手がしっかり握っていようが鞄の奥に隠しておこうが、関係なく、ね。スキルの成功確率はステータスの幸運値に依存するんだけどね」
ダクネスに転がされ、目を回していたクリスが回復した後、教えてくれるというのは盗賊らしいスキルだった。
先程の光景を見ている限り不安しかないのだが……まあ、今のところ「金を出せ」と言われる気配もないし、純粋な好意であると思っておこう。
問題は窃盗、だ。
クリスによればこのスキルはステータスの幸運値に依存する。となると幸運の値が平均より低いと言われた僕には余り使いどころのないスキルかもしれない。カズマはどうか分からないが、どことなく自信ありげな表情をしている辺り、彼の幸運値はそれなりに高いのかもしれない。
と、クリスがカズマの方へと手を向けた。
「じゃあ、試しに君に使ってみるからね? ――『スティール』!」
クリスが力強く叫ぶやその手の中に光が瞬き、小さな何かが握られていた。
僕に見覚えはないから、間違えなくあれはカズマの物なのだろう。
「あっ!? 俺の財布!?」
「おっ! 当たりだね! っとまあ、こんな感じで使うわけさ」
――危なかった。
馬鹿か、僕は。スキルの説明を聞いていたのに何を暢気にしていたんだ。
財布を奪われ慌てているカズマを尻目に、僕は今更のように冷や汗をかいていた。
もし、クリスがカズマではなく僕に対してスティール発動し、奪われていたのがクラスカードだったら財布を取られたどころではない。彼女の気まぐれ一つでカードを奪われたままになるのかもしれない。そうなると多少ステータスが高いらしい僕では魔王を倒すどころではなくなってしまう。
カズマには悪いが、実験台になったのが僕ではなくてよかった。あとで何か奢ることにしよう。
「それじゃ、この財布は返し――いや、ちょっと待った。ねえ、あたしと勝負しない?」
カズマに財布を返そうとしていたクリスが、不意にそう言ってにんまりと笑った。
その笑みに、悪意は感じない。
「君たち、早速窃盗スキルを覚えてみなよ。それで、あたしから何か一つ、スティールで奪っていいよ。それが、あたしの財布でも武器でも文句は言わない。この軽い財布の中身だと間違いなくあたしの財布と武器の方が価値はあると思うけど、何を取られてもあたしは文句を言わないからさ。君たち二人でチャンスは二回。どんな物でもこの財布と引き換え。……どう? 勝負してみない?」
勝負しない。する意味がない。
一攫千金は夢があるが背負わなくてもいいリスクを背負うのはただの馬鹿がやることだ。
「カズマ。分かってると思うけどこの勝負」
「いいぜ、やってやる!」
「……ええ?」
もしかしなくても馬鹿なのか。
思わずじと目で見つめる僕に、カズマは無駄に活力にあふれた顔で振り返った。
「まあ見てなって。俺、こういう荒くれ冒険者の賭けごとみたいなイベントに憧れてたんだ」
「……まあ、そこまで言うなら止めないけど。あとで泣いても知らないぞ?」
「大丈夫だって。こういう時こそ俺の幸運が仕事してくれるはずだ!」
何やらウキウキとカズマは自身の冒険者カードを取り出し操作を始めている。クリスとの勝負に乗るべく早速スキルを獲得しているのだろう。
……仕方ない。ここでカズマが路傍の石を掴まされたら不憫でならない。少しでも確立を上げるために僕も協力しておこう。恩も縁も努力も積み重ねておけば後々役に立つ。塵も積もれば山となる、だ。
スキルを習得したカズマに習い、僕も自身のカードを取り出し、スキルを習得すべく目を通す。
めぐみんが言っていたように習得可能スキルと言う欄が新たに追加されており、そこを指でタップすると三つのスキルが表示された。
表示されたのは、《敵感知》、《潜伏》、《窃盗》。各1ポイントで習得出来るようだ。
迷わずそれらのスキルを習得すると、どういうわけか膨大な僕のスキルポイントから3ポイントが消費される。蚊に刺された程度にもならない消費だな……この分だとめぐみんの爆裂魔法も習得出来るんじゃないか?
