リアルが忙しいのが悪い、という事で此処は一つ。
最近はコロナだ緊急事態だと騒がしくなっていますが、ぶっちゃけ休みは無い。いやまあ、今はそんなに忙しくは無いのですが。
みなさんも外出の際には気を付けて下さいね。
結論から言えば、僕たちはリッチーであるウィズを見逃すことにした。
最後までアクアは反対していたのだが……僕が肩代わりしているアクアのツケをチャラにすることを条件に懐柔した。
必要経費と割り切ろう。
そして、ウィズが行っていた共同墓地のアンデッドや迷える魂の浄化はこれからアクアが引き継いで行うこととなった。何せ毎日飲んで食って寝るという自堕落生活を送っているのだ。時間は無駄に余っている。腐っても女神と言うべきか、共同墓地の浄化に関しては自分の仕事だときちんと認識しているようで、睡眠時間が減ると駄々こそこねたが一応の納得はしていた。
モンスターを見逃すことに初めは難色を示していためぐみん、ダクネスの両名も、ウィズが今までに人を襲ったことが無いと知り、彼女を見逃すことに同意してくれた。
「しっかしリッチーが普通に街で生活してるとか、警備はどうなってるんだろうな?」
別れ際にウィズから渡された名刺を覗き込みつつ、カズマが半ば呆れたように言った。
「……控え目に言って、ザル警備だね」
僕が街に行った時も何一つ質問されなかったし。
持ち物を探られたり、身分の提示を求められたりするものと思っていたのだが、それらも一切なかった。
勤務意識が不足しすぎではないだろうか。
「ですが、戦闘にならないでよかったです。相手はリッチーですから、アークプリーストのアクアがいるとは言え、もし戦うことになっていたら、私やカズマは確実に死んでいたでしょう」
何気ないめぐみんの言葉に、僕とカズマは揃って目を剥いた。
「……そんなに凄いのか、リッチーって?」
「はい。リッチーは強力な魔法防御、魔法のかかった武器以外の攻撃の無効化、更には触れるだけで様々な状態異常を引き起こし、その魔力や生命力を吸収する伝説のアンデッドモンスター。現状の我々の戦力ではどうあっても勝ち目はないでしょうね」
「……俺、今生きてて良かったって実感してるわ」
「……僕もだよ」
僕たちは互いに安堵の息を吐いた。
あの和やかな雰囲気にすっかり騙されていたが、あの時僕たちの生殺与奪の権を彼女が握っていたのだと知らされると背筋が凍る思いだ。
「ライ、貰った名刺渡しなさい。ちょっとあの女よりも先に家に行って、家の周りに神聖な結界を張って涙目にして来てやるから」
「カズマ。行く時はアクアにばれないようにね」
「おう。分かった」
納得はしても、女神とアンデッドではやはり相容れないのだろう。
今後は彼女と会う際にアクアと鉢合わせにならないように気を付けておこう。
「ところで、ゾンビメーカーの討伐クエストはどうなるのだ?」
『……あっ』
かくして、僕たちパーティーの初めてのクエストは失敗に終わった。
§
悪夢のようなキャベツ襲来から数日。
件のキャベツたちは軒並み売りに出され、冒険者たちには報酬が支払われた。
「ちょっと見てくれ。報酬が良かったから修理を頼んでいた鎧を少し強化してみたんだが……どうだ?」
「なんか成金趣味の貴族のボンボンが着けてる鎧みたいだ」
「……カズマはどんな時でも容赦がないな。私だってたまには素直に褒められたい時もあるのだが……」
などというカズマとダクネスの会話を余所に、僕は一人クエストが貼り出されている掲示板を見ていたのだが……
(……無理だな)
目の当たりにしたクエストに僕は断念せざるを得なかった。
普段であれば所狭しと大量の紙が貼り出されている掲示板には現在、数枚が貼り出されているのみ。
しかも、その数枚が軒並み高難易度のクエストであり、少なくとも現状の僕たちでは死にに行くだけだろう。
今日受けられるクエストはない、と判断した僕はひとまずカズマたちの下へ戻る事にした。
「ふ、ふふ……はあぁぁぁ……っ! この魔力溢れるマナタイト製の杖の色艶……たまらない……たまらないのです!」
新調した杖を抱きかかえ、めぐみんが恍惚と杖に頬ずりしていた。
マナタイトとは杖に混ぜると魔法の威力が向上する性質を持った希少金属らしい。受付嬢さんが言っていた。