「よーし、早速覚えたぞ。勝負だ、クリス! 何を盗られても泣くんじゃねえぞ!」
「あはっ! いいね、そのノリの良さ! いいとも、盗れるものなら盗ってみなよ! 今なら敢闘賞がこの財布。当たりはこの魔法のかけられたダガーだよ! こいつは四十万エリスは下らない一品だからね! そして残念賞はさっきダクネスに当てるために一杯拾っておいた石だよ!」
「ああっ! きったねえっ! そんなのアリかよ!?」
「だから言ったのに……」
まあ、カズマの幸運値は高いらしいので、目も当てられない結果にはならない、とは思うが……
「一応言っておくけど、僕も今お金に余裕はないからね」
「うぐっ……あ、ああ? 別に? 俺はしっかりばっちりお宝ゲットするし?」
「声が震えてるよ、君」
「やかましいぞクリス!」
「あははっ! どんなスキルも決して万能じゃない。効果が分かれば対策だって取れる。一つ勉強になったね? カズマ君」
……なるほど。
つまり、彼女は正しく冒険者の先輩として、僕たちに教授してくれたわけか。
……いい人だな。こういう人とは今後も関係を持っておいた方がいいか。
ああ、本当に、自分で自分が嫌になる。
「こうなったらやってやる! 昔から運だけはいいんだ、俺は! 『スティール』!」
叫ぶと同時、何もなかったはずのカズマの手に何やら布らしき物が握られる。
スキルを使うのは今回が初めてのはずだが、一発で成功させるあたり、本当にカズマの幸運値は高いらしい。
問題は、カズマが何を盗ったか、なのだが……
それは、白い布だった。
カズマはその布切れを広げ、両端を摘まんで陽にかざす。その布の正体は……僕は黙って顔を反らした。
「ヒャッハー! 当たりも当たり! 大当たりだあああああああああああっ!」
「いやああああああああっ! ぱ、ぱんつ返してえええええええええええっ!」
ああ、もう、いい関係を築こうとしていたのに! なんでピンポイントにそんな物を!?
頭を抱えて項垂れたい気持ちに駆られるが、ひとまず耐える。
スカートの裾を押さえて顔を真っ赤に絶叫するクリスと、そんな彼女の下着を高々と掲げ、タオルのようにぶんぶんと振り回しているカズマ。
…………今すぐ、他人のふりをして帰りたい……っ!
「うぇへへへへへへ! さーて、こいつをどうしてやろうかなー、んん?」
「変態! どうしてスティールであたしのぱんつを剥ぎとれるのさ!?」
同感だ。
「ねえ君!? あなたはそっちの子の仲間なんでしょ!? どうにかしてくれないかな!?」
「凄く否定したいんだけど……まあ、やってみるよ」
「おおっと、ライ。いくらお前でも今の俺は止められないぜ!」
実に分かりやすく調子に乗っている。
そのにやけた顔を引っ叩いてやりたいが、今は自制する。
その代わり、僕は片手をカズマに突き出した。――ちょうど、クリスとカズマがやっていたように。
「『スティール』」
「ああっ!?」
「おおっ!」
カズマの手から下着が消え、入れ替わりに僕の手の中に布の感触。
若干の不安はあったが、無事成功してくれたらしい。ほっと安堵の息を吐き、ついでに手の中から伝わる仄かな温もりを意識から弾き出す。カズマが余程大事に握り締めていたのだろう。いや、握り締めていたんだ。
「流石は今話題の天使様だね! ところで、あの、そろそろあたしのぱんつ返してほしいなー、って」
「……勝負してみる?」
「ごめんなさいっ! あたしが悪かったからホントにぱんつ返してええええええええええっ!」
§
取り合えず、下着は返した。
そしてクリスはカズマを警戒しているのか僕の影に隠れるように歩き、そのカズマは下着を手放したことで正気に戻ったのかバツが悪そうな顔をしている。
当初の目的から大分脱線してしまっていたが、目的そのものは果たされていたので僕たちはギルドに戻って来た。のだが――
「アクア様!、もう一度! 金なら払いますから、どうかもう一度だけ《花鳥風月》を!」
「馬鹿野郎! アクアさんには金より食い物に決まってるだろ! ですよね!? アクアさん、好きな物を奢りますからどうか《花鳥風月》を!」
なにやらアクアの周りに大勢の人だかりが出来ていた。
なにかやらかした……ようには見えない。一体どういうことなのだろうか。花鳥風月? 風流と何の関係が?
「何これ?」
「俺にも分からん」
アクアとの付き合いも長いカズマに尋ねてみたが、カズマはそう言って首を左右に振った。
「分かってないわねー。いい? 芸って言うのはね、請われたからって何度もやるものじゃないの! 一度ウケたからって同じジョークを何度も繰り返すのは三流のすることよ。そして私は芸人じゃないから芸でお金を貰うわけにはいかないの! これは芸を嗜む者の最低限の覚悟よ。それに花鳥風月は元々あなたたちに見せるための物でもなく――あっ! ようやく戻って来たのね、ライ!」
「おい。俺もいるだけど」
「馬鹿ね。カズマとライとじゃどっちを優先するかなんて決まり切ったことじゃない。……あれ? その人どうしたの?」
眉をひそめたカズマの苦言をさも当然と言いたげな態度であっさり流したアクアは不思議そうに涙目のクリスを見ていた。
さて……どう説明したものか。
今後のことも考えてあまりカズマの悪評を広めることは望ましくない。スティールで女性の下着を剥ぎ取ったなんてどんな性犯罪者だ。
どうアクアを誤魔化すかと思慮する僕のことなどお構いなしに、ダクネスが誰より早く口を開いた。
「ああ、クリスはカズマにぱんつを剥がれて辱められたことで落ち込んでるんだ」
「ちょおっ!?」
「間違ってないのがなんとも……」
ダクネスの言葉にギルドにいた女性冒険者たちから汚物を見るような眼を向けられたカズマが哀れだ。
「待て、待ってくれ! そもそもあれは事故みたいなもんだろ!? あんたの言い方だと誤解されるだろ!」
「誤解……?」
「ライ! 変に煽らないで! 頼むから!」
スティールはランダムなのでカズマが下着を剥ぎ取ったのは、まあ、事故なのだろうけど。その後の行動は故意ではないのだろうか。
思わず首を傾げた僕に、カズマが必死に取り縋って来た。
気がつけば女性冒険者のみならず側に来ていたアクアとめぐみんのカズマを見る目が冷やかになっていた。
「あー……ごめん?」
「軽い!」
「公の場でぱんつ脱がされたからって、落ち込んでちゃ駄目だよね! よし、ダクネス。あたし、悪いけど今から臨時で稼ぎのいいダンジョン探索に参加してくるよ! 盗られた下着の分のお金も必要だしね!」
「おいちょっと待ってくれ! ぱんつはライが返しただろ!?」
あ、視線に殺意が混じった。
高まる周囲の女性冒険者たちからの殺意混じりの視線に恐々とするカズマに向けて、クリスが悪戯っぽく笑った。
「これくらいの逆襲はさせてもらうよ? あ、それからさっきはありがとね、ライさん! じゃあ、ちょっと稼いで来るからダクネスは適当に遊んでいてね!」
などと手を振りながら言うクリスに苦笑しつつ手を振り返し、冒険仲間募集の掲示板に向かうクリスの後ろ姿を見送り、僕はダクネスに向き直った。
「……君は一緒に行かないのか?」
「……うむ。私は前衛職だからな。前衛職はどこにでも有り余っている。でも盗賊はダンジョン探索に必須な割に成り手が少ないからな。クリスの需要は幾らでもある」
まあ、前衛職は戦いの花形と言っていい。それに比べれば盗賊は目立たず地味に思えるのだろう。
アクアも言っていたが、職業によって需要に差もあるのなら、冒険者と言う職業はスキル獲得の手間を惜しまなければ八面六臂の活躍が期待出来る。
やりようによってはクラスカードなしでもある程度強敵と渡り合うことも不可能ではない、か。
「ところで、もうすぐ夕方なのに今からダンジョン探索に向かうのか?」