キャベツ狩りで得た高額報酬で杖を強化しためぐみんは今日、朝からずっとこの調子だ。
嬉しそうにしている人を見ていると、僕も嬉しい気持ちが湧き上がってくるようだ──ただでさえ過剰な威力を持つ爆裂魔法が更に何割か上昇するという事に目を瞑れば。
あれ以上威力を上昇させてどうするのだろうか。最終的に同じパーティーの僕たち諸共に吹き飛ばしはしないかと不安になる。
出来れば今のめぐみんには関わりたくは無いのでそっとして置くとして、先程キャベツ狩りの報酬を受け取りに行ったアクアはどうしているのかと視線を巡らせた。
「な、なんですってえええええええええええっ!? ちょっとあんたっ! これはどういう事よっ!」
瞬間、ギルドに響き渡るアクアの声。
ふと視線を感じてそちらを向けば、苦虫を噛み潰したかのような渋面を作ったカズマと目が合う。
──お前行けよ。
──いや、僕だって関わりたくないんだけど。
ああ、言葉を介さずとも会話が成立してしまうほどに、僕たちは考えを等しくしていた。
したくは無かったが。
耳を塞いで塞ぎ込んでしまったカズマはどうあっても無関係を貫く姿勢を崩す気はないようで、結局面倒事を押し付けられてしまった。
……パーティーの脱退予定を早めるべきかなぁ。
考えても仕方ない。不承不承ながらアクアの様子を窺うと、どうやらキャベツ狩りの報酬に納得が出来ないらしく、受付カウンターで揉めていた。
「なんでキャベツ狩りの報酬が十万ちょっとなのよ!? どれだけ捕まえたと思ってるの!? ライにも手伝って貰ってたのよっ!?」
「そ、それがその、申し上げ難いのですが……」
「何よ!」
「アクアさんが捕まえて来たのはほとんどがレタスで……」
「……何でレタスが混じってるのよ!」
「わわ、私に申されましてもっ!」
受付嬢の胸倉を掴み上げて難癖付けているアクアの姿は、控え目に言って、チンピラにしか見えなかった。
少なくとも女神の姿ではない。
深くため息を吐いて、僕はそろそろアクアを止めるべく彼女に歩み寄った。
「受付の人も困ってるし、変に目立ってるからそろそろ落ち着いてくれ」
「ライぃいいいいいいいっ! 私、クエスト報酬が相当な額になるって踏んで、ここ数日で持ってたお金全部使っちゃったのよぉおおおおおおお!」
「いや……全部って……ツケは僕が払ったんだし、問題無いだろう?」
僕が至極当たり前の事を言うと、何故かアクアは青褪めた表情で顔を反らした。
駆け出し冒険者の街、と言われるだけあって、アクセルの物価は安い。目立った危険が無いからか治安もそこまで悪いわけではなく、街の人たちも親切だ。
アクアの溜まりに溜まった酒場のツケは僕が全額肩代わりし、その負債もチャラにした。代わりに僕の所持金がほぼ全額消えたが……それは今回のクエスト報酬で十分以上に取り戻せた。というか、収入の当てもないのにツケの肩代わりなど取引材料にしない。
なので、アクアが困るような事は無いはずなのだ。それこそ、懲りずにまた後先考えない散財でもしなければ……いや……まさか……
「まさか……またツケを……?」
「う、うぅ……だって、だってぇ! 大金が入る見込みだったんだもん! キャベツがレタスだったなんて予定に無いわよぉおおおおおおおおっ!」
慟哭の叫びを上げるアクア。自業自得過ぎて欠片も同情を抱けない。
ああ……縋り付かれた……重いので離して欲しい。
「ライさぁん! これじゃツケを払ったら私無一文になっちゃう!」
「まあ、仕方ないんじゃない?」
「そんなぁああああああああっ! 嫌よっ! 馬小屋で隣にケダモノがいる状態で寝るのはもう嫌なのよぉっ!」
「馬小屋……?」
「おいちょっと待て! ケダモノって俺の事か!? って言うかお前熟睡してただろうが!」
泣き縋るアクアの魂の叫びに流石に黙っていられなかったらしいカズマが憤怒の表情で立ち上がる。
肩を怒らせつつアクアに詰め寄ったカズマはそのままの勢いで捲し立てた。
「大体なぁ! 今回の報酬はお前が『それぞれが手に入れた報酬はそのままに』って言い出したんだろうが! しかもお前、ライにツケの肩代わりさせてるだろ! その上更にたかるとかプライドとか無いのか! 仮にも女神だろ、ええ!?」
「う、うわぁああああああああああんっ!」
(馬小屋……?)
馬小屋……馬小屋とはあの馬小屋なのだろうか?