「通常、ダンジョン探索は朝一からが望ましいのす。なので、前日の内に出発してダンジョンの近くで朝までキャンプをして待機するのです。ダンジョン前にはそういった冒険者を相手にしている商売だって成り立ってますし。それで? ライたちは無事にスキルを覚えられたのですか?」
「ああ、習得自体は滞りなく。ただ……カズマの性欲が爆発してね」
「言い方ぁッ!」
いよいよ周囲の女性たちからの冷たい目線に耐え切れなくなったカズマが崩れ落ちた。自業自得なので反省してほしい。
「……ええと、それで、だ。クリスが言うには君は僕たちのパーティーに入りたいんだっけ?」
「うん? ……ああ、そうだ。是非とも私をこのパーティーに入れてほしい。攻撃に自信はないが、防御力にはなにより自信はある。戦闘中は私を盾にしてくれて構わない。いやむしろ盾として馬車馬のように使ってくれて構わない」
「前衛で、盾……僕は特に断る理由はないと思うけ――え? カズマ? どうしたんだ?」
不意に服の裾を引っ張られたのでそちらを見ると、何故かカズマが必死に顔を左右に振っていた。
ええと……ダクネスをパーティーにいれることに反対なのだろうか。確かに駆け出し冒険者の街、と言われている割にダクネスの身に着けている装備は見るからに一級品だ。立ち振る舞いにも気品のようなものを感じさせる。
王族……は、ないとしても、貴族ではあるかもしれない。もしやカズマもダクネスの素性に勘付いたのか?
「この人だれなの? 昨日カズマが言ってた人?」
「おや? この方クルセイダーではないですか。パーティーのタンクとしてこれ以上ない職業ですよ。断る理由はないのでは?」
アクアもめぐみんも、ダクネスがパーティーに加入することに関して特に抵抗はないらしい。むしろ、前向きに捉えているようだ。
僕としても、パーティーの人数が増えることは喜ばしいことだ。その分、カズマたちからの注意が僕から逸れるのだし。とはいえ余り我を通して下手な不信感をカズマに抱かせたくない。
ここはめぐみんの時と同じように、何かクエストを受注する形でダクネスの方からカズマに売り込んでくれることが理想だが……
『緊急クエスト! 緊急クエスト! この街にいる冒険者の各員は、至急冒険者ギルドに集まってください! 繰り返します。この街にいる冒険者の各員は、至急冒険者ギルドに集まってください!』
街中に大音量でギルドのアナウンスが響き渡る。
緊急クエスト、とは予想外だが好都合だ。
ここでさりげなくダクネスの補佐をしつつ、適度に活躍させることが出来ればカズマもパーティーへの加入を認めてくれるだろう。
「ちょうどいいし、このクエストでダクネスの力を見せてもらおう。カズマも、それでいいか?」
「あ、ああ。まあ、それなら別に……ところで、緊急クエストってのはなんだ? 街にモンスターが襲撃に来たのか?」
確かに、それは気になる。
僕たちの現存戦力で到底敵わない相手が襲いかかって来たとしたら、僕も手札を切るしかなくなる。そうなればダクネスがどうこう、といった段階ではなくなってしまう。
それぞれの理由で、不安を募らせる僕とカズマだったが、どういうわけか他の人たちは嬉しそうだ。
危機感が感じられないのはどういうことだ……? 街の危機、というわけではないのか?
「……ああ、多分、キャベツの収穫だろう。もうそろそろ収穫の時期だしな」
「「……は?」」
僕とカズマは、そろって目を丸くした。
主人公の特典候補は他二つ。
・ライブメタル(口調が合わないと思って断念)
・牙狼系統(主人公の前世を大幅に改編することになるので断念)
気が向いたら外伝という形で書くかもしれません。