アクセルの住人はみんな優しく気のいい人たちだ。金が無くとも事情を話せばかなり割引して貰えるのでは……? 少なくとも僕は宿屋に行った時大分割引して貰えたが。
その後髪とか耳とか頬とか腕とか触られたが。「ふひひ……」とか鼻息荒く息を吹きかけられたりもしたが。
……馬小屋と独房はどちらが居心地がいいのだろうか。
「はあ……はあ……まあいい。アクアの事は置いといて、依頼を受けようぜ」
「ではカズマ! 雑魚モンスターがたくさんいる討伐依頼を受けましょう! 早くこの新調した杖の威力を試したいのです!」
「お金! とにかく報酬が高額な依頼を受けるの! 私今日の晩御飯のお金もないんだから!」
「いや、ここは強敵を打倒してこその冒険者だ! なるべく一撃が重くて気持ちいい相手を……!」
「君、とうとう性癖を隠さなくなって来たな……」
いや、そうではなく。
「それなんだけど、カズマ」
「どうした?」
「依頼、ろくなのが無いぞ」
「はっ!?」
僕の言葉に目を剥いたカズマは慌てて掲示板に張り付き、そこへ貼り出された依頼書を眺める。
といっても、数えるほどしかないのだが。
「マジかよ……どれもこれも高難易度のクエストばっかじゃねえか」
「カズマカズマ! これよこれ、マンティコアとグリフォンの討伐依頼! 二体まとめて一か所に集めたら後はめぐみんの爆裂魔法でドーン! 完璧よ。しかも報酬は五十万エリス!」
「アホか! 却下だ却下! くそっ、一体どうなってんだ!?」
ガシガシと頭を掻き毟るカズマを見かねてか、それとも単に僕たちが騒がしかったのか、ギルド職員がやって来た。
「ええと……申し訳ありません。最近、魔王軍の幹部らしき者が街の近くの古城に住み着きまして……その影響か近場の弱いモンスターが隠れてしまい、仕事が激減してしまっているのです。来月には国の首都から幹部討伐のために騎士団が派遣されるのですが、それまではそこに残った高難易度のお仕事しか……」
「な、何でよぉおおおおおおおっ!?」
職員の言葉に、一文無しのアクアが悲鳴を上げた。
流石に……哀れだ。
§
手頃なモンスター討伐などが出来なくとも、生活のために資金は必要不可欠。
一夜にして大金を手にしたカズマは理想のスローライフを送るんだっ! と言って手頃な値段の物件を探しに街を回り、ダクネスはしばらく実家で筋トレをするといい、無一文のアクアは僕が転生して来るまでやっていたらしいアルバイトに復帰した。
魔王軍幹部の影響で来月までまともな仕事が出来ない以上、基本的にはみんな暇になる。
駆け出し冒険者が集まる街、と言われるこの場所を、魔王軍の幹部ともあろう者がわざわざ襲いに来る理由もない。藪をつつかなければ蛇は出ないのだ。
そして、現在の僕はめぐみんと共に街の外へ出ていた。
当たり前だが、ギルドの仕事を受けて、ではない。力を隠しているのにそんな目立つ事はしない。無論、件の魔王軍幹部を騎士団到着より先に討伐する、などというわけでもない。
レベルが1から上がらない現在の僕では、例えクラスカードを駆使したとしても討伐出来るかどうか……相手を知らないので何とも言えないのだが。
では何をしに外出しているのかと言うと、めぐみんの付き添いだ。
何でもめぐみんは一日一回は爆裂魔法を撃つことを日課にしているらしい。そんな彼女にとって、クエストを受けられず、爆裂魔法を放つ機会の無い現状は大変ストレスが溜まるそうで、今日はそのストレス発散のための外出だ。
適当なところで撃てば? と尋ねてみたところ、「街から離れた所で無いと、また守衛さんに叱られてしまいます」とのこと。
既に実行していたとは恐れ入る。
「……あれ?」
「……? どうしましたか、ライ?」
モンスターの影も無く、至って平和な道中に手持無沙汰になった僕は何気なく視線を彷徨わせていると、遠く離れた場所に気になる建物を見付けた。
「あれ、何かな?」
「はい? ……ああ、確かに。丘の向こうに建物が見えますね……しかも相当古い……」
遠く離れた丘の上にぽつんと建った古い建物。
手入れはされていないのかボロボロに朽ちかけた、古い城のようだ。
幽霊屋敷、という言葉が頭に浮かんだ。
「あれです! あれにしましょう、ライ!」
──と、何を思ったか、目をキラキラと輝かせためぐみんが、遠く離れた古城へ向けて人差し指を伸ばしていた。
……いや、まあ、そうなるだろうとは思ったけど。
「一応聞くけど……あの城を爆裂魔法の標的にするの?」
「勿論です! あのボロ城ならば爆裂魔法で破壊し尽くしても誰も文句は言わないでしょう! まさに私のためにあるような城!」
「それは違うような……まあ、いいか。好きにするといい。帰りは背負って行くよ」
「ええ、お願いします。では早速──『エクスプロージョン』ッ!」
今にも崩れ落ちそうな古城に、最大最強の魔法が放たれた──
いよいよ一巻も折り返し。進行は遅い、更新も遅い拙作ですが、見捨てずに見ていただければ幸いです。
次回、「可哀そうなデュラハン」。
更新は……なるべく、早く書き上げられるよう頑張ります。